【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE― 作:春風駘蕩
アビスが最後に放った水の爆発は、あらゆるものを吹き飛ばした。
岩を砕き、波を立て、敵も味方も衝撃波で薙ぎ倒していく。
洞窟の壁に叩きつけられたアケビとレンは、衝撃で肺の中の空気を一気に押し出される。そのまま地面に落下し、激痛にさいなまれながら激しく咳き込んだ。
ブルブルと震える体で見上げる先では、弾けた水が再び一つにまとまり始め、巨大な鮫の姿を形作ろうとしている。
ボコボコと波打っていた水の塊が完全に元に戻ると、その二つの目が再びアケビとレンの方へ、そして二人の前に立ち上がろうとしているナルトに向けられた。
「せ……先生!!」
アケビが叫ぶ先で、ナルトは口元の血を拭い、次いで不敵にニヤリと笑った。
全身はボロボロで、いたるところから血が流れた悲痛な姿。片腕からは、夥しい量の血が流れ続けているというのに。
「…へへ。まったくしつけ―野郎だってばよ……」
勇ましく言いながら、ナルトはその場から動かない。いや、動けない。受けたダメージが深すぎて、立っているだけで精一杯なのだ。
ギシギシと骨と筋肉がきしむのを根性で押さえつけながら、ナルトは一歩、また一歩と前へ踏み出していく。
すると、アビスが再び動き出した。
自身の体の周囲に、いくつもの水の球体を生み出し、徐々に大きくしていく。
その標的は、目の前に立ち塞がっているナルトだ。
アケビの表情が、絶望に染まった。
「…………そんな、先生! だめです!! 逃げてください!!」
立ち上がろうともがくアケビが叫ぶも、ナルトは足を止めない。
目に闘志を燃やし続けたまま、鋭くアビスを睨み続けている。
「ナルトォ!!」
「まずいっ……このままだと!!」
「ナルト君!!」
傷つき倒れ伏す木ノ葉の忍達も、口々に叫ぶ。だがその誰もが痛みで動けず、見つめ、叫ぶことしかできない。
「ク……ソォ……!!」
王蛇達もまた歯を食い縛りながら、吹き飛ばされた体勢のまま悶えるほかにない。
その時、ふらふらと歩を進めていたナルトが、がくりと膝をついた。限界だった。
その間にも、アビスの水球は体と同じくらいの大きさとなっていき、ゴボゴボという音が洞窟内で反響し続ける。
仲間たちの声が聞こえてくるも、ナルトはそこから微塵も動けない。躰に大量の枷をはめられ、重しをつけられているように、立ち上がれない。
それでも、その眼に絶望も諦めもない。
守るために、最後まで戦う忍の目だった。
そして非情にも、時間が来た。
アビスが全ての水球を、ナルトに向けて一放ったのだ。ドンッ!!という轟音とともに、いくつもの巨大な水の塊がナルトに迫った。
水の壁が一気に迫り、ナルトの耳から音が消えた。
「先生ェ―――――――――――――!!」
アケビの目から、涙がこぼれた。
しかしその耳に、ありえない声が届いた。
「風遁・螺旋手裏剣!!」
聞こえた声に、アケビとレンは目を見開いた。
それと同時に、ナルトに迫っていた水球がズパンッ!!という音と共に一瞬ですべて弾け、ただの水と化した。
「のわっ!?」
ナルトは急に大量の水を被る羽目になり、水煙が辺りを覆い尽くした。
ぶわっと衝撃が走り、急に吹いた風をアケビとレンは腕で防ぐ。
「くっ……!!」
「なんだ……!?」
二人の視界の中で一つの影が動いていた。
オレンジと黒の衣服に、炎があしらわれた白い外套。夕暮れの草原のような短い金髪に、高く、頼もしく鍛え上げられた背中。
外套の刺繍されているのは、「七代目火影の文字」。
それは、見覚えのある背中だった。
ずっと、もう一度見たいと思っていた背中だった。
「……あ」
知らないうちに、アケビの口から声が漏れる。
レンは、硬直したまま声も出せずにいた。
「あ……ああ……」
アケビは涙を流しながら、水球をすべて粉砕した男を凝視し、声にならない声を上げ続ける。目の前の光景が信じられず、まともな言葉が出てこない。
すると、男が二人の方へ振り向いた。
「……アケビ、レン」
聞く者を安心させる、温かく強い声だった。
ずっと聞きたかった声で、男は告げる。
「さっさと帰って来いっ
ニッと口元に笑みを浮かべ、男はそう言う。
「せんっ……」
アケビが言いかけた直後、再び水煙が立ち込めて男の姿を覆い隠してしまう。そして、水煙が消えた時、男がいた場所にはナルトの姿があった。
ナルトにも、アビスの攻撃が当たったと思っていたのか困惑したまま辺りを見渡していた。
「ん……なんだ? なんで俺、何とも……」
その姿を見ながら、アケビとレンは言葉を失う。
だが、その間にもアビスは、狙い通りにいかなかったのか怒り狂ったまま甲高い咆哮を上げ続けている。荒々しく尾を振り、暴れている。
アケビはふっと自嘲気味に笑い、隣のレンに目を向けた。
「……レン、まだいけるよね?」
挑発気味にそう尋ねると、レンはゴッと拳を地面に叩きつけた。赤く染まる巴模様の魔眼が妖しく輝き、彼女の心境を表した。
「…当たり、前だ!!」
その答えに、アケビはにやりと笑う。
傷つき、ボロボロになった体に叱咤し、残り僅かな力をひりだす。全身がブルブルと震えるが、それすらも抑え込んで体を起こし、膝をつく。
そんな二人の人柱力に、龍騎もダークレイダーも目を細めた。
『…無茶をするな。チャクラの使い過ぎで経絡系にも負担がかかっているはずだ。…もう俺たちと替われ。死んじまうぞ』
龍騎がそう説得するが、アケビは頑として首を縦に振らない。
生まれたての小鹿のようにふらふらとなりながら、ようやく立ち上がってチャクラを練り上げ始めた。呼吸も鼓動も荒々しくなるが、彼女たちは止まらない。
「…まだ、だめだよ。言ったでしょ、一緒に戦うって。……ここで退いたら、もう私は戦えなくなりそうなんだよ。……あの時みたいに」
アケビはそういって、アビスを見据える。
思い出すのは、かつての両親の死。
理不尽な絶望に押し潰されそうで、折れてしまいそうになって、それでも耐えようと、折れまいと泣くのを我慢し続けて。…でも、結局先に心が壊れてしまいそうで。
限界を迎えていた彼女を救ったのは、他ならぬあの人だ。
たった一人で背負い込もうとしていた彼女を、重荷ごと背負い上げてくれたあの人がいたから、今の自分がいるのだ。
ただ頼るのではない、共に戦ってくれたのだ。
その人が今、目の前にいる。
再び折れそうになっていた自分を、自分たちをもう一度救ってくれた人がいる。若かりし頃のあの人が、今目の前で戦っている。諦めずに戦っている。
ずっと追いかけていた背中が、すぐ目の前にある。
―――…そうだ。
この人はまだ、諦めていない。折れていない。
ザッと地を踏み、拳を握る。
ぎりぎりと歯を食い縛り、チャクラを昂らせる。
―――どんな困難も乗り越えて、戦い続けたあの人が、隣にいる。
なのに、私たちがこんなザマでどうする。
ざくざくと地を踏みしめ、ナルトの方へと近づいていく。視界がぐらぐらと揺れ、歪んでもその足を止めない。
―――…こんなんだから、時空を超えてあの人に心配される。
「ウッ…オオオオ!!」
雄叫びと共に、レンがズンッと地を踏みしめる。
ナルトを中心に三人で並び、ゼェヒューと荒い呼吸を繰り返す。
―――これ以上、あの人に心配をかけさせない。
信じてくれたあの人を裏切りたくない。
カッコ悪いところ、見せたくない。
「……先生。これからありったけのチャクラをあなたに託します。……チャンスは、もうこれが最後です」
「……完全にギャンブルだが、もうこれしかない」
「……ああ」
片方の肩を押さえたまま、ナルトが頷く。
『シャアアアアアアアアアアアアアア!!』
アビスは甲高い咆哮を挙げ、いまだに暴れ狂っている。
すると、急に大きく開いた口に徐々に巨大な水の球体が生成され始めた。大量の水が集束していくその様は、かつてのペインが見せた地曝天征のようだった。
それが命中すれば、今度こそ終わるだろう。
だからこそ、この今に賭ける。
ナルトが一歩踏み出し、無事な方の腕を、手のひらを上にして差し出した。
「行くぞ!!」
「はい!!」
「オウ!!」
ナルトの号令に従い、アケビとレンが前に出る。ナルトが差し出した掌の上で、両手でチャクラを練り上げていく。残った力のすべてを振り絞り、ナルトにすべてを託していく。
脂汗を垂らしながらその動作を繰り返すと、ナルトの手の上に小さなチャクラの球体が出現し、高速の乱回転を始めた。
いつもの青色ではない。オレンジ色の螺旋丸だ。
「もっとだ! もっと力を貸してくれ!!」
自身のチャクラも全力で注ぎこみ、チャクラを制御しながらナルトが叫ぶ。
アケビもレンも、それに応えるように集中する。
すると螺旋丸に変化が現れた。オレンジのチャクラが徐々に赤く染まり、チリチリと熱気が発せられ始めたのだ。
アケビの火遁のチャクラと、レンの風遁のチャクラ。相性の良い二つのチャクラが合わさり、灼熱の力を生み出したのだ。
そんな真似をするには、極限なまでのチャクラコントロールと集中力、そしてコンビネーションが必要となる。
熟練のコンビでも難しいそれを、アケビとレンはやってのけていた。
螺旋丸は真紅に染まると同時に、徐々に大きくなっていく。まるで空気をも取り込んでいくように、徐々に速く回転しながら大きくなっていく。
ナルトが螺旋丸を頭上に掲げると、それは神々しいまでの光を放つ。
まるで、太陽のように。
『シャアアアアアアア―――――――――!!』
アビスが上げる方向が、ビリビリと肌を震わせる。
だが、ナルトは微塵も臆さない。
「……もう、何も奪わせねェ」
太陽を片手に携え、ナルトがアビスに告げる。聞こえていなくても、獣ではなく一人の敵として、堂々と相対して宣言する。
「背中を押してくれる、追い風がいるから……!!」
隣に立つレンが、ふっと笑う。
「ずっと燃え続けてる火種が、ここにいるから!!」
隣に立つアケビが、笑みを浮かべたまま涙を流す。
青い瞳に闘志を燃やし、ナルト達が走り出した。アケビとレンが前に出て、次いで地面に手をつき、それぞれで逆の足を突き出す。
ナルトは跳躍し、二人の足の上に乗る。
「ハアアアア!!」
「ウオオオオ!!」
アケビとレンが雄叫びと共に、全身に力を込めて鋼鉄のように固める。ギシギシと骨がきしむが、歯をくいしばって耐える。
そのまま二人は、ばねのように全身をしならせ、ナルトを空中に蹴り上げた。
螺旋丸も空に一緒に撃ちあがり、眩しく輝いた。
『シャアアアッ!!』
アビスがその眩しさに、標的をナルトに変えた。
巨大な炎の塊と水の塊が、暗い地下の空間で対峙する。
「灼遁……!!」
螺旋丸を掲げ、ナルトがアビスに向かって落下を始める。
「超超大玉……!!」
落下しながら、ナルトが螺旋丸をアビスに向けて振り下ろす。
「大紅蓮螺旋丸!!」
ゴウッ!!
凄まじい炎の螺旋丸が、アビスに向かって牙を剥く。
『シャアアッ!!』
同時に、アビスもナルトに向けて水の塊を発射する。全てを押し潰す水の奔流が、唸りを上げて飛んでいく。
そして次の瞬間、炎と水が激突し、衝撃波を放った。
「ウオラァァァァァ!!」
ナルトが咆哮を挙げ、螺旋丸を押し込む。
すると、一瞬の拮抗を見せた二つの力の均衡が崩れた。ジュウッ…と水の塊の方が先に蒸発し、その形を崩れさせ始めたのだ。
螺旋丸が水の塊の中心を穿ち、散り散りに分散させていく。螺旋丸はそのまま水の塊を貫き、さらにその先のアビスの鼻先へと届いた。
強烈な熱量を持った一撃が叩き込まれ、アビスの鼻先が曲がる。そして、その威力に耐えきれず、徐々に体を崩れさせ、弾けていく。
紅蓮の螺旋丸は、やがて大鮫の体を半壊させ、中心にいたアビスの本体にまで喰らいつき、その体を燃やし尽くした。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
アビスの断末魔が響き渡り、螺旋丸が弾けて大鮫が完全に崩壊する。その衝撃が、最期の引き金となった。
度重なる戦いにより、耐久力に限界を迎えた洞窟が、崩れ落ち始めたのだ。
巨大な瓦礫が落下し、傷つき疲弊したナルト達に降り注いだ。
「!! やべぇ!!」
ナルトが思わず叫ぶが、チャクラを使い果たした体は動かない。戦いに勝利したというのに、もう逃げることもかなわない。
その時、騎士達が動いた。
「ブオオオオオ!!」
「シャアア!!」
咆哮とともに、メタルゲラスやベノスネーカーが走り出した。ベノスネーカーは大きく口を開き、目を見開くサクラを呑み込んでしまう。メタルゲラスはガイとリーを両腕に抱え込み、巨大な角を天井に向ける。
ガラガラガラッ!!
瓦礫がさらに降り注ぎ、忍達を覆い尽くしていく。
そして、ズンッという大きな衝撃が走り、洞窟は完全に崩壊していった。