【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE― 作:春風駘蕩
日が傾いでいく。
徐々に青紫色に代わっていく夕暮れのオレンジを見上げ、サクラはため息をついた。
気温は随分と下がって肌寒く、吐いた息が暖かい。リーリーと高く響く鈴虫の鳴き声を耳にしながら、すぐそばに横になる少女を見下ろした。
アケビは、悪夢でも見ているのだろうか、吐く息は荒く、汗がとめどなく流れては服を濡らしている。
不安げな顔でアケビを見下ろすサクラのそばに、シンマが近づいた。
「…どうだ? 嬢ちゃんの様子は?」
「シンマさん…、まだ、目を覚まさないんです」
シンマはうなると、サクラの隣に腰を下ろした。
「……この子には、ちぃと刺激が強かったのかね」
「何か、関係があるんでしょうか?」
「……さぁな」
頭の後ろで腕を組み、シンマは空を仰いだ。僅かに見える星々を見上げながらため息をつき、目を細める。
「……だが、今のこの子にこれ以上無理をさせるのは逆効果かもしんねぇ」
「そう、ですね……」
歯切れ悪く、サクラは答える。
シンマは胸の前で腕を組み、頭を下げてうなる。
「…何があったかは知らねぇが、気の毒だよな。殺し殺されのこの世の中、こんな娘がごろごろしてんのはわかるが……、どうにも他人の気がしなくてなァ…」
シンマはそういって、アケビの頭を撫でる。優しさに満ちたその目と、撫でるその姿は、娘を思う父親のように見えた。
サクラはその様子を見ながら、ふと思う。
なぜ、アケビは倒れたのか。紋章を見て、何かを思い出していたかのように見えた。だがすぐに、それに苦しんでいるように見えた。
アケビを苦しめる記憶とは、いったい何なのか。何が彼女を苦しめているのか。
サクラがぼんやりとアケビを見つめていると、その場へナルトが戻ってきた。
「ただいま、サクラちゃん、シンマのおっちゃん」
「あ…ナルト」
「よう」
疲れた表情で戻ってきたナルトは、二人の一歩手前で急に立ち止まった。その表情を一気に驚愕に染め、二人の間に割り込んだ。
「アケビ!!」
「えっ!?」
驚いたサクラが振り向くと、悪夢に苦しんでいたアケビがいつの間にか目を覚まし、頭を押さえながら起き上がろうとしていた。ナルトが傍に寄ってそれを助け、支えてやると、アケビはナルトの目を見返した。
「ナルト……」
「大丈夫か?」
ナルトが顔を覗き込むと、アケビは「うん、大丈夫」とはっきり答えた。
「心配したのよ? 急に倒れて…」
「気分は悪くねーか?」
サクラとシンマが尋ねると、アケビは宥めるように微笑みを返した。
「大丈夫だよ。サクラ、シンマさん。もう頭は痛くないから」
「そ……、そう?」
サクラはアケビの返事に、一瞬虚を突かれてどもった。
見ればアケビの目はシャキッと開かれ、瞳の光は前より明るくなっている。不安げに縮こまっていた背筋や方も伸び、芯が通っているように見える。
少しだけ、前より大人びたというか、歳早々になったように見えた。
ナルトはアケビの前でしゃがみ、目を合わせた。
「なぁ……、何があったんだ?」
「……わからない」
アケビは頭を振り、額に手を当てて俯く。
「いきなり断片的な記憶が大量に流れ込んできて、押しつぶされそうになって、そのまま気が遠くなって……、気が付いたら、ここで寝ていたから……」
「ふ〰〰ん…」
ナルトは頭の後ろで手を組み、座りなおす。
アケビは手を下ろすと、「でも」と唐突に口を開いた。
「あれを見た瞬間、少しだけ思い出したことがあったんだ」
「!」
「何なの!?」
アケビの言葉に、三人はどよめく。詰め寄ったナルトたちに、アケビは頷く。
「断片的に見えただけだけど、あの黒い私と戦っていた……、写輪眼を持った青いくノ一。あの子と私は……、どこかで会ったことがある」
「なっ……」
アケビの告白に、サクラたちは言葉を失った。
凍り付く一同に頷き、アケビは先を続ける。
「記憶の中で私とあの子は、……戦っていた」
「…敵、だったのか?」
「分からない…。でも、あの子が泣いていたのは覚えてる」
ナルトは天を仰ぎ、低い声でうなった。アケビもまた頭を押さえて何かを思案する。
サクラはその横顔を見ながら、真剣な表情で口を開いた。
「……あんた、本当に何があったの? さっきと別人みたいよ?」
「え?」
自覚がなかったのか、アケビは目を丸くした。その仕種さえも、以前のように首を傾げるといった子供っぽいものではなく、アケビの外見相応の反応に代わっていた。
サクラの目に、不安げな色が見えた。
「…アケビ。アンタ…いったい…」
「…………」
真剣なサクラの目を、アケビは困惑を含んだ目でじっと見つめ返す。
静かな風が吹く、数秒が立つ。
先に目をそらしたのは、アケビの方だった。
一瞬で目に刃のような鋭さをたたえ、片膝を立てて身構えた。
様子の変わったアケビに、サクラの警戒心が高まった。
「…どうしたのよ」
「…………」
サクラには答えず、アケビは地面に手を当てて目を閉じる。そして石造のようにじっと、微塵も動かずに、何かを探るように佇む。
「……?」
ナルトが首を傾げながら待っていると、耳を澄ましていたアケビが、突如目を見開いた。蒼の瞳が、爛々と輝いたと思うと、一言呟いた。
「…来る」
その瞬間、どんっと大きな衝撃が地面に走り、揺れた。
「!」
ほぼ同時に、遠くから腹の底まで轟くような爆音が鳴り響いた。
ナルトたちは異変に身構え、辺りを見渡した。真剣な表情で、苦無や刀、剣を手に周囲に警戒を巡らせる。
地響きは、まるで地中で何かが蠢いているかのように移動し、地上のナルトたちをグラグラと揺らす。
そして次の瞬間、巨大な、長い紫の物体が、地を割りながら姿を現した。
「クワァァァ!!」
長い二本の牙を掲げ、紫の鋼鉄の大蛇―――ベノスネーカーが、長い尾をしならせて、ナルトたちに襲い掛かった。