D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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10-競技場でのひととき

 午前中の講義を手早く終わらせた秋鳴は、朝の内に食堂のコックに頼んでおいた弁当を受け取って何処で昼食を取ろうかを思案する。

 本日の天気は快晴。やや気温は寒いが外でのんびりするには適しているだろう、と秋鳴は外で昼食を摂ることにする。

 なるべく人がいないところがいいな、と袋の中の“とっておき”に期待を膨らませる。

 

「競技場なら静かだろう」

 

 昼休みにグニルックを嗜む生徒も少なくはない、が年明けに開かれるクィーンズカップまではまだ日もあるし、そんなに生徒がいないだろうという判断だ。

 もし誰かいても、こっそり隅にいれば問題ない。ようやく彼は歩き出す。目的地は、グニルックの競技場。

 少し足早で競技場に辿り着く。日本人としての心が“とっておき”を今か今かと急かしてくる。

 はやる気持ちを抑えて、そこで、高い音が競技場に響いたことに気付く。その音の正体――小さな身体が大きく身体を動かして振るった、グニルックの(ロッド)

 見覚えのある、とはいっても昨日も会っている少女―――サラだ。

 サラは秋鳴が来たことに気付いていないのだろう。それほど集中しているということか。もう一度構えて、(ロッド)を振るう。

 ショットエリアから放たれた球体(ブリット)はターゲットパネルに当たることなく、それをブロックする障害物に当たり、弾かれてしまう。

 

「あっ!」

 

 地面を跳ねるブリットを見ながら、サラが残念そうな声をあげる。

 ただ一直線にブリットを飛ばしてパネルを撃ち抜く、という単純な競技ではない。

 ターゲットと操打者(プレイヤー)との間に置かれる様々な障害物。それを回避するように魔法によってブリットを制御する必要がある。そのコントロールが非常に難しく、こなれた魔法使いであっても失敗することが多々ある。

 

「もう一回ですっ」

 

 ブリットをセットして、サラがもう一度ロッドを構える。意識を集中して、魔力をロッドに流し込む。ここでロッドに流し込まれた魔力を、スイングしながらインパクトの瞬間にブリットに移す。そうすることにより、ブリットは大きく変化して飛んでいくことになる。

 言葉だけで言うのは簡単だが、その制御は実に難しい。

 ブリットを遠くに飛ばすためには鋭いスイングをしなくてはならない。そうすれば当然、ブリットとロッドのインパクトの瞬間は短くなる。

 その短い間に、しかもスイングという激しい運動をしながら魔力の移し替えを行う。

 それが、本当に難しい。熟練の魔法使いでさえも、顔をしかめるほどだ。

 緩やかに弧を描いて飛んでいったブリットは障害物を超えることができずに、再び跳ね返された。

 上手く魔力の移し替えが出来ず、ブリットの変化が小さくなってしまったのだろう。

 サラは息を切らせながら、もう一度、と諦めずにショットを繰り返す。

 だが障害物を超えることは出来ずに、地面に落ちてしまう。

 失敗するごとに、もう一度。と声が聞こえる。その額からは大粒の汗が流れ落ちていた。

 

「……そうか、サラは」

 

 リッカに注意事項としてクラスの生徒たちの情報を見せてもらった時に記載されていたことを思いだす。元々の魔力が小さい、ということを。

 それは簡単に言えば、他の生徒は魔法の制御を十の内五割程度で余力を残せるのだが、サラはその五割が全力なのだ。それはどれだけ大きなハンデになるだろう?

 それでもサラはめげずに何度も何度も練習を繰り返す。

 

「……まるで、呪い、だな」

 

 めげずに練習を繰り返すサラを見て、真面目、という印象を抱く人が多いだろう。だが彼にとってサラの行動は、まるで何かに強いられている、そんな印象を抱かせた。

 没落した名門―――クリサリス家。跡取りとして生まれ、そして数代振りに生まれた『魔力持ち』であるサラには、当然期待が寄せられる。その重圧たるや、想像しがたいほどに。

 何か力になってあげれないか。そう考えた矢先。

 サラの放ったブリットが障害物の手前で大きくスライドし、億にあるターゲットを撃ち抜いた。

 

「やっ……」

 

 一瞬の静寂の後、ブリットが跳ねる音だけが響いて。

 

「やったー!」

 

「……っ!」

 

 サラがその場でピョンピョン飛び跳ねながらバンザイをして喜ぶ。まるで無邪気な子供のように。普段のクールなサラからは想像できないほどの、無防備さだった。

 

「やったー! やればできる。私。すごいっ!」

 

 満面の笑み。花の咲いた笑顔。太陽のような笑顔。その喜びようを見ているだけで嬉しくなってしまいそうな、眩しい笑顔。

 

(何これ可愛い)

 

 純粋な、感情だった。

 その笑顔に見とれていると、バッタリとサラと目が合う。

 

「せ、先輩? どうしてここに?」

 

「静かなところで飯でも食おうと思って来たら、サラがいた」

 

「え、まさか、それってずっと見てたんですか?」

 

「ああ。特に最後の―――サラの笑顔が可愛かった」

 

 みるみる真っ赤に染まっていくサラの顔。本来であれば、最後のショットについて褒めてあげるべきなのだろうが、秋鳴の口から零れたのはそんな感想だった。

 

「あ、あのあのあのあのあの……!」

 

「可愛かった」

 

 見惚れてた、と正直に告白する。可愛いと言われるごとにより真っ赤に、顔を隠してしまう。

 

「あうあうあうあうあう」

 

「……はは、いい表情するな。サラ」

 

「~~~っ」

 

「丁度いい。飯は食べた?」

 

「え、まだですけど……」

 

「よし一緒に食おう」

 

「け、結構です。私はまだ練習を―――」

 

「だったら、一緒に飯食ってくれたら俺が色々教えてやるよ」

 

 カテゴリー5の魔法使いである秋鳴の指導が受けられる。

 それが魔法使いにとってどれほど名誉であるかを本人は自覚してないが、その提案は相当サラにとって魅力的だったようで。

 ベンチに隣り合って座り、秋鳴は“とっておき”を渡す。

 

「これは?」

 

「どら焼き、さ。中に餡子が入ってる」

 

「い、いただきます」

 

 そしてどら焼きの味を堪能したサラが満面の笑顔になり、またも秋鳴の可愛い発言連呼に顔を赤らめるのだった。


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