【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE― 作:春風駘蕩
ドォォォォン!!
モノクロの世界で、紅蓮の閃光が走り、轟音が鳴り響く。
爆炎が起こした衝撃波が世界をビリビリと震わせる中、黒煙の中から二つの人影が飛び出し、地面に向かって落下していく。
その一方が、マフラーをたなびかせて無事に着地し、もう一方は無様に墜落する。
着地した方の忍は―――リュウガだった。
立ち上がったリュウガは、背後で墜落したアケビの方を振り向き、
そして、倒れた。
「……ってて」
墜落したアケビは、頭をさすりながら起き上がり、リュウガの方へ向く。
だが、その眼が大きく見開かれた。
「うああああああああああ!!」
悲鳴を上げるリュウガが、そこにいた。その細い体に、紫のチャクラの鎖が突き刺さり、巻き付いていく。咎人を縛り付けるように、重く、厚く、巻き付いていく。
同時に、無機質だった灰色の世界が、黒く塗り潰されていく。
墨を落としたように染められていく天空を仰ぎ、アケビは息を呑む。そして、鎖に巻き付かれ、闇の中に沈められていくリュウガの体を目にした。
「嫌だ……嫌だ!! もう……もうそこに縛られるのは!!」
リュウガはそれに抗い、鎖を鳴らして暴れる。だが、何本も重なったチャクラの鎖はびくともせず、ずぶずぶと闇の中に沈んでいく。
駄々をこねる子供のようにリュウガは暴れ、鎖に中から必死に手を伸ばす。
「イヤだ……イヤだ……あの闇に沈むのは……一人になるのは……」
誰も、助けてくれる者はいない。
ここにいるのは、自分と
誰も、手を掴んでくれるものなどいない。
でも、それでも。
「だれか……誰か、助け、て……」
願わずには、いられなかった。
自由を求め、翼をもがれた龍は、目の前で萎んでいく光に手を伸ばし続けるほかにできなかった。しかしその光も、闇に呑まれていく。
そして、光が完全に呑み込まれ、鎖が視界を覆い尽くしていく。
その時だった。
呑み込まれていくリュウガの手を、掴む手があったのは。
「…………え?」
顔の半分を鎖に巻き付かれたリュウガが、呆然とした表情で顔を挙げた。
目の前で手を掴み、強い力で引っ張っているのは、今の今まで肉体を狙い、何度も傷つけ、刃を合わせてきた相手―――アケビだった。
「…お前、何をしているんだ」
訳が分からず、リュウガは尋ねるほかになかった。
「何故……、お前がオレを助ける? オレは…、敵だったんだぞ?」
「……関係ないよ」
ギシギシと鎖の退く力に抗いながら、アケビは告げる。
「目の前で泣いてる人がいて、その人が同じ苦しみを背負っているなら、……私にとって、敵とか味方とか関係ないよ」
ギン、と目に力を込め、リュウガの目を見つめ返す。
「最初から決めてたんだ。アンタを助けるって」
その言葉が、黒龍の心を打った。
誰もが皆、自分のことをただの力だと、兵器だと決めつけ、挙句封印し酷使しようとしてきたのに。蔑んだ目で、見てきたのに。
この娘は、そんな目をしていない。
「…何故、お前はそんなにも強い」
涙が止まらない。止められない。
自分を認めてもらえた気がして、受け入れてくれた気がして。
ただ、どうしてそんなことができるのか、分からない。
「何故、オレをそんな目で見れる……オレが、恐ろしくはないのか」
「…強くなんてないよ」
口角を挙げながら、アケビは言う。
「私も、ただの人間。時の流れには逆らえず、無力に死ぬちっぽけな存在。…でもあんたが強いと思うのは、私が強くなりたいと思っているから」
リュウガの手を掴む力を強め、引き上げる。ギシギシとなるチャクラの鎖を睨みながら、アケビはリュウガから手を離さない。
「人は変わる……自分で変われるんだ。弱っちくても、独りぼっちでも、人は願えば、何にだってなれるんだ。自分を信じて、願いが叶うまで耐え忍べば、人は変われるんだ!!」
筋肉が震え、汗が伝う。アケビの力が、痛いほど伝わる。
リュウガの前に、光が差す。闇にとらわれた二人のもとに、輝く光が届く。
「アンタだって、同じだよ。自由を願えば、なれるはずなんだ。だれだって〝変身〟できるんだ……!!」
ビシッと音が聞こえる。リュウガを縛る鎖に、徐々にひびが入り始めているのだ。
「一人じゃ無理かもしれない。…でもその時は、私が……仲間がいるよ。手を伸ばせば、きっと届く!!」
バキンッ。
一際大きな音とともに、鎖の欠片が飛ぶ。
「リュウガ…アンタがまだ信じられないなら、私が何度でもアンタの手を掴む。アンタの願いに届くまで、何度でも手を貸してやる!!」
バキン、バキンッ!!
音が続く。リュウガの耳だけではない、魂にまで響いてくる。
「…オレは、変われるのか?」
その問いに、アケビは満面の笑顔で答える。
「信じられないなら、それでもいい。先ずは……私がアンタに名前をあげる」
闇が晴れていく、光が差していく。
リュウガはそれが、ひどく心地いいと思った。
「アイツがつけた名前じゃない……アンタだけの名前を」
笑顔のアケビが、口を開く。
「アンタの名前は、――――」
その瞬間、世界が弾けた。
身を縛るすべての鎖の呪縛が砕け散り、世界の闇が晴れていく。
光の放つ眩さと温かさが、少女たちを包んでいく。
アケビが、かつて
「さぁ、行こう!!」
ドォン、ドォン、ドォン!!
洞窟の中で、激しい爆発が立て続けに起こり、大気を震わせる。
「くっ……」
マントを翻したレンが、飛翔しながらゾルダの砲撃を躱し続ける。だが、あまりの数に圧倒され、回避が困難になり始め、ついには右足に被弾してしまった。
「くあああ!!」
黒い煙を上げながら、レンは湖面上に墜落していく。ザブン、と水中に沈むも、もう片方の足で水を蹴って浮上し、剣を構えなおす。
だが、既にレンの周囲は技を構えた騎士達に取り囲まれていた。
[
忍具の声とともに、それぞれの術が発動する。
ゾルダの喚び出した牛の巨人の砲門が全て一斉に火を噴き、
ベノスネーカーの吐き出した酸の毒に乗った王蛇が蹴りを繰り出し、
タイガが虎の怪物と共に冷気を纏った爪を振るい、
インペラ―の召喚した無数のレイヨウ型怪人軍団が一気に突進し、
薙刀を持ったファムが刃を振るい、
ワイヤーを天井に繋げたベルデが空中で加速して蹴りを放ち、
そして、アビスの呼び出した水でできた巨大な鮫が殺到していく。
全ての騎士たちの総攻撃を受け、レンの鎧は耐えきれなかった。
「ああああああああ!!」
悲鳴を上げ、レンの体が吹き飛ばされる。
ズン、という音を立ててレンの体が壁に激突し、めり込む。
ボシュゥゥ……と翼の鎧が消え去り、力を使い果たしたレンは真下に落下する。そのすぐ傍に、金色の翼のカードが力なく落ちた。
「ぐっ……くっ……」
レンは全身を襲う激痛に呻きながら、血の流れる顔を挙げてカードに手を伸ばす。
アビスはそれを待たず、剣を召還しながら近づいていく。
「…意表を突かれたぞ……まさか写輪眼の幻術を己にかけて呪縛を解くとは……だが、惜しかったな。お前といえどこの力の差は覆すことはできなかったか」
「くっ……」
「実に惜しいが、使えぬ駒は処分するほかないだろう……」
刃を肩に担ぎ、アビスは一歩一歩近づいていく。レンの眼の前に立つと、いやな金属音を立てながら、鮫の牙の並んだ剣を振り上げた。
「死ね」
一言だけ言い放ち、アビスが刃を振り下ろす。
レンは悔しげに歯を食い縛り、無念をかみしめながら目を閉じた。
「ウオラァァァァ!!」
だが一人の青年の咆哮がその流れを叩き切った。
螺旋丸を構えたナルトが、そのままアビスの顔面に右手を振り抜いたのだ。
「!?」
圧縮されたチャクラの塊を受け、アビスの体がたまらず吹き飛ぶ。凄まじい轟音が鳴り響き、アビスの体がザブンと音を立てて沈んだ。
レンは目を見開き、目の前の青年を凝視した。
「……何故、だ?」
レンの問いに、ナルトは背を向けたまま肩をすくめた。
「……そうだよな。お前の手で助けたかったよな」
「……!!」
「友達なんだもんな。…自分の手で、助けたかったよな。俺じゃ確かに、助けらんねーよな」
ナルトは拳を握りしめ、自分の言葉を反芻する。
後ろにいる少女は、自分だ。自分と同じなのだ。
サスケを救いたいと願いながらも、長い間その願いがかなえられずにいる自分と同じなのだ。
「俺も同じだ。助けたくて、ずっと頑張って…でも手が届かねぇ。最近知り合ったばっかの俺に、横から手なんか出されたくねーよな」
ふっと自嘲気味に笑い、次いで表情を引き締める。
「だったら、なおさら諦めんじゃねーってばよ」
「!!」
レンはナルトの背から迸る怒りに気付いた。それはアビスに、そしてレンに向けられていた。
「アイツは…アケビはこんなところじゃ終わらねぇ。あいつは、もっと強くなる。なんでかわかんねーけど、俺はそう思える。一番の友達のお前が、それを信じねーでどうすんだ」
その声が、沈黙していた彼女に届いた。
ピクリと手が動き、ゆっくりと握られていく。
「…アイツにはもう、俺が師匠から受け継いだもんがちゃんとある」
ゆらゆらと赤い陽炎が揺らめき、衣服が赤く染まり、変化していく。
髪が蠢き、白銀だったそれが黄金色に染まっていく。
「転んでも、踏みつけられてもぜってー折れねぇ」
チャクラが燃え上がり、熱く強い鼓動が蘇っていく。ドクン、ドクンと血潮が体中を駆け巡り、力が沸き上がっていく。
そして、赤く燃え上がる炎が、龍の紋章を形作る。
「何度でも立ち上がる、ド根性だ!!」
その瞬間、アケビは炎とともに覚醒した。
赤く輝く瞳を開き、その奥に熱い烈火をたぎらせる。
レンを庇うナルトに向かって、アビスが再び刃を構えて突進する。怒りを混ぜた渾身の一太刀が、振り下ろされようとした時、両者の間に赤い影が舞う。
ガキンッ!!
甲高い音とともに、アビスの斬撃が、一本の曲刀に止められた。
銀の刀身に黄色い模様が入った、真紅の柄の刀を掲げ、一人の少女が立ちはだかる。
赤龍の騎士、アケビはニッと笑った。
「……ただいま戻りました、先生」
ナルトも、ニッと笑って返した。
「遅せーってばよ、アケビ!!」