魔法科高校の転生者、あるいは一般人、しかし不良、もしくは問題児、または異端者、のちにチート   作:tomato

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また遅れてしまってすいません。
今回の話はかなり難産・・・というより若干スランプ気味です。

今回の話は学校アンチというより、劣等生世界は色々とガバガバすぎぃって思ったんでその理由を自分なりに考えて見ました。

酷い文章なんで読みづらかったらすいません。


第十七話

五人の人間がいる閉門時間間際の部活連本部にて、達也は本日最後になるであろう仕事を執り行っていた。

 

壬生紗耶香と桐原武明の口論の末の私闘。そして剣術部と一人の生徒の乱闘、もとい無双。

本日達也が関わった事件の一部始終と詳細を、達也が目撃し把握してる範囲で端的に報告する。

 

「―――以上が剣道部の新歓演武に剣術部が乱入した事件の顛末です」

 

語り終わった達也は前に座る人物達に気取られないように小さく息を吐いた。事件が終わって今までほとんど働き詰めだったので、ようやく一息着くことができた。

 

最後の剣術部員が倒されたのを確認してから達也は最初に、この惨状を作り上げた生徒にこの場に留まるように通達した。それから、地に伏した総勢十四名の剣術部員の容体を確認。生きている事は遠目からでも十分わかっていたのだが、ほぼ全員が頭を蹴られて意識を失っていたから悠長に構えているわけにはいかなかった。

部員達の容体を確認している時に呼んでいた応援が到着。来てくれた風紀委員の先輩たちに事件のあらましを軽く説明して、先輩方と協力して剣術部員たちを連行・・・ではなく搬送。持って来た担架の数が足りなかったので何度も医務室と闘技場を往復することになった。

唯一外傷のない桐原は、事情を聞くために風紀委員会本部に連れて行こうとしたが大きく取り乱しており、とても話ができる状態ではなかったので他の部員と同じく医務室に連れて行く事になった。

 

そして、これらの仕事を終わらせて息をつく間もなくここに呼び出された。

ヤワな鍛え方はしていないので肉体的な疲れはないが、慣れない仕事の連続だったので気疲れしてる感覚は否めない。

 

「そうか、ご苦労だった。初めての仕事がこんな大事になって疲れただろう。この報告が終われば、とりあえず今日の仕事は終わりだ。後もう少し頑張ってくれ」

 

「・・・はい」

 

達也の溜息を見咎めた、わけではないが報告を聞いた摩利が達也を労う。達也に疲れている様子は見受けられないが、報告の内容を聞く限り、新人がこなす仕事量ではなかった。

最初は社交辞令として新人らしく、大丈夫だと言おうとした達也だったが、意に反して口から出てきたのは肯定の返事だった。どうやら自覚してる以上に疲れてるみたいだ。

 

「それにしても、初日から乱闘騒ぎに流血沙汰か・・・。今年は荒れそうだな」

 

「ええ。去年と一昨年にも乱闘はあったけど、新入生が雰囲気に慣れて勧誘を断るようになってからだったし・・・。剣術部員の容体はどうなのかしら?病院にかかるほどの大怪我はしていないみたいだけど」

 

摩利の呟きに答えた真由美が一番気になることを達也に聞いた。聞かれることは予想出来ていたので、特につっかえること無く達也が返答する。

 

「頭を強く打った部員は脳震盪を起こしていましたが、いずれも軽度で収まっています。命の危険はないかと。しかし、一応大事をとって二週間は激しい運動を控えたほうが良いと医務室の先生が仰ってました」

 

言葉に詰まることはしなかったが、その声色には僅かに同情的な色が乗せられていた。まぁ今の剣術部の状態を考えればそれは仕方のない事だが。

 

「そう、か・・・二週間か・・・。剣術部はデモンストレーションの予定がまだ入っていたが、それは見送ったほうが良さそうだな」

 

脳震盪は、症状こそは一過性で済む場合が多いが、影響そのものは長く続いていく。

脳震盪の症状は、意識の混濁、記憶の喪失や激しい頭痛など。その原因は神経伝達物質の過剰放出、つまり脳代謝の障碍に依るものだ。

代謝が正常に戻るのは、最大で六週間、短くても二週間は必要とする。

たとえ自覚症性が無くても、浅膚に捉えていい負傷ではない。

摩利の判断も已む無し、だろう。

 

 

 

「治癒魔法を施すことは不可能なのか?」

 

摩利に続いて、達也の前に座っている三人の内の最後の一人が達也に問い掛ける。

達也の前にいる三人は、横並びで座っている。達也の正面に風紀委員長の摩利、向かって右側に生徒会長の真由美、左側に部活連会頭の男という並びだ。

達也は直立不動で報告しているので顔は摩利の方を向けているのだが、どうしても意識は左側に引っ張られてしまっていた。

 

十文字 克人。名字に『十』を冠する数字付きの名門、十文字家の総領。

身長は百八十後半。見上げるほどの大男というわけではないが、その肩書と、制服を押し上げるほどに隆起した筋肉が事実以上の質量を達也に伝えていた。

 

(巌のような人だな・・・)

 

率直な感想が達也の頭をよぎるが、質問に応えるためにすぐに頭を切り替える。

 

「不可能ではないですが、魔法を掛けても運動を許可することは出来ないと先生は仰ってました。脳震盪は場合によっては自覚症状がかなり薄いです。自己判断で魔法のかけ直しを怠ると意味がなくなるので、最初から魔法を掛けずに運動を制限したほうがいいと・・・」

 

「そうか・・・」

 

達也の返答に十文字は小さく答えた後、考えこむように押し黙った。

返す言葉が少なかったのは、聞く前から答えがわかっていたからだろう。それでも達也に質問したのは、確認のため、あるいは予想を覆して欲しかったからだ。

二週間運動を禁じられるということは、この勧誘期間に積極的な参加ができない。摩利が言ったようにデモンストレーションは勿論のこと、騒動に発展する可能性がある以上、単純な声掛けも難しいかもしれない。

部員全員が動いてはいけないわけではないので、完璧な休止状態ではないのだが、動ける部員は数人だけ。新人獲得に大幅な遅れが出来てしまうのは明白だった。

 

「桐原は・・・報告の中に、桐原が大きく取り乱していたとあったが、現在の様子はどうなんだ?」

 

気を取り直して、ではなく問題を先送りにして十文字が再び問い掛ける。内心ではこれ以上の問題は抱えたくないが、そうも言っていられない。

 

問われた達也は見て取れるほどに口篭り、不承を隠し切れない様子で重く口を開いた。

 

 

 

「・・・桐原先輩は、外傷こそは無いですが、今回の事件に関わった者の中で最も重傷らしいです。

 医務室に運び込んでとりあえず錯乱状態は収まりましたが、今回のことがトラウマになってPTSDを発症する確立は極めて高い、と。場合によっては、魔法発動に支障をきたす恐れも十分にあるらしいです」

 

始終重たい口調で語った達也の報告に、十文字達は言葉を失った。

何らかの事故により魔法が使えなくなる、確かに珍しいことではない。それを前提にして二科生制度が採用されているので、この第一高校でも毎年、一人か二人は必ずそれが原因で退学者が出る。

 

しかし、よくあることだからといって、慣れることは決してないし、慣れていいものでもない。

 

達也の報告は、同じく魔法を学ぶ十文字達にとってはあまりに衝撃が大きく、二の句を継げなくなってしまった。

 

「勿論、そうならない可能性もあります。とりあえず経過を見るために、カウンセリングを定期的に行っていくそうです」

 

三人の雰囲気の変化を察知した達也が慰めに似た希望的観測を口にするが、三人の表情が晴れることはない。

 

桐原の事を今日初めて知った達也でも、桐原が魔法師としての未来が閉ざされるかもしれないと聞かされて少し気分が重くなった。多少なりとも親交があるであろう三人の胸中はいかほどのものなのか。

あいにく、それを察する術を達也は持ち合わせていなかった。

 

 

 

四人が口を閉ざし、重たい空気が部活連本部を支配する。

だが、その陰鬱な静寂を、今まで沈黙を貫いていた五人目が打ち破った。

 

 

 

 

 

「おい、そういう事務的な報告は後にして、先にこっちの用件を済ませてくれねぇか?呼び出されてからずっと放置されてるんだが」

 

重たい空気が満ちる部活連本部には似つかわしくない、あるいは場違いな声が響き渡る。しかしそんな声だからこそ、重たい空気に顔を伏せる三人の頭を上げさせることが出来た。

 

顔を上げた三人が同じ所を見る。

前に立っている達也の隣、そこに置かれたパイプ椅子に、今回の事件の重要参考人である義飾が座っていた。

椅子に浅く腰掛け、右腕を背もたれに引っ掛けて座る姿からは、緊張や反省というものは一切感じられない。上級生を完璧に侮っている態度は、ある意味義飾の普段通りと言えるだろう。

 

摩利と真由美にとっては義飾のその態度は先刻御承知なのだが、義飾を初めて見る十文字は僅かに眉を顰めた。

 

「・・・・・・司波の報告に、間違いはなかったか?」

 

その不快感は顔だけでなく語気にも表れており、感情が殺しきれずに滲み出ている。

殺しきれてない感情には、不快だけでなく僅かな怒気もあった。部活連の長として、今回の事件は剣術部と桐原に非があると理屈でわかっていても、彼らの容体を聞いた後では感情がそれを認めることが出来ない。

強くなる語気は、その抱えきれない感情の発露によるものだ。

 

巌のような体に纏う空気が変わって、摩利と真由美と達也の三人は息を呑んだ。

しかし、十文字の雰囲気が殺気立っても義飾は姿勢を正さない。ここで佇まいを直すようなかわいい性格はしていなかった。

 

「俺がここで間違ってるって言って意味があるのか?達也の胸ポケットにはレコーダーがあるんだろ?それを見ればいいじゃねぇか」

 

背もたれに右腕を引っ掛けたまま義飾が答える。その態度からは勿論のこと、小さい仕草からも先輩を敬う気持ちは一切見えない。

二人以外の面々は、いつ爆発してもおかしくない空気に戦々恐々としていた。

 

「事態を多角的に把握するためだ。レコーダーの記録は当然あとで確認するが、関係者の主観が入った意見も欲しい。部活連は、今回の事件を重く受け止めるつもりだ」

 

周りの内心などに構わず、十文字が淡々と義飾の質問に答える。

最初と比べて口調こそは熱を失い落ち着いているように聞こえるが、その代わりに拳が固く握り締められ、十文字の憤りの強さを表していた。

 

「・・・間違いはなかった、これでいいか?」

 

結局、義飾は姿勢を正さないまま返答した。

そして、喋り終わった後に背もたれに引っ掛けていた右腕を外し、十文字の答えを待たずに言葉を続けた。

 

「ってかよ、時間も時間だからさっさと本題に入って欲しいんだが。事実確認をするためだけに俺を呼び出したんじゃねぇだろ?」

 

姿勢を変えたのは、十文字の纏う空気を読んだからではなく、早く帰りたいという意思表示のためのようだ。

ダルそうな雰囲気と相まって、今すぐ立ち上がって部屋から出て行ってもおかしくない。

 

義飾に急かされて十文字は、固く口を噤んだ後、拳にさらに力を込めながら口を開いた。

 

「・・・今回の事件は、短慮に魔法を行使した桐原が一番責められるべきだろう。そして、桐原を止めるのではなく、囃し立て、騒動を大きくした剣術部の面々にも同質量の罪がある。

 しかし、事態を鎮圧したお前のやり方はやり過ぎだと言わざるおえない。他に手段はなかったのか?」

 

十文字の口から出てきたのは当然の詰問だった。

剣術部員一四名、それに対して義飾は一人。これだけ聞けば義飾の対処は已む無し、仕方のないモノに思えるだろう。

だが、達也からの報告と、目の前に座る義飾の様子を考慮に入れれば、その判断は覆る。

目の前に座る義飾に目立った外傷はない。顔にも不調は表れていないので、本当に全くの無傷なのだろう。

義飾と剣術部の現在の状態を比べれば、乱闘がどちらの優勢で進んだのか想像に難くない。

実際に騒動を自分の目で見れば意見は変わるかもしれないが、達也からの報告を聞いただけの今では、部活を纏める立場にいる以上、剣術部に傾いた意見が沸いてくるのは仕方のない事だった。

 

「他にやり方って・・・ハッ、俺としてはこれ以上無く穏便に収めたつもりなんだが。相手はCADを持った魔法師で、こっちは無手。相手の方が数が多いから、当然不利はこっちにある。それに、些細な事で魔法に頼るアホどもだ。事が長引いても良い展開にはならないだろ。俺にとっても、相手にとっても」

 

十文字の詰問でも義飾は態度を正すことはなかった。それどころか鼻で笑って答える始末。さらに態度を悪くした義飾の言葉に十文字は、頷くでも首を横に振るでもなく、黙って義飾の顔を見詰めていた。

 

 

『高周波ブレード』殺傷性ランクBに登録されている極めて危険な魔法。今回の事件を大きくするきっかけになった魔法

殺傷性ランクとは警察庁が定める魔法の危険度分類だ。ランクAが一度に多人数を殺害し得る魔法。ランクBが致死性の高い魔法。ランクCが致死性は低いが傷害性がある魔法。

仮に、それぞれのランクに兵器を当てはめるとしたら、Aが爆弾、Bが拳銃、Cがナイフといったところだろう。

警察庁が決めているので、国ごとに分類法や登録されている魔法がバラバラだったりするし、用途の都合から危険なものでも登録されていなかったりするのだが、ここに登録されている魔法は全て危険なものだと考えいい。

 

今回の事件は世間を騒がすには十分なものだろう。一般の高校で例えるなら一人の生徒が突然拳銃を発砲したようなものだ。

それを、内々で処理できる範囲で済んだのは僥倖と言わざるお得ない。今回の事件はもっと被害が大きくてもおかしくなかった。それこそ高周波ブレードがその真価を発揮していたら、学校内の問題では留まらない。

そして、桐原に続いて騒ぎを大きくした面々も、同じように危険な魔法を使う可能性があった。

そうなってしまえば、さすがに部活動の停止処分を下すしか無い。速攻で意識を失ったのは、ある意味剣術部にとって都合がよかった。

 

「魔法師を無力化するのに手っ取り早い方法は、意識を奪うか、魔法の行使が困難になるほどの激痛を与えるかだ。最初は骨の一本でも折ってやろうかと思ってたけど、流石にそれはアレだから気絶させることにしたんだが・・・治癒魔法があるなら折ってたほうが良かったかもな」

 

義飾の弁を十文字は当然肯定しない。だが、否定もしなかった。理性と感情が鬩ぎ合い、丁度拮抗しているのが表情から見て取れた。

だが、固められた拳はそのままだ。それは感情を抑えこむ理性が表れたのか、ぶつけようのない感情が表れているのか、義飾には判断が着かなかった。

 

「あ、もしかして桐原って奴の事を言ってるのか?あれに関しては素直に悪いと思ってる。まさかあんな事になるなんて思わなかった。機会があれば今度謝っとくよ」

 

しかし、その様子から十文字が何に一番憤っているのか察した義飾が思い出したように言葉を付け足す。だが、軽い調子で出てきた言葉は十文字の気性を逆撫でするだけだ。

明らかに、十文字と義飾とでは事態の受け止め方が違っていた。

 

「でもよぉ、あれは俺だけが悪いわけじゃないだろ。高周波ブレードっって言ったか?まさかそんな魔法が使われるなんて思わなかった。こう言えば俺の想像力が足りてないだけみたいだけど、デモンストレーションのために所持を許されるCADは学校からの審査があるんだよな?どういう理由で殺傷性ランクに登録されている魔法が許可されたのか、知ってたら教えてほしいんだけど」

 

背もたれから離していた体を再び椅子に預け、言外に答えを促しながら義飾が問い掛ける。義飾の質問に十文字の隣りにいる二人がピクリと体を揺らした。だが何かを言う気配はない。義飾の目が十文字に向いているのをいいことに、返答は十文字に任せるようだ。

義飾の言葉に十文字はすぐには答えなかった。たっぷりと間をおいた後、握りしめていた拳を緩め口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・CADの審査は学校の管轄だ。部活連が関知するところにない。悪いが、お前の質問に対する答えを俺は持ち合わせていない。

 ・・・話は以上だ。もう帰ってもらって構わない」

 

「ん?もういいのか?結局、事実確認しかしてないけど、もっと言いたいことはあるんじゃないのか?」

 

「いや、もういい。これ以上は時間の無駄(・・・・・)だ」

 

きっぱりと断言する口調には強い拒絶の意思が表れていた。義飾の顔も見ようともしない十文字からは、怒りなどより諦めの色が強く出ていた。

 

呼び出されて、長い時間待たされたにも関わらず、話が本題に入ること無く終わったのは義飾としても納得がいくものではないのだが、窓から差し込む光はそろそろオレンジ色になりそうだった。もう少し追及したかったが、それ以上にさっさと帰りたいという思いの方が強い。

ここは素直に引いておくべきだろう。

 

「あ、そう。それじゃあ、お疲れ様ってことで・・・・・・達也はまだ仕事が残ってるのか?」

 

椅子から立ち上がって出口に足を向けた義飾だったが、一歩踏み出す前に顔だけ振り返って問い掛ける。

突然、話に出された達也は僅かに顔を上げたが、それ以上の反応はしなかった。しかし、目の奥に期待の色があったのは目敏いものなら気付けただろう。

顔を伏せていた十文字に達也の内心を悟る術などなかったのだが、元々話が終われば義飾と共に達也も解放するつもりだった。

 

「司波ももう帰っていい。初日から、こんな遅い時間までご苦労だった。明日はここまで遅くなることはない・・・はずだ。保証は出来ないので、しっかりと休息をとってくれ」

 

「じゃあ一緒に帰ろうぜ。ってかお前の妹だったら待っててもおかしくないな」

 

気遣いが多分に含まれる言葉は先程までの義飾と喋っていた時とは大違いだ。

組織の長として相応しい風格を取り戻した十文字に達也は頭を下げたあと、ドアの前で待っている義飾に続いて部活連本部を退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の背中が見えなくなり、ドアが閉まったのを確認してから十文字は大きく息を吐いた。疲労と諦観、その他諸々を体外に逃がすための溜息は本人が予想していた以上に大きく、隣に座っている二人は意外そうな目を向けた。

達也に巌のようだと評された十文字だが、それは何も外見的な特徴だけが理由ではない。大柄な体格に相応しい、押してもビクともしなさそうな不動性が一番の理由だ。達也が十文字に抱いた印象は概ね正しく、そこそこ付き合いの長い摩利や真由美も同じような印象を持っている。

だからこそ、ここまで疲労を露わにする十文字の姿は見たことがなかった。

 

「お疲れ、だな・・・まぁ、化生の事はさっさと慣れるのがいいだろう。私達もこっぴどくやられた所だ。下手に突くと手痛いしっぺ返しをくらうことになる」

 

「そうか・・・」

 

摩利の慰めもあまり意味は無く、言葉少なくそれに返答して顔を俯かせたままだ。

あまりにもらしくない姿に、摩利は言葉を続けることが出来なかった。言葉に詰まった摩利の代わりに、隣にいる真由美が言葉を挿しこむ。

座っている位置関係から、少し上体を倒して十文字の顔色を窺った真由美は、予想以上に深刻そうな様子に、とりあえず話題を提供して気を紛らわした方がいいと考えた。

 

「ところで、化生くんは帰らしてよかったの?剣術部に非があると言っても、化生くんの行為も褒められたものではないわ。喧嘩両成敗で両方に何らかの罰を与えるのが、正しい措置だと思うけど」

 

「それは、確かにそうなんだが・・・」

 

十文字の気を紛らわせるための話題提供だったが、真由美自身、気になっていたことでもある。

そもそも、義飾を呼び出して長い時間拘束していたのは、処分を言い渡すためだと思っていた。それなのにさっさと義飾を帰してしまっていたので、その事がシコリとして胸中に残っていた。

その時は十文字に何か考えがあると黙っていたのだが、義飾達が部屋から出てしまえば気にする必要はない。

 

真由美の質問に答えづらそうに口をまごつかせていた十文字だったが、大きく息を吐いた後、意を決したように口を開いた。

 

「・・・・・・学校側から、今回の事件はあまり大事にしないでくれという要望があった」

 

「「へ?」」

 

十文字の口から出てきた言葉に摩利と真由美は揃って呆けた声を出した。顔も間抜けな表情になり、十文字の言葉を頭の中で何度も反芻するが、中々理解が意識に追い付かない。

 

今の時勢、高校は生徒の自主性を重んじた体勢がスタンダードだ。魔法科高校に限らず、一般的な公立高校なら自治重視の体勢を採用している。

重要事項に対する最終的な決定権は学校が持っているのだが、生徒会長にもなれば、その最終的な決定にも異を唱える事ができる。

校則違反生徒の罰則の決定は、確かに学校側の組織である懲罰委員会の仕事だ。しかし、それはあくまで罰則の決定だけ。処分を下すかの判断は生徒側に委ねられる。

今回のように、生徒の処遇に対して学校が口を挿むなんてことは本来は有り得ない、今まではなかった事だ。

 

真由美達の反応は予め予想していたのだろう。十文字は一拍置いた後に、詳細を話し始めた。

 

「というのも、今回の事件が公になれば第一高校は立場をかなり悪くする。

 化生の奴も言っていたが、CADの審査を設けておきながら、危険な魔法の登録を黙認した学校側にも落ち度がある。責任の追及は免れないだろう」

 

十文字が続きを話し始めて、ようやく真由美達の頭に理解が追い付き、呆けた表情を引き締めた。

 

今回の事件、何度も言うが非は桐原にある。頭に血が上り、殺傷性ランクBに登録されている魔法の使用。ここが魔法に寛容な学校であっても許されない行為だ。本来であれば速攻で停学に処される。実際に被害が出ていれば退学も已む無しだろう。

だが、少し視野を広げて考えてみれば、この事件は桐原の頭に血が上る以前に防ぐ事は可能だっただろう。

平時であれば所持を禁止されているCADを一時的に許可する審査。それがもっと厳しければ、桐原も『高周波ブレード』などという危険な魔法は使わなかったかもしれない。

 

CADは現代魔法師にとって必須のツール。だが、魔法の使用に絶対必要というわけではない。桐原も、CADが無くても『高周波ブレード』を使えるかもしれない。

それでも、CADを持っていればそこに登録されている魔法を使うだろう。魔法発動を高速化させる道具を持っているのに、わざわざ手間を掛けて魔法を使う理由はない。特に、感情に任せて魔法を行使する場合は手っ取り早い方法を選ぶ。

 

勧誘期間の間だけ所持を許可されるCADは、当然勧誘のためのデモンストレーションでの使用を前提にしていなければならない。それなのに、審査がほとんどフリーパスとなっている現状は学校の怠慢と言わざる負えない。生徒の自主性を重んじているなんてのは、事が起これば言い訳にならない。

そもそも、これでは何のために殺傷性ランクというものが設けられているのかわからない。

殺傷性ランクは罰則の強化と、決定の簡略化という役割の他に、使用の制限という役割もあるはずだ。国で危険だと認められている魔法を、理由があっても使うことは億劫するだろう。

 

 

 

十文字が語った話は、正しく道理が通っていた。生徒の自治を重視していると言っても、高校生の年齢は十五から十八。未成年の彼らでは何か問題が起きた時、その責任を負うことすら許されない。

学校に非難や誹謗が集中するのは考えるまでもないことだ。

 

真由美達もそのことは十分に理解している。だが、理解しているからこそ納得が出来なかった。

 

「それは・・・確かにその通りなのだが、今更じゃないのか?」

 

摩利の呟きに、隣で真由美も同意するように小さく頷く。

 

自治重視を言い訳にした学校の稚拙な体制は今に始まったことではない。何時から学校がこの体制をとっているのかわからないが、過度に自治を重視する社会的傾向は三年前の沖縄防衛戦での完勝は発端だとされている。少なくとも真由美達が入学した時から学校はこの体制だった。

歴史はかなり浅い体制だが、今まではこれで上手く回っていた。

生徒が法に触れる魔法を使うなんてことは確かに珍しいことではあるが、今までなかったことではない。それこそ、稀によくある、と言える頻度で発生する。

問題が学校内で収まった場合はそのまま内々に処理し、外に漏れた場合も学校が、或いは国がもみ消す。

社会情勢が安定せず、魔法師の質が直接国力に繋がる現状、優秀な魔法師を失うわけにはいかない。

 

学校の体制にケチが付けられるなど、本当に今更のことなのだ。

 

 

二人の視線を受けて十文字は、顎に手を当てて深く考えこむ。ほどなくして考えが纏まったのか、表情を引き締めたまま重く口を開いた。

 

「魔法に関する法規制は十全とは言い難いし、安定しているわけでもない。常に否定意見が付き纏っている。今現在、CADには何の規制もされていないが、所有はともかく、所持には何らかの制限を掛けた方がいいという声は少なからずある。今回の事件が公になれば、そういった否定意見を一気に増やしかねない。そうなれば下手をすれば法改正もあり得る。学校は魔法教育が遅れる要因を可能な限り避けたいらしい」

 

魔法が世間に公表されて百年足らず。この年数を長いと感じるか、短いと感じるかは観点の違えば変わってくるだろう。少なくとも、そこに関わる法設備が整えるにはあまりにも短すぎる。

特に、魔法技術は公表されてからの百年で大きく進歩した。分類方法が変わったし、関連機器も多く開発された。新しい魔法も日ごとに増え、魔法研究は日進月歩の勢いで進んでいる。

技術と情勢に規制が追い付かないというのは、魔法に限らずどの分野でも起こりうる事だ。魔法関係の法に粗が目立つのは仕方のない事だ。そして、その粗を突く人がいることも。

 

今の法規制では魔法の行使に制限は掛けられているが、CADには何の制限もない。このことに全ての人間が納得しているかと言われれば実はそうでもない。

 

法改正を求める声は常に一定数以上存在する。

例えば、殺傷性ランクに登録されている魔法は使用以前に、CADに登録することの禁止。

例えば、魔法師ライセンスを持っていない者のCADの所持の禁止。

例えば、所有CADの制限、及び値段の吊り上げ。etc...etc...

 

上げればキリがないのだが、法改正を求める声はその殆どがCADに関係することだ。やはり、魔法を使えない人種にとって、魔法師が容易く魔法を使える状況と言うのは出来るだけ排除したいのだろう。もしくは、CADの形状がそもそもの理由かもしれない。

CADの形状は汎用型ならブレスレット、或いは携帯端末の形をしているのだが、特化型のCADは拳銃の形をしている。

拳銃は、最も馴染みの深い、有名な兵器だといえるだろう。そしてCADは、容易く人を害する事ができる魔法を、容易く行使するための道具。特に特化型のCADは攻撃性の高い魔法が登録される事がほとんどだ。

 

その形状と事実は、魔法を使えない人の不安をこれでもかというくらい掻き立てる。

特化型のCADが拳銃の形を模しているのは、ただ人が使う上で取り回しやすいというだけなのだが、そんな事情を知らない者からすれば、兵器としての物騒なイメージをそのまま受け取ってしまう。

CADの所持を制限しようとする声が多くなるのは当然だろう。

 

 

 

「それにだ、今はとにかく時期が悪い。新学期になって新入生を迎えた今は、世間の注目は多少なりとも学校に集まっている。今の状態で事件を起こせば、もみ消しも容易ではなくなる。唯でさえ、二年前のある時期(・・・・・・・・)から未成年の魔法師に注意する風潮が出来ているんだ。学校が臆病になるのも無理は無い」

 

「二年前?」

 

十文字の話を黙って聞いていた摩利だったが、途中で気になる言葉が出てきて思わず口を挿んでしまった。それと同時に、頭の中にさっきまでこの部屋にいた一人の問題児の姿が浮かび上がる。

ただの偶然、と呼ぶにはあまりにも奇妙な符合だ。

 

「あぁ。ある時期を境にというより、ある事件が発端なのだが・・・その事件は未成年が起こした事に加え、かなり非道な事件だったから世論を動かすには十分なものだった。その事件以降、未成年のCADの所持制限を求める声が増えている」

 

「・・・・・・」

 

続けて出てきた十文字の説明に、摩利の予想は確信に変わった。真由美も同じ結論に至ったのか固く口を噤んで話の続きを促す。

二人の雰囲気の変化を訝しげに感じながらも、十文字は続きを話すために口を開いた。

 

「その意見を間違っていると断ずるつもりはない。実際に、今回の事件のように若い魔法師は安易に魔法に頼る傾向がある。CADの規制はそういう意識を改める事が出来るだろう。

 だが、そうなれば確実に魔法教育に遅れが出る。学校も、国も、そして十師族としても、それを認める訳にはいかない。

 世間を刺激しないためにも、事件が起こった事そのものを無かった事にするしか無い。つまり、今回の事件は公的な記録に残すわけにはいかないんだ」

 

学校の、というより国単位の裏事情を説明されて真由美達は揃って閉口した。

真由美達は未熟ながらも一応は魔法師だ。そういう話が耳に入ったことがないといえば嘘になる。特に真由美は、十師族の一つである七草家の長女。耳に入ってないはずがない。が、今の今までその事が意識の中になかったという事は、そこまで重要なことではないと気に留めなかったのだろう。

真由美は認識を改めるために姿勢を正した。

 

「公的な記録に残せないということは、罰を与えることも出来ない。剣術部と化生、両方共な。

 剣術部には元から必要無いだろう、二週間の運動禁止はそのまま罰になり得る。だが化生は別だ。とりあえず口頭で反省を促すつもりだったのだが・・・・・・」

 

話が終わった事を示すように十文字は顔を伏せた。その顔には自分の思い通りにいかなかったことへの不満がありありと出ている。

それと同時に、真由美達も肩の力を抜く。力を入れたつもりはなかったのだが、話の内容が内容だったので知らずの内に入っていたらしい。力の抜いた体には僅かな疲労感が残っていた。

 

 

 

 

「そう、だったのか・・・ハァ。今年の新人獲得は荒れそうだといったが、そんな悠長な事は言ってられないみたいだな。そもそも荒れることが好ましくない、と・・・・・・風紀委員の負担が一気に増えるな・・・」

 

肩の力を抜くのと同時に息を吐いた摩利が、明日からのことを考えて改めて溜息を吐く。

今までは騒動を鎮圧することが風紀委員の主な任務だったのだが、今の話からすると、騒動が起こることがそもそもよろしくない。つまり、騒動が起こる前段階から問題を抑制しなければならない。風紀委員の負担が増えるのは自明の理だった。

 

「すまないがそういうことになる。一応、部活連から各部活に対して羽目を外し過ぎないように通達はするが、それだけではあまり意味が無いだろう。部長たちには強く言い含めておこう」

 

「生徒会もそういう風に対応したほうがいいみたいね。今、巡回の応援はあーちゃんにお願いしてるけど、はんぞーくんにも行ってもらおうかしら。流石にあーちゃんだけだと荷が重すぎるわ」

 

肩を落とした摩利に十文字と真由美は助力を約束した。といっても、やれることはそう多くない。精々、今までの体制を強化するだけだ。

 

最初は何故義飾をさっさと帰らしてしまったのかという話だったはずなのだが、そこからどんどんと広がって最終的には世論にまで話が発展した。

予想外の話の広がり方に気力がガリガリと削られていったのだが、そのお蔭で見えてきたこともある。

剣術部に治癒魔法を施さないのは、達也が報告で語った理由よりも罰の意味合いが強いのかもしれない。結局は学校の判断なのでその真意はわからないのだが、去年と比べるとどうしてもそのように思ってしまう。

 

おそらく、今回の騒動は始まりにすぎない。これから第一高校は波乱の渦が巻き起こることだろう。件の問題児を中心に。

 

真由美は義飾が座っていたパイプ椅子を見ながら大きな溜息を着いた。

 




どう考えてもCADに何の規制も敷かれてないのは可笑しいってかヤバイと思うんですよね。
モデルガンですら規制されてるのに。

そして学校は・・・もう何も言えないです。

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