ベニーは自室の布団で目を覚ました。
起きてまず枕元に置いたタバコを一本取り出して火をつける。この地獄のような日常のなかで許される数少ない至福の時である。
タバコを吹かせながらベッドから重たい身体を起こし、パソコンへと向かう。そろそろジェシーからのメールが届いているかもしれない。メールボックスを開いたところで違和感に気付いた。
シャワー室から音がする。
女を連れ込むような趣味はない。強盗ならば呑気にシャワーを浴びるような阿呆はいない。となると仕事仲間だろう。しかし、誰がベニーの家に好き好んでくるだろうか。
まず、ロックではない。ロックはレヴィに連れ去られ、あの後何軒か梯子もしくは彼女の部屋に連れ去られたはずだ。
そして、ダッチでもない。彼は人の部屋に勝手に上がるような真似をするような男ではない。
ふと、灰皿に目をやる。アメリカンスピリット独特のインディアン風の鳥の印がある。
僕の知り合いのなかでアメリカンスピリットを吸うのは二人しか知らない。ダッチとタイラーだ。
吸い殻からメンソール特有の鼻につく臭いはない。
Q.E.D.
シャワーを浴びているのは恐らくタイラーだ。
いくら女性らしい凹凸に乏しい彼女の身体でも、1セントも払わずに拝むのはローワンが許さないだろう。
僕にできることはただ一つ。
彼女が存分に僕のポケットマネーから水道代をかっさらうのを待つだけだ。
答えが出たことに安心し、新しくタバコに火を灯す。
念のため、誰か僕の恋人達に触った形跡がないか確かめる。
椅子に仕込んだ針金は……折れている。
マウスの位置は……変わってない。
エンターキーに仕込んだ糸屑は……落ちていない。
この糸屑は日本のとある漫画に倣って設置したものだ。エンターキーを押せば糸が折れる。
灰皿に彼女の吸い殻があることから彼女はこの椅子に座ったと考えられる。ならば、椅子に仕込んだ針金が折れていてもなんだ問題はない。
ロックから貰ったマイルドセブンという銘柄のタバコを4本消費したところで水道代泥棒が出てきた。
僕の推測は間違っていなかった。
「あれ?ベニーさん、起きちゃいましたか?」
バスタオル一枚をまとい、すっとんきょうな顔をしている。さもシャワーを浴びていたら突然友人が訪ねてきたかのように。
「残念ながらここは君のうちじゃないよ。」
「知ってますよ。私だってお酒は強い方ですよ。記憶がなくなるまで酔うことはないですし」
彼女はあっけらかんとした表情で答える。悪びれる様子もない。僕は頭を抑え、ため息をついた。
「そうだったね。君はそういう女性だった。もう文句は言わないから自分の部屋に帰ってくれないか?」
そう伝えると彼女に伝えると、彼女は頬を膨らませながら黒いボックスから1本タバコを取り出した。
「最後に1本吸ってから帰ります」
そうして、彼女こと水道代泥棒は僕の知るなかで最も吸い終わるのに時間がかかるタバコに火を着けた