【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE―   作:春風駘蕩

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3.伸ばした手は届かない

 パラパラと音を立てて、岩石が砕けて小石を転がす。

 獣のような呼吸音とともに青い炎を漏らしているのは、鎖に繋がれた黒いアケビに似た少女だ。四肢を壁に繋がれ、チャクラの鎖で貫かれながら、リュウガは目の前にいる男を親の仇のように睨みつけていた。

「…行儀の悪さは治らんな」

 アビスは本気で呆れたように、リュウガを見る。

 リュウガはグルルル、と唸り眼光を鋭く光らせる。犬歯をむき出しにし、鬼のような形相でアビスを睨むつけている。

 ゴフ――という(ふいご)のような呼吸の合間、口元からチロチロと青い炎が漏れた。

「…お前のような屑に尻尾を振るつもりはない」

「口も悪いままか」 

 アビスはくつくつと嗤うと、おもむろに右手を挙げる。すると、その手の平からチャクラの鎖が出現し、リュウガの胸に突き刺さるようにして繋がった。

「あぐっ!?」

 リュウガは苦悶の表情を浮かべ、拘束された体をよじった。

 鎖をジャラジャラと引きながら、アビスはリュウガの顔を覗き込む。

「もはやお前を手なずけようとは思わん。……だが一つだけ教えろ。鍵をどこへやった?」

 それまでの軽薄そうな雰囲気とは打って変わり、微塵の嘘も許さないというような冷酷な目で、アビスは少女に凄む。低い声が、ビリビリと空気を震わせた。

 しかしそれでも、リュウガはなおも馬鹿にしたような笑みを見せた。

「……知らんな。知っていてもお前のような下衆には渡さん」

 口元の笑みを消し、リュウガは殺気を迸らせる。

「あれはお前などが扱えるものではない。…身の程を知れ」

「使えるさ。貴様が考えているよりも簡単にな」

 アビスはぐっと鎖に力を込めて引き、リュウガの体に苦痛を与える。

 チャクラと鎖で繋がれ、手足を引き千切られるような痛みに、リュウガはギリギリと歯をくいしばって耐える。

「貴様は制御できないから使えないと思っているようだがな……、制御する必要などない。……俺が〝暴れろ〟と命じればよいのだからな」

 その言葉に、リュウガは顔をしかめた。

 暴れろと命じるだけでいい。それはつまり、この男は暴れろと命じるだけで、駒である自分たちに命ある限り戦わせ続けるということ。そして、その暴走に巻き込まれるすべてのことは、一切考えてはいない。

 リュウガにとって後者は重要ではない。他人のことなどどうでもいい。

「俺は力を得た。兵を得た。…そして、邪魔をする者のいないこの時代へ来るに至った。俺は俺の野望を…世界をこの手に掌握するのさ」

「……貴様」

 だが、こんな奴に利用される人間を見るのは、胸糞が悪くなる。

 表情を、痛みと怒りで歪めるリュウガに、アビスはまた笑う。

「そんな顔をしてももう無駄だ。お前のチャクラは俺が握っている。…故に、お前はもうすでに俺のものだ」

 そして、今度は鎖を持つ手と反対の手に、一振りの剣を出現させ、リュウガの首元に突き付けるとぐっと力を込める。リュウガの肌が裂け、鮮血がにじんで垂れていく。

「もう一度聞く。鍵をどこへやった」

「…………」

 リュウガは目を細め、無言を貫く。

 アビスは冷酷に笑いながら、刃をさらにリュウガの肌に沈めていく。それでも口を開かない彼女の表情に、アビスの笑みがより深く、醜く歪んでいった。

「……リュウガ」

 その表情を見ていたのは、アビスだけではなかった。

 リュウガの捕らえられている空間の入り口に隠れ、アケビが様子をうかがっていたのだ。突入するべきか、離れるべきか迷い、決めあぐねていた。

 リュウガは自分を狙っている。何が目的かはわからないが、自分と彼女の間には何らかの関係があるのは明らかだ。それを自分の手で確かめたいという思いが、アケビにはあった。

 そして何より、自分の中の何かが突き動かす。

 圧倒的な力の差があろうとも、相手が誰であろうとも。

 知りたい。

 自分が何者なのか。

「……待ってて」

 心を決め、向かおうとしたその瞬間だった。

 剣を下ろしたアビスが、ギロリとその瞳をアケビに向けた。

「どうやら……ネズミが紛れ込んでいたようだな」

 ニヤリと笑い、アビスは手の中の鎖を引く。

 すると、繋がれていたリュウガの体がビクンと震え、目から一切の光彩が失われた。僅かに呻き声を漏らし、ぴくぴくと痙攣する身体から、突如拘束が解かれた。リュウガはダンッと両足で着地し、ゆらりと立ち上がった。

 アビスは鎖を下ろし、アケビの隠れている方へ振り向く。

 咄嗟に身を引いて隠れるアケビだが、アビスの前ではもう手遅れだった。

「やれ」

 リュウガの胸に繋がれた鎖を、首輪を引く紐のように引き、アビスは命じた。

 リュウガはぶるぶると最後の抵抗のように体を震わせながらも、引き攣った表情のまま印を結び始めた。

「!?」

 リュウガの術が発動し、凄まじい熱を放つ青い炎が吐き出される。

 それは龍の形を成し、目を見開いて離脱しようとしたアケビの目の前で炸裂した。

 

 ドガァァァン!!

 轟音が洞窟の中を駆け抜ける。

 ビリビリと震える大気がナルトの鼓膜を揺らして気持ち悪くなる。

「っ……なんだ!?」

「…………」

 耳を押さえるナルトと、振り向いたまま凍り付くナイト。

 彼女はギュッと拳を握ると、おもむろに目を覆う包帯に手をかけ、ゆっくりとほどき始めた。シュルシュルと解けていく包帯を捨て、ナイトは再びナルトの方を剥く。

「…許せ、ナルト。お前たちには悪いが」

 そして、赤く染まった巴模様の瞳をナルトに見せた。

「事情が変わってしまったようだ」

 ボゥン!!

 アケビの目の前で、青い炎が壁のように広がり、弾ける。

「くあっ!?」

 アケビは顔を両腕で覆い、悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。

 飛ばされた先で壁に激突し、岩壁を砕いて落下する。肺の中の空気を一気に吐き出させられて、激しく咳き込みながら悶え苦しむ。

 うずくまるアケビの耳が、近づいてくる足音を捕らえた。

「……くっ……ふぅっ……」

 唯一自由な顔に苦悶の表情を浮かべ、傀儡人形のような足取りで静かに近づいてくるリュウガは、その手に漆黒の刀を召還し、ゆっくりと迫っていく。

 アケビは悔しげに表情を歪めるも、体を起こしてリュウガを睨みつける。

「ぐああああっ!!」

 そこへ、同じく壁をぶち抜きながら、ナルトが吹っ飛ばされてきた。

「なっ……ナルト!?」

 振り向いたアケビは、ボロボロで倒れ伏すナルトと、壁にあいた穴の向こうで剣を構えるナイトの姿を目にする。

 慌てて、ふらつきながら駆け寄るアケビ。

 ナルトは差し出されたアケビの手を制して、自分で体を起こす。

 すでに満身創痍の二人を、リュウガとナイト、そしてアビスが取り囲んだ。

「くくっ…ネズミがもう一匹増えたか。ちょうどいい」

 アビスは嗤い、その手を地面に叩きつけた。

「不安要素は、すべて排除しておくとしよう……口寄せの術!!」

 ボウンッといくつもの煙の柱が立ち上り、ナルト達を取り囲む。その中から、八つの影が姿を現した。

 銅褐色の尖った爪と足の鎧を纏う、蟹の足軽・シザース。

 銀灰色の鋼鉄と、左肩に赤く鋭い突起を有する犀の武者・凱。

 赤紫色の装束に鞭を持ったエイの兵士・ライア。

 紫色の忍装束にフードを被り、杖を持った小柄な毒蛇の忍・王蛇。

 茶色の毛皮付きの服に巻き角の装飾をつけた、レイヨウの狩人・インペラ―。

 白い鎧に、巨大な斧を掲げた白虎の野武士・タイガ。

 黄緑色の皮鎧に、シニョンのような髪飾りをつけた、カメレオンを思わせる女の武人・ベルデ。

 緑色のスーツに、カラクリのような装甲を全身につけた牛の戦士・ゾルダ。

 リュウガ達と合わせて十一人の未知の戦士たちが、ナルトとアケビを取り囲む。二人は顔をしかめ、それでも相手を鋭く睨みつけた。

「さぁ、わが配下鉄騎衆が、お前たちの相手をしよう」

 キン、と甲高い金属音を鳴らし、鉄騎衆が徐々にナルトとアケビに迫っていく。

 ぐっと唇を引き結んだナルトは、近づいてくる騎士達を悔しげに睨みつける。

 その隣で、アケビはただ一人リュウガを見つめていた。

 あれほど強く燃えていた憎悪の炎が、今や見る影もない。ただ人形のような姿で、どこか覚束ない足取りのまま近づいてきているのだ。

「…………」

 悲痛に歪められるアケビの表情。その目に、決意の灯がともった。

「……ナルト」

「え?」

 険しい表情のままアケビの方へ振り向くナルト。その目の前に、いつかのような黒い箱が突き付けられた。

 途端に額当てに映ったベルトの虚像が飛び出し、アケビの腰に巻き付く。

 立ち上がったアケビは、その中心へ箱を組み込み、再び灰色の鎧を纏った。

「! お前……何を!?」

 嫌な予感がしたナルトが、アケビの顔を見上げる。

 そんな必死の表情の彼に、アケビは柔らかく微笑んだ。

「……大丈夫、すぐに、戻るから」

 そう諭すように告げ、アケビはきっと前を見据え、そして猛然と駆けだした。

「おい!!」

 ナルトが呼び止めるのも聞かず、アケビは敵のど真ん中へと駆けていく。

 飛んで火にいる夏の虫といわんばかりに、鉄騎衆の王蛇、凱、ライアが襲い掛かる。王蛇が印を結び、口から酸性の粘液を吐きかけ、ガイが岩を持ち上げて振り投げ、ライアが鞭を振り回して横薙ぎに振るう。

 アケビはそれを右へ左へ上下へ跳躍して躱し続け、高く飛んで三人の向こうへと着地する。僅かでも、包囲を分断することができた。

「あのやろー……無茶すんなって言っただろうが!!」

 ナルトは無茶をするアケビを叱りつけたい衝動に駆られながら、彼女を助けるべく立ち上がって走り出す。

 だが、その前にナイトやほかの鉄騎衆が立ちはだかった。

「行かせんよ、向こうへは」

「てめぇら……どきやがれ!!」

 怒りに身を震わせ、ナルトはナイトに殴りかかった。

 強烈な威力の拳を、ナイトは剣の腹で払って躱し、お返しの裏拳をナルトに振るう。

 ナルトはそれを掌底で払い、背後から迫るベルデを殴り倒し、応戦を続ける。

「ふべっ!?」

 拳を食らったベルデが、情けない声とともに倒れた。

 一方でアケビは、何本も召喚した剣を囮に使い、王蛇達の猛攻をどうにかしのいでいた。王蛇の剣は触れるだけでも危険な毒の剣。凱の籠手は砕けえぬ鋼鉄。ライアの鞭は鉄のように頑丈でしなやかだ。剣を投擲し、彼らから距離を稼ぎながらアケビは耐える。

 そこで、一振りの曲刀を手に迫る影。それが地面に落下し、土煙を立てる。

 アケビは後方に跳躍し、リュウガの斬撃をかろうじて回避した。

「うおおおおおおおおおお!!」

 リュウガは剣を払うと、王蛇達と交代するように一気にアケビに迫り、黒刀を振るった。

 アケビは剣を両手に持ち、リュウガの攻撃をいなし続ける。徐々に砕ける刀を捨てると、今度は曲芸のように跳ね回ってリュウガの剣を躱し続けた。

 バシャバシャと湖の浅瀬を走り、猛攻を交わすアケビとリュウガ。

 そこへ、ヒュルルルという奇妙な音が届き、アケビの表情が変わる。と、次の瞬間、アケビの至近距離で激しい水柱が立ち上がった。

 ゾルダが喚んだ大砲が、火を噴いたのだ。

「うあっ!?」

 衝撃を間近に喰らったアケビは、悲鳴を上げて吹き飛ばされ、湖上に墜落する。

 すぐさま起き上がろうとする彼女の元へ、衝撃に耐えたリュウガが急接近した。

「アケビ!」

 ナルトが危機に気付いて近づこうとするも、ナイトたちが邪魔をするため近づけない。

 鉄騎衆が遠く取り囲む中で、リュウガの黒刀が見る間にアケビに近付いていく。光を反射する漆黒の刃が、真っ直ぐにアケビに向けられ、迫っていく。

 アケビは湖上に立ち上がり、接近していくリュウガの姿を見つけると、ただ黙って剣を横に構えて待つ。その時、彼女は口元になぜか優しい笑みを浮かべると。

 その手の剣を、手放した。

「!?」

 僅かに目を見開いたリュウガの黒刀の刃が、そのまま吸い込まれるようにアケビに向かう。

 そして、ドスッという音を立てて。

 

 黒刀が、アケビの腹部の紋章を貫いた。


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