D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
秋鳴と黒騎士の、二度目の邂逅があった墓地―――そこに、少年が花束を持ってやってきた。
戦闘の傷跡がほとんど修繕されていない墓地を迷いなく歩き、やがて一つの墓の前に立つ。
「やあ。久しぶり。ちょっと眠りすぎたよ」
誰がいるわけでもないのに、誰が聞くというわけでもないのに少年は墓石へと話しかける。
「君がいなくなってから、どれほどの時が過ぎたかわからない……僕が眠っていたのもそれくらい。驚くくらいに世界は変わらないんだね」
いや、変わらないのは当然か。と呟いて。
少年の独白は、誰に届くわけでもなく。
「この傷は、僕の罪の証」
両手首に巻かれた、包帯に視線を向ける。
「この墓は、君の罪の証」
墓石を指でなぞり、此処に眠る友人の顔を思い出す。
花束を供え、合掌する。
「この世界は、僕たちの―――罪だよ」
世界を見上げて、悲しそうにつぶやいて。
でも、と彼は繋げる。
「それでも、僕らが選んだんだ。後悔なんてしない。葵が自分で自分の意志で決意しない限り」
包帯が、赤く、滲む。
少年の脳裏を過ぎるのは、五月が始まったばかりのとある病室。
そこでやつれきった親友とかわした、約束。
三つの代償を以って完成させようとした、二人の密約。
『―――なあ、マモル』
『どうしたの?』
『カテゴリー4の俺たちでなら……出来るんだろう。これが』
ベッドの上の少年が、光を失った瞳で大事そうに、その本を撫でる。
それは、これから女王陛下直属の組織が回収に来る予定の魔導書。
『禁呪』が記された魔導書。
『……そうだね。僕たち二人が力を合わせれば、できると思う。でも』
その本に記された、【代償】
『俺の命を使え。命は命のはずだ。あと一か月保たない命でも、な』
『……君は、それでいいの? 君だって生きたいんじゃないの?』
『親友の妹の命のためなら―――俺の命なんて、軽いものだよ』
ベッドの少年の親友である彼は、親友も、妹も、全部守りたい。
でも、どちらかしか選べない。いや、妹しか守れない。それを理解していても、親友の選択を躊躇わせたい。
カテゴリー4の魔法使いとはいえ、今現在、最もカテゴリー5に近いと噂されている二人の魔法使いたちでさえ、人の命は自由にできない。
『セレンに頼んだよ。葵のこと。葵に、この禁呪の本当の代償が記された本を届けてくれるよう』
『そうか……お前はいいのか、マモル。俺は存在を、お前は―――』
『大丈夫。君が存在を、僕が命を捧げて―――この禁呪を完成させる』
『……救おう。未来を求める女の子を』
『助けたいんだ。僕に光をくれた大切な女の子を』
だから。
少年たちは犯す。人の身で犯してはならない領域を。
………
……
…
「僕は消えたはずなんだよ。でも僕は生きている。どうしてかずっと悩んで―――僕の魔力が根こそぎなくなっているのを知った」
墓石に記された名前を、埃を落として言葉にする。
「出雲秋鳴」
その名前は。
「君は死んだはずなんだよ。僕が君を埋葬した。でも君はこの世界で生きているの? 僕の力を全部奪って?」
膝を付き、あふれ出る涙を堪えきれず、少年の慟哭が墓地に木霊する。
「代償はどうしたんだよ。僕が生きて、君まで生きている……この世界は、矛盾だらけの閉ざされた世界だ……!」
ヒノモトマモルは、イズモアキナリの親友。