D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
「生徒会選挙?」
十二月ももうそろそろ半ばに差し掛かろうとする時期に、朝の生徒会室でいきなりリッカに告げられた。
そのままリッカは片手間にシェルを取り出して連絡を入れている。相手はどうやら葛木清隆のようだが、秋鳴は話についていけず呆然としている。
反対側の席ではシャルルや巴も頭を抱えており、たまにため息を吐いている。目の前の書類の山にため息を吐いて、生徒会選挙という行事にもため息を。
「清隆が来てから説明するわ。アンタは黙って手伝って」
「左腕治ってないんだが……」
「普段から痛み止めとゆっくりでも治癒魔法使ってるのサラに言うわよ? アンタはサラの反応見たさに黙ってるようだけど」
「あーあー書類がはかどるなー」
中途半端にアキレス健を握られてしまったようで、ここ数日はリッカに主導権を握られっぱなしである。
秋鳴の目の前にも高く積まれた書類。書類。書類。魔法使い絡みの事件が多発している昨今に置いて、任務を請け負っている立場である彼女たちに任される書類も少なくはない。秋鳴もまた慣れた手つきで書類を纏めていく。報告書であったり始末書であったり様々なものがある。
一部ではカテゴリー試験の推薦書類などもあるが、それはまだ提出は未定のようでリッカやシャルルたちの手元に残されている。
「失礼します。リッカさん?」
「あ、ようやく来たわね」
息を切らせて生徒会室を訪れたのは、リッカの教え子の清隆だった。どうした、と秋鳴が声をかけると清隆自身も突然リッカに呼び出されたと内容を伝えられていないようだ。
リッカに尋ねるとどうやら清隆にも書類整理を手伝わせる予定だったらしく、リッカの指示で秋鳴の山からいくつかの書類を渡す。
そこからは沈黙の作業だった。私語はなくなりただ当たり前のように書類を処理し続けていく。隣で清隆を見ていた秋鳴だが、その手際の良さに思わず感服する。
秋鳴が持ち分を終わらせると、清隆ももうそろそろ終わりが見えてきていた。他のメンバーもあと一息といったところだろう。
「これで、いいですか?」
「OKOK。ありがと~っ」
書類を受け取ったシャルルが一応目を通して、満面の笑みで処理を終える。
お茶を入れて一息ついて、リッカが清隆を呼び出した本当の目的を話し始める。秋鳴は黙って耳を傾ける。
「……とまあ、こんな感じで葛木清隆はけっこう有能な人物だと思うわけ」
「うんうん。あたしも有能だと思う」
「異論はないよ。私としてもいろんな意味で頼みごとをしやすいし」
「……なんの話ですか?」
「清隆。生徒会選挙に立候補しなさい」
「……は?」
「今日のホームルームで立候補者を募集するからちゃんと手を挙げること」
「……昨日も言いましたけど俺には何の得もありませんよ」
清隆の意見はもっともだ。リッカがいくら目をかけているとはいえ、清隆自身に得がなければリッカの提案をすんなり受け入れるとは思えない。
だが、そこはリッカ・グリーンウッドだ。葛木清隆が欲しがる“エサ”をちゃんと理解している。
「図書館の閲覧レベルが上がるって言われても?」
「え?」
「生徒会の役員になると閲覧レベルが自動的に一段階上がるのよ」
「本当ですかっ?!」
「わっ。食いついた」
「清隆は何故そんなに閲覧レベルをあげたいんだ?」
「……別に。知的好奇心を満たすためですよ」
「なんかとってつけたような理由ー」
話を聞くだけだった秋鳴もまた、清隆の真意は別にあると踏んでいる。だが清隆の閲覧レベルが上がるかどうかは今は考えることではない。
図書館。話題に出て、もう一度行くべきだろうと思った。ここ数日はサラの練習に付き合ったりと自分の時間が少なく研究も進んでいない。
「……してもいいですよ。立候補」
………
……
…
図書館島へと来た秋鳴は、さっそくとばかりに閲覧レベルギリギリの書物を読み耽る。
とはいっても大半の書物は読んでしまったわけだから、無駄足とも言える。でも、何か見落としがあるかもしれない。
時間があると言えば嘘になる。あの地上に蔓延る霧がもたらす影響は日に日に増していると報告も受けており、早急の解決が求められる。
心の何処かで、秋鳴が気付いていないレベルで焦りが生まれている。ページをめくる動きが早くなり、見落としてしまう数ページ戻ってしまうロスが生まれる。
ページを戻そうと手をかけて、頭に響く声に気付いた。
―――アナタハ、ナニガシタイノ?
女性の声。
―――アナタハ、ドウシタイノ?
男性の声。
―――キミハ、ドウシテ?
少年の声。
―――ワタシハ、コウシタイ。
少女の声。
頭に次々に響く声は痛みを伴い、頭を抱えて片膝をつく。
もう一度、聞こえてくる。
どうして、生きているの、と。
訳が分からない突然の問答に彼は頭を抑えながらも立ち上がる。声の主は、姿を見せない。いや、姿そのものがあるのだろうか。
すぐさま周囲に結界を展開させるが、不審な人物はいない。反応が出たのは全て図書館島で勤務する職員や閲覧に来た生徒たちだ。
なら、この声は何処から?
不意に、背後から首に抱き着かれる。揺れる視界の中で、小さな腕、恐らく少女であることが判断できる。
それが、誰か分からないというのに。
それが、まるで知っているかのように。
「ジル・ハサウェイ……」
「そうだよ秋鳴。久しぶり。“あの世界”で会ったよねー」
何処か間延びした声は、秋鳴の知っている彼女の声では、なかった。