「あの地図に記された地点まであと10分ってところか……」
切嗣たちは民兵やロシア軍に敵だと判断されないよう、レーダーに映らない低空度で飛びながら目標まで接近していた。
「……そうだね。しかし妙だと思わない?一応、ロシア軍側に誤認されないように識別コードを与えられたのはいいけど、民兵たちから一切攻撃を受けないなんて……」
5人の小隊の中央で索敵を担当する楯無が殿である切嗣に対し、プライベートチャンネルで疑問をぶつける。民兵側陣地の勢力圏であるはずの現在地に至るまでの間、切嗣たちは一切民兵の姿を目撃していない。というより一切人の姿がなかったのだ。
「なんか胡散臭いな……皆、用心しておこう」
「その前に、味方に後ろから攻撃を受ける可能性を考慮しなきゃいけないけどな」
「…………」
楯無とともに索敵を担当するラウラは待ち伏せの可能性を考慮し周りに呼びかけるが、嫌悪感を露わにする一夏とそれを黙殺する切嗣との間でムードが険悪なものに変わりつつあった。
(まずいわね……もう少しで接敵するところなのに、チームワークが乱れたところを狙われたりでもしたら―――)
「更識隊長、これは―――」
楯無の悪い予感が的中したかのごとく、切嗣からの通信が突然途絶える。楯無のモニターに映ったのは、飛行する姿勢のまま地面に向かって落ちていく切嗣の姿であった。
「切嗣!!」
「慌てないでラウラちゃん!箒ちゃんを確保して!!私が彼の救出に向かう」
「了解!!」
楯無はすぐさまラウラに指示を与えると、落ちていく切嗣に向かって急降下を開始した。指示を受けたラウラは即座に箒の腕を掴もうとするが―――
「なっ!?」
突然一夏と箒のスラスターが火を噴き、目的地に向かって飛翔を始める。明らかな束による妨害工作。咄嗟にラウラは通常では考えられない指示を出した。
「篠ノ之、私を信じてISを強制解除しろ!!」
「!分かった!!」
ラウラはスラスターの出力を最大にし、一気に箒の下に回り込む。そして紅椿を強制解除した箒が落下していき、間一髪のところでラウラの手に収まった。
「どういうことだよ!なんで箒のISを解除させた!?」
「簡単なこと。お前と篠ノ之のコアには篠ノ之博士の仕掛けた細工が仕込まれている。だから篠ノ之のISを解除することでそれを無効にしただけだ」
「じゃあ、俺も―――」
すかさず一夏もISを強制解除を試みるが、すでに通信以外のコントロールが出来なくなっていた。
「くそっ!」
「慌てるな。お前はしばらくコントロールをそのままにしておけ。篠ノ之博士のこと、悪いようにはしないはず。あとは私たちに任せておけ」
ラウラにプライベートチャンネルで諭されながらも、一夏は悪あがきをしていたが、コントロールを取り戻すのが不可能であることが分かり再びラウラにチャンネルを開く。
「……分かった。箒を頼む」
「了解した」
ラウラは一夏との交信を切ると、急いで楯無の元へと急行した。
「マズいな」
「うん。考えられる限り最悪の状態だね」
切嗣と楯無は自分たちを取り巻く状況を見ながらそう呟く。落ちていく切嗣を楯無が地表すれすれでキャッチ。そこまでは良かった。がしかし、楯無たちを囲むように現れたのは優に30を超える大量のゴーレムであった。
(動けない僕と彼女の二人だけでこの数を抑えるのは、不可能だな……)
知らずに眉間にしわを寄せる切嗣。ここまで来れば、自分たちは相手の術中に完全に嵌っていたことに自覚せざるを得ない。そもそも民兵側の人間が一人もいない時点で別ルートを探すべきであったのかもしれない。
「よく聞いて、きりちゃん。私が何とか隙を作るから、安全な状態を作れるようにしておいてね」
「……信じていますよ、更識隊長」
二人の間にそれ以上の言葉は必要ない。場数こそ少ないものの、苦楽を共にした彼らはお互いを信頼していた。
「行くよ!!」
楯無は切嗣を抱えたまま、後ろに飛ぶ。突然の奇行に一瞬動揺するゴーレムたちだが、すかさず腕を楯無に向けて熱線を発射しようとする。が―――
「そんなことはお見通しだよっと♪」
楯無は気づかれないように仕掛けておいたトラップ、つまり霧状にして散布したナノマシン入りの水を用いて水蒸気爆発を起こした。だが、その程度の威力では、束の用意したゴーレムには傷一つ付けられないことは楯無しも知っている。むろん狙いはそこではない。
「―――」
一瞬視界を奪われたゴーレムたちは上空からの反応を捕え、すかさず熱線を放つべく腕を空に向ける。すると、そこにはISを形成しているほぼ全ての水を一点に集中させ形成した、巨大ランスを地面に向けて放とうとしている楯無の姿があった。
「これなら、ちょっとは効くよね?」
「―――!?」
そして、そのランスの先端が無人機に触れた瞬間―――辺りを凄まじい熱と衝撃波が襲った。
「あ~あ……。その黒いやつだけ放置しとけば、お前は助けてあげたのにねぇ……」
モニター越しに戦闘を眺めていた束は思わず愚痴をこぼす。なぜ縁も所縁もないこの男にロシア国家代表の更識楯無がここまでするのか、束にはよく分からなかった。あらゆる国家の機密サーバーにアクセスして、『衛宮切嗣』に関する情報を探ってみたものの、更識楯無との結びつく証拠は一切出てこない。しかし、一方で更識楯無は自分の助手であるクロエ=クロニクルを拉致した犯人である衛宮切嗣のスポンサーとも呼べる存在であることも事実である。
(……まあいいや。とりあえずいっくんを確保できたし、箒ちゃんもあいつらの清掃が完了次第、あの出来損ない人形から奪い取ればいいからね)
一旦、疲れた目を回復させるため目薬を差す束。その際にモニターから目を逸らしてはいるが、切嗣たちには自ら開発したプログラムを用いて、ゴーレムを自動操作している。相手の戦力を分析し、その行動すべてを読み込みながら作戦を立てる。それをすべて一人で行えるが故に、束はまさに天才と呼ばれる存在なのだろう。外の状況をプログラムに任せ、自分でコーヒーを入れる束。クロエが行方不明になって以降、身の回りの世話をしてくれる人がいなくなったため、全て自分で行わなければならなくなっていた。
コーヒーを飲んで一服していた束のもとに部下であるクロエからの通信が入る。束は急いで通話ボタンを押した。
「もしもし!?大丈夫だった、くーちゃん!?」
「……えぇ、なんとか隙をついてやつのところから逃げ出してきました。ただ、その際に少し深手を負ってしまいまして……」
束は入り口にクロエの姿を確認した上で、備え付けてある高感度センサー及び生体認証のチェックになんら異常が見られなかったため、クロエに次の指示を出す束。
「治療するからすぐに入って来て!キーのパスワードはいつもと同じやつにしておくから!!」
クロエ本人であるのなら、あまり手間取ることなく入って来れるはずである。もしどうにかしてクロエ本人の生体データを獲得できたとしても、2人しか知らないパスワードを入力出来なければ、入ってくることは不可能。即座に待機中のゴーレムの餌食となる。
ほどなくして研究室のロックが解除され、血まみれになったクロエが入ってきた。
「任務を果た……せず、申し訳……ありません……でした。マス……ター」
クロエは傷ついた体を動かしゆっくり束のもとに近づくが、途中で軽い段差に躓きよろけそうになってしまう。束は、自分の服が汚れるのも構わずにクロエに駆け寄った。
「もう大丈夫だよ、くーちゃん。くーちゃんを捕まえてたクズどもは、皆まとめて束さんが排除するからね♪」
その言葉に安心したのか、顔を伏せるクロエ。そんなクロエを束はゆっくり抱えて、シャワールームに連れて行こうとするが―――
「いえ、その必要はないです。マスター」
「え?」
クロエの違和感に気づいたところで、束は右わき腹に熱いものを感じた。思わずクロエを抱えていた手を離してしまうが、自身のわき腹から来る熱さの原因を知るために確認した束の目に、信じられないものが写っていた。
「なんで……私を刺したの、くーちゃん」
「…………」
「なん……でよ!?黙ってたら……分かんない……でしょ!?」
束のわき腹に刺さっていたのは刃渡り15センチ以上のコンバットナイフであった。束は激痛に耐えながらクロエを叱責するが、クロエは一向に口を開こうとしない。
(幸い急所は外れてるけど……このままじゃ危ないかも。とりあえず、くーちゃんはゴーレムに拘束させるとして……この状況、どうしたものかな?)
徐々に薄れゆく意識の中、満身創痍の束の前に現れたのは―――
「よくやったぞ、クロエ=クロニクル」
「ありがとうございます。マスター」
クロエに恭しく首を垂れさせる、黒いカソックを纏った男であった。
ここからオリジナル展開に入ってくる予定です。これからもよろしくお願いします。
PS 作者「篠ノ之束と衛宮切嗣の戦いは激しくなるといったな……あれは嘘だ(ゲス顔)」