D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
「……ん、くぁ」
眼を覚ました秋鳴は、身体を起こして身体を伸ばす。目覚めは良好で、徐々に意識は覚醒していく。窓から差し込む朝日は彼の視界を奪うほど眩しいが、朝が来たことを知らせるには充分だ。立ち上がろうと手をついて、柔らかい、ベッドとは違う肉感にギョッっとする。
「……ん、んんん」
ごろり、と寝返りを打つ美女。金の髪を流麗になびかせて、秋鳴に添い寝をするような形で毛布に潜り込んでいた。
金の髪、シミ一つない白衣。その下に着こまれている風見鶏の制服。正直言って、とても似合わない組み合わせだった。
それは彼女を知っている秋鳴だからこその反応であり、通り過ぎれば誰もが振り返るようなこの美女には、服装なんてあまり意味を為さない。
「起きろ。セレン」
優しく起こすというつもりは毛頭ないのだろう。思いっ切り毛布を引っぺがし、勢いそのままに女性――セレンはベッドの下に転がり落ちる。はずだった。
「残念っ! 寝てませんでしたーっ!」
「たぬきが」
「えっへへー。あの程度の鍵じゃ私の侵入は防げないのだよゴー」
そういえばそうだった。と思い出してため息を吐く。目の前の女性――セレン・ジョーカーはとにかく『開錠』のスペシャリストで、その技術はもう彼女の本業にしてしまってもいいレベルである。もっとも、開錠を本業にするのは基本的に悪役だが。
「で、何の用だよ」
打ち解けている間柄だからか、気にすることなく制服を着込む。制服姿の秋鳴に「壊滅的に似合ってない」と大笑いするセレンに秋鳴は物理的に対抗する。
勿論、拳で。
「いったーっ!?」
「お前も似合ってねえんだよ」
「うっぐー……それが『運び屋』への対応でいいの!?」
「俺、今回は何も頼んでないが」
「ぐ、ぐぐぐ」
「ざまぁ」
「ご、ゴーが欲しがる商品は持ってきたわよ!」
「……ほう?」
何故だか彼女は、秋鳴のことを『ゴー』と呼ぶ。いつから呼ばれるようになったかは覚えてないが、秋鳴としても呼ばれ方にあまり拘りはないので気にしてない。
セレンが自信満々に何処からか『箱』を取り出す。それはつい最近ドイツで作られるようになった、『発泡スチロール』と呼ばれるものだ。
蓋をあける。発泡スチロール独特なのか、やや心をかき乱す不快な音と共に蓋が外される。その中には、秋鳴―――いや、日本人であるならば馴染み深いものが入っていた。
「和菓子、だと……!?」
「ふっふふーん。私の魔法でちょっくら日本まで行ってね。ついでに仕入れてきたのだよ」
「セレン」
「ふっふふーん」
「普通の報酬の倍出そう」
「毎度ありー♪」
最高の笑顔を見せるセレンを前に、秋鳴もテンションをあげざるを得ない。和菓子、なのだ。あんこや餅を使って作られたそれは日本人にとって本当に馴染み深いものであり、欲しい時に限って手元にないものだ。普段は洋食やチョコレートといった『固い』甘さしか味わえてない秋鳴にとって最高のプレゼントだろう。
出費がかさもうと気にならない。この箱の中身にはそれだけの価値があったのだ。
「じゃ、箱は回収させてもらうよーん」
すい、とセレンが手に取って箱がその場で『空間に飲み込まれる』
セレン・ジョーカーが生み出し、未だ世に出ていない彼女オリジナルの魔法―――『
彼女が作りだしたその特殊な魔法空間に納められた物体は、その中にある限り“時間が停止する”
物体の状態を保存することに一役買っており、彼女が『運び屋』として生計を立てられるのは一重にこの力のおかげと言っても過言ではない。
「あ、そうそうゴー」
「どうした、お前の用事はもう終わったろ?」
「いやさー。最近おかしいことがあってね」
「なんだよ、もったいぶらずにさっさと言え。俺はこれから登校するんだが……」
「あーうん、その」
妙に歯切れが悪いセレンを前に、苛立ちが募る。言いたいことははっきり言え、ともう一度注意する。
すると困惑した表情で。
「陽ノ元葵、って娘はわかる?」
「……えーと、確かフラワーズで働いてる娘だろ?」
まだまともに利用したことはないが、この風見鶏の本校が存在する島で経営されている喫茶店『フラワーズ』
陽ノ元葵という少女は、面識はないものの風見鶏の生徒の誰しもが認知している存在だ。太陽のような笑顔を周囲に見せ、楽しそうに勤労に励む少女だと秋鳴は聞いている。
「で、その娘がどうしたんだよ」
「いやさー……その娘にある物を『運んで欲しい』って依頼があったのよ」
「さっさと運べよ」
「違うわよ……その依頼主も、運ぶべき物も……何も、覚えてないのよ。依頼があったーって漠然と覚えてるだけで、ね」
「ボケたか」
「私が『運び屋』の仕事をミスしたことがあると思って?」
「……そうだったな」
『運び屋』としての彼女は仕事を間違えない。だからこそ誰もが彼女に依頼をして、彼女は客の信頼を得ていく。秋鳴も何度か依頼したこともあり、彼女の仕事へのプライドは理解している。そんな彼女が仕事を『忘れる』わけはない。そう考えれば確かに不可解なことだ。
「んーあー! 気にしすぎても仕方ない!! ちょっと私調べてくるっ!」
「お、おう」
勝手に決めて、彼女は部屋を飛び出していく。まるで嵐そのもの。秋鳴は去っていった彼女の背中を追うことなく、彼女から買い取った和菓子の物色を始める。
手に取った大福を一口で頬張り、柔らかな甘みが口内全体に広がる。至福の時間だ。緑茶があれば完璧だな、と大福を食べ終え、昼食のデザートに何を食べようかさらに物色することにした。
ちょうどいいものを見付けて、秋鳴はそれを嬉しそうに大事そうに鞄にしまった。この季節ならば状態が悪くなることもないだろうと。