D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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16-イヘン

 目覚ましが鳴り響き、意識が覚醒する。布団を被ったまま、気怠い表情で秋鳴は立ち上がり、そしてすぐに、トイレに駆け込み、嘔吐した。

 気分が悪い。という表現よりも。キモチワルイと。気持ち悪いなんて生々しい表現ではなく、もっと感情が込められていない。キモチワルサ。

 夢見が悪かったのだろうか。夢を見た記憶はない。夢を見たかどうかなんて寝起きでも曖昧なのだから、実際には見ているのかもしれない。

 少なくとも今秋鳴を苛めているのは、夢見の悪さではない。

 

 まるで呪われたかのような、身体の重さ。

 まるで死んでしまうかのような、身体の冷たさ。

 あまりの不快感に秋鳴は出席することを断念し、布団にもぐりこむ。

 

 一日寝たきり。目が覚めても気分は最悪。何度も何度も嘔吐して、ようやく落ち着いたところへ頭痛が襲ってくる。その波状攻撃に耐え続けること数時間。

 身体はともかく、体調が悪い時は心が弱ってくる。嘔吐と頭痛のループから逃げ出したくて、つい呟いてしまう。

 

「っ……はっ、しにて」

 

 そこまで言って、急にキモチワルサが増す。吐くものすらないというのに、逆流した胃液が喉を焼いて酷く痛い。

 夕方となり、ようやく秋鳴の身体は正常に見せかけることだけはできるようになった。力は入らないけれど、何かしら摂取することは出来るだろう。

 シェルを開き、愕然とする。届いているテキストの多さに、だ。

 四割リッカで、二割が清隆やクラスの面々。一割が話を聞いて心配したのか、シャルルや巴から。

 そして残った三割が、サラだった。今の自分の状況に何かを感じたのか、頻繁に送信してきていた。

 思わず通話をかける。驚くほど早く、サラがでた。

 

『もしもしっ!?』

 

「……ああ、おはよう」

 

『おはようって……もう夜の九時ですよっ。大丈夫なんですか?!』

 

「大丈夫大丈夫……だいぶ楽になった」

 

 声に力はないが、それでも活力は戻っている。心配をかけさせないように、優しい声をなんとか絞り出す。

 

『ごはん、食べましたかっ?』

 

「これから、かな」

 

『作りにいきますっ!』

 

「っえ。いいよ。食堂で粥でも食べる……」

 

 正直に言えば、何故サラはそこまで心配しているのだろうと秋鳴は疑問に感じる。

 密接なかかわりもなく、ただただ偶然一緒に任務をしてきただけだ。ただの先輩後輩の仲だ。

 そこまで考えて、胸に走った痛みに気付く。でもそれが何を意味するのかは何も理解できず、秋鳴はやんわりとサラの申し出を断る。

 女生徒が男子生徒の部屋まで来ることなんて、誰かに見られれば問題だ。と説得しようとした矢先。

 唐突に、訪れる、めまい。

 

「や」

 

 やばい、と言う暇もなく。秋鳴の意識は途切れた。

 

 

   /

 

 

 ―――夢を見ていた。

 それが夢だとは、秋鳴自身、どこか判別しがたい。

 でも、夢でないとあり得ないと、意識体の秋鳴は判断する。

 霧によって視界の大半が埋めつくされた一室。そこはまるで日本の空気を混ぜたかのような、和と洋が混在している一室だった。

 そこで眠る少女。少女の顔には見覚えがある。―――葛木姫乃だ。

 何故彼女が夢に出てきているのかはわからないが、もしかするとこれは、姫乃の夢なのかもしれない。

 精神感応は、数少ない秋鳴の魔法の中でも何とか行使できるタイプであり、それがうっかり発動してしまったのかもしれない。

 だとすれば長居はするものではない。早くこの夢から出ようと決めると、ガチャ、とドアが開く。

 外から来たのは、清隆だった。寝ている姫乃の頬を撫で、寝ていることを確認すると安堵のため息を漏らしていた。

 時が進む。場面は変わらず、目覚めた姫乃が布団を口元までかぶり、清隆に何かをねだっている。

 その声まではわからなくても、清隆が何かをしようとしているのは明白だった。姫乃が見ていないところで、自らの掌に意識を集中している。

 魔法を、創ろうとしているのだ。そしてそれは、単純明快にして、とても、幸せな、魔法。

 今の魔法使いの誰もが思いもつかない。優しい魔法。

 全てを限定的、かつ単純にしていく。術者の熱量と引き換えに。少しでも魔法に携われば誰でもできるように。術者が食べたことのあるものだけであり。大きさは手の平大までであり。食べた人が、ほんのちょっぴり笑顔になれる―――『手から和菓子を出す』魔法。

 プライドが高い魔法使いたちは鼻で笑うだろう。無駄な努力だと罵るだろう。蔑むだろう。

 でも、それは。その創られた経緯に、秋鳴は思わず涙していた。

 そんな優しい魔法があるのかと。最愛の妹のために、妹のささやかな願いのためだけに努力する。そんな幸せな、魔法が。

 夢の終わり。姫乃は微笑み、清隆が創りだした和菓子―――桜餅を美味しそうに食べていた。

 

 

   /

 

 

 額に乗せられた、冷たい感触によって秋鳴の意識は呼び起こされる。

 視界に広がる光がまぶしい。思わず手で塞ぎ、視界を封じる。

 

「起きましたか?」

 

「……サラ、か?」

 

 はい、と答えて。パジャマ姿のサラが秋鳴の顔を覗き込んだ。いつもとは違う、下ろされた髪に普段と違うイメージを覚える。

 話を聞くと、通話していた時に突然倒れた秋鳴を介抱するために、リッカへ取り次いでもらいすぐに駆けつけたらしい。

 ごめん、と素直に謝る。サラはどうして謝るんですか、と逆に怒ってきた。

 

「私が、勝手に心配して勝手に看病に来ただけですから」

 

 そう言って微笑み、秋鳴にもう一度横になるよう促してくる。

 洗面器の水を交換し、濡れタオルを乗せられる。ひんやりとした感触が心地いい。

 

「……ありがとな」

 

「……いえ。これで少しでも恩返しができたら、と思いまして」

 

「それはなかなか、打算的じゃないか」

 

 てへ、と舌を出して笑うサラを見て、重い身体を起き上がらせる。

 サラの制止を振り切って、ありがとう、ともう一度礼をして、サラの頬を撫でる。

 何処か甘い空気が流れる。頬を薄く染めたサラと、意識が朦朧としたままの秋鳴。

 そうだ、と覚えていた夢の内容をなぞる。

 少しでも、サラに感動を伝えたくて。少しでも、心配かけてしまったお詫びがしたくて。

 頭の中で、術式を構築していく。単純に限定的に創りだしていく。頭の中で理論は完成しており、この程度ならば自分でもできるという確信がある。

 そして、少しだけ付け足す。目の前の少女を喜ばせる為だけでいい。そのためだけの、手品のような魔法を。

 

「それではお嬢さん。お手を拝借」

 

「はい?」

 

 サラの手を両手で包み込む。流れ出る魔力を感じ、今世界にない物を、生み出す。現実を、犯す。いや、これはそんな酷いイメージではなく―――現実を、調律する。

 過去に、自分の食べたものしか出せないのならば。故郷の味を思い出して、構築する。

 

「うわぁ……」

 

 サラの手の中で生み出された、小さな大福。魔法で創られたそれは、きっと食べた人を笑顔にしてくれる。

 

「魔法、ですか?」

 

「ああ。知り合いに教えてもらった奴……試したことないけど、成功した」

 

「これは……大福、ですよね?」

 

「知ってるのか?」

 

「以前、清隆にご馳走してもらいました。すっごく美味しかったのを覚えてます」

 

「そうか」

 

 ならあの夢は、姫乃の夢ではなく清隆の夢だったのかもしれないな。と心の中で呟く。

 そわそわしながら、サラが大福を一口頬張る。クレープを食べた時のような、とろけた笑顔を見せる。

 ゆっくりと咀嚼し、飲み込む。ごちそうさまでした、と幸せそうな笑顔を見せる。

 

「ありがとう」

 

 そう言って、思わず秋鳴はサラの身体を抱きしめた。ひゃう、と小さな声を出すが、サラは拒むことなく秋鳴の腕の中に収まる。

 お互いの心臓の鼓動が聞こえ、お互いの頬が赤く染まる。

 少しだけ身体を離し、見つめ合う。

 

「サラ」

 

「先輩……」

 

 サラは何かを決意したのだろうか。そっと目を閉じ、秋鳴を、待つ。

 心臓が止まりそうな、早すぎる鼓動を感じながら、ゆっくりと秋鳴は顔を近づけていく。

 サラの小さな唇を見て、少しずつ、少しずつ。そして。

 

 

 

「秋鳴ー、お見舞いに来てあげたわよーっ」

 

「秋鳴くん、大丈夫なの?」

 

「やあ秋鳴。私としては君を笑いに来たのだがどう―――」

 

 

 

「「「お邪魔しましたーっ!!」」」

 

 冷やかしに現れた、リッカとシャルルと巴の三人は。

 秋鳴とサラの二人を見て、部屋から飛び出したのであった。


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