予定にはなかった。
ここにバラライカがいるはずはなかった。
「何してるの?禄郎」
白煙を吐きながら非常階段の手すりに肘をつき、妖めかしい表情で微笑みかける。
不覚にも美しさを感じてしまう。
風でブロンドの髪揺れ、光をも反射する。
美しい。
「偶然ベニーとレヴィにそこであったので飲みに行こうかと考えていたところです。ボリスさんとはここで別れて」
この程度の嘘は通じるわけがない。
彼女は鬼だ。全てを見ている。
「あら、日本には知り合いに会うと屋上から落ちる風習があるのね。自殺が多いのも頷けるわ」
この女にはなにも通じない。通じるとするならばただひとつである。
「わかりました」
両手を挙げる。なにも通じないのであれば、彼らに通じる手段をとるだけだ。
「キツネはどこにいるの?それさえ言えばとりあえず心臓と眉間を撃つのはやめてあげるわ」
レヴィが両腋のソードカトラスに手をかける。
必要とあらば抜くことを覚悟した目だ。
「日本には昔から義理と人情という言葉があります」
ここまで来たのならば嘘八百だろうが口からでまかせだろうが関係はない。照由御伽をこの手で罰する、それだけのために動く。
そうなるように口を動かす。
そうなるように仕向ける。
そうするしか方法はない。
「我々には貴女に雇われ、彼女を追いかけるという責務があります。そして我々はその任を果す義理があります。そして照由御伽は我々の仲間であり、それは即ち家族と同義。そして、家族として照由御伽を罰する人情が我々にはあります。身内からでた埃は家族である我々が掃除するのが道義ってものでしょう」
岡嶋禄郎は固く、堅く、硬く目を瞑った。これから足を撃ち抜かれるのかもしれない。もしくは手か。
バラライカは笑った。
夜の細道に響き渡るかのような声で。
「やはりお前は面白いヤツだ。では聞くぞロック、ジャックを捕らえられるか?」
「必ず。この町のあり方を彼女の海馬に刻みます」
バラライカはロックを一瞥する。
人は変わるものだ。いい意味でも、悪い意味でも。国のために戦いながらも、どれだけの戦果を残そうとも、アジアの片隅でマフィアごっこをする他なかったホテルモスクワ。社会の歯車として生かされ続けながらも、アジアの片隅でマフィアの一員として生き続けるロック。
真の幸福者はどちらか、考えながらバラライカは静かに階段を降りる。途中煙草をくわえ、火を点ける。
紫煙が登る。
「ロック。面白いものを見せてくれ」
それだけを伝えると、バラライカはボリスの方を向いた。
「軍曹、撤退だ。この件はラグーンファミリーに委ねることとする。無線で回せ」
振り返り、歩き始めるバラライカを確認しボリスが微笑みかける。
「頼むぞ」
短い。だが、様々な意味にとることができる。
町を
御伽を
バラライカの機嫌を
一度に背負うものの増えてしまったロックはその場にへたりこんでしまった。
気がつけばお気に入り100件越えていました。
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