「お前……何者だ?」
「私はお前だ、織斑一夏」
「こんなところで禅問答をしてるほど暇じゃないんだけどな……」
そう軽口を叩きつつ眼前の相手を観察する一夏。見た目は少女時代の千冬と完全に一致している。その事に戸惑っている一夏に構うことなく、まどかは邪悪な笑みを浮かべながら胸のポケットから拳銃を取り出し一夏に向けた。
「私が私であるために……死んでくれ」
「な!?」
引き金を引くまどか。そして突然の出来事に対応が遅れた一夏。しかし、発射された弾が彼を打ち抜くことはなかった。何故なら━━━
「一夏に何をする!?」
自らのISである紅椿を部分展開した箒が一夏とまどかの間に割って入ったからである。
「箒!!どうしてここに!?」
「嫌な予感がして、お前の後をつけていたんだ。まさか本当にその予感が的中するとは思わなかったがな……」
一夏の言葉に返事をしながら目の前のまどかを睨みつける箒。箒とまどかの間に走る緊張の一瞬。しかし、先に銃を下ろしたのは以外にもまどかであった。
「……余計な邪魔が入ったか。だが覚悟しておけ、織斑一夏。私は必ずお前を殺しに行くぞ」
そう言い残し、まどかの姿は夜の闇へと消えていった。
「一夏!!」
「助かったぜ、箒」
まどかの姿が見えなくなったのを確認した箒はすかさず一夏に駆け寄る。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。そんな箒の様子を見て、一夏は極力いつもの様に振舞おうと務める。
「本当に無事でよかった。もう心配をかけないでくれ」
「そんな悲しそうな顔してると、いつもの凛としたかっこいいお前の顔が台無しだぜ。箒」
「~~~!何を言っているんだ馬鹿!!早く弾達のところへ戻るぞ!!」
頬を赤らめながら、一夏の手を引く箒。そんな箒の様子を不思議に思いながらも一夏は会場である五反田家へと戻っていった。
学園祭が終わり、一夏は楯無に呼ばれて生徒会室に来ていた。
「━━━それで、俺にしか頼めない用事って何ですか?」
「まあまあ、取り敢えず席に座って。取り敢えず美味しいお茶とケーキがあるんだけど、どう?」
「……はぁ。頂きます」
妙にそわそわしている楯無の様子を訝しみながらも、一夏は席に着く。数分後、一夏の目の前には美味しそうなロールケーキと心地よい香りを放つ紅茶が置かれていた。
「━━━で、話と言うのは?」
「ほ、ほら。紅茶も冷めちゃったら美味しくなくなるから早く飲んで!」
「……はい」
やたらと低姿勢な楯無の態度に、一夏もうすうす何かあると感じ始めていた。
「どう?ケーキと紅茶の味は?ちゃんと私が足繁く通って確かめた美味しいところの物なんだからね!」
「確かに美味しいですけど……会長。何か後ろめたいことがあるんじゃないですか?」
「!?」
ギクッと効果音が付きそうな勢いで楯無の体が硬直する。まるでイタズラをした子供が親に自分のイタズラを見つかってしまった時の様に。そしてその好機を見逃すほど一夏も馬鹿ではない。
「……そろそろ本当のことを話してくださいよ、会長!」
「……そうね。それじゃあ、一夏くん」
楯無は、先程までの対応がまるで嘘であるかのように素早く佇まいを直す。そして、一夏の前で勢いよく手を合わせ━━━頭を下げた。
「妹の事をよろしくお願いします!」
「……え?」
突然の出来事に間の抜けた声しか出せない一夏。どうやら一夏の受難はここから始まるらしい。
「妹さん……ですか?」
「……そう。名前は更識簪。容姿は私に似て美人だよ♪」
そう言って、楯無は携帯を開き画像を一夏に見せる。そこには確かに楯無と似た雰囲気を持っているものの、若干雰囲気の暗さを感じさせる少女が写っていた。
「とまあ、冗談はここまでにして。これは私が話したって誰にも言わないで欲しいんだけど、うちの妹って暗いのよね~」
「えらくバッサリ言いますね」
「まあ、隠してもしょうがないしね。それで本人の実力なんだけど━━━」
そこで楯無は一旦言葉を区切る。そして次に楯無の口から飛び出した言葉に一夏は耳を疑うことになる。
「かなり出来るよ。それこそ日本代表候補生になれるくらいに」
「日本代表候補生!?すごいじゃないですか!?」
楯無の口から飛び出した日本代表候補生と言う言葉に敏感に反応する一夏。それも当然といえば、当然のことなのかもしれない。なんといっても自分たちの祖国である日本の代表候補生なのだから。
「まあ……そうなんだけど、さ」
どこか落ち込んだ雰囲気を見せる楯無。その意味は次の言葉で明らかになる。
「本来なら専用機持ちになるんだけど……持ってないんだよね、専用機」
「……はい?」
専用機持ちのはずなのに専用機を持っていない。その矛盾に一夏はしばらく理解が追いつかない。
「つまりどういうことですか?」
「妹の専用機の開発に携わっているのは倉持技研……そして貴方と衛宮君のISの開発元も━━━」
「倉持技研。つまり俺と衛宮のISの整備により人数が割かれ、簪さんの専用機の開発が遅れているってことですか」
「そういう事。だからうちの妹のクラスである4組は専用機が必要となる大会には出場していないの」
なるほど、と一夏は内心納得する。確かに、専用機持ちであるはずの代表候補生が練習機で試合に出場するわけにはいかないだろう。
「それで、妹を頼むというのはどういう事ですか?」
「これは一般生徒には開示されない情報なんだけど、最近君が襲われた亡国機業によるISの強奪事件が頻発しているの。それを受けて我が校でも、各専用機持ちのスキルアップを図るべく、全学年合同によるタッグマッチを行うことになったの」
「まさか、その頼むというのは━━━━」
そこで楯無は再び一夏に手を合わせる。
「そう、お願い!そこでうちの妹と組んであげて!!」
妹の事を頼まれているとは言え、こう何度も生徒会長である楯無に頭を下げさせるわけには行かない。
「……分かりました。その簪さんには会長から頼まれたと言うのは伏せて、俺から誘えばいいんですね?と言うか、なぜこんな回りくどい真似を……」
「それは、その……」
そこでまたしても言い淀む楯無。ここに来て一夏は簪と楯無の間にある可能性を見出す。
「ひょっとして、仲が悪かったりとか……」
「う……」
露骨に落ち込む楯無を見て、一夏は自分の推理が事実であったことを察する。それと同時に一夏の脳裏にある姉妹の姿が思い浮かぶ。言うまでもなく箒と束である。姉妹間の不仲を解消しようと策を講じる姉と反発する妹。そんな姉妹を見て来た一夏に、楯無の依頼を拒否すると言う選択肢は存在しない。
「……とりあえず、俺の方から自然を装って接触してみますね」
「お願い。でもあの子結構気難しいところがあるから、言葉には気をつけてね?」
「了解しました。出来る限り最善を尽くすように頑張ります」
「!ありがとう!!」
こうして、一夏は楯無の依頼を引き受けた。それがどんな結果を招くことになるかも知らずに。
とある高級マンションの一室。そこの窓にはカーテンが閉じられ、中の様子を伺うことはできない。そこに腕を切断されたオータムの姿があった。
「くそっ!」
グラスに注いだワインを飲み終えたオータムは空になったグラスを壁に投げつける。粉々に砕け散るグラス。そしてまた新しいグラスを探して、そこにワインを注ぐ。一夏のISを強奪する作戦が終了して以来、この光景は日常になっていた。
「そこまでにしておきなさい、オータム。これ以上は体に良くないわ」
再びワインを煽ろうとするオータムの肩にスコールが手をかける。その動作からは仲間以上の親しみが感じられる。がしかし━━━
「っ━━━!!」
オータムは肘から下が無い右腕でスコールの手を振り払ってしまう。バシッと乾いた音が響き、スコールはため息をつきながら叩かれた手を戻した。
「━━━す、すまねぇ。こんなことになっちまうなんて……」
「しょうがないわ。隙を見せていたとは言え、私達亡国機業の幹部である貴女の腕を切り落とすほどの実力の持ち主なんですもの。貴女が生きていてくれただけでも私は嬉しいわ」
「スコール!私は、私は━━━」
自分の不甲斐なさに耐え切れなくなったオータムの目から大粒の涙が流れ出す。しかし、その涙が頬を伝うことはない。目尻から流れ出した涙は頬を伝う途中でスコールの指によって掬われる。
「すまない、本当にすまない……」
「今はゆっくり傷を癒すことに集中して。私には貴女が必要なのだから」
スコールはもう片方の手でオータムを抱き寄せる。一瞬、ビクつくオータムだったがスコールに抱き寄せられた事で安心したのか、一分もかからずにそのまま眠りについた。
「衛宮切嗣……私の大切な存在を傷つけた貴方を、決して許しはしない」
眠りについたオータムをベッドまで運び終えたところで、スコールは心底忌々しそうに彼女の倒すべき相手の名前を口にした。
学園祭から数日が経過したある日の放課後。HRが終わり、切嗣は教室を出たところで廊下の掲示板の前に人だかりが出来ていることに気づいた。
「……専用機持ちによる全学年合同タッグマッチ?」
「そうですわ!私と切嗣さんで張り切って優勝を目指しますわよ!!」
「いや、まだ誰と組むかすら考えていないんだが……」
目を輝かせながら力説するセシリアに若干引き気味の切嗣。一方で切嗣がまだフリーである事を聞いた生徒たちはすぐさま切嗣に駆け寄る。
「え、何?衛宮くんまだ誰と組むか決まってないの?」
「なら私と━━━「私を捨てる気か、切嗣!」「だめだよ切嗣。君は僕と組むことが決まっているんだから」!?」
取り巻いていた生徒たちの中から聞き覚えのある声が聞こえた為、切嗣がそちらの方に振り向くと、そこには額に青筋を立てながら凄くイイ笑顔を浮かべるシャルロットとラウラの姿があった。
一方で、一夏もパートナー探しに奔走していた。
「えっと……君が更識簪さん、だよね?」
「…………」
鈴や箒からの誘いを断り、簪をパートナーに誘う一夏だが、予想通り簪からのリアクションは芳しいものではなかった。一夏の問いに首をわずかに縦に振るだけで答える程度。どうやら道のりはまだまだ険しいらしい。
「俺の名前は織斑一夏。よろしく」
「……知ってる」
「知ってるのなら話は早いな。今度のタッグマッチだけど、俺と一緒に組んでくれないか?」
「……嫌」
帰ってきたのは小さい声であったものの明確な拒絶。流石に楯無からの頼みであるとは言え、こうも取り付く島もない状況では突破口は開けない。
「まあまあ。そんなこと言わないでないさぁ、頼むよ~」
「……大体、なぜ私に頼むのか理解出来ない」
「え~と、君の専用機が見てみたいから、じゃだめかな?」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間、簪は思い切り一夏の頬を打っていた。パン!と乾いた音があたりに響く。楯無から口には気をつけて、と言われた直後の失敗。一夏が自分の言動を反省している間に、簪は走り去ってしまった。
「そう言えば、何で妹さんは整備課に専用機の完成の手伝いをしてもらわないんですかね?」
「それは多分、私が一人で自分のISを組んだからじゃないかな」
「自分でISを組み上げたんですか!?」
一人でISを組み上げる。それなら確かに自分の完全オーダーメイドの機体を作り上げることができる。しかし、その為には凄まじい才能と知識がなければそれを成し遂げるのは不可能になるのである。
「まあ、七割方完成していたから簡単だったけどね。それにしても、あの子が一夏くんの頬を叩くなんて。そんな非効率な事しないはずなのにね……ひょっとしてお尻でも触った?」
「そんなわけないじゃないですか!」
楯無の冗談を真面目に返す一夏。
「でも、そう考えると一夏くんは案外脈ありなのかも……」
「またその手の冗談ですか。もう騙されませんよ」
「当たって砕けろ、よ。もう一度行ってきなさい」
「この状況でその選択肢は絶対に嘘ですよね!?」
「……まあ冗談なんだけど」
「…………」
楯無の掴みどころのなさに、何とも言えない気持ちになる一夏。そんな一夏の気持ちを知ってか知らずか、楯無は更に言葉を続ける。
「とにかく、簪ちゃんの事よろしく頼んだわよ。それと機体の開発も手伝ってあげて」
「……分かりました」
「じゃ、後はまかせたわね~」
そう言うと、楯無は軽やかな足取りで一夏の部屋から去っていった。
一夏が簪に接触を始めてから、まもなく一週間が経とうとしていた。時間を見つけては声を掛けてくる一夏とそれを頑なに断り続ける簪。その二人の行動が周囲の注目を浴びる様になるまでに、そう長い時間はかからなかった。
「ねぇねぇ、聞いた?一夏くん、今度の専用機タッグマッチに四組の更識さんを誘っているらしいわよ?」
「うん知ってる!でも、当の本人は一夏くんの事を避けてるみたいなんだよね~。この前も食堂で何か揉めてたみたいだし……」
「あの子、自分に相手を選ぶ権利なんてあると思っているのかしら……」
「ちょっと、いくらなんでも「っ!!」!?」
噂話をしていた女子の横を簪は逃げるように通り過ぎる。明らかなお節介と謂れのない中傷。そして何より、彼の周りには専用機を持った幼馴染が居ると言うのに、どうして自分に声を掛けてくるのか。その事で彼女の頭は一杯であった。
(いい加減……放っておいて欲しい……!!)
簪は何も言い返せない自分への苛立ちと誰にも悩みを打ち明けられない苦しみに苛まれていた。そこに遭遇してしまった一夏には━━━
「お~い、更識さん。一緒にタッグを組もうぜ」
「やめてよ!!私は貴方なんかと一緒に組みたくないの!!」
簪からの強烈な拒絶が待っていた。休み時間の廊下に響き渡る簪の大声。注目を浴びる形となってしまった簪は自らの軽率な行いを猛烈に後悔する。
「……そっか。ごめんな、何回もしつこく声をかけちまって。もう更識さんの邪魔はしないよ」
「……」
そう言い残し、簪に寂しそうな背を向けて廊下を歩き始める一夏。
(またやっちゃった。お節介とは言え、彼にあんなに辛く当たっちゃうなんて……。やっぱり嫌われちゃったよね。ごめんなさい……織斑君)
もう二度と話す事のないであろう一夏に、簪は心の中で静かに謝罪の言葉を口にした。
(お願い、今回こそは……)
放課後の第六アリーナ。簪はモニターを確認しながら自機である打鉄弐式を装着し、試運転を行っていた。徐々に高度をあげ、学園の象徴とも言えるタワーの外周を巡る簪。そして簪の目に映る夕日。
「……綺麗」
一瞬、周りの風景に心を奪われる簪。そして歯車は動き始める。
「!?」
襲ってきたのは想定外の衝撃。突然の事態に動揺しつつも、機体の異常を確かめる簪。原因はすぐに判明した。右脚部スラスラーが爆発し、それにより姿勢制御装置が機能しなくなっていたのだ。
(このままじゃ……いけない!)
何とか空中で体勢を立て直そうとする簪。しかし、その努力を嘲笑うかの様に地面に向かってスピードを上げながら落ちていく機体。
『もう助からない』
『結局、何も出来ないまま自分は死んでいくのか』
「っ!!」
そんな後ろ向きな感情が彼女の心を埋め尽くしていく。そして地面に落下する直前、絶対防御があるとは言えただでは済まないであろう衝撃を想像し、思わず目を瞑る簪。しかし、その衝撃は想定していた弱く中々地面に落ちる様子はない。何が起こったのかを確認するために簪は目を開ける。するとそこには━━━
「大丈夫か、更識さん!?」
白式を展開し、必死で自分を支える一夏の姿があった。
「……なんで、助けたの?」
「困っている女の子を助けるのに、理由なんていらないだろ?」
「!!」
彼にとっては何気ない一言。しかし、その言葉は凍ったままの彼女の心を大きく動かす。それはいつか夢にまで見た光景。ピンチに陥った自分を颯爽と救ってくれる正義の味方。少なくとも今の彼女には、一夏の姿はそう映っていた。その事を知ってか知らずか、頬を紅潮させている簪に一夏は容態を尋ねる。
「?大丈夫なのか?」
「……大丈夫……だから、その……顔が近い」
「わ、悪い!!」
簪の言わんとしていることに気付いて、彼女から顔を離す。ちなみに一夏はお姫様抱っこの状態で簪を支えていたため、恥ずかしくなった彼女は一夏の腕からすり抜けるようにして床に足を下した。
「なんか……ごめんな、更識さん?」
「簪でいい」
「そっか……なら、俺の事もこれから一夏って呼んでくれよ」
「……考えとく」
そう言うと、彼女はどこか嬉しそうにしながらアリーナを後にした。
おそらく、今回以降簪がキーパーソンになるかもしれません……。