楯無が目を開けると、目の前に切嗣が座っていた。楯無の意識はいつの間にか生徒会室に戻っていたらしい。
「大丈夫ですか?」
「……えぇ、なんとか。いろいろショッキングな物を見ることになっちゃったけどね」
「……」
楯無は切嗣に向けて笑顔を作るが、その顔にはいつもの覇気が感じられない。そしてそんな楯無を切嗣は心配そうに見つめる。しかし、このままでは埒が明かないと判断したのか、楯無は無理に話を進めることにした。
「こほん……それじゃあ、率直な質問をさせてもらうわね。衛宮切嗣、貴方は一体何者なの?」
「それは貴方に見せた通りです……。あの時、僕は確かに一度死に、再び目が覚めたらどこかの公園で倒れていました」
「………」
楯無は切嗣の言葉を吟味する。楯無は彼の記憶のおおよそ全てをトレースしたが、その際に見聞きしたことは全て過去のことであった。
かつ、冬木市で起こった大火災はかなりの大規模なものであったのだから、その事実は確実にテレビやインターネットで流れているはずである。しかし現実に、楯無はそのような事実をこの世界において一切目にしていない。
「―――今から話すことを真面目に聞いてね?」
「………」
いつにも増して、真剣な顔をする楯無の言葉に切嗣は黙って頷く。そして彼女は大きく息を吸った後―――
「貴方って、平行世界の人じゃないの?」
切嗣に向かって一切の考慮を省いた質問を繰り出す。
「僕自身、なぜこうなっているのかよく分かりませんが……その可能性が一番かと」
それに対する切嗣からの返答は肯定。
「可能性が一番高い、ね。……なるほど、貴方の今までの来歴を見せてもらって貴方と言峰綺礼との関係性は分かったし、これ以上質問すべきことも無いから、尋問は終わりにするね」
楯無は切嗣にそう告げたところで、尋問の報告書を作成するために自分のノートパソコンを立ち上げ始める。その佇まいからは先ほどまでの剣呑な雰囲気は感じられず、元のIS学園の生徒会長に戻っていた。
「では、失礼します」
「……ちょっと待って。最後に一つだけいい?」
「?」
席を立ち、生徒会室を後にしようとする切嗣の背中に、楯無は言葉を投げかける。
「えっと……その……貴方は私より年上、なんだよね?」
「?……あぁ、別に今までどおりで構いませんよ」
「そっか……うん、ならそうさせてもらうわ。とりあえずみんなの前では今まで通りと言うことで」
「了解しました」
楯無が自分の正しい年齢を知ってしまったせいか、妙にかしこまっているのが切嗣にとって可笑しかったようで、切嗣は楯無にばれない程度に微笑を浮かべながら会釈をして生徒会室を後にした。
「これが、衛宮の事情聴取の全容か……」
楯無の作成した報告書に目を通しながら、千冬がそう呟く。そしてある程度目を通したところで、千冬は楯無に質問を始めた。
「ところで、この供述にある言峰綺礼と衛宮の関係についてだが―――もう少し詳しく説明してもらおうか?」
「彼は裏社会で『魔術師』と呼ばれる凄腕の暗殺者に対抗する殺し屋であり、言峰綺礼は彼に壊滅させられた“組織”の復讐のために、彼を執拗に付け狙っている。これが事の真相です」
もちろんこれは楯無の考えた嘘なのだが、切嗣が拷問でもされない限り第三者が彼の過去を知ることが出来ないため、楯無の言葉の真偽を千冬が知ることは実質不可能と言っても問題は無い。
「……対暗部のスペシャリストであるお前がそう言うのなら、分かったと答えるしかないだろう。それで衛宮を引き続きこの学園においておく以上、その責任はすべてお前が背負うことになるが、それでいいのだな?」
「はい、その条件で構いません」
楯無は一切の躊躇いもなく頷く。千冬はそんな彼女の様子をじっと見つめるが、彼女の目に宿る強い意志を感じ取ると、内心ため息をついた。
「……分かった。では、衛宮についてはお前に一任する」
「寛大なご処置に感謝いたします。では私は生徒会の仕事がありますので」
「あぁ。ではまたな」
「失礼いたしました」
楯無は席から立ち上がり、そのまま教室を後にした。
「これで頭痛の種がまた一つ増えたか……」
そんな楯無の様子を見ながら千冬はためいきをつかずにはいられなかった。
束の葬式から数日が経過したある週の土曜日―――箒は学校の中庭で、1人ベンチに腰掛けながらため息をついていた。あまり好感を持っていなかったとはいえ、実の姉を突然奪われてしまったのだ。そしてそれを誰にも打ち明けることさえ叶わない。
「隣……いい?」
「?……あぁ、別に構わないが」
ふと声が聞こえたため、箒は顔を上げる。するとそこには専用機持ちのトーナメントの際に、相手になった簪の姿があった。
「篠ノ之博士の事……聞いた」
「!!誰かが口を滑らせたのか!?」
「……」
情報漏えいの可能性を示唆するような簪の発言に一気に警戒心を強める箒。しかし、簪はそれはないとばかりに首を横に振る。
「……いいえ。姉さんが電話で誰かと話をしているのを……偶然……聞いただけ」
「そうか。なら分かると思うが、しばらく1人にしてほしい」
「……分かった。では……少しだけでいいから……私の話を聞いてほしい」
「いいだろう」
箒は軽く頷く。自身、正直なところ早く一人きりになりたかったが、簪の想いを無碍に扱うわけには行かない。
「私は……貴女のように……篠ノ之博士の妹でもなければ……第4世代のISを……持っているわけでもない。だから……私には……篠ノ之博士の仇を討ちたくても討つ事ができない」
「……」
「それが……とても悔しい……」
「―――こう言ってはなんだが。何故、私の姉にそこまでの想いを持ってくれるんだ?別に面識があるわけではないだろうに……」
「篠ノ之博士は全てのISにとっての母親とも呼べる存在であり……この世界の希望だった。そんな博士を殺した男を……許す訳には……いかない」
簪の話に箒は途中で言葉を失ってしまう。ISの母である束を殺した言峰綺礼は、全てのISパイロットにとっての共通の仇となっているのだ。そして、普段はあまり感情を表に出さないはずの簪ですらその表情は悔しさに歪んでおり、言峰への報復を望んでいる。
(私は……このまま何もせずにいてもいいのか……。姉さんを殺したあの男を放置したまま……)
箒は険しい表情で考え込む。そんな彼女の心を見透かすかの如く、簪は言葉を続ける。
「もし……それが出来る方法があるのなら……私がそれを実行してみせるのに……」
「!!」
(彼女とはあまり面識が無いはずなんだが……。こんな彼女ですら、私の姉のために仇討ちをしようとしてくれている……ならば私のなすべきことは1つ―――)
「よし!!」
「?」
箒は自分に喝を入れるように、声を上げて立ち上がる。
「考えてみればこんなところでへこんでいる場合ではなかったな!たった今から、私はやるべきことが出来た!!」
「そっか……」
心なしか簪の顔に笑みが浮かぶ。どうやら箒が立ち直ったのを喜んでいるらしい。
「私を元気付けてくれてありがとう!それじゃあ、また!!」
「うん……またね」
簪に別れを告げ、箒は剣道場へと足を速める。簪はそんな箒を眺めていたが、いつの間にか、その表情は穏やかなものとなっていた。
一夏は1人、部屋で自分を取り巻く現状について思い悩んでいた。自分の目の前で起こったもう一人の姉とも呼べる人の「死」とその時に何も出来なかった自分。
そのときの「自分の周りの全てを守り抜く」と誓った一夏の心に大きな影を落としている。
(また守りきれなかった……銀の福音のパイロットや束さんも……。俺はこのまま……失い続けるしか出来ないのかよ……!!)
悔しさのあまり、無意識のうちに拳に力が入る。
(このままじゃ、いずれ箒や鈴も―――)
一夏の脳裏によぎるのは血まみれの幼馴染たちの傍で、不敵な笑みを浮かべる言峰の姿。
(そんなこと―――させるかよ!!)
一夏は拳を思い切り壁に叩きつけた。思い切り壁を殴ったせいか、その手には強い痺れが走るが、彼がその様子を気にする様子は無い。
(誰よりも……強くなってやる……!!)
一夏はいずれ戦うことになるであろう言峰の顔を思い浮かべながら、強く決意を固めた。
その次の日、一夏は楯無との訓練のために第3アリーナを訪ねていた。幼馴染の姉を目の前で殺され、その犯人に対して何も出来なかった自分と決別するために。
「さて……それじゃ、訓練を再開する前に一言だけ言っておくね」
「?」
お互いにISを装着して向き合った状態、一夏は楯無から唐突にプライベートチャンネルでの通信を受ける。
「君も知っての通り、これから私たちは強大な敵に立ち向かわなければならなくなった。そして敵は手段を選ばずに私たちに攻撃を仕掛けてくる。だから君には短期間で戦力として使える様になってもらなきゃいけない―――分かるわね?」
「……」
楯無の言葉に一夏は黙って頷く。彼女の言葉から察するに前回よりも訓練はきついものになるのだろう、ということは確かだ。
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。“彼”もこの訓練を乗り越えたんだから、貴方が彼よりも実力があるのなら出来るはず」
「……分かりました!やってみせますよ!!」
楯無の口から出た“彼”と言う言葉。それが誰を指すか分からない一夏ではない。すかさず一夏は引き受ける。そしてその直後、自分が選んだ選択肢を猛烈に後悔することになった。
「―――じゃあ今から数分間、私が君を本気で殺しにかかるから、頑張って生き延びてね?」
「!?」
そういうや否や、一夏の目の前から楯無の姿が消える。ここに一夏の地獄の特訓が幕を開けることになった。
「あれ~?かんちゃん、今日はお出かけしないんだね~?」
その日の午後、本音はルームメイトである簪がいつもなら出かけているはずの時間帯に残っていたため、何気なく問いかけた。
「うん……。今日は、特に用事は無いから……」
「そっかぁ~……。ひょっとして、いい人でもいたりするの~?」
「いや、そんなのじゃ……ないから……」
「ふ~ん……?かんちゃんがそう言うのなら、そう言う事にしておきますか♪」
「だから……違うって言ってるのに……」
本音の冗談に簪は苦笑しながら答える。その反応を見る限り、その行動が簪自身にとって何かしらプラスに働いているようだから、あえて注意する必要も無い。本音はそう結論付けることにした。