【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE― 作:春風駘蕩
パラパラと音を立てて、岩石が砕けて小石を転がす。
獣のような呼吸音とともに青い炎を漏らしているのは、鎖に繋がれた黒いアケビに似た少女だ。四肢を壁に繋がれ、チャクラの鎖で貫かれながら、リュウガは目の前にいる男を親の仇のように睨みつけていた。
「…行儀の悪さは治らんな」
アビスは本気で呆れたように、リュウガを見る。
リュウガはグルルル、と唸り眼光を鋭く光らせる。犬歯をむき出しにし、鬼のような形相でアビスを睨むつけている。
ゴフ――という
「…お前のような屑に尻尾を振るつもりはない」
「口も悪いままか」
アビスはくつくつと嗤うと、おもむろに右手を挙げる。すると、その手の平からチャクラの鎖が出現し、リュウガの胸に突き刺さるようにして繋がった。
「あぐっ!?」
リュウガは苦悶の表情を浮かべ、拘束された体をよじった。
鎖をジャラジャラと引きながら、アビスはリュウガの顔を覗き込む。
「もはやお前を手なずけようとは思わん。……だが一つだけ教えろ。鍵をどこへやった?」
それまでの軽薄そうな雰囲気とは打って変わり、微塵の嘘も許さないというような冷酷な目で、アビスは少女に凄む。低い声が、ビリビリと空気を震わせた。
しかしそれでも、リュウガはなおも馬鹿にしたような笑みを見せた。
「……知らんな。知っていてもお前のような下衆には渡さん」
口元の笑みを消し、リュウガは殺気を迸らせる。
「あれはお前などが扱えるものではない。…身の程を知れ」
「使えるさ。貴様が考えているよりも簡単にな」
アビスはぐっと鎖に力を込めて引き、リュウガの体に苦痛を与える。
チャクラと鎖で繋がれ、手足を引き千切られるような痛みに、リュウガはギリギリと歯をくいしばって耐える。
「貴様は制御できないから使えないと思っているようだがな……、制御する必要などない。……俺が〝暴れろ〟と命じればよいのだからな」
その言葉に、リュウガは顔をしかめた。
暴れろと命じるだけでいい。それはつまり、この男は暴れろと命じるだけで、駒である自分たちに命ある限り戦わせ続けるということ。そして、その暴走に巻き込まれるすべてのことは、一切考えてはいない。
リュウガにとって後者は重要ではない。他人のことなどどうでもいい。
「俺は力を得た。兵を得た。…そして、邪魔をする者のいないこの時代へ来るに至った。俺は俺の野望を…世界をこの手に掌握するのさ」
「……貴様」
だが、こんな奴に利用される人間を見るのは、胸糞が悪くなる。
表情を、痛みと怒りで歪めるリュウガに、アビスはまた笑う。
「そんな顔をしてももう無駄だ。お前のチャクラは俺が握っている。…故に、お前はもうすでに俺のものだ」
そして、今度は鎖を持つ手と反対の手に、一振りの剣を出現させ、リュウガの首元に突き付けるとぐっと力を込める。リュウガの肌が裂け、鮮血がにじんで垂れていく。
「もう一度聞く。鍵をどこへやった」
「…………」
リュウガは目を細め、無言を貫く。
アビスは冷酷に笑いながら、刃をさらにリュウガの肌に沈めていく。それでも口を開かない彼女の表情に、アビスの笑みがより深く、醜く歪んでいった。
「……リュウガ」
その表情を見ていたのは、アビスだけではなかった。
リュウガの捕らえられている空間の入り口に隠れ、アケビが様子をうかがっていたのだ。突入するべきか、離れるべきか迷い、決めあぐねていた。
リュウガは自分を狙っている。何が目的かはわからないが、自分と彼女の間には何らかの関係があるのは明らかだ。それを自分の手で確かめたいという思いが、アケビにはあった。
そして何より、自分の中の何かが突き動かす。
圧倒的な力の差があろうとも、相手が誰であろうとも。
知りたい。
自分が何者なのか。
「……待ってて」
心を決め、向かおうとしたその瞬間だった。
剣を下ろしたアビスが、ギロリとその瞳をアケビに向けた。
「どうやら……ネズミが紛れ込んでいたようだな」
ニヤリと笑い、アビスは手の中の鎖を引く。
すると、繋がれていたリュウガの体がビクンと震え、目から一切の光彩が失われた。僅かに呻き声を漏らし、ぴくぴくと痙攣する身体から、突如拘束が解かれた。リュウガはダンッと両足で着地し、ゆらりと立ち上がった。
アビスは鎖を下ろし、アケビの隠れている方へ振り向く。
咄嗟に身を引いて隠れるアケビだが、アビスの前ではもう手遅れだった。
「やれ」
リュウガの胸に繋がれた鎖を、首輪を引く紐のように引き、アビスは命じた。
リュウガはぶるぶると最後の抵抗のように体を震わせながらも、引き攣った表情のまま印を結び始めた。
「!?」
リュウガの術が発動し、凄まじい熱を放つ青い炎が吐き出される。
それは龍の形を成し、目を見開いて離脱しようとしたアケビの目の前で炸裂した。
ドガァァァン!!
轟音が洞窟の中を駆け抜ける。
ビリビリと震える大気がナルトの鼓膜を揺らして気持ち悪くなる。
「っ……なんだ!?」
「…………」
耳を押さえるナルトと、振り向いたまま凍り付くナイト。
彼女はギュッと拳を握ると、おもむろに目を覆う包帯に手をかけ、ゆっくりとほどき始めた。シュルシュルと解けていく包帯を捨て、ナイトは再びナルトの方を剥く。
「…許せ、ナルト。お前たちには悪いが」
そして、赤く染まった巴模様の瞳をナルトに見せた。
「事情が変わってしまったようだ」
ボゥン!!
アケビの目の前で、青い炎が壁のように広がり、弾ける。
「くあっ!?」
アケビは顔を両腕で覆い、悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。
飛ばされた先で壁に激突し、岩壁を砕いて落下する。肺の中の空気を一気に吐き出させられて、激しく咳き込みながら悶え苦しむ。
うずくまるアケビの耳が、近づいてくる足音を捕らえた。
「……くっ……ふぅっ……」
唯一自由な顔に苦悶の表情を浮かべ、傀儡人形のような足取りで静かに近づいてくるリュウガは、その手に漆黒の刀を召還し、ゆっくりと迫っていく。
アケビは悔しげに表情を歪めるも、体を起こしてリュウガを睨みつける。
「ぐああああっ!!」
そこへ、同じく壁をぶち抜きながら、ナルトが吹っ飛ばされてきた。
「なっ……ナルト!?」
振り向いたアケビは、ボロボロで倒れ伏すナルトと、壁にあいた穴の向こうで剣を構えるナイトの姿を目にする。
慌てて、ふらつきながら駆け寄るアケビ。
ナルトは差し出されたアケビの手を制して、自分で体を起こす。
すでに満身創痍の二人を、リュウガとナイト、そしてアビスが取り囲んだ。
「くくっ…ネズミがもう一匹増えたか。ちょうどいい」
アビスは嗤い、その手を地面に叩きつけた。
「不安要素は、すべて排除しておくとしよう……口寄せの術!!」
ボウンッといくつもの煙の柱が立ち上り、ナルト達を取り囲む。その中から、八つの影が姿を現した。
銅褐色の尖った爪と足の鎧を纏う、蟹の足軽・シザース。
銀灰色の鋼鉄と、左肩に赤く鋭い突起を有する犀の武者・凱。
赤紫色の装束に鞭を持ったエイの兵士・ライア。
紫色の忍装束にフードを被り、杖を持った小柄な毒蛇の忍・王蛇。
茶色の毛皮付きの服に巻き角の装飾をつけた、レイヨウの狩人・インペラ―。
白い鎧に、巨大な斧を掲げた白虎の野武士・タイガ。
黄緑色の皮鎧に、シニョンのような髪飾りをつけた、カメレオンを思わせる女の武人・ベルデ。
緑色のスーツに、カラクリのような装甲を全身につけた牛の戦士・ゾルダ。
リュウガ達と合わせて十一人の未知の戦士たちが、ナルトとアケビを取り囲む。二人は顔をしかめ、それでも相手を鋭く睨みつけた。
「さぁ、わが配下鉄騎衆が、お前たちの相手をしよう」
キン、と甲高い金属音を鳴らし、鉄騎衆が徐々にナルトとアケビに迫っていく。
ぐっと唇を引き結んだナルトは、近づいてくる騎士達を悔しげに睨みつける。
その隣で、アケビはただ一人リュウガを見つめていた。
あれほど強く燃えていた憎悪の炎が、今や見る影もない。ただ人形のような姿で、どこか覚束ない足取りのまま近づいてきているのだ。
「…………」
悲痛に歪められるアケビの表情。その目に、決意の灯がともった。
「……ナルト」
「え?」
険しい表情のままアケビの方へ振り向くナルト。その目の前に、いつかのような黒い箱が突き付けられた。
途端に額当てに映ったベルトの虚像が飛び出し、アケビの腰に巻き付く。
立ち上がったアケビは、その中心へ箱を組み込み、再び灰色の鎧を纏った。
「! お前……何を!?」
嫌な予感がしたナルトが、アケビの顔を見上げる。
そんな必死の表情の彼に、アケビは柔らかく微笑んだ。
「……大丈夫、すぐに、戻るから」
そう諭すように告げ、アケビはきっと前を見据え、そして猛然と駆けだした。
「おい!!」
ナルトが呼び止めるのも聞かず、アケビは敵のど真ん中へと駆けていく。
飛んで火にいる夏の虫といわんばかりに、鉄騎衆の王蛇、凱、ライアが襲い掛かる。王蛇が印を結び、口から酸性の粘液を吐きかけ、ガイが岩を持ち上げて振り投げ、ライアが鞭を振り回して横薙ぎに振るう。
アケビはそれを右へ左へ上下へ跳躍して躱し続け、高く飛んで三人の向こうへと着地する。僅かでも、包囲を分断することができた。
「あのやろー……無茶すんなって言っただろうが!!」
ナルトは無茶をするアケビを叱りつけたい衝動に駆られながら、彼女を助けるべく立ち上がって走り出す。
だが、その前にナイトやほかの鉄騎衆が立ちはだかった。
「行かせんよ、向こうへは」
「てめぇら……どきやがれ!!」
怒りに身を震わせ、ナルトはナイトに殴りかかった。
強烈な威力の拳を、ナイトは剣の腹で払って躱し、お返しの裏拳をナルトに振るう。
ナルトはそれを掌底で払い、背後から迫るベルデを殴り倒し、応戦を続ける。
「ふべっ!?」
拳を食らったベルデが、情けない声とともに倒れた。
一方でアケビは、何本も召喚した剣を囮に使い、王蛇達の猛攻をどうにかしのいでいた。王蛇の剣は触れるだけでも危険な毒の剣。凱の籠手は砕けえぬ鋼鉄。ライアの鞭は鉄のように頑丈でしなやかだ。剣を投擲し、彼らから距離を稼ぎながらアケビは耐える。
そこで、一振りの曲刀を手に迫る影。それが地面に落下し、土煙を立てる。
アケビは後方に跳躍し、リュウガの斬撃をかろうじて回避した。
「うおおおおおおおおおお!!」
リュウガは剣を払うと、王蛇達と交代するように一気にアケビに迫り、黒刀を振るった。
アケビは剣を両手に持ち、リュウガの攻撃をいなし続ける。徐々に砕ける刀を捨てると、今度は曲芸のように跳ね回ってリュウガの剣を躱し続けた。
バシャバシャと湖の浅瀬を走り、猛攻を交わすアケビとリュウガ。
そこへ、ヒュルルルという奇妙な音が届き、アケビの表情が変わる。と、次の瞬間、アケビの至近距離で激しい水柱が立ち上がった。
ゾルダが喚んだ大砲が、火を噴いたのだ。
「うあっ!?」
衝撃を間近に喰らったアケビは、悲鳴を上げて吹き飛ばされ、湖上に墜落する。
すぐさま起き上がろうとする彼女の元へ、衝撃に耐えたリュウガが急接近した。
「アケビ!」
ナルトが危機に気付いて近づこうとするも、ナイトたちが邪魔をするため近づけない。
鉄騎衆が遠く取り囲む中で、リュウガの黒刀が見る間にアケビに近付いていく。光を反射する漆黒の刃が、真っ直ぐにアケビに向けられ、迫っていく。
アケビは湖上に立ち上がり、接近していくリュウガの姿を見つけると、ただ黙って剣を横に構えて待つ。その時、彼女は口元になぜか優しい笑みを浮かべると。
その手の剣を、手放した。
「!?」
僅かに目を見開いたリュウガの黒刀の刃が、そのまま吸い込まれるようにアケビに向かう。
そして、ドスッという音を立てて。
黒刀が、アケビの腹部の紋章を貫いた。