D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
―――こんな力は、必要になっちゃ駄目だと思います。
「……ん」
意識がぼんやりしたまま、出雲秋鳴は身体を起こす。
習慣となった動作は多少意識が覚束なくても学生服に袖を通し、彼を食堂へと運ぶ。
見知った顔に声をかけられて、少しははっきりしてきた意識で食事を受け取り、卓に運ぶ。
「先輩、今日は早いんですね」
「んあ。サラか」
すぐに意識がはっきりした。どうやら秋鳴にとってサラ・クリサリスという少女は目覚まし時計もびっくりの性能のようだ。
自然の動作で秋鳴の隣に座ったサラは、秋鳴が受け取ったのと全く同じ食事を置く。
自然と、二人揃って手を合わせていただきます。
パンをちぎり、スープを味わい、時間に余裕があるからかいつもより優雅に過ごす。有名人である秋鳴が自然と振舞えば、それは大衆の目を引くわけで。
「あの、出雲さんっ。お隣よろしいですか?」
見知らぬ女生徒が一人、二人と集まってくる。隣に、その隣に、向かいの席に、男子も少なからずおり、秋鳴の『騎士』という称号に釣られているのは目に見えている。
だから、秋鳴としてはそんな生徒たちが酷くうすっぺらに見える。自分は騎士として此処にいるのは間違いないのだが、いかんせん普通に、対等に『人間』として扱って欲しい。
「……むー」
ふと隣を見ると、サラがつまらなそうな、酷く不機嫌ですとわかる表情で唸っていた。そして小さく聞こえないような声でご馳走様と言うと、人ごみから逃げるように席を立つ。それがひたすら気になった秋鳴は、手早く食事を終えて、周囲の生徒たちに軽く謝罪しながらサラの後を追う。
「サーラ」
「……どうしたんですか? いろんな女の人に囲まれて嬉しそうでしたけど」
ややジト目で睨まれる。
ああ、と不機嫌になった理由が少しだけわかってクスリと笑う。
「楽しい朝の食事が騒がしくなっちったよ。せっかくサラと二人きりでゆっくり過ごせてたのに」
「っ……そ、そうですか」
「だから、お昼はどっかでゆっくり食べない? フラワーズとかで」
「……二人で、ですか?」
秋鳴としても、サラといる時間は心地いい。そう感じるようになったのは突然倒れたあの日から。
もちろん、と微笑みながら返すとサラもようやく笑顔を見せる。
小さな嫉妬の感情なのだろう。そういう感情を抱いてもらえたのが、秋鳴としても嬉しい。
自分に執着してくれる存在が嬉しいだなんて、他の人にとってはおかしく見えるが―――秋鳴としては、とにかく嬉しかった。
約束を交わして、授業の準備のために一旦別れる。名残惜しいが、昼のことを考えるだけで心が躍る。
不意に、秋鳴のシェルが鳴る。食事を終えたばかりだというのに、誰だろうか。
相手は、リッカだった。授業や任務のことで何かあったのだろうか。
『もしもし、秋鳴?』
「そうだが」
『すぐに“女王陛下の王室”に来れるかしら? 貴方が依頼した物が、ようやく届いたわよ』
「お、そうか」
生徒会室へ向いていた足を学外へ向ける。昼に間に合えばいいのだが、と不安もあるがとにかく秋鳴は慣れた道を逆走し、王宮へと向かう。
そんな彼の背中を見つめる少女が一人。不安げな表情と、真剣な、そして、諦めたような。疑うような、様々な表情を見せる。
それは、真実を知る少女。有り得ない出来事に恐怖し、有り得ない人物を疑い、そして、諦めた少女。
「……ささ、これを運びませんと!」
小さな身体で大きいダンボールを抱えて、少女は秋鳴が去って行った方向を見て、寂しそうに、笑った。