Taler   作:まっまっマグロ!

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黒き聖歌隊は闇のための讃美歌を詠う


Black Choir Sing a Hymn for THE DARKNESS

ロックとボリスが落ちた先には一台の車が停まっていた。

 

ボディは大きくへこんでいたが、ショッキングピンクの目立つその車は紛れもなくベニーの愛車『プリムス・ロードランナー』であった。

 

「ロック……合流するとは聞いていたけど突然降ってくるのは……」

 

ベニーは突然の衝撃に頭を支えながらジョークをかまそうとした。しかし、その言葉をロックが遮る。

 

「ベニー、ジョークは後で聞くから、早く車を出してくれ!」

 

ロックがボリスを後部座席にのせながら声をあげる。

 

ただならぬ様子。

 

「わかった」

 

ベニーが車を急発進する。

 

「おいロック、かわいいジャックには会えたか?」

 

レヴィが先程の衝撃で噛み切ってしまった煙草のフィルターを吐き出しながら不機嫌そうに語りかける。

 

ロックがホテルモスクワに同行するようになってから数日、もしものためにとベニーに車を出してもらっていたが、レヴィが同行するのは初めてのことである。

 

「あぁ、一目惚れしそうだったよ。あんなに綺麗な笑顔を見せられたらな」

 

普段いないはずのレヴィに驚く様子もなく、ロックは答える。

 

いい笑顔であった。

 

無垢、天真爛漫……あの笑顔を形容するには様々な言葉があるだろう。

 

しかし、適切な言葉が見つからなかった。

 

思い出す。

 

赤黒く染められた、肉、スポンジ、液体……

 

ロックが口元に手を当て、えずく。

 

死体ならこの町で数えきれないほど見てきた。

 

血飛沫も何度も見てきた。

 

しかし……

 

「ベニー!車停めろ!!」

 

レヴィの声が遠く聞こえる気がする。

 

急停車、一瞬浮くような感覚が心地よい。

 

ボリスが背中を叩く心配する声が子守唄のよう。

 

ドアが開く、引きずり降ろされる。

 

「ロック!」

 

ロックの目が焦点を取り戻すのがわかる。

 

「やぁ、レヴィ。今日はベニーと一緒なのか」

 

 

右手が離される

右肘が曲がる

肩が上がる

ポニーテールが揺れる

肩が下がる

右肘が伸びる

右手が頬に当たる

 

低い、木を殴ったかのような音が暗く、細い路地に響く。

 

「痛いじゃないか!?何をするんだ、レヴィ!?」

 

崩れ落ちる。

 

ロックの上擦った声が響く。

 

「何をしているかだって?それはこっちの台詞だ!テメェはジャックを見たのか。イエスかノーかも答えれねぇのか!?」

 

レヴィが声をあらげる。

 

イラついている。

 

右手を再び挙げる。

 

 

「二挺拳銃、落ち着け」

 

ボリスがレヴィの右手を掴み、引き上げる。

 

「OK,dad.私はクールだ。何をすべきか理解している」

 

「ならば、右手の力を抜いたらどうだ?」

 

ボリスによって天高く掲げられたレヴィの右手は硬く結ばれ、今にも降り下ろさんと震えていた。

 

レヴィが舌打ちをし、硬く結ばれた拳がほどかれる。

 

ボリスはレヴィの手を放した。

 

自由になったレヴィは静かにロックに歩み寄る。

 

「ジャックは誰だ!?タイラーか?」

 

ロックの胸ぐらを掴み上げ、レヴィが問い掛ける。

 

ロックが吊り上げられる。

 

二人に、特にレヴィにボリスが反応する。あからさまに怒りを見せるレヴィの目は真っ直ぐにロックへと向けられている。

 

ボリスが一歩踏み出そうとするが、ベニーがそれを制止する。

 

「軍曹さん、残念ながら、あの二人は僕とは違った意味で人付き合いが苦手なんでね。見守ってくれませんかい?」

 

人を信じることをやめた岡島録郎。

人を信じる生き方を知らないレベッカ・リー。

 

二人はロアナプラで一番不器用な生き方をしている。届かぬ信頼、届けぬ信用。

二人は生きるのが下手だ。

 

ロックの口が僅に動く。音はするが声は聞こえない。

 

「確としゃべりやがれ!インポ野郎が!」

 

レヴィの声が木霊する。人の歩かぬ安息日前の夜、ただでさえ響くレヴィの声は一層と響き渡った。

 

「RipperⅡは照由御伽だ!」

 

ロックがおらぶ。

 

その声はレヴィの耳に届く。

 

「で、お前さんはジャックをどうするつもりだ?」

 

ロックは優しい。

 

しかし、その優しさが、周りを、ロック自身を、そして優しくされた当人を苦しめてきた。

 

ロックは答えるはずだ。仲間である自分達が殺すべきだと、仲間である自分達が罰を与えるべきだと。

 

そして、レヴィは以前、ベニーに言われた通り、自分が甘く、丸くなっていることに気付き、唇を噛んだ。

 

「本当に甘ちゃんだな。テメェも……」

 

そう小さく呟き、ロックを放した。

 

突然離れた支えに、ロックは驚く。

 

「レヴィ、どうするつもりだ?」

 

「悪いことをすれば保護者が叱る……ガキでも知ってることだ。そして、いま、ここであのアホ女の保護者はテメェだ、ロック」

 

甘い

 

緩い

 

だらしない

 

レヴィの頭を単語が駆け抜ける。

 

許せない……今の自分が

 

「彼女は……」

 

ロックの口が開く。

 

優しいロック

 

ホワイトカラーのロック

 

この世界の流儀を知らないロック

 

そして、そのロックと今のレヴィは変わらない。

 

「彼女には、罰を与えるべきだ。この町を弄んだ罪人として相応しい、残酷で残虐で生まれ変わることを拒否するような」

 

ロックが息を吸う。

 

「そして、この町を仕切るものについて、教えなければならない」

 

ロックが言い切る。この町で、この世界で最も軟弱で優しかったロックがこの町の秩序を守ると、そう言った。

 

レヴィはなにも言わず、静かに車へと向かう。

 

「ベニー、行くぞ」

 

ベニーも歩み出す。

 

「ボリスさん、ちょっとばかし、二人のお人好しに付き合ってもらってもいいかな?」

 

「残念ながら、我々は大尉殿に逆らえない。譲歩しても一週間だ」

 

ボリスも車へと向かう。その顔は普段の鉄仮面からは想像できぬほど軟らかかった。

 

「目的地はどこだい?」

 

ベニーがボディに触れながらこれから起こることの観測者として面白い方向に転がることを願いながらロックとレヴィに語りかける。

 

「警察署だ」

 

ロックとレヴィの声が重なり、夜のロアナプラを駆けた。

 

そして、その声は最も聞かれたくないものの耳に入ってしまった。


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