【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE― 作:春風駘蕩
轟音とともに、大地に大きな亀裂が入っていく。地盤がぐんっと盛り上がり、その下から凄まじい量の水が噴き出していく。
鏡の国はやがて、噴き出した水に覆われ、まるで湖のようになっていった。
瓦礫がまるで島のように水の中から突き出している。
すると、一か所がまるで間欠泉のように弾け、巨大な紫色の何かが飛び出した。それに続くように、何体もの鋼の怪物たちが瓦礫の下から姿を現していった。
最初に飛び出したベノスネーカーは、水の浅い所に身を横たえると、真下に向けて首を下ろし、口を開いた。
そこから、サクラが転げ落ちた。
「うわっ……え、何!?」
体についた唾液に顔をしかめながら、自身が外に出ていることに気付き、目を瞠る。
そして、ベノスネーカーの頭の上から降りた王蛇に目を向けた。
「…アンタ」
「勘違いするな。助けたわけじゃない。……ただ」
王蛇はだるそうにため息をつき、瓦礫の上に腰かけた。じっと訝しげに見つめてくるサクラに、目を細めて見せた。
「……ここで死なれると、後味悪ぃんだよ」
サクラは目を見開き、そしてふっと微笑んだ。
離れたところでは、凱が呼び出したメタルゲラスがガイとリーを降ろしているところだった。
「…お前、何故……?」
ガイが尋ねると、凱は仮面の下でふっと笑って見せた。
「お前が言ったことだ……一度拳を交えたものは、もはやそいつは友に等しいと……友を救うのに、理由はいるまい」
その言葉に、ガイとリーはガーンと強い衝撃を受けた。そして見る間に、その濃ゆい顔に涙を溜め、やがてぶわっと決壊した。
「素晴らしいッ!! 俺はっ……俺は感動したぞォォォ!!」
「凱さん―!!」
号泣しながら、二人の忍は凱に抱き着いた。
敵とか味方とか、そんなのはもう関係なさそうだった。
暑苦しい三人組の様子を見ながら、キバとシノは深いため息をついた。
「…ったく、まさか敵に助けられるなんてよ。情けねぇ」
「俺も同意見だ。なぜなら、さっきまで散々殺し合っていた相手だったからな」
「ワン!!」
ボロボロの二人に、同じく埃にまみれた赤丸が同意するように吠えた。キバとシノは水に浸りながら、瓦礫に背を預けて空を眺め、赤丸は瓦礫の上に横たわる。
そこへ、ざぶざぶと水をかき分けてファムが近づいた。
「……私たちを救ってくれた恩人への、せめてもの礼儀よ。素直に受け取ってもらえないかしら」
「あん?」
胡乱げに振り向いたキバとシノの前で、ファムは兜を脱いだ。中に押し込められていた長い金髪が流れるように露になり、翠の瞳がより映える。
万人が振り向くような笑みとともに、ファムは同意を促すように首を傾げた。
「ね?」
花が綻ぶような笑顔に、キバもシノも「…はい」と気の抜けた返事しかできなかった。
別の場所では、シカマルが瓦礫の上で頬杖をつき、騎士達が続々と瓦礫の下から抜け出し、集まっていく様子を見やる。
「…へっ、呑気なもんだぜ」
「みーんな、仲良くなっちゃってね」
「うんうん。よかったよかった」
いのが腰に手を当てて呟くと、チョウジは何度も微笑みながら頷く。
そこへ、サイが筆をしまいながら近づいた。
「これが本当の、全てを水に流して、ってことかな?」
サイの一言に、その場の全員が凍り付いた。引き攣った顔で、じっとサイを見やる。
「……あれは、ツッコミ待ちなのか?」
「…知らない」
離れたところに立っていたネジとテンテンが、微妙な顔で動くべきか悩みこむ。
また別の離れたところで後輩たちを見やり、水の上に立ったカカシはぼりぼりと頭を掻いた。
「はー、おじさんにこういうのはもうキツイわ」
仲間たちの無事を確認しながら、カカシはその和気あいあいとした様子を眺めていた。
「やれやれ……、これでやっと任務完了かね」
「後始末が大変そうですけどね」
すぐ傍で腰を下ろしていたヤマトがポツリと呟くと、カカシも腰を下ろし、手を後ろについて天を仰いだ。
夜は、もう明け方へと替わろうとしていた。紫色に淡い青色が入り、朝日が国跡を明るく照らしている、幻想的な光景だった。
ぼんやりとカカシが見つめていると、背後に誰かが立つ気配を感じた。
カカシが振り向くと、剣を杖代わりにしたレンが、同じように空を眺めていた。
「…まったく、やらかしてくれたな」
「君も大変だったみたいだねェ」
カカシが肩越しに見やると、レンは苦笑いしながら肩をすくめた。
「…どうして君達うちはって、そうなのかな」
「…さてな」
そう呟き、何かを思うレン。
そして、再び空を仰いだ。
「……でも、あのバカ達には負けるさ」
そんなことがありながら、仲間たちは互いの無事を喜び合う。
だが、そんな仲間たちをよそに、キョロキョロと辺りを見渡すヒナタの姿があった。
「……ナルト君と、アケビちゃんは?」
ヒナタは一人、想い人とその妹分を探していた。
泉となった国の中心で、ナルトとアケビは互いの頭を向け合う形で倒れていた。
ボロボロの体を浅い水の上に横たえ、安らかな顔で空を仰ぐ。優しい風が髪を揺らし、水面に大きな波紋を立たせる。
明け方の空を見上げながら、ナルトは顔をしかめた。
「…っててて。もう動けねぇってばよ」
全身の痛みに呻き、その情けない声にアケビがくすくすと笑う。そんなアケビも全く同じ心境で、笑っているだけでも腹筋がかなり痛くてつらい。
だがそれでも、心は晴れやかだった。達成感や爽快感などがごちゃ混ぜになっているが、何も心配することがなく、穏やかな気分だった。
「後先考えずに暴れちゃいましたからね」
「綱手のばーちゃんにこっぴどく言われそうだ」
ナルトが嘆くように言って、それがまたアケビを笑わせる。
ふぅ、と息をついたアケビは、またぼんやりと空を眺める。流れていく雲を瞳に移しながら、ふとアケビは口を開いた。
「…………ねぇ、先生」
「ん?」
目だけアケビの方に向けたナルトに、アケビは目を閉じて尋ねる。
「……先生は、聞かないんですね。私が誰で、どこから来たのか……」
「…………」
アケビは目を伏せ、不安げな様子で言葉を紡ぐ。
「…ずっと不安でした。僅かな記憶を頼りに、先生の所へ来て…、でも身元もわからない私を受け入れてくれるのかって……。拒絶されたらどうしようって、ずっと思ってて……」
チャプチャプと波紋の広がる水の中で、アケビが心の奥底をさらけ出す。ナルトのもとに辿り着けたのも、ここまでこれたのも、まさに奇跡だったのだ。
「…綱手様が私を拘束してくれたのも、先生が私を信じてくれたからで。…そうじゃなければ、今頃私は……」
「バーカ」
呟いていたアケビのもとに、ナルトの声が届いた。
ハッと起き上がって振り向くと、師は、その顔に不敵な笑顔を浮かべていた。
「そんなこと、どうだっていいんだってばよ。…お前は俺の弟子で、レンの友達で……俺たち木ノ葉の仲間だ」
そして、空と同じ青い瞳を上げ、ふっと息をつく。
心地よい風が吹く、良い空だ。
「…そんだけで、十分だ」
サァッと優しい風が吹き、ナルトとアケビの髪を揺らす。
気持ちのいい空間で、ナルトの顔を見つめるアケビも、やがて安らかな笑顔を見せた。
「……そうですね。あなたは、そういう人でしたね」
目を閉じて、何かを思い出すように呟くアケビ。
そしてやがて、気だるさの残る体を叱咤し、立ち上がった。
「……もう、私たちは行かなければなりません。長居をすると、今度はどんなことが起きるか」
唐突な別れの言葉に、ナルトはじっとアケビを見つめる。
「……なぁ。また、会えるか?」
「……分かりません」
答えを返しながら、アケビは強く拳を握る。
未来は不確定なものだ。一つの選択肢が、その後の未来を大きく左右することもある。普通は未来はどんなものか分からないし、変えることもできない。
だがアビスはそれを大きく乱した。関わるべきではない時代の人間が関与することにより、流れに波紋を投じてしまった。
「本来、私たちは出会うべきではなかった存在。……今ここで戻れば、乱れが私たちに襲い掛かり、……消えてしまうかもしれない」
―――…だからこそ、もう一度あなたに会えてよかった。
恩師に背を向けながら、アケビは思う。
―――もう二度と会えないと思っていた。
だからこそ、今この時間は奇跡みたいなものなんだ。
アケビの左腕のガントレットが炎に包まれ、龍の銃剣の形をとる。アケビはその顎を開き、口に黄金の翼のカードを挿入する。
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一瞬のうちに、アケビは龍騎のチャクラを身に纏う。煌々と燃える鎧を輝かせ、アケビはもう一枚―――時計が描かれたカードを挿入した。
[
声が響くと同時に、足元の水が輝きだした。
国の全土を覆う浅い泉は、ナルト達を照らす天然の鏡になっていた。
輝く光が騎士達も照らし、みながその光景に見とれる。
まるで世界が彩られるような光景は、声も失うほどに美しかった。
「……こりゃ、すげぇ」
「…ああ。そうだな」
シンマとレンヤも、飾ることのない感想だけを述べ、絶景を眺める。その場にいた全員が、穏やかな心地でそれを眺めていた。ガイとリーは、号泣していた。
すると、騎士達に変化が起きた。その姿が、見る見るうちに透けていくのだ。
サクラは目の前から消えていく王蛇に目を瞠り、次いで悲痛な顔になる。
「……アンタ」
王蛇はフンと鼻で笑い、口を開かなかった。その表情は、穏やかだった。
木ノ葉の忍達は、消えていく騎士達を見つめ、悔しげに噛み締める。
レンはその様に、ふっと微笑みを浮かべた。
「…私たちはただ、帰るだけさ。いるべき場所に」
「…そうか」
カカシはレンの眼を見つめながら、そう返す。
この眼を持つ少女とは、もう少し話してみたかった。カカシはふと、そう思った。
光が一層強くなり、騎士達の姿が薄れていく。
ナルトに背を向けたまま、アケビは天を仰ぐ。
悲しくなどない。あるべき姿に戻るだけだ。
そう思いながら、アケビは思わずにはいられなかった。
―――もし、願いがかなうなら。
もう一度、この人に…………。
叶わぬ願いを抱きながら、目を閉じてその時を待つ、その時。
「諦めんな!!」
「!」
届いた声に、アケビはハッと振り向いた。
そこには、真剣な表情でアケビを見つめるナルトが、息も絶え絶えに立っている姿があった。
「ッ……、先生……?」
「これで終わりなんて、絶っ対思うな!! 明日がどうなるかなんて誰にも分んねぇんだ。だったら、このまま終わるかどうかもわかんねーだろ!!」
ナルトは必死の表情で、アケビに思いの丈をぶつける。
そして、ニカッと笑って、アケビに拳を叩きつけた。
「約束だ! 俺は絶対、お前にもう一度会う!! 何年かかっても探し出してやるってばよ!! …一人にしねーって、言っただろ!!」
「…………!!」
「俺はぜってぇ忘れねェ!! お前がこんなところまで助けに来てくれたこと……お前と出会ったこの時間を!!」
その言葉に、アケビは震えた。
喉の奥から熱い何かがあふれ、目尻から涙として流れ出していく。震えが止まらず、言葉が形になってくれない。ただうれしくてうれしくて、喜びが溢れ出していく。
「……はい……はいっ……!!」
ポロポロと流れ落ちていく雫を拭い、アケビはしゃんと背を伸ばす。情けない姿はもう見せたくない。カッコいい姿を見せて、今だけは別れたい。
「きっと……きっと……!!」
憧れた人が信じてくれたように、自分も信じよう。
光ある、可能性を。
輝きが強くなり、辺りの景色も見えないほどの光が埋め尽くす。
ただ一人、憧れの人の姿が、そこに見える。
髪をなびかせてナルトに振り向く。
「先生!!」
光の中から、アケビは叫んだ。
「いつか…………未来で!!」