D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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15-邂逅×出会い

 出雲秋鳴という人間は、ジル・ハサウェイという人間との面識はない。

 ない、のだが。

 何故か彼女に見覚えがある。彼女と会話した記憶がある。名前も知っているし人となりも知っている。

 だが、秋鳴は彼女と初対面だと言い切れる。

 

「何の用だ」

 

「行き詰ってる君にヒントをあげようと思ってね」

 

「……はぁ」

 

 にこやかに笑うジルの笑顔に曇りはなく、嘘を言っているようには見えない。だがそれが酷く薄っぺらく見えて。

 

「悪いが」

 

 背を向けて歩き出す。

 

「教えてもらうことなんて何一つない」

 

「へえ」

 

 それが、と彼女は続けて。

 

「黒騎士の正体でも?」

 

 秋鳴の足が、止まり、彼女の方へ向き直る。

 

「知っているのか、お前は」

 

 秋鳴自身が感じている、彼女と似たような感覚。

 そう、知っているはずなのに覚えていない不思議な感覚。

 

「勿論」

 

 彼女は笑顔で、そう答えた。

 

「黒騎士は今、執念で動いているんだよ。本来であれば執念なんて抱かないような人物だったんだけどね」

 

「執念?」

 

「そう。彼もまたあの禁呪に巻き込まれた人物」

 

「……禁呪、だと? ……っは、それが地上の霧だとかだったら笑える」

 

 彼としては、有り得ないと思っていたいことだった。でも、つい口から零れてしまった。

 

「そうだよ?」

 

「……は?」

 

「地上の霧は、禁呪によって発生した魔法の霧さ。君だって気付いているんだろ?」

 

「……気付いてはいなかったさ。もしかしたら、程度だ」

 

「あは」

 

 不気味な、笑顔。

 このまま彼女の話を聞いてはいけないと本能が警報を鳴らす。

 

「話を戻そうか。彼について―――おや?」

 

 本能に従うという行為は、理性によって縛られている行動を否定している。秋鳴は思考を止めて彼女の前から姿を隠す。

 何か、そのまま聞いていては、触れられてはいけないことを知ってしまいそうで。そしてそれが、多分彼の立場を揺るがしてしまうもので。

 結果的に秋鳴の選択肢は間違っていない。残されたジル・ハサウェイは本棚に囲まれてため息を吐く。

 

「やれやれ。逃げられちゃったな―――っと」

 

 その姿が、変化する。黒い霧に覆われて、少女の体躯が別の存在へと変化する。それは少年であったり女性であったり老婆であったり青年であったり―――。

 口元が歪む。笑顔なんて優しいものではない。もっと不気味で、邪悪な、ナニカ。

 

 ………

 ……

 …

 

「……ったく。嫌な出来事だ」

 

 全身から噴き出した嫌な汗をぬぐって、彼はリゾート島に来ていた。

 気分を変える為でもあるし、嫌なことは早く忘れたいのだろう。

 それでも、得た手がかりは大きかった。信頼していいかはわからないが、地上に蔓延る霧が―――禁呪であると。

 禁呪である、と特定できただけでも大収穫だ。女王陛下に報告して、対策班に指示を出せば目的の禁呪が何かすぐに判明するだろう。

 少しの思案。物事が一歩前に進んだことに、思わず笑みが零れる。

 

「あれ、先輩?」

 

 声をかけられて、気付く。声の主は―――制服姿のサラ。

 

「あぁ、サラ。どうしたんだ?」

 

「私は葵ちゃんの買い物に付き合ってて―――あ、来ました」

 

「お待たせしました――――って、出雲秋鳴さんっ!?」

 

「初めまして。陽ノ本葵」

 

「え?」

 

「うん?」

 

「初めまして、じゃないですよね?」

 

「え……?」

 

 戸惑う葵と、混乱する秋鳴。陽ノ本葵とは初対面のはずなのに、当の本人は以前であったことがあるような素振りを見せる。

 ぶつぶつと、頭を抱えて混乱する葵にどう対応すればいいのか秋鳴もサラのわからず。

 

「えーと、はい。初めましてですね! 以前フラワーズでお食事されていたのを見かけただけでしたね!」

 

 何かを思いついたように、割り切ったような表情で、彼女は笑顔を見せる。

 秋鳴の中の疑問も同時に解決され、混乱が落ち着いていく。二人の少女の手には少女たちが抱えるには少々大きいバッグ。

 彼はそれを少々強引に奪い取る。

 

「わわっ」

 

「荷物持ちでもするよ」

 

「え、わ、悪いですよ。先輩だって買い物とかありますよねっ?」

 

「そーですよ。それに定期船で帰るんでちょっと多くても大丈夫ですし」

 

「気分転換に来ただけで特に用事もないし……というか、目の前で女の子二人に重いもの持たせたまま帰らせるなんて大人がすることじゃありません」

 

 そういって、他に買い物はあるのか、と強引に会話を繋げる。葵は苦笑しながら、わかりました。と秋鳴の同行に頷く。

 

「先輩……かっこつけすぎです」

 

 ぽつりを呟かれた言葉に気付かず、三人は歩き出す。適当な買い物を済ませて、定期船の時間を確認するとまだまだ余裕があった。

 

「結構待つなぁ」

 

「30分くらいはかかりそうですねぇ」

 

「…………」

 

「ん?」

 

 どう暇をつぶすかを考えていると、ふとサラが一点を見つめていることに気付いた。

 その視線の先にあるのは、一つの屋台。甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐり、嗅いでるだけで血糖値が上がりそうだった。

 ちらりとサラの方を見ると、ぼうっ、とずっとずっと看板を見つめていた。そして心なしか、目を輝かせて。

 

「クレープか」

 

「うん……」

 

「っ!」

 

 不意を突かれた感じだった。普段礼儀正しく大人びたサラが、突然子供のように「うん」とだけ答えたことに。

 思わず吹き出しそうになったのを必死に堪えて、秋鳴は察する。

 

「食べたいのか?」

 

「そ、そそそそんなことありませんっ!」

 

 突然驚いたように首を振って否定するサラ。どうやら今までの自分の言動にも気付いたようで、心なしか頬が赤く染まっていた。

 小さい財布を出して、中身を確認して、ため息を吐いて。バレバレの嘘を吐いてどうするんだよ、と葵と共に苦笑する。

 

「……よし」

 

「せ、先輩?」

 

 男一人で買いに行くのはやや勇気があるが、秋鳴は二人を置いて屋台の前に立つ。注文は、と聞かれて、とりあえず人気処と店員が答えた三種類を注文する。

 店員の手際は見事で、さっと三つが焼き上がり渡される。そしてその三つのクレープをサラと葵の前に差し出して。

 

「ほら、好きなの選びな。先輩の奢りだ」

 

「えぇっ!? せ、先輩。私、催促したわけじゃないですっ!」

 

「わ、悪いですよー」

 

 案の定、二人とも受け取ってはくれそうにない。特にサラなんかは負い目を感じてしまったのか、頑なに受け取ろうとしない。

 

「いやーつい食べたくなってな。普段は和菓子派だけどたまには洋菓子も喰いたくてついつい買い過ぎちゃったんだよなー。俺一人じゃ喰いきれないしなー」

 

 わざとらしく、とってつけたような言い訳をする。サラは何度もちらちらと中央の―――チョコレートのクレープを見ては顔を逸らして。

 そんなサラを見て思わず微笑んでしまい、葵もそれを察したのか左の苺のクレープを手に取る。

 

「では、秋鳴さんが食べ過ぎちゃわないようにお手伝いしますねっ」

 

 葵もまたサラを嗾けるような言葉を口にして、サラはますますどうしたらいいか困惑する。

 

「……い、いただきます」

 

 観念したのか、期待と申し訳なさが半分ずつ混じったような表情でクレープを受け取り、一口食べる。

 

「~~~~っ」

 

 一口食べて、満面の笑み。二口食べて、さらに笑顔に。普段の落ち着いた態度はどこに行ったのか、子供のように、美味しそうにクレープを堪能する。

 

「なにこれ可愛い」

 

「可愛いですねぇ」

 

 葵と二人して、まったく同じ感想しか出なかった。


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