【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE― 作:春風駘蕩
森を抜けた先にあったのは、広く奥へと続く廃墟の街だった。
そうとしか言いようがないほど、人の気配はなく、住めるような環境ではなかった。
輪郭のみが残る建造物は、そのほとんどが風化し、中には瓦礫の山となったものもある。鏡の国というだけあって、そこら中にガラスや金属の破片が散らばっているが、長い間使われた形跡がないようだ。
ナルトはパキパキと小さな鏡の破片を踏み砕きながら、少し遠くを見渡した。
よく見ればそれなりに高い立派な建物もあるが、いずれもやはり激しく破損し、陥没して大きな穴が開いている。かつて周囲の国々から一斉攻撃を受けたという名残が目に見えるようで、ナルトは思わず目を伏せた。
―――…いつか、里もこうなっちまうのか。
戦争が始まれば、平和な日々は失われる。平和を勝ち取るために、人の笑顔も、命までも奪われていく。そんな理不尽が、虚しさを与えてくる。
「ナルト」
背後から聞こえた声にハッとなる。振り向けば、不安げな表情なアケビが、居心地悪そうにナルトを見つめ、服の端を握ってきた。
「どうした?」
「…ここ、なんかヤダ。変なものを感じる」
キョロキョロと辺りを見やるアケビは、まるで迷子だ。好奇心旺盛な彼女が、自身の居場所を見失いかけているように見えた。
ナルトは何も言えなかった。
自分も、似たような気分になっていたからだ。言いようのない不安が、二人の中にあったのだ。
ガラガラと音を立てて、木製の扉が崩れる。カカシが中に入ると、そこは書物庫だとわかったが、閲覧することはできそうもなかった。
巻物を一つ手に取っただけで、その巻物はボロボロと灰のように崩れ、カカシの手の中から落ちてしまったのだ。かろうじて持てた巻物や本も、虫が食っていたり、焼け焦げていたりと、ろくに無事で残っているものがなかった。
綱手の言っていた言葉の意味が分かった。当時のままで残っている。つまりは、戦で滅び、焼き尽くされた当時のままということか。
カカシは巻物を置いて膝をつき、ため息をついた。
「……こりゃ、無駄足だったかねぇ」
思わずつぶやくカカシ。その背後から刺す光の中に、影が混ざった。
「カカシさん」
サイだった。真剣な表情で、振り向くカカシを見つめていた。
「どうかした?」
「…少し、気になるものが」
カカシはしばしサイを見つめ返すと、立ち上がってサイの後を追った。
サクラはヤマトとともに、大通りらしき道を歩いていた。そこら中に草木が自生し、中には建物の壁にまで根を張って枝を伸ばしている植物もあった。
「……本当にあいつらの手がかりがここにあるんでしょうか?」
サクラが呟くと、ヤマトは首を振った。
「分からない。…もしかしたら、もうどこかへ場所を変えた可能性もある。とりあえず、少しでも奴らの情報を集めておこう」
「…はい」
サクラは表情を改め、少し足早に歩きだす。
だが少し歩いてから、「そういえば…」と切り出した。
「…この国の人々は、いったいどこに行ったんでしょうか? まさか…皆殺し、なんてワケじゃ……」
「……実は、それもよくわかってないんだ」
前を見ながら歩き続けたまま、ヤマトは答えた。
「第二次忍会大戦終結後、様々な里がこの国に来たけど、生き残った者も、逃げ去った痕跡すらも残されていなかったらしい。…滅んだといっても、全ての人々を抹殺したわけじゃないから……そんなことはあり得ないんだが……」
「痕跡すら? 何一つ?」
「ああ…、まるで煙のようにね」
途中転がっていた瓦礫を乗り越えながら、ヤマトは続ける。
「…何より不可解だったのは、鏡の国を発展させてきた高度な時空間忍術……その情報が一切失われていたことだ」
「!? すべて…、ですか!?」
驚愕の表情を浮かべるサクラに、ヤマトは小さく頷く。
「ああ……。国民と同じくね」
「……何が、起きたんでしょうか。この国に……」
「分からない。だが…、もしかしたらこの任務が、その謎を解くカギを手にすることに繋がるかもしれない。奴らのこともある。気を引き締めていこう」
「はい!」
サクラが決意を新たにした時だった。
「ヤマトさん、サクラ!」
「!」
崩れかけた建物の屋根を伝い、レンヤが二人の前に降り立った。
真剣な表情の彼に、ヤマトは「どうかしたのか?」と問いかけた。
「…それが、シンマのやつが妙なものを見つけまして…」
「? 妙なもの?」
サクラが聞き返すと、レンヤは小さく頷く。
「すぐに来てください。カカシさんも来てます」
「分かった。行くよ、サクラ」
レンヤの後に続き、走り出したヤマトにせかされ、サクラも「はい!」と答えて付き従った。
「こっちです!」
寺院の跡地のような廃墟の中で、シンマは待っていた。中にはすでにカカシとサイがいて、中にある何かを覗き込んでいた。
サクラは寺院の中に入りながら、ふとその場に二人足りないことに気が付いた。
「ん? ナルトとアケビは?」
「オウ! 今、俺の影分身が呼んでるところだ」
サクラの問いに、シンマは軽いノリで敬礼しながら答えた。サクラはそのノリに呆れながら、カカシたちがいるほうに向かった。そして、そこにあるものを見て、言葉を失った。
そこへ、少し遅れてから、シンマの影分身に連れられたナルトとアケビが到着した。
「カカシ先生! 遅れてスマネェってばよ!」
「来たよ」
張り切って登場したが、反してみんなの反応は薄かった。ナルトは「ん?」と漏らしながら、固まる六人に目を細める。アケビも首を傾げながら、トテトテとサクラの傍に近寄る。
そんな二人に、レンヤだけが振り向き、顎で近くに来るように示した。
「…どうしたんだ? なんだってばよ?」
ナルトは訝しみながら、言われた通り六人の間に入る。
「……!?」
そして、驚愕した。
目を見開くナルトの隣で、シンマが口を開く。
「……手掛かりの一つでも無ェかと弄ってたら、偶然この台座の上が外れてな。……そしたら、こいつが出てきたわけだ」
そういって、シンマは台座の上の溝を撫でる。
台座の上を走るいくつもの溝。それらは複雑に絡み合い、一つの紋章を現していた。
中央に位置する、二つの巴による対極紋。そして、周囲を取り囲む炎の図柄と、複雑な文字の羅列、無数の小さな図形による円陣。
「……これって封印紋よね」
「うん。それも、見たことがない形状だよ。この国でしか存在しない、唯一残った術式かもね」
サクラとサイが言葉を漏らすが、ナルトの耳には届かなかった。
なぜならナルトは、この紋を知っていたからだ。以前、この紋章を見たことがあるからだ。
驚愕したまま、ナルトはアケビの方に目を向けた。
「……なぁ、アケビ。これってば、お前の腹にあるやつだよな…?」
「! コレ…?」
思い出したように、アケビも服の裾をめくる。あらわになる腹部の紋に、全員の目が釘付けになる。全体像を把握していたわけではなかったために、気づかなかったのだ。
「……コレが、なんで」
呆然と、紋章をなぞるアケビ。
同じく困惑するナルトは、台座の紋章に触れる。いや、触れようとした。
だがその瞬間、台座に近付こうとしたナルトの足元が突如陥没し、ナルトの体がガクンと沈む。そして、ナルトの周囲の床が砕けて巨大な穴が開いたのだ。
「でぇっ!?」
目をむいたナルトは、台座に掴まろうとして失敗し、穴に真っ直ぐ落ちていった。その少し後、ズシンッという凄まじい音がして、穴から砂煙が立ち上った。
「ナルト!」
「ああ、もうドジねぇ!!」
すぐさまアケビが駆けだし、穴の中に降りる。
スタッと降り立ったアケビは、暗い中で目を凝らす。そして尻もちをつくナルトを見つけ、その背を抱えて抱き起こす。
「いででで……、なんなんだってばよ!!」
「だ…大丈夫?」
心配そうに体を支えるアケビがその顔を覗き込む。
その傍に、サクラたちが降り立った。
「何してんのさ、ナルト」
「ホンットにドジなんだから……」
呆れるカカシとサクラ。その後ろに、シンマとレンヤが続いて降りる。
そして全員が、その空間に広がる光景に目を瞠った。
「…!! これは……!?」
目を見開いたカカシが、声を漏らす。
空間は、自然にできたものではなかった。明らかに整備された綺麗な円形で、かなりの高さがある。天井はドーム型で、その中心に上の台座が配置されているようだ。
そして何より目を惹いたのは、壁面と天井に刻まれたいくつもの絵だった。
壁にぐるりと取り囲むように描かれているのは、十二体の怪物の姿だ。抽象的に描かれている上、所々崩れていたが、何らかの生物が模されているのはわかる。
天井に描かれている方には、何人もの人らしきものと、下に描かれているものと似た怪物の姿がある。人と怪物は相対するように配置されていて、両者の間には武器が描かれている。敵対しているように見えた。
「……これは、遺跡か。それもかなり古い」
呆然とつぶやくカカシ。皆が皆目を見開く中、アケビがふらふらと足を進めていった。
「アケビ?」
サクラが名を呼ぶも、アケビは答えない。ふらふらと覚束ない足取りのまま、遺跡の中心へ向かっていく。
凍り付いた表情のまま、遺跡の奥へと歩いていく。
「…………」
その口が、僅かに動く。
「…ここ、知ってる」
「!!」
その言葉に、ナルトたちはさらに驚愕する。
「ほ、ほんとか、アケビ!? なんか知ってんのか!?」
目を見開いたナルトは、アケビの肩を掴んで詰め寄る。サクラやカカシがいさめるが、その勢いを止めるには至らなかった。
だが強く揺さぶられても、アケビは硬直したままだった。空間を、壁画を凝視したまま動けないでいた。
そんな彼女の脳裏に、ある一つの光景が流れ込んだ。
いや、蘇った。
セピア色の
と思えば、自分と忍達は消え失せ、代わりに青い忍装束の娘が現れ、赤い魔眼を見せる。なぜかその目は悲しみをたたえ、頬に雫が流れ落ちていく。
また光景が切り替わり、中心に一人の男が現れる。
髭を生やしたガタイのいい美丈夫が、獣のように獰猛な笑みを浮かべ、アケビをぎろりと舐めるように見下ろす。
そんな記憶が、一気に流れ込んできた。
「うあああああああっ!!」
アケビは頭を抱え、痛みに悶えて苦しむ。
あまりにも大量の記憶が流れ込み、それら全てが針のようにアケビの脳に突き刺さって激痛をもたらす。がくがくと全身が震え、ナルトたちが呼ぶ声も聞こえなくなる。
限界を迎えたアケビの目から、光が消えていく。涙を流しながら、少女の体からフッと力が抜けた。ガクッと膝が折れ、体が傾いでいく。
アケビは、その場に倒れ伏した。
「アケビ!!」
ナルトの叫びが、空間に響き渡った。