照由御伽はラグーン商会の事務室にいた。今日は依頼もなく、簡単な事務仕事だけである。
レヴィはソファに寝転がり、ピザを食べながら、コメディ番組を見て馬鹿笑いしている。
ロックはそんなレヴィの横に置物のように座り、細々とピザをかじっている。
ダッチはそのような騒がしい室内を何処吹く風とでもいうかのように椅子に座り皆に背を向けながら読書に勤しんでいる。
御伽が窓辺でタバコを吹かしているとベニーが近づいてきた。手には大きな紙袋が握られていた。
「タイラー、借りてたものを返すよ。なかなか楽しめたよ」
御伽は振り向くとベニーの顔を見て笑顔を溢した。
「楽しんでいただけたなら幸いですよ。なかなかハイになれますよね」
「そうだね。僕にはアメリカのそれよりもこっちの方があっているようだ」
ベニーも微笑みを返す。そして、御伽の耳元へより、囁いた。
「ところで、ものは相談なんだが、君は他のものも持っていたりするのかい?」
「これまでとは趣向は違いますが……。少しアメリカンな雰囲気を目指したようなものとか、アンチアメリカンなものもありますよ」
御伽もニカッと笑いながら答えた。
「ヘイヘイ、ちびっこ。ベニーと何の相談してんだ?パイプか?炙りか?シリンジか?」
レヴィがに割り込む。一人コメディ番組を見て馬鹿笑いしながらロックに絡んでいたが、飽きたのだろう。
「少なくとも私たちはこの町に染まっていないつもりです。そんなものに手を出しません。私たちは漫画の話をしてるんですよ。」
「コミックだ?スーパーマンか?スパイディか?どっちにしてもお断りだ。ガキ臭ぇ」
肩の前で手をヒラヒラと振り断った。
「漫画を子供のものなんてえらく前時代的な考え方ですね。その考え方は古いです。今は大人も漫画やゲームを楽しむ時代なのです」
御伽が力説する。実際、御伽も漫画やゲームに関してはかじった程度ではあるが知識を持っていた。
「例えば、さっきベニーさんに返してもらった漫画はライバルとの熱い戦略線を繰り広げるという王道展開の中で本当の正義とは何か?理想とする世界は何かという人類永遠のテーマに対するアンチテーゼとして老若男女に指示を得て、実写映画化、ドラマ化し、さらに映画の続編も作られるという日本ではもっともメジャーな作品の一つでもあるんですよ!」
タイラーは熱弁する。誰しも自分が好きな作品を無下にされるのは気分のよいものではない。
レヴィの(タイラーと比べれば)大きな胸に顔を沈めるほど詰め寄った。
「ロック!何て言ってるんだ?」
レヴィが御伽を指差しながら、ロックに問う。
御伽を見つめるその目線はもはや見下すような角度になっている。
「この作品は生死観について倫理的、宗教的な観点から逆説的に問うもので、王道的な役割を持ちながらも、その素晴らしい内容からアニメ化も実写映画化もされる、日本人なら誰しも一度はその名を聞いたことのある人気なものだって」
ロックは肩をすくめ、レヴィに可能な限り分かりやすく説明した。
「で、お前もこいつを読んだのか?」
レヴィの指が御伽の手にある紙袋を強く指した。
「まぁ、タイラーの言う通りこの作品は日本人なら一度は名前を聞いたことがあるような作品だ。映画も見たし、単行本も揃えたよ」
レヴィの指がわなわなと震える。顔を見てみると目を大きく開き、今にも「お前もか、ブルータス」とでも言いそうな具合になっていた。
「残念ながらレヴィ、ここでのマイノリティは君のようだ。」
「けっ、いつからラグーン商会はピーター・パーカーの巣窟になったんだ?なぁ、ダッチ」
ダッチは椅子に深く腰かけたまま、読んでいた本を閉じるとレヴィにもよく見えるように表紙を肩の横から覗かせた。
「残念ながら俺もだ、カエサル殿」
そう言ってダッチは大きな笑顔を溢した。