【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE― 作:春風駘蕩
1.仮面の忍
不審な忍の目撃があったのは、深い森の奥だった。
大樹の枝の上を飛び、目的の場所へ急ぐ。
柔らかい日差しが、木の葉の間から漏れる中を、軽々と飛びながら行く。
全員が前方をまっすぐ見据え、進んでいく中、ナルトだけがちらちらと何度か後方を振り返り、眉間にしわを寄せていた。
それに気づいたサクラが、呆れた顔になった。
「ちょっとナルト! よそ見してたら危ないわよ!」
サクラの言葉にはっとなり、ナルトはばつが悪そうに頭をかいた。
「いや、俺ってばそんなドジさすがに踏まないってば……」
そう言いかけたナルトの顔面に、飛び出て生えていた枝がぶち当たり、「んがっ」と悲鳴を上げてひっくり返った。
一行は足を止め、落下寸前に枝にぶら下がったナルトを無言で見下ろした。
「…………」
「…完っ全に集中が乱れてるね。帰った方がいいんじゃない?」
何とも言えないサクラの表情と、サイの悪気のない一言が、ナルトの心にグサリと突き刺さる。ナルトはがっくりと項垂れた。
ヤマトもジト目でナルトを見つめ、大きくため息をついた。
「ナルト、そんなに自分で置いてきた子が気になるのなら、班編成を見直した方がよかったかい?」
ヤマトの言葉を、ナルトは「へっ!」と笑って返した。
「みんな任務に入ってんのに、俺だけ留守番なんざしてられっかよ!」
威勢のいい返事に、またも頭を押さえる第七班。
「そうは言っても…………!」
言いかけたヤマトと、腕を組んでいたサイが同時に身構えた。
(誰かいる……!?)
視線を感じた二人は、それぞれ印と巻物を備えた。
元暗部(暗殺部隊)の二人のただならぬ雰囲気に、ナルトとサクラもワンテンポ遅れて、苦無を取り出して構えた。
一陣の風がその時軽く吹き、木々の葉がざわめく。
冷や汗を流しながら、息を殺す、ひたすら長い時間―――。
ふいにヤマトとサイは、その構えを解いた。
「……気のせい、か?」
暗部の勘を以てしても、一瞬感じたと思われた存在は、感知できなかった。
二人が忍具を降ろし、ナルトとサクラもようやく息をついた。
「…っはー、ビビったー」
「脅かさないでくださいよ、ヤマト隊長」
二人の非難に、ヤマトは「すまない」と短く謝罪し、サイもゴメンと頭を下げた。しかしその間にも、二人の目は訝しげに後ろの方に向けられていた。
ヤマトは警戒を続けつつ、再び前方へ向き直った。
「さ、時間を食ってしまった。先を急ごう」
「オウ!」「はい」と返事が続き、四人は再び大樹の森の中を進んだ。
ナルト達が去った場所から離れた、大樹の陰。
そこに身をひそめていた人影は、じっと彼らの背中を覗いていた。
「…………」
風に金の髪を流すその人影は、ただ無言でその後を追った。
その双眸に輝く、碧眼とともに。
枝の上を飛んでいたヤマトは、しばらくして急に立ち止まった。
後ろにつくナルト達を促し、その周囲に散らせる。
さらに高い位置に上ったナルトは、気配をできる限り殺しながら、真下に目を向けた。そして、思わず眉をひそめる。
大樹の根元にいたのは、全身を黒い鎧で覆った奇妙な戦士。いくつもの鉄片が隙間なく繋がれ、人型を成している。右腕には大型の籠手が装着され、顔までものっぺりとした仮面で覆われている。節だったその形状は、昆虫に似ていた。
「……なんだァ、アレ」
つい口に出てしまったが、その感想はみんな同じだった。
「忍かどうかも判別できないね。もしかしたら、マダラが寄越した新型の人間兵器かも知れない……気をつけよう」
ヤマトの指示に、一斉に頷く。
鎧の男は、木々の間をキョロキョロと見渡しながら歩いている。気だるげな様子で、何かを探しているようだった。
鎧の男から注意をそらさぬように気を配りながら、ナルトはふと気づいた。
「…アレ?」
(そういや、この場所って…)
ナルトが気付いた時、鎧の男はやれやれというふうに肩をすくめ、近くにあった岩の方に向かった。
その岩を見て、ナルトの雰囲気が変わった。
丸めの岩に、三本のクナイが突き立てられ、糸で繋がれている。真っ白な紙でできた花束が供えられる岩には、『師』と彫られていた。
鎧の男はあろうことか、見るからに神聖と分かるその場所に割って入り、紙の花束と苦無を蹴り飛ばすと、岩の上にどっかりと座りこんだ。
一瞬で、ナルトの頭は沸騰した。
ギリッと歯が軋み、手に力が篭る。
「―――ふっっっざけんなぁ!!」
自分でも経験がないほど低い怒りに満ちた声で、ナルトは吠えた。
怒りに任せて、ナルトは鎧の男に向かって突っ込んでいく。
「ナルト!」
ナルトの咆哮と、サクラたちの声に気付き、鎧の男はようやく頭上を見た。
男が危機を理解するよりも早く、ナルトの拳は男の顔面にめり込んだ。男は声をあげる暇もなく、軽々と体が吹っ飛び、大樹の幹に激突した。
鼻息荒く、ナルトは鎧の男を睨みつける。
「てんめぇ……! 俺の師匠の墓に何してやがんだ!!」
すると、幹から体を引っこ抜き、鎧の男も仮面の下からナルトを睨みつけた。仮面と鎧には、傷一つ付いていない。
「…墓だァ?」
ガラの悪い、くぐもった声が聞こえた。不機嫌そうに首を鳴らし、舌打ちする。
「うっとうしいガキが……。ただの石に座ってただけで俺様を殴りやがって!!」
男は悪びれる様子もなく、口汚くナルトと、師匠自来也を罵った。
「てめぇ……ぜってー許さねェ!!」
苦無を抜き、ナルトが斬りかかる。
男はフンと鼻で笑うと、鋼鉄の籠手で軽々とあしらった。
しかしナルトは諦めず、拳を、掌底を、蹴りを次々に男に放っていく。そのうちのいくつかが、鎧の男にヒットして、男は何度もよろけた。
「このっ……クソガキぃ!!」
男は隙をついて一旦ナルトから離れると、腰に巻いたバックルから、札のようなものを取り出し、籠手に挿入した。
[
籠手から発せられた声に、ナルトは警戒して身構えた。
すると、どこからともなく一振りの剣が飛来し、鎧の男の手に収まった。
「!?」
目を見開くナルトに、鎧の男は仮面の下で、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「さぁ、遊んでやるよ……クソガキ」
ナルトが単独で飛び出して、戦闘が否が応無く始まり、ヤマトは頭痛を感じて頭を抱えた。
「ハァ…、まぁでも自来也先生の墓にあんなことされりゃしょうがないか……」
「とりあえず、加勢しましょう」
そう言ってサイは、巻物と墨を取り出した。
だが、その時。
「や…、ヤマト隊長、サイ……!!」
震えるサクラの声に、振り向いた二人。サクラは顔を青ざめさせながら、「アレ、アレ…」と何度も頭上を指差していた。
つられて、顔を上げるヤマトとサイ。そして、二人の目に映ったのは。
巨大な、蜘蛛の大群だった。
人の数倍ほどはある、鋼の体を持った蜘蛛が、辺りに糸を張り巡らせて蠢いている。よく見れば頭があるべき部分には、巨大なハサミを備えた人型の上半身が生えていた。
「…………」
ヤマトとサイは、普段よりさらに無表情で硬直し、巨大蜘蛛が迫り来るのに、咄嗟に動くことができなかった。
キン、と苦無と剣が火花を散らす。
怒りと、持てるすべての力で、ナルトは鎧の男にぶつかっていく。
最初はナルトをなめきっていた男も、その気迫に徐々に押され始め、体勢が崩れ始めた。
拳、蹴り。凄まじい攻撃が、男の防御を崩す。
「ウォラァァ!!」
「コイツっ……!」
ガシン、と強烈な蹴りを籠手で受け、鎧の男は大きく跳ぶ。
タン、タンと軽やかに跳ね、大樹の幹にピタリと張り付いた。
「待ちやがれ、テメェ!!」
「待てと言われて待つバカがどこにいやがる!!」
男は鼻で笑うと、腰のバックルからもう一枚の札を取り出した。それを籠手に入れると、今度は幹に手のひらを叩き付けた。
[
「口寄せの術!!」
無機質な声とともに、どこからかガラスの割れるような音がした。
そう思った時、突如頭上から真っ黒な何かが襲い掛かった。
「うわっ!?」
無意識に、ナルトはそれを蹴り飛ばした。
黒いコオロギを擬人化したような異形は、唸り声を上げる。空中で回転し、ドンと地面に降り立った。すると、異形に向かって男が命じる。
「行け、サイコローグ」
「ギチチチ……!!」
サイコローグは顎を鳴らすと、節立った足を折り曲げ、一気にナルトの方へジャンプした。
「うわわわ!? な、なんだってばよ、コイツ!?」
鋭い爪を躱しながら、ナルトはクナイで応戦する。
「俺もいるのを忘れんなよ!!」
「!?」
いつの間にか背後に迫っていた鎧の男に殴り飛ばされ、ナルトは地面に転がった。
「どうした? 許さないんじゃなかったか?」
「……てんめぇ……」
悔しさに顔を歪ませながら、ナルトは十字の印を結んだ。
「影分身の術!!」
ボン、ボンといくつもの煙が弾け、その中からナルトの分身が現れた。
「だらああ!!」
「ウオラァ!!」
怒号をあげながら、一斉に鎧の男に殴りかかるナルト軍団。
「へっ、単純な奴の動きは読みやすいねっ……!!」
しかし、男は軽い最低限の動きで、それらを避ける。
そして、またバックルから札を抜き、籠手に挿入した。
[
その瞬間、暴れていたサイコローグがビクンと震え、男の元へと飛んだ。
すると、その体が見る間に変化していく。
手足が折りたたまれ、車輪が生え、ハンドルが出る。
瞬く間に機械の二輪車に変化したサイコローグに、鎧の男が飛び乗る。
疾走を始めた二輪車が独楽のように回転を始めた。落ちた木の葉がバラバラになるほどの勢いで、ナルトに向かって突っ込んでいく。
「風遁・山嵐!!」
回転する凶器となった敵は、固まるナルト軍団に突っ込んだ。
ボボボン!
たちまち煙となって消滅していくナルト達。
ついには、その中に混じっていたオリジナルのナルトも撥ね飛ばされた。
「ぐあっ!!」
高く放られ、気の幹に激突する。
激痛が走ったが、何とか意識は保った。
しかし、そんな状態のナルトに、敵は非情にも再び迫っていく。
「死ねェ、クソガキ!!」
躱そうとするものの、激痛で動けない。
「くっ……」
ナルトは思わず、目をそらした。
が、その時、ふわりと柔らかい感触が、ナルトを現実に引き戻した。
「!?」
直後に掴みあげられる感覚を、大樹に激突する鎧の男を見下ろしながら感じる。
ナルトはそのまま枝の上にドン、と押し付けられ、うめき声を漏らした。
「……!!」
そして、掴みあげた張本人を見て、目を瞠る。
長い金髪に、オレンジ色の服を着た少女。
アケビがいたのだ。
「……お前っ、なんでっ……!?」
困惑しながら、ナルトはアケビを凝視する。
すると、アケビは懐に手を入れ、何かを取り出す。
ビッ
ナルトに向かって、手を突き出した。
思わず目を瞑るナルトだが、何もないことに気付き、困惑気味に目を開く。そして、アケビが持つものに目を見開いた。
アケビが突き出した手にあったのは、模様も紋章もない、黒い箱のようなものだった。鎧の男が持っていたそれに似た箱を、アケビはナルトの額当ての前にかざし、その表面に映し出す。
途端に、ナルトの額あてに映ったアケビの腰に、一本のベルトが出現する。そのまま鏡の外へと飛び出して、アケビの腰に巻きついた。
「!」
驚くナルトの前でアケビは立ち上がり、箱を片手で高く掲げた。
凛とした横顔に決意を滾らせ、敵を見据える。
「―――変身」
小さく呟き、箱をベルトのくぼみの中に差し込む。
すると、ベルトがガラスの割れるような甲高い音を立て、上部の赤い宝玉が輝く。
そして、アケビの体を、いくつもの虚像のような影が覆い、一つの鋼の鎧を生み出した。
顔には、ヘッドギアのような鉄仮面。タンクトップの前に銀の胸当てが張り付き、腰からは黒い腰布が揺れる。
最後に首元から黒いマフラーが現れ、風にはためく。
アケビは眉を寄せ、瞳を光らせた。
「…ナルトは、アケビが守る」
決意を呟き、アケビは拳を構えた。