IS/Zero   作:小説家先輩

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第四十話 静寂

翌週の月曜日。切嗣は楯無としばらく会っていないことに一抹の寂しさを感じつつも、つかの間の学生生活を満喫していた。そんなある日のこと。

 

「―――さて、そろそろいくとするか」

 

切嗣は、いつも通りHRが始まる20分前に自室を出るべく扉を開けたところで―――

 

「おはよ、きりちゃん♪」

 

「……おはようございます、会長」

 

笑みを浮かべる楯無と鉢合わせすることになった。どうやら楯無は切嗣が出てくるのを待っていたようだ。突然の出来事に対して困惑する切嗣に対し、楯無は手に持っていた風呂敷に包まれた何かを切嗣に手渡す。

 

「はいこれ、お弁当」

 

「え?」

 

「え?じゃなくてさ、君はいつも購買のパンで済ませてるでしょ?これからはきちんと食生活を改めなきゃいけないよね?だからこれからは私が君のお弁当を作ってくることにしたから、よろしく」

 

楯無は切嗣にそう告げ、急ぎ足で学校のほうへ向かう。一方で残された切嗣はしばらく呆然としていたが、あまり時間が残っていないことに気づいて教室に急ぐ。が、その出来事はこれから起こる事件(?)の前触れであることに、このときの切嗣は気が付いていなかった。

 

―10分休み―

 

「衛宮君、ちょっといいかしら?」

 

「!?」

 

授業終了のチャイムがなって、10秒もしないうちに1組の入り口に楯無が現れたことに教室が

騒がしくなる。

 

「会長?どうされたんですか?」

 

そう言いながら楯無についていく切嗣の後姿を見つめる3人の人影。言うまでも無くセシリアとシャルロット、ラウラである。

 

「「「切嗣(さん)……」」

 

 

―中休み―

 

「衛宮く~ん、ちょっといい?」

 

「今度はどうしたんですか、会長?」

 

傍から見れば、中休みになった途端にいきなり現れる会長と渋々それに付き合う後輩、と言う光景にしかならないのだろうが―――1組のある3人にとってはそう見えないようで……。

 

「「「ぐぬぬ……!!」」」

 

彼女らのフラストレーションは着々と溜まっていた。

 

 

そして迎えた昼休み。相変わらずチャイムが鳴ってから凄まじい速さで現れる楯無であったが―――

 

「衛宮く「切嗣さん!一緒に屋上でご飯を食べますわよね!?」……ほう?」

 

そうはさせないとばかりにセシリアとシャルロット、そしてラウラが切嗣を取り囲む。

 

「会長は生徒会の仕事で忙しいでしょうし、邪魔をしては悪いから僕たち4人でご飯を食べますよ!!」

 

「そうだな!会長も私たちにかまっている時間は無いだろうから……いくぞ、切嗣!!」

 

シャルロットの提案にすかさず便乗するラウラは切嗣の手を握って、この場から離脱しようとする。このまま放置していれば、どうなるか目に見えているため、楯無と切嗣が2人きりになるのを阻止しようとする。が―――それに気づけない楯無ではない。

 

「いやいや、生徒会の仕事は放課後だけで十分事足りるから大丈夫……それよりも、屋上より生徒会室のほうが快適に過ごせると思うから、一緒に5人で生徒会室で昼食にしよう♪」

 

「―――そうですね、それがいいかもしれません」

 

「!?」

 

切嗣の答えに、楯無は満足そうな笑みを浮かべる。一方セシリアたちはショックを隠せていないようで―――

 

(一体どういうことですの!?この前からあの二人、とても仲が良くなっているようですけど!?)

 

(僕に聞かれても……ラウラは何か知らない?)

 

(……すまないが、私にも分からない)

 

困惑する3人を尻目に楯無は切嗣の手をとると、生徒会室のほうへ歩いていった。

 

 

「さて、衛宮君。あれを出して」

 

「……はい」

 

「「「???」」」

 

生徒会室についたところで、切嗣は机の上で風呂敷の中身を空ける。するとそこには大きな重箱があった。

 

「これは……すごいですわね」

 

「なんと……まさか切嗣がこのようなハイクオリティーのお弁当を作ってくるとは……」

 

「…………」

 

それに対するセシリアたちの反応は三者三様であったが、シャルロットはあることに気が付くと楯無に質問をぶつける。

 

「会長はお弁当はどうされたんですか?」

 

「私は衛宮君と一緒に、このお弁当を分けるつもりだけど?」

 

「そうですか……。では、もう一つ質問をしてもいいですか?」

 

「いいよ」

 

そこでシャルロットの目つきが鋭くなる。どうやら決定的な何かを見つけてしまったらしい。その様子を不安そうに見つめるのはセシリアとラウラ。しかし、その不安はすぐに解決することになる。

 

「どうして……お箸が一膳しか入っていないんですか?」

 

「「!?」」

 

「…………」

 

シャルロットが見つけたもの。それは、本来なら2膳いるはずのお箸が1膳しか入っていない、という事実であった。楯無はその質問にしばらく沈黙を保っていたが―――

 

「あ~!!私としたことがお箸を入れ忘れるなんてー……私ったらついやっちゃった♪―――と言う事で衛宮君、私が貴方の分をとってあげるね♪」

 

「「「なっ!?」」」

 

不敵な笑みを浮かべながら、質問の答えを口にする。もちろん、そんなことは許すまじ!とセシリアたちが詰め寄ろうとするが―――

 

「三人とも、足元に何かいるみたいだけど大丈夫?」

 

「!?」

 

楯無からの唐突な質問に慌てて3人は足元を確認する。そして3人の意識が完全に床に向いた瞬間―――楯無は凄まじい速さで重箱を開け、お箸を取ると、ある行動に出る。

 

「はい、エビフライをどーぞ♪」

 

「むぐっ!?」

 

切嗣の口に放り込まれるエビフライ。それが戦闘開始の合図となった。

 

 

「なるほど……まんまとしてやられましたよ、会長」

 

「いやだなぁ……私は、偶然、お箸を入れ忘れただけ、だよ?」

 

楯無の先制攻撃(?)の後、真っ先に口を開いたのはシャルロットであった。敵意をあらわにするシャルロットに対して、楯無は不敵な笑みを崩さない。

 

「なら、今度はこっちの番……ですよね?」

 

「何?言っておくけど、生徒会室でのリアルファイトはご法度だよ?」

 

「いえいえ、そんな物騒なことはしませんよ―――とりあえず、彼のお箸をとってこなきゃいけませんよね?と言うことでラウラ、ちょっと行って来てくれないかい?」

 

「何故私が……」

 

シャルロットの提案に不満を漏らすラウラ。しかし、シャルロットがラウラの耳に何かを耳打ちした途端―――

 

「分かった。すぐにとってくる」

 

今までの反応が嘘のように、急いで生徒会室を出て行った。セシリアと楯無は突然のラウラの行動を怪しむ。

 

「さてと……ところでセシリア」

 

「?何ですの?」

 

この場面でいきなり自分に話を振られたことに、セシリアは困惑せざるをえない。

 

「この前、僕たちにセシリアの料理を振舞ってくれたことがあったよね?あれを会長にも味わってもらったらどう?」

 

「それはいい考えですわね!!実は私、あれからさらに料理の練習をしてまいりましたので、是非とも会長に味見していただきたいですわ♪」

 

「!?」

 

ここに来て、切嗣はようやくシャルロットの狙いに気づく。セシリアの料理は、なまじ匂いも見た目もほぼ完璧であるため、飯マズであることを見抜くのは困難を極めていた。切嗣があれこれ考え事をしている間に、セシリアは弁当箱のふたを開けると、中身を楯無に見せる。

 

「へぇ……見た目も良い感じなんだね。私も、ちょっと食べてみていい?」

 

「もちろんですわ!!」

 

さらに悪いことに楯無がセシリアの料理に興味を持ってしまったため、切嗣はなんとか楯無を静止させようとするが―――

 

「―――!」

 

シャルロットの鋭い眼光に切嗣はその事実を告げるのを躊躇ってしまう。そして―――

 

「いただきま~す♪」

 

正真正銘のダークマターが楯無の口の中に放り込まれる。その数秒後―――

 

「馬鹿な……自分の弁当に毒を仕込むなんて……一生の不覚っ」

 

楯無の上半身が机に倒れ伏す。それを見つめるセシリアとシャルロットの反応はまったく異なるものであった。

 

「また上手く作れませんでしたわ……。やはり、私には料理の才能はないのでしょうか……」

 

目に見えて落ち込むセシリアと―――

 

「…………♪」

 

計画通り、とばかりに悪魔の笑みを浮かべながら、切嗣の隣に陣取るシャルロット。

 

この後、切嗣は食堂からお箸を取ってきたラウラとシャルロットに世話を焼かれながら、自分のお弁当を食べることになった。

 

 

翌日、切嗣たちは2組と合同で実戦演習をするためにアリーナに集合していた。

 

「では、これから両方の組から立候補したメンバーで1対1の戦いをやってもらうが……誰かいないか?」

 

「はい!私にやらせてください!!」

 

千冬の言葉に鈴がすかさず手を上げた。その表情はやる気に満ち溢れており、誰にも負けないと言う強固な意志が表れている。

 

「分かった……。では2組は凰として、1組からは誰が立候補するんだ?」

 

「私に……やらせてくれませんか?」

 

千冬の呼びかけに意外な人物が反応する。

 

「篠ノ之……お前、大丈夫なのか?無理しなくても良いんだぞ?」

 

「……はい。もう大丈夫ですから、ここは私にやらせてください」

 

「……分かった。では2人ともISを装着して準備が出来次第、模擬戦を開始する」

 

「「了解しました!!」」

 

千冬の言葉に箒は力強く答える。そんな箒の態度に若干の違和感を覚えつつも、塞ぎ込んでいた箒が自ら授業に意欲的に参加するのを止めるのも忍びないので、箒にやらせてみることにした。

 

 

(なかなか……やるじゃない!)

 

鈴は箒と対峙しながら、内心でそう呟く。開始早々、鈴は近接戦用の双天牙月を呼び出して箒に斬りかかった。そしてそれに応じる形で箒も、自分の武装である雨月と空裂で受け止める。

 

(もらった!!)

 

すかさず鈴は腕部に搭載されている衝撃砲を撃つ。しかし―――

 

「うそ!?」

 

箒は鈴の行動を先読みしていたかのごとく、スラスターを用いて鈴の側面に回りこんだ。そんな箒の行動に慌てて鈴は対処しようと試みるが、

 

「胴ががら空きだぞ!!」

 

「ぐっ!!」

 

箒の雨月が反応が遅れた腹部装甲に斬りつけた。装甲の上からの攻撃とは言え、衝撃を完全に殺しきれる訳ではない為、思わず胃の内容物が漏れそうになる。しかし、箒の攻撃はそこで止まらない。

 

「―――」

 

「っ!!」

 

一度目の斬撃を浴びせた後の、反対側に回り込んで空裂による追撃。最初の斬撃で体勢を崩された鈴の脇腹に激しい衝撃が襲い掛かる。

 

「なめるな!!」

 

が、それでやられる鈴ではない。二発目の攻撃を受けた後、すぐさま体勢を立て直して箒から距離をとる。

 

(あの2発の攻撃でシールドエネルギーの4割を持っていかれるなんて……本当に馬鹿げた機体ね……)

 

鈴はシールドエネルギー残量を確認しながら、心の中で毒付く。いくらまともに2発の直撃をもらったとは言え、それだけでシールドエネルギーの4割を持っていかれれば、そんな反応をするのも無理は無い。

 

そして、それからは箒の独壇場となった。両手に装備した雨月と空裂を用いてのヒットアンドアウェイ戦法を多用してくる箒に対して、鈴は防戦一方にならざるを得ない。

 

「ちょっとはあんたも食らいなさいよ!!」

 

散々箒にしてやられ、もう少しで完封されそうになっている鈴が直線を描きながら向かってくる箒に苦し紛れの衝撃砲を放った。今までの箒の反応を見る限り、普通に避けられるはずだったのだが……

 

「うぐっ!!」

 

不可視の砲弾が箒を直撃する。本来ならば予期せぬ攻撃に対して、よろけるなり減速するはずなのだが、箒はそのどちらでもない行動を取った。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

箒はありえないことに直撃弾を受けても、スピードを落とさないまま鈴に斬りかかる。ありえない箒の動きにまたしても反応が遅れる鈴とスピードを維持して突撃する箒。

 

「試合終了!勝者、篠ノ之箒!!」

 

決着は一瞬で付いた。大振りになった鈴の牙月を掻い潜った箒の斬撃が、鈴のISの装甲を斬りつけて鈴のシールドエネルギー残量が0になったため、千冬が試合終了の合図を出したのだ。

 

千冬はそして箒の勝利に沸く1組のメンバーと負けた鈴を励ます2組のメンバーたちを見ながら、内心では箒の異質な戦い方を案じていた。

 

 

同時刻、アマゾン川流域にあるうち捨てられた巨大な廃墟。見た目は完全に廃墟と化した建物だが、その地下に言峰たちの研究施設が作られていた。周りの森に囲まれており、かつこの付近は地元民たちも気味悪がって近づかないため、秘匿性も十分に保たれている。

 

「あ~……めんどくせえなぁ、この作業」

 

言峰たちのキーボードを叩く音が響く中、イーリスが思わず不満を漏らす。束の行っていた作業のほぼ全てを3人でこなさなければならないと言う苦労もあるが、それ以上に他のISパイロットに比べて好戦的な彼女は、所属部隊でもデスクワークよりも実戦の経験が多かったためか、デスクワークはあまり得意ではない。

 

「無駄口叩いてる暇があったら、私とマスターにコーヒーでも注いで来て下さいよ」

 

そんなイーリスのぼやきに、すぐ側で仕事をしていたクロエが反応する。表立っての戦闘よりも裏で暗躍する事を得意とするクロエとその間逆のイーリス。当然、2人の中は相当ギクシャクしている。

 

「あ?そんなものは新米がやるに決まってんだろ?お前新米なんだから行って来いよ」

 

「何で貴女よりも忙しい私が行かなきゃいけないんですか?―――ああそうか」

 

そこでクロエは不敵な笑みを浮かべる。どうやら何かを思いついたようだ。

 

「近接戦闘しか能が無い筋肉馬鹿さんには分かりませんでしたね、これは失礼しました」

 

「……上等だよ、表に出な!一撃でダウンするその貧弱な身体がちょっとでもマシになるように、海兵隊仕込みのCQCを叩き込んでやるよ!!」

 

お互いに気に食わないせいか、即座に机を叩いて立ち上がる2人。そしてその場に一触即発の空気が漂う。

 

「……マスター。あたし外でこのもやしを潰す用事が出来たから、少しの間だけ1人で仕事しておいてくれない?すぐ戻ってくるからさ」

 

「すみませんマスター。私も外でこの駄肉を捌かないといけないので、少し席を外させてください」

 

2人は外で決闘する許可を取るべく黙々とキーボードを叩いている言峰の背中に声をかけた。そしてそんな2人に対し、言峰はため息をつきながら懇々と説教をする。言峰陣営の前途は良好……とはいかない様だ。

 

「この現状……どうしたものか」

 

言峰は束の死の詳細を記した報告書を作成しながらそうぼやく。幸か不幸か、その声は誰にも聞かれることは無かった。


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