バラライカは私室で考えに耽っていた。最近、自分の町で好き勝手に暴れているネズミの処分を検討していた。吸血鬼の兄弟のときのように追い込んでやろうか、ヤクザの娘のときのように全てを壊してやろうか……
扉をノックする音が聞こえる。
「大尉」
バラライカの右腕、ボリス軍曹の声である。
「ボリスか?今は一人にしてくれと言わなかったか?」
ドスの効いた声で返す。夕食後、今回の件に関して熟考するため部屋に籠っていた。
「ラグーンのダッチからお電話です。急ぎ取り次ぎたい話があるとかで」
「悪いが軍曹、私は今忙しい、用件だけ聞き、必要があれば私に繋いでくれ」
ボリスは顔に似合わず気の効く男だ。いつもなら有無を言わずとも必要なときに必要なことをしてくれる。しかし、今日はしなかった。
「軍曹」
バラライカは普段よりも柔らかい声で語りかけた。
「何でしようか?」
扉の向こうからボリスの低くも暖かみのある声が聞こえる。
「今回の件、お前はどう思う。」
「姿の見えない殺人鬼、追うのは些か苦労すると思います」
ボリスは率直に自分の考えのみを答えた。犯人が誰であろうと関係はない。この人は自分の目的のためならば何でもする……何でもしてしまう。
「そうだな。しかし、問うべきはそこではない」
バラライカの声が返ってくる。先程よりも僅かではあるがドスの効いた強みのある声である。
「と、申しますと?」
「この町は無法者の巣窟、無法者でさえ恐れをなす無法地帯、ロアナプラだ。人殺しだけであれば気にする必要などない。ただ……」
バラライカはそこで言葉を区切った。
「トリガーハッピーなら身体中がチーズになるまで撃ち続けるだろう。いかれポンチなら死体をバラすだけではすまないはずだ。」
「大尉……仰っている意味が……」
扉の向こうからボリスの困惑したような声が聞こえる。
「悪いな、軍曹。しかし、今回の騒動は技術を持った真っ当な人間が真っ当ではない信条をもとに暴れている。つまりだ、ガキどものときみたくまともな判断ができない相手ではない。もっと頭がいい。慎重で狡猾で大胆なやつだ」
バラライカはロシアンティーを口に含んだ。
「軍曹、電話を繋いでくれ。ダッチと話がしたくなった」
「わかりました」
ボリスが扉の前を離れ、数分としない内に電話のベルがなった。
「ハロー、ダッチ。まだ生きているかしら?」
「お陰さまでピンピンしてるよ。で、今回の件だが……」
「あら、もう犯人の目星がついたの?」
「残念だが答えはNOだ。あんたなら何か掴んでいると思ったんだがな」
「残念ながらこちらもダメ。今回のネズミは全く尻尾を見せないわ。でも、いくつかわかったことはあるわ」
「ほう、お聞かせ願おうか」
「では、まず一つに犯人は持ち物はライフルとナイフ。そして、どちらにおいても確実に急所を一撃で仕留めている。狙われた方も幸運ね。苦しまずに死ねるもの」
「それは知っている。俺が聞きてぇのは……」
「動機?それとも犯人が信じるもの?」
「宗教何てものはどうでもいい。奴さんが何をしたいのか……それだけだ」
「恐らく、犯人は頭がいいわね。それだけはわかる。見つからない場所で見つからない殺し方を見つからないようにしてるもの。しかも丁寧に撃った弾まで回収してる」
「そいつは初耳だな」
「あら、気付かなかったの?ジャックが身体の一部を切り取っているのはフェイク。撃ち殺した人間から弾を取り出しているのよ。その証拠に弾が通った臓器のみが切り取られている。ナイフで殺した相手からは指とか耳とか適当な部位を切り取っている。」
「何かしらの宗教か?」
「さぁてね」
「弾の出所はわからねぇのか?」
「それはわかっているわ。中国から大量のライフル弾が密輸された記録があった」
「受取人は?」
「J.ランプソン」
「商人か?」
「ええ。あまりお行儀のよくない商人よ。今頃故郷の土の臭いを堪能している頃よ」
「証拠は残さねぇか……」
「今回のネズミはとっても頭のいいネズミよ。暴れるだけ暴れたいかれコウモリとは違ってね」
「ここまで情報がねぇと策も練れやしねぇ」
「そうね。いつかボロを出すことを祈りましょう」
「そうだな。……愛してるぜ」
「私もよ、ダッチ」
そう言ってバラライカは電話を置いた。
「日本には窮鼠猫を噛むという言葉があるらしいわね。ネズミが化けないように祈るわ」
葉巻に火を着け、大きく煙をはいた。
電話のシーン、もう少しスマートにしたかったです。
概要だけ地の文にのせるのも考えたんですけど、やはり原作が漫画なので雰囲気を揃えるために全部会話にしました。