【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE―   作:春風駘蕩

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『木の葉舞うところに火は燃ゆる。
 火の影は里を照らし、また、木の葉は芽吹く!』

          ―――猿飛ヒルゼン


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序章 紅き龍の騎士
0.紅き刃


 白い月が、夜の空を仄かに蒼く染めている。

 闇の中で聞こえるのは、風に揺れる木々のざわめきだけだ。

 しんと静まり返った森の中で、その女は一人、森を支配する静寂の中で目を閉じ、耳を澄ましていた。

 稲穂のように揺れる金色の髪を束ね、真紅の忍装束をまとった彼女は、首に巻いた白いマフラーに顔をうずめながら、じっと大樹の枝の上にたたずんでいた。

 その時、ざわっと風が吹いて、くノ一が目を開く。

 闇の中に輝いた瞳は、海のような深い瑠璃色だった。

 くノ一は真珠のような瞳で辺りを見渡し、深く息を吸い込むと、長いまつ毛の覆う瞼を伏せながら浅く長く吐き出した。

 それと同時に、多少高ぶっていた鼓動が落ち着き、それまで以上に音が耳に届く。

 くノ一は腰に手を回すと、そこに下げてある一振りの剣の柄を握る。すらりと抜くと、月光に照らされて幅広の刃が銀色の光を放つ。きれいな曲線を描く竜尾刀が、微かな金属音とともに姿を現し、女はそれを真横に構えた。

 次の瞬間、剣が一閃され、闇の中から現れた十字型の刃を弾き飛ばした。

 それと同時に、衣擦れの音とともに動き出した影を追い、くノ一も枝を強く蹴った。

 影は大樹の幹を蹴って加速しつつ、くノ一に向かって黒い刃を投げつける。

 くノ一は刃を剣ではじきながら、減速することなく影を追い続ける。

 すると影は途中の樹を足場に方向を変え、苦無を手にくノ一に襲い掛かった。

 竜尾刀と苦無が空中でぶつかり合い、激しい火花を散らせる。

 影は再び幹を足場に跳ね、くノ一もまた跳ねまわって剣をふるう。刃と刃が何度も打ち合わされ、闇の中でオレンジの光が立て続けに弾けた。

 影はただ力に任せて苦無をふるい、くノ一の命を奪わんと眼を血走らせる。

 対してくノ一は、空中で風のように軽やかに動き、竜尾刀とともに苦無を受け流す。真っ白なマフラーを翻しながら戦う姿は、まるで舞姫のようだった。

 打ち合いを続けるうち、影の顔に焦りの色が見え始めた。

 影は渾身の力で刃をはじくと、空中で素早く印を結び始める。

 そして練り上げたチャクラを両腕にまとわせ、影はいやらしい笑みを見せた。

 ―――風遁・巻斬波(まきざんぱ)!!

 影が両腕を交差させ、一気に振り払うと、チャクラを帯びた風の刃が飛ばされる。刃は落ちていく木の葉を切り裂きながら、猛烈な勢いで女に迫る。

 くノ一はさしたる狼狽も驚愕もなく樹の枝に降り、竜尾刀を逆手に持つ。刃が迫る中、柄を持ったまま印を結ぶと、くノ一は大きく息を吸い込み、両手を筒の形にして唇をつける。

 ―――火遁・豪火球の術!!

 吹き出した息がチャクラと混ざり、爆炎となって放射される。

 ボゴゥゥン!!

 呑みこまれた風の刃は、一瞬だけ炎をせき止めて消滅する。

 爆炎は衰えることなく突き進み、目を瞠る影を大蛇の如く一瞬で呑みこんだ。

 くノ一は影が炎にのみこまれるのを睨みながら、口から火を漏らす。

 刹那。ふいに感じた殺意に初めて表情を変え、すぐさまその場から離脱した。

 その直後、頭上から落下してきた巨漢の振り下ろした鉄尖棒(かなさいぼう)の一撃により、くノ一が直前までいた枝は粉々にたたき折られてしまった。

 巨漢はくノ一を下卑た目で見ながら、鋼鉄の凶器を担ぎなおす。そして、その巨体からは想像もできない敏捷さで、再びくノ一に襲い掛かった。

「うぉらああああ!!」

 くノ一は吠え続ける巨漢を冷めた目で見やりながら、振り下ろされた鉄尖棒を剣でさばきつつ後退する。

 太い大樹の枝の上で、細身の女と隆々とした筋肉を持つ巨漢が攻防を交わす。

 くノ一が剣でさばき続け、防戦一方なのをいいことに、巨漢はその見た目に似つかわしくない素早さで猛攻を続けた。

 女が鉄尖棒の打撃を受け流すたびに、両者の間で火花が舞い散る。

「ガハハハハ!! そんなほそっこい剣なんざへし折ってやるよ!!」

 野太い声で、巨漢が嗤う。

 くノ一は相変わらずの無表情で男を見つめ、猛攻を受け流す。

 そして、何度目かの鍔迫り合いの後。

「やってみろ」

 とだけ、感情を見せない声で呟く。

 次の瞬間、その姿が巨漢の目の前から消え失せる。

「!?」

 目を瞠った巨漢が慌てて周囲を見渡す。

「どこに……!?」

 思わず呟いたその瞬間、自慢の鉄尖棒から「ピシッ」と音がして、鋼鉄の塊がバラバラに崩れた。

「お……」

 呆然となった男が、手に残った柄を凝視する。

 するとその直後、突然顎に強烈な衝撃を受け、巨漢の意識が吹き飛んだ。

 ぐらりとよろめいた巨漢。その巨体がゆっくりと倒れていくと、その真下から剣を握った拳を突き上げたくノ一が姿を現したのだった。

 くノ一はふうと息を吐き、落下していく巨漢を見届ける。

 ようやく安堵できたとばかりに天を仰ぐ。

 だがそれも束の間。今度は背後から殺気を感じ、慌てて飛び退く。

 一瞬の油断が仇となったか、反応が遅れて腹に一撃を喰らってしまった。

 ゴフッ、と口から唾液を吐き、くノ一はもろに喰らった痛みで悶絶する。彼女は腹を抑えたまま、巨漢と同じく遥か下へと落下していった。

 朦朧とする意識の中、くノ一は最後の力を振り絞って、手から離れかけた竜尾刀を握りしめ、空中で体制を整える。

 そして激突する寸前、くノ一は剣を地面に突き立て、腕の反発を利用しながら横向きに跳ねた。

 肩に嫌な音と鈍い痛みが走ったが、歯を食いしばってそれに耐える。

 地面を何度かバウンドし、砂にまみれながら転がると徐々に勢いが緩くなる。

 くノ一は残った片腕をつき、勢いが死に切らないうちに起き上がろうとした。

 しかしその瞬間、再び腹部に鈍い衝撃を受けて地面に倒れこむ。

「げほっ…、ごほっ……!!」

 激しくむせ返りながら、くノ一は傍に立つ影を見上げた。

 影の衣服は大きく焼け焦げ、右肩部分は炭化までしている。

 影は邪悪に顔を歪めると、女の傍でしゃがみこんで、その金の髪の人房を掴んで無理やり顔をあげさせた。

「無理だ。てめぇがどれほど早かろうと、この(マムシ)のガラザからは逃げられねェ」

 くノ一はガラザの言葉を、フンと鼻で笑った。

「…二つ名付きか。大層なことだ」

 ガラザはくノ一の髪を乱暴に放り、その横顔をぐりぐりと踏みつけた。

「口の開き方には気を付けろよ。大したこともねェ無名の忍の最期を、俺様が看取ってやるんだからな」

「…………」

 ガラザを睨みながら、くノ一は悔しげに歯を食いしばる。

 ガラザはその様子にいたく満足したように笑い、くノ一を踏む力をさらに強めた。

「お前が何をしようと、結末は変わらねェ。あの〝英雄〟が何度戦おうと、俺たちはこの世界から消えることはねェ。全ては、無駄だ」

 ガラザはくノ一から足をどかすと、懐から新たな暗器を取り出し、切っ先をくノ一に向けた。

「どこの誰ともしれねェ無名の忍よ。てめぇは一足先に仲間の苦しむ姿を眺めてな!!」

「……最後にいいか」

 ガラザが暗器を突き刺そうとした瞬間、くノ一はぼそりと呟いた。

 すると直後、くノ一の体が白い煙に包まれて消滅する。

「!!」

 驚いたガラザが慌てて飛び退く。

「これは…、影分身……!?」

 目を見開くガラザは、背後から聞こえてきた奇妙な音にさらに愕然となる。

 キィィィィィィィィィィン!!

 甲高い音を立てながら、それは急速に近づいてきた。

 呆然となったままゆっくりと振り向いたガラザは、くノ一の手にある青い球体にくぎ付けになった。

 高密度に練られたチャクラが、まるで台風のように乱回転しながら、球体を保っている。それがくノ一の手の上で、青い輝きを放っているのだ。

 気付いた時には、もう遅い。

 次の瞬間には、ガラザの脇腹にくノ一の生み出した球体が叩き付けられていた。

 チャクラの嵐が爆ぜ、激しい力がガラザに炸裂する。体が巻き込まれ、バラバラにされるような激痛がガラザを襲う。

「ぅ…お……おおおおおおおあああああ!!」

 ガラザは絶叫をあげながら吹っ飛び、そのまま大樹に突っ込んだ。

 余った衝撃が大樹の表皮に渦巻き模様を刻むのを見ながら、くノ一は痛そうに手首を振って嘆息した。

「…苦しむのは、お前の方が先だ」

 くノ一は冷めた目でガラザを見下ろす。

 ガラザはもはや動かない四肢から目を離し、目の前に立つ女を呆然と見上げた。

「……お前、今の、技………!!」

 ようやく出た声は、驚くほどかすれて震えている。そんな声を受けながら、くノ一はただ静かにガラザを見下ろしていた。

「…名ならあるぞ。あの人からもらった大切な名が」

「………!!」

 力なく横たわるガラザの目が大きく見開かれ、言葉にならない声が漏れる。

 くノ一はガラザに背を向けると、地面に突き刺さったままの竜尾刀を引き抜く。そして二、三度払ってから、腰の鞘に納める。

 キン、と音を立てて刃がはまると、くノ一はようやく肩の力を抜き、月を仰ぎ見た。

「……私はあの人に、名をもらった。〝私〟として生きることを教えてくれた。空っぽだった私を、暖かいたくさんのもので満たしてくれた」

 虚空を見上げながら、くノ一は誰にともなく語る。

 その背中を凝視していたガラザは、ふとした瞬間に、ある男の姿を重ねた。

 かつて英雄と呼ばれ、戦場を駆けた金髪碧眼の忍を。

 木の葉のオレンジの閃光を。

「て……、てめぇは、一体…?」

 最後の言葉を絞り出したガラザは、答えを聞くこともなく力尽きた。

「離れていても、時がたっても、私はこの名を忘れない。あの人が守ったこの世界で、私は最後まで戦い続ける。…それが私があの人に誓った、『()』の名をくれたあの人への……、私の誓い」

 胸に拳を押し付け、あの人と出会った日を思い浮かべる。

 (から)の器を満たしてくれた、オレンジの光を。

 

「私の名は、――――――」


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