魔法科高校の転生者、あるいは一般人、しかし不良、もしくは問題児、または異端者、のちにチート   作:tomato

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第七話

オリエンテーションの終了を知らせるチャイムが鳴り、義飾は伏せていた身体を起こし、大きく伸びをした。身体から生きのいい音が鳴るたびに、眠気が弾けて消えるようで気持ちがいい。限界まで身体を伸ばした義飾は、もう音が鳴らない事を悟り、一気に脱力する。

力を抜いた身体には眠気や倦怠感はなく、頭と身体が完璧に覚醒したという清々しさだけがあった。これが早朝のベッドの上ならば気分も一新され、活力も湧いてくるのだが、当然、ここは自分の家ではなく学校の教室で、時間も早朝ではなく、そろそろお昼になる。

義飾は、オリエンテーションの時間を最初の三分だけ真面目に履修登録をして、あとの時間は睡眠に充てた。

他の生徒からの呆れた視線、本鈴が鳴ったと同時に入ってきたカウンセラーの説明、オリエンテーションが始まったことで電源が入った、机に備え付けてある端末の光。邪魔するものは幾つもあったが、眠気が軽く限界突破していた義飾には関係無かった。睡眠のために履修科目を吟味する時間を犠牲にしてしまったが、問題ない。何を受けたとしても進路に影響はないだろうから。

 

オリエンテーションの終了と同時に目覚めた義飾だが、これからの予定を決めかねていた。今日と明日は本格的な授業はなく、校舎の説明、施設の案内、及び見学に時間が使われる。今日はオリエンテーションが終われば自由時間だ。勝手に帰宅しなければどこに行ってもいい。

 

第一高校に限った話ではないが、魔法科高校は一般的な高校と比べてかなり広い。

一学年に定員は二百名、それが三学年あって生徒数は大体六百名ほど。生徒数を曖昧な言い方にしてるのは、事故などで毎年必ず退学する者がいるからだ。なので、生徒数は常に六百名を下回る。

生徒数が六百名弱というのは、そこまで多い数字ではない。平均に少し届かないぐらいだ。にも関わらず、第一高校の敷地はマンモス高校に比肩するほど広い。

本棟と体育館と野外演習場と野外プール、一般的な高校にも備わってるものに加えて、実技棟が一棟、実験施設棟が二棟、前述した体育館とは別の小体育館が二棟、更衣室や部室、体育倉庫に体育準備室をまとめた準備棟が一棟、そして、本棟に図書室がない代わりに図書館まである。

 

義飾が迷うのも無理はないだろう。合計九棟の施設に二つの野外施設、はっきりいって在学三年間の内に全てを利用することはないだろう。今日と明日の二日間で細部まで見学するのは不可能だ。なので、この二日間の自由時間は、履修科目から自分が利用するであろう施設の見学と、高校から本格化する魔法教育に慣れるのが主な目的なのだが、

 

(行きたい所がない・・・。強いて言うなら家に帰りたい)

 

履修登録を三分で適当に済ませた義飾には難しい目的だ。義飾の迷いは、数が多いからどこに行こうかな、というポジティブな迷い方ではなく、行きたい場所がないからどこに行けばいいかわからない、というネガティブな迷い方だ。

 

(なんでこんなに広いんだよ・・・。体育館が三つとか、絶対いらねぇだろ。実験施設棟にいたっては、名前からして高校にあるもんじゃねぇよ。・・・さて、どう時間を潰すか。見たい所があるわけでもないし、ぶっちゃけ履修科目も何選んだか覚えてねぇ。昼までまだ時間はあるから、食堂も開いてない。起きたばっかだから眠くもない。いつもは本を持ち歩いてるけど、朝のゴタゴタのせいで持ってくるのを忘れた。・・・・・・マジでどうしよ)

 

オリエンテーションの時に寝ていなければ、各施設の簡単な用途を説明されたのでもう少し選択肢が増えたのだろうが、今義飾が選べる行動は三つだ。アテもなく校舎をぶらつくか、意味もなく端末に向かうか、再び寝るかだ。

図書館に行くのもいいかもしれないが、古書を好む義飾の趣味に合う本があるとは思えない。古式魔法の古い資料があるかもしれないが、それだけでは義飾の好みからは外れる。行ったとしても徒労で終わる可能性が高い。

それでも、最初に言った三つの選択肢よりかは建設的なのでダメ元でも行ってみようか、と考えていた義飾だったが、隣に座っている美月に声をかけられて思考を中断した。

 

「おはようございます、化生くん。もう、目は覚めましたか?」

 

声をかけられた内容は、まぁ予想通り、本日二度目の朝の挨拶だ。そちらに目を向けると、困ったように笑う美月の顔があった。隣の席に座っていたなら、オリエンテーション時の義飾の行動を見ていただろう。開始三分で寝始めた義飾に思う所がないはずがなく、その思考がそのまま顔に出ているようだ。

といっても悪感情を抱いてる様子はない。美月の目には蔑む色はなく、多少呆れた色があるが、微笑ましいモノを見るような目だ。

 

「あぁ、もう大丈夫だよ。ばっちり目は覚めた。でも、これからどうするか迷っててな。柴田さんはなんか予定あるのか?」

 

その視線に少々、気恥ずかしさを感じ、それを打ち消すように質問を返す。予定を聞いたのは、何だったら着いていこうという下心からなのだが、美月は義飾の思惑に気付く事なく普通に答えを返そうとする。しかし、

 

「なんの話してるのっ?」

 

少し離れた席に座っていたエリカが乱入してきて、美月は一旦、言葉を飲み込んで改めて口を開こうとする。

 

「今からどうしようか、って話してたんだよ。俺は行きたい所がないから、柴田さんが良かったらだが、柴田さんに着いていこうと思うんだが、千葉はどうする?」

 

しかしそれより先に義飾がエリカの質問の答える。美月より先に口を開いたのは大した理由はないが、同行の許可をうやむやに取り付けようと思ったのだ。うやむやにしようと思っても、ここで美月から拒否の声が上がれば居た堪れない気持ちになるのだが、幸いそんなことは起こらなかった。

義飾の質問を受けて、エリカは顎に手を当てて悩む。身体を乗り出して、各施設の案内を映している義飾の端末を覗き込むが、お眼鏡にかなうものがなかったらしく首を横に振った。

 

「あたしも・・・・・・闘技場はちょっと気になるけど、今見に行きたい所はないかな。・・・ってかあたしの事は名前で読んでいいわよ?名字で呼ばれる事ってあんまないからさ」

 

「そうか、だったらこれからは名前で呼ぶわ。俺の事は・・・まぁ呼びやすい方で読んでくれたらいい。それで、二人で着いて行く事になったんだが、柴田さんはどこに行きたいんだ?」

 

端末から顔を離したエリカは、居心地の悪そうな笑顔を浮かべて呼び方を変更を求めてきた。美月にはさんを付けて、エリカを呼び捨てにしたのが気に入らなかったのかと思ったが、そういうわけではないようだ。二人の呼び方は本人達の気質に合わせたのだが、こだわりがあるわけでもないので、本人から変更を要求されれば変える事に抵抗はない。

この要求になんとなく引っかかるモノを感じたが、言及することでもないのですぐに了承の返事をして話を引き戻す。

 

「私は工作室に行きたいんですけど・・・本当に着いてきてもらっていいんですか?」

 

「いいも何も、こっちからお願いしたいくらいだよ。着いて行かないとマジですることがないからな。・・・でも、もうちょい人が欲しいな。さすがに男一人だと居心地が悪い」

 

改めて、正式に同行の許可を貰った義飾は背筋を伸ばして周りを見やる。言葉の通り、他に同行する男子を探しているのだが、交友関係の広がっていない今では意味のない行為だ。そんなことは義飾もわかっている。これは言ってしまえばパフォーマンスだ。意味が無くでも、実行することで意思表示するのが目的だ。

エリカと美月は、タイプは違うがどちらも美少女だ。その美少女二人を侍らせて歩くのは、男としては喜ばしいシチュエーションであるが、同時に、遠慮したいシチュエーションでもある。容姿のせいで人の目に慣れている義飾だが、その視線の毛色が変わればむず痒く感じる。

今までは侮蔑や嫌悪や敵意といった感情を向けられているが、二人を連れて歩けばそこに嫉妬や羨望も加わるだろう。・・・正直、あまり変わっていないし、義飾にとっては馴染みのないものでもないのだが、高校に入学したばっかでそういう目を向けられるのは勘弁してほしい。

そんな義飾の思いを察した訳ではないだろうが、隣に座っている美月の、さらにその向こうから似たような話が聞こえてきた。丁度いいと思い、そちらに目を向ける。そう思ったのは義飾だけでなく美月もだったようで、義飾が口を開くより先に、声を掛けた。

 

「工作室の見学でしたら一緒に行きませんか?」

 

美月が声を掛けた先にいたのは達也と、その前の席に座っている男子生徒だ。こちらの話が一段落着いたタイミングであちらの話も纏まっっていたのか、美月の遠慮がちな同行の申し入れを拒むことなく話が進んでいく。

美月は大人しい見かけによらず、物怖じしない性格だ。達也も社交性があるようには見えないが、最低限空気を読む技術はあるのは確認している。そして、達也の前に座っている男子生徒は未だ名前も知らないが、人見知りするようなタイプではないのは外見から判断出来るし、オリエンテーションが始まる前のエリカとの口論を思い起こせば、その判断は間違っていないと確信出来る。

その三人の気質と、高校入学二日目という親交を広げようとする空気感が相まって、順調かつ友好的に話が進む。しかし、

 

「オメーはどう見ても肉体労働派だろ。闘技場へ行けよ」

 

「あんたに言われたくないわよこの野生動物」

 

順調が過ぎて、再び口論が始まるのはどういうことだろうか。まるで、朝おこなった喧嘩の続きのように、売り言葉に買い言葉で互いに噛みつき合うエリカと名も知れぬ男子生徒。お互いを口汚く罵り合っている様はかなり仲が悪いように見えるが、遠慮のない物言いは気心の知れた仲のようにも見える。

相性がいいのか悪いのかわからない。たとえどちらであっても、そのメーターは振りきれているのは確かだが。

何にしても、このまま二人の言い争いを眺めていたら工作室を見学する時間が無くなってしまうかもしれない。義飾としては暇を潰せればなんでもいいので、このまま見ておくのもおもしろいのだが、二人の言い争いに挟まれて小さく慌てている美月のためにも一肌脱ぐべきだろう。

 

「二人とも止めろよ・・・会ったその日だぞ?」

 

「ついでに言えばまだ自己紹介もしてない。名前も知らない相手にぶっちゃけ過ぎだ」

 

「ちょっちょ、ちょっとぉ!!」

 

二人の間に割り込もうと立ち上がったタイミングで達也が二人を窘める。それに乗っかる形で義飾も二人の間に入る。その際、エリカの頭を掴んで後ろに追いやる。女の子に対して、少々どころかかなり雑な扱いだがこれでいい。エリカの矛先がこちらに向いたなら、一応、この喧嘩は収束するだろうから。

 

「で、そちらさんはどなたよ?司波はもう名前知ってるみたいだけど、俺たちにも教えてくれねぇか?」

 

エリカと立ち位置を変えるように現れた義飾に、三者三様の視線が向けられる。三者三様といっても大きな違いはなく、概ね呆気に取られたような視線だ。その視線を意に介さず男子生徒に質問する。義飾の言葉に促されるよう男子生徒の思考が回復して、義飾の質問に答える。

 

「お、おう、オレは西城 レオンハルトだ。こんな名前なのは親父がハーフで、お袋がクォーターだからだ。レオって呼んでくれ」

 

「りょーかい。俺は化生 義飾だ。化けるに生きるで“けしょう”。義理を飾るで“ぎしき”だ。呼ぶ時は、呼びやすい方で呼んでくれたらいい。そして、こっちの眼鏡の女の子が柴田 美月さんで、こっちの―――」

 

「いい加減離しなさいっ!!!」

 

「―――何故かめちゃめちゃ怒ってるのが千葉 エリカだ」

 

「あんたのせいでしょうがっ!!!!」

 

レオに続き自己紹介をした義飾が、ついでとばかりに美月とエリカも紹介していく。必要ないかもと思ったが、丁度タイミングも良かったし、この機を逃せばエリカは自分から名前を言うことはないと思ったからだ。

義飾の余計なお世話とも言える気遣いを、頭を掴まれていたエリカがその拘束から逃れ、遮る。言葉を遮られた義飾はエリカの方を一瞥するが、すぐに視線を戻して紹介を続けた。それが更にエリカの怒気を煽る。

 

「あんたねぇ、女の子はもっと丁寧に扱いなさいよっ!!?」

 

「出来るだけ丁寧に扱ったつもりだぞ?痛くないように掴んだし、髪型が乱れないように気も使った。それこそ木綿豆腐を触るように気遣ったんだが・・・何がダメだったんだ?」

 

「力加減じゃなくて、やり方がそもそも問題なのよ!いきなり女の子の頭掴むって何考えてんのよ!!それに木綿豆腐って・・・丁寧に扱うつもりないでしょ!!!」

 

まさに怒涛、という言葉が思い浮かぶほど喚き散らすエリカ。ヘイトをこちらに移すという目的は達成出来たが、先程よりも荒れ狂うエリカをどうやって宥めようかと考える。しかしすぐに思考を打ち切る。無理に宥めるより、話を流してなあなあにしてしまった方がいいと思ったからだ。

 

「まぁ、文句は後で・・・歩きながら聞いてやるから、とりあえず工作室に行こう。急ぐ理由はないけど、こにずっといるのは時間の無駄だ」

 

「ちょっ、まっ!」

 

肩を掴んで振り向かせ、背中を押して進ませる。当然、文句がエリカの口から出てこようとするが、有無を言わせぬ早業で封殺する。身体も抵抗で強張っていたが、エリカと義飾の体格差から考えて、そんな抵抗は有ってないものだった。

エリカと義飾が歩き出したことで、他の三人も慌てて席を立つ。後ろから呆れた視線が飛んできているのを感じながら義飾は、工作室へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「工房見学楽しかったですね」

 

「なかなか有意義だったな」

 

 

 

工作室の見学を終わらせた一行は、昼食をとるために食堂に来ていた。第一高校の食堂は生徒数からすればかなり広い方なのだが、新入生が勝手を知らないために、この時期はかなり混雑する。

混雑する時間帯を避けて早めに食堂に来た義飾達だったが、あいにく五人で座れる席は空いておらず、仕方なく四人がけのテーブルに腰を下ろした。四人がけといっても椅子が個別に四つあるわけでなく、長椅子がテーブルを挟んで二つある。詰めれば一つの椅子に三人で座ることは可能だろうが、それは細身の女子の場合で、さすがに男三人が並んで座るには狭すぎた。特に、今集まっている男子陣は体格のいい者が揃っている。

レオは外国の血が入ってるだけあってかなりガタイがいい。達也もレオに比べれば細身だが、姿勢がよく、骨格も整っているので、かなり鍛えているのが見て取れる。そして義飾は言わずもがな。義飾は一見細身だが、それは背が高いから相対的にそう見えるだけで、十分以上に肩幅はある。

仮に、この三人が一つの椅子に座ればかなりキツイ事になるだろう。面積的にも絵面的にも。なので、男子の内一人は女子の隣に座らなければならなかったのだが、その割りを食ったのは義飾だった。

 

 

 

「有意義っつーか、俺はただただ圧倒されてたけどな。下手な工業高校よりも良いもんが揃ってたぞ」

 

スプーンですくったカレーを飲み込んでから、義飾が美月と達也の会話に混ざる。食堂に着いた当初はその広さに感嘆の声を上げていた一同だったが、腰を落ち着けてしまえば周りの景色に見飽きて、話題がさっきまで行っていた工房見学の方にシフトするのは当たり前の事だった。

会話に混ざるといっても、魔工師志望ではない義飾には専門的な事はわからないので、素人目でもわかる設備の充実さと、それを揃えることが出来る第一高校の資金の潤沢さに言及しただけで食事を再開した。

レオやエリカも各々の感想を言っている中、義飾が会話に深く入らないのは、早く食事を済ませて現在の肩身の狭い状況から脱却したいからだ。女子と並んで一つの長椅子に座ることになった義飾だが、さすがに詰めて座ることは出来ない。拳一つ分の距離は必要だった。そのせいでかなり収まりの悪い格好になっているのが口数の少ない原因だ。

早く食事を終わらせて席を立ちたいのだが、そんな義飾の思いに反して話が結構盛り上がっている。

昼食のカレーを半分ほど食べ進めた頃、会話の矛先が義飾に向いてきた。

 

「そういえばあんたは将来何になりたいの?工房見学に熱心じゃなかったからやっぱり魔法師?」

 

「んあぁ?」

 

レオと夫婦漫才のようなやり取りをしていたエリカが、話を切り替えながら義飾に視線を向ける。工房見学の前はプリプリと怒っていた彼女だが、美月の尽力と時間の経過のおかげで機嫌は直っている。

まさか自分に話が振られると思っていなかったので、少し間の抜けた声が口から漏れる。振られた話の内容も思考を滞らせるような内容だった。卒業間近ならともかく、入学直後に進路の話なんて性急過ぎる。当然、エリカの問に対する答えは用意していない。しかし

 

(そういや、高校入学時点で進路が決まってるのは魔法師にとっては珍しく無いんだったか?魔法師は努力云々より素質で出来ることが決まってる。自然とやること・・・やれることも決まってくる。やりたいことは二の次。たとえ魔法師になりたくても実戦的な魔法を使えなければその道は閉ざされる。・・・魔法っていうのに夢がないな)

 

魔法師の常識、というより当たり前の事情を思い出してエリカの質問に納得する。

魔法は、魔法演算領域という特殊な精神器官の有無によって扱えるか扱えないかが決まる。そして、どういう魔法が得意なのかもその演算領域が大きく関わってくる。

魔法演算領域は後天的に取り付け、及び改変は不可能だと言われている。つまり、どれだけ努力しても得意魔法が上達することはあっても増えることは殆ど無い。

魔法に触れた時から自分の出来る事が決まっているのなら、高校に入学した時点で進路を決めていても不思議ではない。細かい進路が決まってなくても大まかな進路、魔法師か魔工師、どちらを目指すか決まってない者はかなり少数だろう。

エリカの質問も特別珍しいモノではない。それどころか、新入生にとっては交友関係を広めるためにはお決まりの質問になっている。答えに詰まるような質問ではないし、濁すことでもない。

 

しかし義飾にとっては、かなり答えづらい質問だった。

 

「あ~~・・・・・・あいにく、魔法関係の職に就くつもりは無い。というより高校を卒業したら魔法とはバッサリ縁を切るつもりだ。たぶん、普通のサラリーマンにでもなってるよ」

 

「ハァ?何よそれ?」

 

随分溜めて吐き出された義飾の答えに、エリカの声に胡乱な色が乗る。いや、エリカだけではなく他の三人も訝しげな視線を義飾に送っている。

魔法科高校に入学して魔法とは関係の無い職に就く。それ自体は別段珍しいことではない。事故によって魔法は使えなくなればそういう道を進まざるを得ないし、二科生であるなら魔法関係の職に就けたら運は良いほうだ。

しかし、入学して間もない段階で魔法の道に進まないことを決めており、更に、卒業後は魔法に一切関わらないというのはおかしな話、どころかあり得ない。

義飾の答えを聞いた各人の心は一つに揃った。なら何故魔法科高校に入った、のかと。

その当然の反応を受け止めて、義飾は佇まいを直して口を開いた。

 

「・・・・・・俺の家はな、本来魔法とは関わりのない一般的な家系だったんだよ。高祖父―――爺ちゃんの、そのまた爺ちゃんの代まで遡っても魔法師がいたって記録はないし、これからもそうなんだろうと思われてた。・・・俺が産まれるまではな」

 

佇まいを直したからなのか、少し溜められたからなのか、それとも別のナニカによるものなのかわからないが、重たく感じる語り出しにエリカ達の体は僅かに強張る。

義飾の表情に変化はなく、声も詰まることはなくなだらかだ。しかし、いや、だからこそ平坦な声は感情を押し殺しているように感じて、触れてはいけない所に触れてしまったのではと、そう思ってしまう。

 

「俺が産まれて、魔法の才能があるってわかった時にな、大伯父―――爺ちゃんの兄貴が、うちはもしかしたら魔法師の家系だったのかもしれないって言い出してな。勿論、俺の才能だけが理由じゃない。一応、魔法書みたいなモンが家に残っててな」

 

エリカ達が小さく構えたのにかまわず、義飾は話を進める。その口調は相変わらず穏やかで、話の内容も珍しいモノではあるが、気を使うようなことでもない。それを確認してエリカ達は、小さく息を吐いて肩の力を抜いた。

 

「その魔法書は先祖代々受け継がれてきたモノで、大伯父も祖父から渡されたって言ってた。魔法書っつっても大したやつじゃない。A4サイズで厚さは一センチぐらい。中身見てもカビが生えまくってるわで半分も読めないから、それだけだとウチの家系が魔法師の家系なんだって判断出来ない。でも、才能がある奴が産まれたなら先祖返りの可能性があるから一考の余地はあるだろ?大伯父は長い事それについて調べてたから少しでも力になりたくて、魔法に触れる機会の多いこの学校に入ったんだ。まぁ、俺も自分のルーツは気になるからな」

 

終始穏やかな口調で義飾は話を締めくくった。口を挟まず最後まで聞いていた一同は納得しそうになるが、肝心な事を聞いてないと、代表するように達也が質問した。

 

「この高校に入った理由はわかったが、それなら卒業後に魔法と縁を切る必要はなくないか?せっかく入学したんだから、ここで学んだ事を利用できる職に就けばいいだろ」

 

「あ~~まぁ、それはそうなんだが・・・」

 

達也の質問を受けて、義飾はバツの悪そうな顔をして言葉を濁した。顎に手を当てて熟考するように黙った義飾を見て、やはり意図的に話さなかったのかと、達也は少し後悔した。

魔法師と非魔法師の問題はかなりデリケートだ。一般家庭に魔法の才能を持った子供が産まれた場合、ネグレクトに発展する可能性は低くない。義飾がそうだという確証はないが、先ほどの話に、近い血縁者が出なかったのは何か理由があるかもしれない。

話の流れで聞いてしまったがそこまで知りたいわけではないので、質問を取り下げようとするが、それより先に義飾が口を開いた。

 

「一般家庭だからな・・・。大伯父はかなり魔法に対して造詣が深いが、大伯父以外は基礎的なことも知らない。ぶっちゃけ、魔法関係の職業なんて占いで生計を立てるような怪しさがあるんだよ。親戚に説明出来ない職業に就く訳にはいかねぇだろ」

 

「そうか」

 

義飾の口から出た理由は概ね納得出来るモノであったが、おそらく嘘、もしくは全てを語っていない事は明白だった。しかし追求するわけにもいかないので、一つ返事をして達也は会話を切り上げた。

達也以外の面々も、これ以上この話をを続ける気は無いらしく次の話題に移ろうとする。

 

「お兄様っ!!」

 

しかし、達也を呼ぶ声が聞こえてきて全員そちらに振り返る。振り返らなくても誰かは予想がついたのだが、条件反射みたいなものだ。

振り返った先には予想通り、というか案の定、達也の妹である深雪がいた。

深雪は髪が乱れるのを構わず小走りでこちらに近寄ってくる。絶世の美少女である深雪が嬉しそうに破顔させて近寄ってくる姿は、絵画に出来るような神秘的な美しさを感じる。しかし視野を少し広めれば、深雪の後ろをゾロゾロと付いてくる集団がいるのを確認でき、台無しな光景となっていた。

金魚の糞、電球に群がる蛾、幾つかの喩えが義飾の頭によぎるが、いい意味のモノは一つも浮かばない。

特に理由もないが、義飾が頭を働かせて他に良い喩えがないか探している間に、深雪とその他集団は義飾達が座っているテーブルに到着した。

 

「ここにいらしたんですね。今から私も昼食なんですけどご一緒に・・・」

 

テーブルに到着した深雪が同席を希望しようとするが、席の状況を見て声が小さくなる。五人で四人がけのテーブルを使用している都合上、深雪が座れる余裕はない。いや、余分な隙間どころか義飾の体は半分はみ出している。

遠くからでも席の状況はわかったはずだが、達也にばっかり視線を送っていて周りを見ていなかった深雪はやっとそのことに気が付いた。

周りを見ていなかった恥ずかしさで、どう言葉を続けようか迷っていた深雪に義飾が助け舟を出す。

 

「俺達もご一緒したいのは山々なんだが、まぁ見ての通りだ・・・。どうしてもって言うなら司波の――お兄様の膝の上っていう選択肢があるけどどうする?」

 

「ひざのうぇっ!!」

 

義飾の言葉に深雪が驚愕を表す。淑女としてはあるまじき声が出てきた気がするがツッコム事はしない。深雪も触れてほしくないのか、小さく咳払いをして仕切りなおした。

 

「いえ、さすがにそこまでするわけには・・・・・・。皆さんお邪魔して申し訳ありませんでした。ではお兄様、後ほど」

 

小さく頭を下げて深雪が去っていく。その時の顔が名残惜しそうに見えたのは義飾の勘違いではないだろう。やはりこの兄妹は所々怪しい―――もとい危ない部分がある。

深雪がこの場を去るならば、後ろの連中もこの場に留まる理由はなく、来た時と同じように深雪の後を追う。

去る間際、集団の男子連中は義飾を強く睨む。特に深雪と親しくした訳でもなく、少し話しただけなのだが、それだけで気に食わなかったらしい。自分のモノでも無いのに嫉妬心の深い奴らだと、義飾は小さく息を吐いた。

 

 

「・・・悪い事をしちまったな。まぁ、席がなかったんだからどうしようもねぇけど」

 

「いや、そんなことはない。俺と深雪はクラスどころか科も違う。ずっと一緒にいては深雪はクラスで孤立することになる。慕ってくれるのは嬉しいんだが、せめて学校では兄離れをしてほしいと思っていたところだ」

 

「ハハハ・・・それもそうか」

 

あの妹にしてこの兄あり、といったところか。突き放してるように聞こえるがその実、妹のことを第一に考えている達也の発言に義飾は乾いた笑いを上げる。

そこからは特筆するようなことは何も起こらず、雑談を交えた昼食は平和に終わった。

 

 

 




まさか一月かかるとは・・・。
もっとポポポンッて投稿していきたい。
まずは文章書くことから慣れんとね。

そして今回の内容は義飾の家庭に軽く触れて、原作であった昼食時の騒動がないってだけですね。全然話が進まん。
昼食時の騒動がなくても森崎は泣かす。これは決定事項です。

タイトルに入ってある一般人は、一般家庭の生まれですよって意味です。義飾自体は逸般人です。

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