「ママ、何で私は幸せなの?」
「それは幸せな家の子だからよ」
昼下がり、広い屋敷の中で、子供とその母が語り合っている。
部屋にはわずかに西に傾いた太陽の強い光が注ぎ、白い部屋の中を照らしていた。
「何でうちは幸せな家なの?」
「それはママとパパが幸せな夫婦だからよ」
地元の名家、昔より続く由緒ある家庭。誰もが羨む幸せな家庭がそこにはあった。
「何でパパとママは幸せなの?」
「お互いがお互いを信頼して、一緒にいたいと思っているからよ」
母親に再三疑問をぶつけているこの少女もいつかは御令嬢として様々なパーティーなどに参加し、出逢い、どこか有名な名家に嫁ぐのだろう。
「幸せってすごいんだね」
「そうね。幸せって素晴らしいことね」
お伽噺のシーンを切り取ったかのような幸福が少女を包む。親に愛され、人に愛され、友に恵まれ……
「私の生活が幸せなら、あの人たちは幸せじゃないのかな?」
「あの人って?」
「ときどきうちに来るおじちゃん。いつも泣いてるし汚れてるし……幸せじゃないのかな?」
少女の家は名家であった。そして、多くの犠牲のもとに今の生活が成り立つことは、少女の知るところではなかった。
笑顔で純粋な疑問をぶつける娘の突然の切り出しに母親は驚いた顔を見せる。
「あの人は……」
「私はママがいて、パパがいて、じぃやもメイドのおねぇちゃんもいて幸せだよでも、あのおじちゃんには何かあるのかな?」
屋敷の回りには田畑が広がっている。そしてその土地は全て少女の父のものであった。周辺の農家は少女の父から土地を借り、ジャガイモなどを作ることで生活をなんとか続けていた。
そして、違法とも言える金額で土地を借りた農民は生活が苦しくなると当主の元へ来て、金の工面について、土下座の覚悟で頼みに来ているのであった。
「あの人には何があるの?」
「あの人はお金がなくて何も持てないの。でもきっと私たちが持てないものを持っているわ」
少女が立ち上がり窓に近づく。昼の強い光をバックに白いドレスが輝いて見えた。
「ママ、私わかったわ。あの人たちを幸せにする」
「私たちの幸せはあの人たちが作ってくれたものでもあるのよ。私たちは今が一番幸せなのよ」
母親は今の、農家が多額の税を納めることで成り立つ裕福な生活を手放すことを拒んだ。
「誰かが苦しんで私たちが幸せになるなんて嫌だ!私はみんなが幸せがいい!」
少女の絹を裂くような声が屋敷中に響いた。
「人は一人では幸せになれないの。誰かの助けで幸せになれるのよ」
「私知ってるもん。そういうのを犠牲って言うんでしょ?私が幸せになるために誰かが傷つくなんてダメ」
白く大きな屋敷の一室で少女は涙ながらにそう訴えた。
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