1学期の最終日、明日からは夏休みということもあり、帰りのHRの時間になる時には、1年1組は歓声に包まれていた。
「……では、これにて一学期の授業を終了とする。皆、夏休みだからといって羽目を外しすぎないように!」
「「はい!!」」
「ねえ、織斑君は夏休みは何か予定とか入ってるの?」
「もしよかったら私たちと……」
「何を言っているんだ!一夏は私と━━━」
女子に囲まれ、質問攻めに遭っている一夏たちを尻目に切嗣はカバンに教科書を詰めると、教室を後にした。
(さて、これからどうしたものか……)
切嗣が考え事をしながら歩いていると、聞き慣れた声と共に急に視界が塞がれる。
「だーれだ?」
「……会長。何やってるんですか?」
切嗣が自分の視界を塞いでいる相手にそう呼びかけると、視界が戻ってくる。そして切嗣が振り向くと、そこには楯無と虚が立っていた。
「え~、せっかくお姉さんが絡んであげたのに、真面目に返すなんて!きりちゃん面白みがないよ~!そう思わない、虚ちゃん?」
「……そうですね。せっかくの会長の好意を無駄にするとは……それに加えてかなりの朴念仁の様子。いっその性転換でもしてしまってはいかがでしょう?」
楯無と虚の攻勢に、若干押され気味の切嗣。
「ちょっと待ってくれ!どうして僕がそこまで言われなきゃいけないんだい?訳がわからない」
虚は相変わらずの切嗣の様子を見て、ため息をつく。
「お嬢様、敵は相当の手練です。心して挑んだ方がいいですよ」
「え?ここで私に振る!?」
切嗣は急に話を振られて焦っている楯無を珍しく思いながら、そんな二人のやり取りをぼんやりと見つめていた。
「さて……衛宮くん。実は貴方に見せたいものがあるんだけど」
虚の声に切嗣は、耳を傾ける。
「僕に見てもらいたいもの……ですか?それは一体?」
「それをここで見せることは出来ないから、私たちについてきて」
「大丈夫だよ、きりちゃんを取って食べるようなことはしないから」
「貴女にそれを言われてもさっぱり信用できないのですが……」
「まあ、会長のことはさておき、ついてきてくれる?」
切嗣は虚の言葉に頷くと、彼女たちとともに歩きだした。
車で移動すること数時間、切嗣たちは倉持技研内部の試作武装品の格納庫に来ていた。
「じゃーん、きりちゃんに見せたかったのは、これ!」
楯無が武器を覆っていた布を取ると、そこには青と銀のカラーリングデザインの盾がついた大きめのシールドスピアがあった。
「これは……シールドスピア?そんな大掛かりな武器は自分には」
「まあまあ、そう話を急がないで。……ちょっと待っててね」
楯無は近くにいた研究員に話しかける。話を進めるうちに研究員はものすごく嫌そうな顔をしたが、楯無が何かを見せたところで、途端に首を縦に振った。
「……一体何をするつもりなんですか?」
「それは見てのお楽しみという事で♪」
楯無の言葉に切嗣は疑問を感じつつも、切嗣は状況を見守っていた。すると、シールドスピアの前に巨大な装甲板が設置された。
「さて、この装甲板は各国の軍事ISに使われている複合装甲板で、普通のISとは比べ物にならないくらいの防御力を誇っているわ。そしてそれを今からこれをデュノア社の技術を参考にして作ったこの“カリバーン”で撃ち抜きます♪」
楯無の一言に切嗣は驚愕の表情を隠さない。勝手にデュノア社の技術が使われているのはもちろんであるが、軍事用ISの装甲板を通常のISの武器で破壊しようとしているのだから、当然ではある。
「待ってくれ!確かにシールドスピアは強力な武器だが、いくらなんでも軍事用ISの装甲を撃ち抜くのは通常の兵器ではまず無理だろう」
「それはどうだろうね?じゃあ始めてください」
楯無が準備を完了した研究員に呼びかける。すると五角形の盾が赤黒く光りだし、バチッ!と言う音がした直後、装甲板に盾から出た鋭利な刃が突き刺さり反対側まで貫通していた。
「!?」
切嗣は目の前の状況を理解できずにいた。楯無はそんな切嗣の肩に手を置くと再び語り始める。
「どう?これがきりちゃん用に新しく作った物理シールド兼高機動用スラスター『プライウェン』とシールドスピアの『カリバーン』。なかなかの出来だと思わない?」
「……なぜ僕にこんな物を?」
下手をすれば、ではなく正真正銘、確実に相手を殺すための兵器。かつ、嫌でもあの“騎士王”を連想せざるを得ない名前。
(冗談にしても、ここまで来るともう笑えないレベルだな……)
切嗣は心の中で毒づいた。そんな切嗣の様子を不審に思いながらも、楯無は会話を続ける。
「簡単な話だよ。きりちゃんにはこれからもっと危険な任務についてもらわなきゃいけなくなるだろうし、最悪相手を殺さなきゃいけなくなるだろうからね」
「……なるほど」
切嗣があっさり理解した事に楯無は軽い恐怖を覚える。そんな楯無の様子に疑問を持ったのか、切嗣は楯無に話しかける。
「どうしたんです?」
「……いや別に。ただ、きりちゃんは今日も平常運転だなぁと思っただけだよ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「では衛宮くん、この武装を貴方のISにインストールしますのでこっちに来て」
虚の言葉に切嗣は頷くと、二人で格納庫の入口の方へ歩いて行った。
二日後、切嗣は新しい武装である『カリバーン』の動作確認テストのため、再び倉持技研の演習場に来ていた。
「それでは衛宮くん、始めてください」
「……了解」
切嗣はISを展開し、念のため身体に強化の魔術をかける。そして目標の複合装甲板に向けて『カリバーン』を射出した。
「……本当に、この威力には驚かされるわね」
虚が穴の開いた装甲板を見ながら、そう呟く。
「えぇ。ただ一歩間違えたら危うく肩が外れるところでした」
「……やはり課題はあの反動」
「そうですね。あれをどうにかしないと、1対多数時の戦いの時がきついですね」
「なるほど、分かりました。開発担当ともう一度話し合っておくわ」
虚はそう言うと、開発担当と話し合いをするため演習場をあとにした。
実験が終わり、楯無たちと一緒に帰るまで時間があったので、切嗣は研究所内を彷徨いている。すると格納庫に灯りがついているのが見えたため、切嗣は吸い寄せられるように格納庫の方へと足を進めた。
「……これは?」
切嗣が格納庫のドアを開けると、隅の方で楯無(?)がISを整備していた。
「……会長?こんなところで何やってるんですか?」
「……」
がしかし、楯無(?)は答えない。その状況に切嗣は違和感を覚える。普通、楯無であればほぼ確実に何らかの反応を見せるはずだが、目の前の女性は全く反応しない。ふと切嗣は、一度更識家の屋敷で見た楯無に似た女性を思い浮かべた
「……もしかして、会長の妹さんかい?」
「……」
切嗣が再び声をかけると、目の前の女性はめんどくさそうに切嗣の方に振り向いた。
「……一体何ですか、衛宮切嗣さん。私は自分のISを整備するので忙しいので、特に用がないなら話しかけないでくれませんか?」
「……邪魔をしてしまったみたいですまない」
取り付く島もない。切嗣は何事もなかったかのように入口の方へ歩き出すが、楯無(?)が声をかけてきたので、そちらの方へ振り向く。
「……簪」
「……?」
「更識簪。それが私の名前」
「名前を教えてくれてありがとう」
「……別にいい。私はただ、貴方に“会長の妹”と呼ばれるのが嫌なだけだから」
「そうか」
そう言うと、簪は再びISの整備に取り掛かる。切嗣はそれを見ながら、入口へと歩いて行った。
帰りの車の車内で、切嗣は楯無に格納庫での出来事を話す。すると、楯無はため息をついて塞ぎこんでしまう。不思議に思った切嗣は虚に話しかけてみた。
「……一体どうしたんですか、会長は」
「そっか。衛宮くんはまだ妹の簪ちゃんのことは知らなかったのね」
「妹?」
「……実はあの子は日本代表候補生なの。本人もかなり優秀なんだけど、いかんせん会長が突出しすぎるから、いつも会長の影に隠れてしまっていてね。会長自身は仲良くしたいようだけど、そのせいで妹さんの仲は冷え切ってしまっているの。貴方も彼女と同じ1年生だから、もしよかったら彼女と仲良くしてもらえると助かるのだけど」
「……事情はわかりました。自分も出来るだけ彼女に関わるようにしてみます」
「ありがとう、助かるわ」
すると、隣にいた楯無が急に切嗣の手を握りしめてくる。驚いた切嗣は慌てて手を振り解こうとしたが、楯無の目が潤んでいるのを見えたため、途中で断念した。
「きりちゃんにこんなことを頼んで申し訳ないんだけど、あの子のことよろしく頼むね」
「……分かりました。会長のために頑張りますよ」
「!!」
そう言われた楯無は頬を赤くして、思わず俯いてしまう。切嗣はそんな楯無の反応に首をかしげていたが、自分が何を言ったかに気づくとそれっきり気まずそうに黙ってしまった。
「……もういっそのこと、この二人爆発しないかしら……」
虚はそんな二人を呆れた様子で見つめていた。
そう言えば、楯無さんの中の人(有力候補)=シャーレイだったような……まあ、多少はね?