【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE― 作:春風駘蕩
窓から光が差し込み、少年の顔を照らす。眩しさに顔を思いっきりしかめ、唸りながら、うずまきナルトは起き上がった。
「……あー。いやな夢見たってばよ」
悪態をつきながら、のろのろとベッドから降りる。
寝起きは悪くない方のはずだが、今朝の悪夢のせいでひどく機嫌が悪い。
大きく欠伸をしながら、ゴミの散乱する床を歩いて、洗面所に向かう。水をいっぱいに張り、そのまま盛大に水飛沫をあげながら顔を洗う。
乾いたタオルで水気を拭うと、少しだけすっきりした。
顔を上げると、澄んだ青い目とつんつん尖った金髪が目に入り、鏡の向こうでニッと笑った。
素早く網シャツとズボンをはき、オレンジと黒の上着を羽織る。
最後に木の葉のマークが彫られた額あてをしっかりと巻き、忍者ナルトは準備を終えた。
「……よっしゃ!!」
盛大に音を立てて玄関のドアを開け、階段に向かって急ぐ。
「今日も張り切って、任務だってば……よぉ!?」
恰好がついた、と思った矢先。ナルトはいきなり何かに躓いて、そのまま二、三歩飛び跳ねる。努力もむなしく、ナルトは顔面から勢いよく転んだ。
「でっ!! ……いってぇー、誰だってばよ。こんなところにゴミ置いた奴ぅ……」
激しく打ち付けた鼻を押さえ、ナルトは原因となったソレを睨みつけた。
黒いぼろ布の大きな塊が、ドアの前に転がっている。
「? 何だってばよ、これ……」
ナルトは恐る恐る、ぼろ布の端をめくってみた。すると、中から現れたのは、
白い、人間の足だった。
「…………ギャ――――――――!! し、し、死体ぃぃ〰〰〰〰〰!?」
目を剥いて、ズザザザザッと後ずさる。
しかしすぐに意を決して、再度ボロ布に近づいて行った。
「…いやだってばよォ、朝っぱらからこんなスリルとサスペンス……」
ぼやきながら、先ほどとは反対側、つまり顔があると思われる方をめくってみる。
(……まぁ、顔が無かったらもっと怖ェんだけども)
ゆっくりと、ボロ布の中身を露わにしていく。
すると、中から一房の金糸が流れ出た。
全てを露わにすると、中から現れたのは、綺麗な少女だった。
長いまつ毛と整った顔立ち、きりっとした眉毛は、全体にバランス良く配分され、つやつやとした肌は、まるで玉のようだ。桜色の唇は、僅かに開いている。そして目元には、紅色の牙のような模様が浮かんでいた。
長い金髪は乱れていたが、それもまた滑らかだ。
「…かわいそうになぁ―。俺とほとんど一緒くらいなのに……」
思わず、しみじみと呟いた。せめてと思って、少女の顔をよく拝んでおく。
見れば見るほどかわいい娘だ。惜しいのは、どうやってもその瞳の色が見られそうにないことか。どんな声をしているのか、知れないことか……。
成仏してくれってばよ、と手を合わしたその時。
「…………スー……」
「え?」
微かな、呼吸音が聞こえた。
「ッ……生きてる!?」
目の色を変えたナルトは、少女の肩を掴んで乱暴に揺さぶった。
「おい! しっかりしろ! おい!」
ナルトの声が届いたのか、少女はうめき声をあげて、僅かに目を開いた。だがそれも短い時間で、すぐにまた眠りについてしまった。
「……大変だってばよ!」
急いでナルトは少女を抱え上げた。
何者かどうかなど、関係ない。目の前に困っている者がいるなら助けたい。
それもまた、彼の忍道なのだ。
果てしなく暗い、闇の中だ。
その声はとても必死で、どこか懐かしく感じる。
ふいに、柔らかい日差しが瞼の裏を照らし、少女はゆっくりと目を開いた。
ぼんやりとした視界に、薄暗い天井が映る。
「……気が付いたか?」
突然聞こえた声に、少女はバッと体を飛び退かせる。ドンッと窓際にぶつかりながら、少女はナルトを凝視した。
その様子に、ナルトは慌てて距離を置いた。
「ぁああ、大丈夫だって!! 何もしねーから!!」
少女はナルトの必死な様子に、強張らせていた肩から力を抜いて、ほっと息を吐き出した。俯く瞳は、よく見れば深い海のような青だ。
少女が落ち着いたのを見計らって、ナルトは少女と目を合わせた。
「お前、なんで俺ん家の前で倒れてたんだ?」
「………………」
少女はしばらく悩んでいたが、険しい表情で首を傾げたまま固まってしまった。
「……憶えてねーのか?」
「…………うん」
コクリと小さく頷く。その目は不安げに揺れていた。
ナルトは参ったな、という顔で頭をかく。すると、忘れていたとばかりに身を乗り出し、自分を指差した。
「俺は、うずまきナルト。忍者だってばよ!」
「…ナル、ト」
「そ! ナルト。……お前の名前は?」
「な、まえ…………」
少女は小さく復誦すると、また困惑するように俯いてしまった。
不安げな少女に、ナルトは尋ねる。
「……名前も忘れちまったのか?」
「………………うん」
消え入りそうな声で、少女は答える。
ナルトは、さてどうしようかと腕を組む。
困っている奴は、助けたい。
一度背負い込んでしまったからには、自分がどうにかしてやらねば。と、ナルトは覚悟を決めた。悩んでもしょうがない。
(……つっても、名前が無いんじゃな~)
名前を呼べなければ、コミュニケーションもままならない。
少女には悪いが、即席の呼び名だけでもつけてやろうか、と思ったが。
(……ネーミングセンスに自信が無ぇ…)
自分の付けた呼び名と言えば、〝ゲジマユ〟だの〝激マユ〟だの。女の子につける名前ではない。
(……どうしよう)
消沈しながら、自分の部屋を見渡す。
脱ぎ散らかした寝巻に、散乱するインスタントフードの残骸。相変わらず汚い。
テーブルの上には、これまた食べ終わったカップラーメンの容器に、空の牛乳パック(期限切れ含む)。
壁には、昔書いた『目指せ火影!』という汚い字の掛け軸。
それらを見ながら、ナルトは脳をフル回転させる。
(……ラーメン、火影……。火…炎……ん?)
そこで、ハタと気づく。
キッチンの上に乱雑に置かれる物。その中に混じる、前に友人がくれた果実。
アレの名前は確か……。
乏しい知識をひたすら探り終えると、ナルトはニッと笑った。
「…よし、決めた!」
ポン、と手を叩いたナルトを、少女はきょとんとした様子で見つめる。
そんな彼女に、ナルトは明るく笑いかける。
「〝アケビ〟! 〝朱灯〟って書いて、アケビ。お前の名前だってばよ!」
少女はその言葉に、びっくりしたように目を丸くする。
「……アケビ。…私の……名前」
確かめるように、その名を呟く。
すると少女―――アケビは、まるで花が綻ぶように、ふんわりと笑った。