【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE―   作:春風駘蕩

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2.六道の遺産

 パラパラと何か、小さな砂粒が当たる感覚がする。

 小さく呻きながら、ナルトの意識はゆっくりと浮上していった。

「……ここは、なんなんだってばよ?」

 ガラガラと瓦礫を押しのけ、ナルトは辺りを見渡した。

 真っ暗な、いや、僅かな青い光の身がほのかに辺りを照らす中、微かに洞窟の中が見える。入り組んだ複雑な穴だ。だが、光が見えるのは一方向だけだった。

 ナルトは警戒を深めながら、その光の方へと歩いて行った。

 クナイはもう使い切ってしまい、手裏剣も在庫切れだ。あとは頼れるのは自分のチャクラと得意忍術、…そして、二つの切り札のみ。

 準備をしていたナルトを、青い光が照らし出した。

「…………!」

 その光景は、ナルトの目と言葉を奪った。 

 湖だ。果てがかすむほど巨大な、地底湖だ。青と緑が混じった光が中心から広がり、かなり高い天井までをゆらゆらと照らしている。

 あたりを見れば、同じ色をした光が蛍のように漂い、瞬いている。

 幻想的な光景だった。

 思わず、ナルトが見とれていたその時。

「意外性№1というのはこういうことを言うのか」

「!!」

 聞き覚えのある声に、ナルトは目を見開いて振り向いた。

 闇の中に溶けた黒衣が、徐々に姿を現していく。艶のある黒く長い髪、月光のように白い肌。コウモリの衣装のベルトに鎧を纏った、ナイトが現れた。

 だが、その眼は今は見えない。包帯に巻かれ、隠されている。

「何をしに来た、うずまきナルト」

「……お前、ナイトってやつだな」

 ナルトが呼ぶと、ナイトはわずかに唇を惹き結び、体を強張らせる。

「……今一度聞くぞ、うずまきナルト。何をしにここに来た。よもや、たった一人で我らと張り合おうと思ったのではあるまいな」

 ナイトはそう言いつつ、腰の剣の柄に手をかけた。

「我らを……私を侮っているのか?」

 ナイトの体から、殺気の混じった闘気が滲み出る。返答次第では迷わず切り捨てる、そう言っているかのように。

 だが、それを受けてもナルトは動じなかった。それどころか、ただじっと真っ直ぐにナイトの顔を見つめ返すだけだ。

「……俺は、戦いたいんじゃねぇ」

「ふざけたことを……ここはもう戦場だぞ。戦の最中で戦いたくないだと?」

 ナイトは怒気を強め、剣を鞘から抜き放つ。スラリと尖った切っ先が、ナルトの喉元へと突き付けられた。

「……いよいよ馬鹿らしいな、英雄」

 ナルトは脅されるも、真っ直ぐにナイトを見つめる。

「……俺が馬鹿ってのは、自分でわかってる。それでも俺は、戦いたくもないのに、戦わされてるお前らを、……傷つけたくねぇ」

「…………!!」

 その瞬間、ナイトの歯がギリッと音を立てる。そして、剣の刃がさらにナルトの首元に近付き、ナルトの皮膚に食い込む。肌から、僅かに鮮血が垂れた。

「……貴様は、どうして……!!」

 カタカタと刃が震える。それはナイトの怒りによるものか、怯えによるものか、それとも別の何かか。

 その表情は、包帯に隠されて見えない。

「…………」

 静かに対峙していた二人の忍。長いような、短いような数秒間が流れる。

 ナイトは、無言で刃を下ろした。

「……この眼が閉じていてよかったな。我らの眼は、アビスと繫がっているからな」

「や、やっぱりお前ら、あいつに無理やり従わせられて……」

 ナルトが尋ねかけるも、ナイトはそれを手で制す。ナルトに向かって掌を向け、自身の口元に人差し指を当てる。

「気遣いは無用。……お前の言う通り、我らは誰一人として奴に対して忠誠心など持ち合わせてはいない。毛の先ほどもな。だが、忌々しい術により、我らは縛られている。……抗う術は、ない」

「だったら……」

「無用だと言っている」

 ナルトを制し、ナイトは剣を鞘に納める。キン、という音を鳴らし、ナイトはそのままナルトに背を向けた。

「……ナルト、お前にできることは何も無い」

「! なんだと……!?」

 ナイトは怒るナルトを無視し、洞窟に向かって歩き出した。

 それ以上は聞かない、という意思表示のように。

「お前では……今のお前では、アビスには勝てない。そして……、あいつを救うことは絶対にできない…分かったら失せろ」

 ふと足を止めたナイトは、振り向いた。包帯に巻かれた見えない目で、ナルトを見つめる。

「お前では、足手纏いだ」

 ナイトはそれだけ言って、再び歩き出してしまう。

 ナルトはその場で、悔しげに拳を握りしめることしかできず、だがぐっと唇をかみしめ、去っていくナイトの後を追った。

 

 ザザッ、と壁を滑り、アケビは穴の底へと降り立った。

 慎重に辺りを見渡しながら息を潜め、アケビは穴の奥へと小走りに進んでいく。

 すると不意に光を見つけ、アケビは立ち止まって身を隠した。ゆっくりと動き、中の様子をうかがう。

「……え?」

 アケビは思わず、入り口の前に出てその中を凝視した。

 松明が並び、照らし出される穴道。オレンジ色に照らされる道の壁には、細かいいくつもの画が隅々まで描かれていた。

 その形は、以前見た遺跡の画と同じものだった。

「……コレ、あの遺跡の画と同じ」

 アケビは覚束ない足取りで、道の奥へと歩を進めていく。そして同時に、並んでいる壁画に目を通していった。

 最初に見たのは、巨大な樹の絵。その真下には、鎧を纏った戦士たちが双方に集い、剣や槍を交え、戦っている姿が描かれている。

 隣には、さらにいくつもの画が描かれている。

 一つの木の実、それを食らう角の生えた姫と、彼女が強大な力を振るう姿。

 生まれ出でた姫の子らが、暴れ狂う十本の尾の怪物に立ち向かう光景。

 この一人が、封じた怪物を九つに分け、九体の獣と変えて語り合う場面。

 神話だ、そう直感的にアケビは思った。

 だが、壁画は反対側にもあった。

 そちら側には、壁で分けられた二つの世界が描かれている。そして一方の世界から、無数の怪物が這い出ている様が描かれている。

 這い出た怪物は、人里へと降り、飛び、人々へと襲い掛かっている。逃げ惑う人々に食らいつき、壁の向こうへと引きずり込んでいる。

 だが、次の画で状況が変わる。

 怪物たちが、一人の男が放つ光を受け、悶え苦しんでいる。錫杖を持ったその男は、反対側の画と重なるようにして描かれていた。

「……これは、いったい何?」

 アケビは茫然としたまま、壁画の表面をゆっくりと撫でる。溝に指を滑らせ、怪物の一体の姿をたどっていく。蛇に似た、蜥蜴に似た赤い(・・)龍の絵を。

「……赤? 黒じゃないの?」

 アケビはつぶやくも、当然答えは返らない。

 だが代わりに、道のさらに奥から何者かの声が聞こえた。

「……!」

 アケビは一瞬身を強張らせるも、すぐに弛緩して気を落ち着ける。

 ぐっと唇を引き結び、ゆっくりと、奥へと歩を進めていく。徐々に近づいていく光に目を細め、自らも知らぬうちに冷や汗を流す。ゴクリと唾を飲み込み、その奥を覗く。

 そして、その目を見開いた。

「…………何、これ」

 

「なんだってばよ、……こいつは」

 呆然となるナルトが、その光景に呟く。

 ナルトの前に立つナイトが、無表情のまま口を開く。

「……ナルト、いかにお前が強くとも、アビスには勝てないといった理由を教えてやる」

 二人の目の前、そこには鏡のようにキラキラと輝き、透き通る水晶の壁がそびえたっていた。氷河のように重く大きく存在するその壁の中で、何かが動いている。

 鏡となった水晶の向こうで、巨大ないくつもの影が蠢いているのだ。それはいつか見た蜘蛛や、山羊に似た角を持つモノ、ヤゴに似た青い異形であり、そのほかにもいくつもの種の怪物が、水晶の向こうで這い回っていた。

「理由は単純だ」

 向こうにいる怪物には見えていないのか、ナルトとナイトには気付かずに悠々と動き回っている。

 その数は、千や二千を軽く超えていた。

「数で圧倒的に不利だからだ」

 抑揚のない声で告げるナイトに、ナルトは絶句する。だが、固まる体に叱咤し、ナイトに詰め寄る。

「なんだってばよ、この数……いったいこいつら、なんなんだってばよ!!」

「…………」

 迫るナルトに、ナイトは小さく嘆息する。

「……こいつらが何者なのかは、私も知らない。だが、奴には確かにこいつらを従える力があり、操る術を持っている。……今のお前には、相手にできない力をな」

 ナイトは虚空を見上げ、無意識に腹部に手を当てた。そこにある忌々しい何かを拒みたいかのように、ギュッと力を込めて握る。

 目は今は見えないが、おそらくその瞳には憎悪の炎が渦を巻いていることだろう。

「こいつらは……騎獣は、忍という概念が存在する以前より、鏡の向こうの世界より出で、人里に降りては人を喰ってきた怪物たちだ。……そもそもが、人はおろか忍にどうこう出来る相手ではない」

 勝てない、と真っ向から言われて硬直するナルトに、ナイトはビッと人差し指をを向かて、はっきりと告げる。遠慮の気配は、微塵もない。

「お前の腹の内にいる化け狐の方が、詳しく知っているんじゃないか?」

「!」

 ぽつりと呟かれたその言葉に、ナルトは目を見開く。

 思わず自分の腹部に触れると、ナルトの脳裏に〝声〟が届いた。

 ―――……ケッ。

    小娘が生意気言いやがって。

 次の瞬間、ナルトの意識はパイプの張り巡らされた異様な空間に立っていた。足元は水浸しになっていて、オレンジ色の光が辺りを照らしている。

 何よりも大きな存在は、目の前真紅の封印の扉。

 その奥に佇む、巨大な怪物。

 最強のチャクラを持つ妖狐の尾獣。

「……九尾」

 半身とも、宿敵ともいえる存在の干渉に、ナルトの表情が険しくなった。

「お前……何か知ってんのか?」

「……まぁな。テメーは知らねーだろうから教えといてやるよ」

 ニッと口角を挙げ、九尾は封印の向こうから言う。

「遥か昔……まだ忍という概念すら曖昧だった頃から存在したって話は、いまそいつが言ったとおりだ。そいつらは全身に鎧を纏い、騎士と呼ばれる戦士の様に似ていたことから、後に『騎獣』と呼ばれた」

 尾の一本を動かしながら、九尾は続ける。

「異様な力を有する化け物どもに、人間どもは成す術なく喰われていった。……だが、そいつらを退け、封印した者がいた」

 ゴクリと息をのむナルトに、九尾は縦に裂けた瞳孔を向ける。

「そいつは後に、六道仙人と呼ばれる男だった。…六道のジジイは騎獣を退けた後、奴らが二度と出てこられないように、二つの世界の繋がりを絶った」

 そこで、九尾の目が剣呑に尖った。

「……だが、今現在二つの世界は繋がれている。何者かは知らんが、ジジイと同等かそれ以上の力を持つ誰かが、封印を解いたのは確かだ」

 九尾の言葉に、ナルトは冷や汗が流れるのを感じた。

 自来也や、今は亡き兄弟子である長門が語っていた、神話上の人物。それと同等以上の存在が、敵にいるということに。

「…気をつけろ、ナルト。相手はテメーが思ってる以上かもしれんぞ……]

 九尾はそういって、ニヤリと笑った。

 それを知ってか知らずか、ナイトはまたビッと指を突き付けた。

「先に言っておく。お前たちは手を出すな」

 ナイトの有無を言わせぬ口調と、突き付けられた指にのけぞりながら、ナルトはナイトを睨む。力強く反論したいのに、彼女の放つ雰囲気がそれを許さなかった。

 それを気付いてか、ナイトは静かに指を下ろし、覇気を弱めた。

「お前にできることは何もない。……この空間の先に外へ通じる出口がある。そこを出て木ノ葉に戻れ。…そして、仲間にも関わるなと伝えろ」

 それだけ言って、ナイトはナルトに背を向け、空間の暗いほうへと歩いていく。

 残されるナルトは、悔しげに拳を握りしめる。否定したいのにあまりの彼女の気迫に押され、何も言い返すことができなかった。

 だが、ここで何も言わずに逃げ帰ることは、ナルトにはできない。

 預かった、妹のような少女のルーツが、失われた記憶に辿り着く機会を逃してしまうかもしれないのに、おめおめと逃げ帰るわけにはいかない。

 何よりも、少女の言葉がナルトの心を締め付ける。

 ―――今のお前では、アビスには勝てない。

    そして…、あいつを救うことは絶対にできない。

 捕らわれ、縛られている奴らに勝てないといわれては、自分の矜持(プライド)にかかわる。

「…………」

 迷いは、ただの一瞬。

 ナルトは、さらなる決意を目にともし、ナイトの背中を睨みつけた。

「それでも俺は、……逃げたくねぇ」

「!!」

 その瞬間、空間に暴風が吹き荒れた。ナイトが提げる細剣(レイピア)が引き抜かれ、怒りがチャクラとなってあふれ出したのだ。切っ先をナルトに向け、ナイトが凄む。

「…………舐めるな、ナルトぉ…!!」

 歯を食いしばり、怒りの炎を燃やすナイトが、低い声で唸る。

 凄まじい殺気を受けながら、ナルトはただ真っ直ぐにナイトを見据えた。

 だがその時、ズンッと空間が激しく揺れた。

「!?」

 突然の衝撃に、二人の注意がそれる。

 やり合っている場合ではないと、気づかされた。


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