照由 御伽は海を漂っていた。
ミャンマーの奥地に全長4mを越える巨大トラの存在を聞きつけ、取材しようと決心したのが2週間前。
交通費をケチるために大連から小型のボートと護衛兼通訳としてマレーシアから出稼ぎに来ていた大柄のマレーシア人を買ったのが一週間前。
行き付けの煙草屋で買ったガラム2カートンが無くなり渋々マレーシア人が持っていたB&Hを吸い始めたのが三日前。
船酔いで海に吐瀉物をぶちまけたのが32時間前。
その吐瀉物に群がった小魚を釣って食べながら、「最後の晩餐にならないことを祈る」と冗談でマレーシア人に話したのが26時間前。
雲行きが怪しくなり危険を感じた御伽が船の速度を上げたのが10時間前。
サイクロンに巻き込まれ船が転覆したのが9 時間前。
そして、日が沈んでから3時間がたった。
「交通費をケチったのが不味かったかなぁ」
今は中国で雇ったマレーシア人もいない。誰もいない空に向け、一人、愚痴った。
沈む直前に残った食料を全て胃の中に放り込んで正解だった。腹は減ったが、何も食べなかったよりはましだったに違いない。
膨らまない胃袋、飲み水すらまともにない。
「えっと……、月があっちから上るってことはあっちが東で、月が西に動いてるってことは……南に流されているわけか」
誰もいない空に向け、一人呟く。方角さえわかればなんとかなる。船が転覆した地点から考えて今は恐らくベトナム、西沙諸島、南沙諸島に囲まれた海域だろう。近くに島陰も人陰もない。船の音は幽かに聞こえるが日本へ向かう貨物船であろう。こちらには気づくはずもなく、遠く、遠く走り去っていく。
いや、1隻近付いてきた。タンカーなどとは違う、恐らく、足の速い軍事用に作られたボートだろう。
軍ならば都合がいい。国際問題に発展しないよう不遇な扱いは少なくとも受けないだろう。
しかし、明らかに決められた速度をオーバーしている。所々改造しているように見える。
まともな船ではないのだろうか?
御伽はそう思いながらも手を振り上げ救助を求めた。
「Kruṇā ch̀wy s̄āw s̄wy xỳāng mị̀ ǹā cheụ̄̀x dị̂ ld lng thī̀ nī̀ 」
船の中でGoogle翻訳を見ながら覚えた拙いタイ語を叫ぶ。
船がこちらに向かって舵をとる。気づいたのかもしれない。そう思い、一層強く、大きく手を振った。
船が横に荒々しく停まり、ブイが投げられる。
「Hey! Are you okay? Or alive?」
一人の男が手を伸ばす。
御伽はその男の顔を見て目を光らせた。
岡島緑郎がそこにいた。