照由御伽はタバコを最後に一口大きく吸い、胸を膨らませる。アメリカンスピリット独特の舌が痺れるようなわずかな辛味とぺリックの強い香りが口のなかに広がる。
まず、鼻からゆっくりと吸い込んだ煙を半分ほど吐き出す。香ばしい香りとぺリックの甘味と苦味を含んだ香りが鼻孔を擽る。
そして、残った煙を口からゆっくりと吐き出す。わずかに口のなかにまとわりつく香りが心地よい。
そしてベニーの恋人の近くに置いてある灰皿にタバコを押し付ける。サクサクと耳障りのいい音が灰皿から御伽の耳へと届く。
等と彼女は至福のときの終わりを楽しんでいるだろう。しかし、いつまでも彼女にここに居座ってもらうわけにはいかない。
「さぁ、楽しいシガータイムが終わったなら帰ってくれ。今日は部品を買いに行きたいんだ」
「デートですか?」
掴み所がない。まるで雲か霧だ。……いや、彼女をそう例えるには彼女は固すぎるそして堅い。目にも止まらぬ速さで掴もうとした指をすり抜けていく。
飄々とした態度をとっているが根は恐らく生真面目。律儀に並べられた吸殻がそれを物語っている。
「君は一体何を考えてるんだ?」
僕のたったひとつの質問に彼女は目を見開いていた。
「何を考えているって……私がロアナプラでなんと呼ばれているかわかってますか?」
彼女が初めてロアナプラについたとき、ロアナプラではそこそこの騒動になった。只でさえ日本人は近寄らない土地ということもあり、同じ日本人であるロックの知り合いでは?という噂がたったのだった。そして、噂は一人歩きする。ただの知り合いだった彼女はいつのまにか彼女になり、嫁になり、そして不倫相手になった。色々と情報を集めていると「ロックの幼馴染みで小学校の時父親が蒸発し、消息不明となっていた彼女をロックが大学生のときに金で買い取り籍を入れたが、彼は家に帰れば彼女を犯し、家に帰らなければ外で女を侍らす生活をしている」とまで語る輩がいた。……さすがにそこまで飛躍した噂は直ぐに終息するから拡がることはなかった。そして、着いた彼女の二つ名「ホワイトカラーの嫁」である。人畜無害なその見た目と日本人であることから着いたのだろう。
彼女は特に否定することもなく、今ではその二つ名が定着している。
「遂にロックと籍を入れたのかい?それなら、お祝いをしなくちゃね。日本人は奇数を嫌うらしいからね、お祝いは300ドル位でいいかい?」
彼女はさっきまでの何かを含むような笑顔をやめ、普段の人畜無害な、優しく、可愛らしい笑顔に戻っていた。
「籍は入れませんよ。私、そういうのの意味がわからないので。けど、ロックさんならお付き合いくらいならいいかもとは思ってますよ」
彼女はそういうと振り返り、ドアに向かって歩いていった。
「それではお邪魔しました。また明日、事務所でお会いしましょう」
満面の笑みを浮かべ、肩の前で小さく手を振っている。
「ああ、そうだね。また明日」
僕も笑顔で手を降り、彼女を送り出す。
また明日も会うだろう。
そして、明後日も会うだろう。
そして、彼女は会うたびに満面の笑みを浮かべて僕に駆け寄り「こんにちは」と言うのだろう。小さな体でパタパタと走り、時折見せるいつもと違う笑顔もまた……
「そうか、これが萌えか……」
僕はそう呟きジェーンからのメールがないかメールボックスを開き、を確認した。
洒落に気づいてください
自分でネタバレしちゃいそうです