魔法科高校の転生者、あるいは一般人、しかし不良、もしくは問題児、または異端者、のちにチート 作:tomato
お願い、死なないで桐原!あんたが今ここで倒れたら、壬生さんとのフラグはどうなるの?義飾は魔法が苦手。そこを突けば義飾に勝てるんだから!
次回『桐原死す』。デュエルスタンバイ!
前回大幅に遅れてしまったので、今回は早めに投稿。上のやつは前回の後書きに入れる予定だったんですけど、忘れてました。
魔法を発動した桐原は、足を踏み込み壬生との距離を詰めようとする。怪音を発する竹刀を握りしめ、それを高く上へと振り上げた。
左手一本で竹刀を操っているので速さはあるが、力強さはない。しかし、壬生は受けようとはせず大きく後方へ跳び退った。
逃げる壬生と追う桐原。初動の都合上、桐原の竹刀が壬生に到達するのは必定だった。
予想される悲劇に、観衆は一瞬息をすることを忘れて喉を詰まらせた。
だが、次の瞬間、二人の間に影が割り込んできて観衆の意識はそこに集中した。
割り込んだ影の正体は義飾だ。壬生に背中を見せて、正面は桐原の方を向いている。
突然の乱入者に桐原の勢いが大きく削がれる。振り上げた竹刀の行く末が途絶え、剣先が桐原の内情を表すようにブレた。
桐原が動揺している内に義飾は、桐原の足の間に左足を差しこむよう一歩踏み出した。
正直に言えば、義飾は桐原が何の魔法を使ったのかわかっていない。義飾の魔法の知識は必要最低限、試験に受かるだけのものしか無い。つまり、応用力が無いのだ。
四系統八種類、それそれの作用がどういう効果を生み出すのかを理解出来ても、効果から作用を想像することは難しい。
そもそも、覚えてる魔法は数えられる程度だ。今回、桐原が使った魔法は義飾の記憶には無いものだった。
しかし、それでも対処のしかたはある程度想像できる。
先程から耳に障ってくる怪音の発生源は桐原の持つ竹刀。系統魔法の中で音として効果が発生するのは振動魔法がスタンダードだ。
相手の嫌がらのために怪音を起こすだけの魔法だったなら、対処にそこまで気を遣わなくて良いのだが、当然そんなはずはないだろう。
とりあえず竹刀に触れるのは得策ではない。いや、術者が持てているのなら持ち手の部分は安全だろう。
鍔より上、刀身部分に触れなければ問題はない。それに、いざとなれば魔法を無効化することも出来る。最初から無効化する手段を選ばないのは、ただの義飾の趣味だ。
無効化してしまったら、この事件はここで終わってしまう。それでは駄目だ。もっと脳髄に刻みつけるような、劇的な結末が必要だ。
それに、今日一日の鬱憤、八つ当たりになるがここで晴らさせてもらおう。
踏み込んできた義飾から逃げるために桐原大きく仰け反る。しかし、元々勢いがついており、タイミングも遅かったためすぐに義飾に捕まった。
義飾の左手が桐原の道着を掴む。それを桐原が右手で外そうとするが―――
「―――へ?」
気付けば、桐原の身体は宙を浮いていた。
何がどうなったのか全くわからない。投げられた、と理解できたのは視界が回り、天井しか映らなくなってからだった。
足を払われたのか、道着を引っ張られたのか、それとも魔法でも使われたのか。
今の状況に理解が追い付かず、桐原の頭は新品のキャンパスのように白くなった。
当然、義飾は桐原の思考の回復を待つことなく次の手に移る。
そして―――――
振動系・近接戦闘用魔法『高周波ブレード』
これが桐原が使った魔法の正体だ。この魔法の概要を簡単に言えば、切れ味を良くする魔法だ。
こう聞けば大したことないように聞こえるが、殺傷性ランク『B』に分類されているかなり危険な魔法だ。
刀身を高速振動させることで、固体を局所的に液状化させる。“切る”と言うよりは“溶かす”と言った方が正しい。
刀身を高速で振動させているので、副次効果として怪音と超音波を発生させる。そして、魔法をかけるときは刀身の自壊を防ぐために硬化魔法もセットで使われる。
その性質上、魔法を掛ける得物はなんでも良い。刀に掛けてもいいし、今回のように竹刀に掛けても良い。
竹刀に掛けた場合は切れ味がゼロの状態から、刀よりも切れるようになるのだから殺傷性ランクに登録されるのも納得出来る。
この魔法は“近接戦闘用”と、ある通り、重要なのは魔法の技量ではなく、術者の剣の腕だ。
『高周波ブレード』は言ってしまえば、よく切れる刀だ。活かすも殺すも術者次第。そして、相手の技量が自分よりも上なら、あまり意味をなさない魔法だ。
しかし、よく切れる刀と言っても勘違いしていけないのは、刀と同じように扱ってはいけないという事。
刀と違い高周波ブレードには、峰がなく、腹もなく、切っ先や物打ちもない。どの方向、どの部位でも切れ味は同じだ。
そして、刀に必要な“押す”や“引く”といった動作も必要とせず、ただあてがうだけで、触れるだけで、掠めるだけで、人の肌を容易く裂傷せしめる。
自分がよく使う魔法なので、桐原はこの魔法の事をちゃんと理解している。効果、扱い方、刀との違い。
この魔法にだけ限って言えば、自分はこの学校で一番の使い手だという自負もある。
自分よりもこの魔法の事を理解し、上手く扱える者はいないだろう。そう胸を張って言えるだけの修練は積んできた。
だからこそ桐原は、自分が生きている事が不思議だった。
仰向けで倒れている桐原。その喉元には、自身の竹刀があてがわれていた。
勿論、桐原が自分でやったのではない。桐原が竹刀を持っている左手、その道義の裾を義飾が掴み、竹刀を桐原の喉に誘導したのだ。
右手で道着の裾を掴み、桐原の右肩の上辺りに持っていく。道着の裾は絞るように掴まれているので、桐原の左手の自由度は殆ど無い。
いや、仮に桐原の手首が自由に動いたとしても、気付けば投げられ、気付けば倒されて。義飾やることを最初から最後まで認識出来なかった桐原には、どうすることも出来なかっただろう。
喉に感じる竹刀の感触が、ひどく冷たく感じる。魔法を自分で発動したから、この竹刀が先程までどれだけの切れ味を持っていたのかよく知っている。
その理解が、桐原から熱を奪い、竹刀に事実以上の冷たさを持たせていた。
目の前にある義飾の顔が遠くにあるように見える。ふわふわとした浮遊感が身体を支配していて、身体に力が入らない。まるで明晰夢を見ている気分だ。
自分が本当に生きているのか、わからない。
心身を喪失した桐原の顔を間近で見て、義飾は道着の裾から手を離した。
桐原の反応が予想以上に大きかったので、桐原が何の魔法を使ったのか気になるところではあるが、そんなことよりもまず、言っておかなければならないことがある。
「・・・達也、邪魔すんなよ。ってか今、何をやったんだ?」
上体を起こした勢いをそのままに、義飾は後ろに振り返る。そこには腕を交差させて、鬼気迫る表情の達也がいた。
桐原を投げている時、サイオンの波動を背中に感じた。それがどういう効果を持っているかはわからなかったが、その直後に桐原の魔法は無効化されたので、そういう効果だったのだろう。
誰がやったかもわからない。しかし、状況を考えれば達也が一番可能性が高かった。
そんな予想を持って振り向いたのだが、どうやらそれは正解だったらしい。達也から視線を外して周りの人間を見れば、気分が悪そうにしているので何かが出来る余裕はない。
「・・・さすがに、入学早々、殺人事件が起きるのを黙って見ているわけにはいかないからな」
義飾に問われた達也は、その質問には答えず、小さく息を吐き出した。
その息には、安堵の色が多分に含まれていた。
“間に合った・・・”
誰に聞かせるためでなく、自分で確認するために呟く。その呟きはかなり小さく、正面から達也の口の動きを見ていた義飾にしか確認出来なかった。
「ん?何言ってんだ、お前。
魔法師が自分の魔法で怪我をしたり、命を落とした場合、それは
義飾の白々しい理論に達也の眉根が上がる。即座に否定しようとするが、義飾の顔を見て達也の言葉は喉のあたりで止まった。
義飾の顔は、白々しい理論とは裏腹に真面目な、あるいは純粋なものだった。まるで子供が疑問を投げかける時のような義飾の表情に、達也は義飾が冗談で言ってるのではないとわかった。
本当に、心の底から、そう思っているのだ、義飾は。
口を開けたまま義飾の言葉を反芻していると、それを認めてしまう意識がジワジワと湧き上がってきた。
今回の事件、誰に一番非があるのかは考えるまでもない。そもそも桐原が高周波ブレードを展開しなければ、命の危険など発生し得なかった。
そして、事態を“事件”ではなく“事故”として収めようとした義飾の行動は、一般的な感性で言えば賞賛に値する。
桐原の自業自得。そう言ってしまえばそれまでなのだが、人が一人死にかけた光景を見てしまえば、簡単に首を縦に振ることは出来なかった。
「―――カハッ!ハァ、ハァ、ハァ・・・」
達也が言葉に詰まっていると、義飾の足元から空気の抜けるような音がした。
生きている実感が欠けて、呼吸を忘れていた桐原の意識が現世に戻って来たのだ。
忘れていた分を取り戻すように、桐原の呼吸は荒くなる。顔からは一切の血の気が失せ、目は焦点が合っていない。
一目で、正常な状態ではないことがよくわかる。
「「き、桐原ぁ!!」」
桐原の意識が戻ったことで、停滞していた空気が再び動き出す。
桐原と同じ道着を着た、剣術部の部員が急いで桐原に駆け寄る。
気分が悪そうに蹲っていたが、そんな時ではないと思ったのか、無理矢理自分を奮い立たせて立ち上がった。
何人かは倒れた桐原に直接向かっているが、一人だけそばに立っている義飾を目指している。そして、あと一歩で義飾に到達出来るという地点で、竹刀を滅茶苦茶に振り回した。その振り方に技などは一切なく、子供の駄々こねと一緒だった。
当然、当たってやる義理など無いので、義飾は大きく飛び退いて回避した。
元々、義飾を追い払うのが目的だったのか追撃は来ず、竹刀を振り回した部員は桐原を守るように改めて竹刀を構えた。
まるで自分が悪者にでもなったかのような反応に、義飾は肩を竦めた。
「―――こちら第二小体育館。違反者一名、まだ取り押さえていませんが応援は不要です。それと負傷者はいませんが、担架の用意をお願いします」
肩を竦めた義飾の斜め後方で、達也が本部に通報する声が聞こえた。その声はそこまで大きなものではなかったが、義飾の凶行で静まりかえった周りには十分響き渡った。
静寂に支配されていた闘技場がにわかに騒がしくなる。達也の声を聞いた者達はその腕に着けられた腕章を見、そして達也の胸にエンブレムが無いのを確認して口々に囁き合う。
その囁き声に好意的な色は存在しない。
非友好的な視線に晒されて達也は、予想していたことが起こったと息を吐いた。
圧倒的にアウェイな雰囲気はこれからの職務に支障をきたすかもしれない。しかし、達也の不安をよそに囁き声は次第にその内容を変えていった。
それに伴い、周りの視線も達也から移動する。視線をなぞれば、その先は義飾に着いた。耳をすませば囁き声の内容がよく分かる。達也の事を話す者はもう殆どおらず、大体が義飾の凶行と容姿に関するモノだ。
興味に対象が自分から義飾に移ったの達也としては喜ばしいことなのだが、義飾としては堪ったものではないだろう。
横目で義飾の様子を覗き見るが、変わった様子はない。
それが見た通り周りの声を気にしてないのか、感情を上手く隠しているのか達也には判別出来なかった。
「桐原先輩、魔法の不適正使用により、同行をお願いします」
義飾を流し目で見た後、達也は任務を続行するために桐原に歩み寄る。
桐原から返事はない。聞こえているのか疑わしいくらい無反応だ。だが、これは想定の範囲内。さすがに今の桐原にまともな受け答えは期待していない。ただ、反応がないとわかっていても通達は必要だと思ったのだ。
そして、この後の展開も想定通りだった。
「なっ?!ど、どういうことだ!!なんで桐原が連れて行かれなきゃならない!!!連れて行くならあいつだろ!!!」
桐原を抱き起こし、介抱していた部員が義飾を指差しながら怒鳴りつける。
その指摘はもっともなのだが、今回の事件の各関係者を役に当てはめるなら、桐原が加害者で、被害者は壬生と闘技場に集まっている生徒、そして義飾は第三者、あるいは重要参考人という立ち位置になる。
当然、義飾にも同行を要求するが、強制力が強いのは桐原の方だ。
「そ、そうだ!!あ、あいつは、き、き、桐原を殺そうとしたんだぞ!!!ほっといたら何をするかわからん!!!さっさと取り押さえろよ!!!!」
しかし、そんな事情を興奮状態にある剣術部の部員達が考慮するはずがない。
一人が言い始めれば、続くように他の部員からも不平、不満が溢れ出す。
「おいおい、殺そうとしたなんて人聞きが悪いな。俺はただ、竹刀の刀身を相手に返しただけだぜ。
まさか、それだけのことで、そいつがそんなことになるなんて思いもしなかった。
ほら、俺はこの通り二科生だからよ。魔法についてはそんなに詳しくないんだ」
「白々しいセリフをっ・・・!!」
相手を煽るように、大きな身振り手振りで弁明する義飾。最後の自分の胸元を指で叩く仕草は、誇らしくしているようにも感じる。
義飾の態度に部員達はさらに殺気立つ。しかし、煮立った頭でも自分達の分が悪いことをわかっているのか、出てくる言葉は苛立たしげな負け惜しみだけだった。
言葉が出てこない代わりに、桐原の前に立った部員が腰を落として構えを深くする。竹刀を強く握りしめ、何時飛び掛ってきてもおかしくない。
再びやってきた騒動の予感に観衆は固唾を呑んで見守る。しかし、始まりの一手は予想外の所からやってきた。
「危なぃっ・・・!!」
エリカの危機を知らせる言葉は確かに義飾に届いたが、タイミングがあまりにも遅かった。
人垣の中から、剣術部の道着を着た男が飛び出す。その手に持った竹刀を振り上げ、真っ直ぐ義飾に向かっている。
飛び出してきた場所は丁度、義飾の真後ろ。距離もそこまで離れていないので、義飾が振り向くより早く、竹刀が義飾の頭を叩くのは容易に想像できた。
竹刀が届く所まで到達した男は、一切の加減なしに竹刀を振り下ろす。加減が無いのは、竹刀だから大怪我はしないだろうという考えからではなく、ただ感情に従った結果だろう。表情にそれがよく表れている。
義飾はまだ振り向かない。
竹刀が義飾の頭数十センチの地点を通過しても、義飾はまだ背中を向けたままだ。
“獲った!”そう思ったのは竹刀を振り下ろした部員だけではない。桐原を介抱していた部員達も、竹刀が義飾の頭を叩く光景を幻視し、溜飲を下げる準備をした。
しかし、その予想は裏切られた。
恨みが多分に乗った一振りは、その勢いを衰えさせること無く、盛大に空振った。
「―――は?」
予想していた手応えがなかったせいで、攻撃をした部員は、竹刀の勢いに引っ張られるようにつんのめる。
何故、空振ったのかわからない。タイミングは完璧だった。相手はこちらを向いていない。いや、そもそも、相手は躱したのか?
竹刀の刀身は、相手の身体を
竹刀を振り下ろした者がそう見えたように、一連の攻撃を見ていた者もその様に見えた。
少なくとも、攻撃をした部員と対角線上にいた者は、義飾の身体に隠れてその部員の姿が見えなかったし、竹刀と義飾が重なって見えた。
しかし、当然そんなことはあり得るはずがなく、物体の通過なんて魔法でも出来ない。ただ、そう見えるほど、義飾がギリギリで避けただけだ。
振り下ろされた竹刀に対して、義飾は振り返ること無くまずは頭を傾けた。竹刀の狙いは頭頂から少し外れたが、これだけではまだ足りない。次に義飾は、体を左に傾けながら右足を左足の後ろに回し半身になった。
到来した竹刀が義飾の身体をなぞるように通過する。いや、竹刀の軌跡に義飾が身体のラインを沿わせたと言った方が正しいか。
竹刀と義飾の身体は数センチも離れていない。竹刀が押しのけた空気を頬に感じられるほどだ。
眼前を竹刀が通り過ぎても、義飾の顔に変化はない。焦りも恐怖もなく、軽薄な笑みが浮かぶのみだ。
余裕を感じられるその表情は、当たらないことを確信していたみたいだ。
振り下ろした勢いに引っ張られた部員は転けないように一歩、二歩と大きく前進する。そして三歩目の左足を上げたところで、右足を義飾に払われて盛大にすっ転んだ。
払われた、と言ってもその衝撃は並ではなかった。まるで右足を刈り取られたと錯覚するほどの強さだった。
その勢いに押され、前のめりに倒れそうになっていた部員の足が頭より上にあがる。
自然と、部員は頭から盛大に転ぶことになった。なんとか手で抑えて顔を守ろうとするが、鼻を強かにぶつけてしまう。
それでも、すぐに起き上がろうと出来たのは腐っても武道経験者といったところか。
しかし、その起き上がろうとした頭を、義飾は右足で踏みつけた。
「ぐぇっ!!」
蛙を踏み潰したような音が義飾の足の下から鳴る。その音に湿り気が混じっていたのは、鼻を強打したときに血が出てしまったのだろう。その証拠に、うつ伏せに踏みつけられた顔の下から赤い液体が広がっていた。
「危ねえな。・・・大丈夫か?いきなり来たから加減が出来なかったんだが」
倒れた相手の様子を窺う義飾。しかし、本気で心配してるわけじゃないのは、足をどけないことからよくわかる。
踏みつけられた相手は何とか義飾の足をどけようと身を捩るが、態勢のせいで力が入らず、結構強い力で踏みつけられているので全く動かせない。
血に濡れた顔を横に向け、義飾を睨みつけるのが精一杯だった。
「報復するために飛び出さず、人垣に隠れてた冷静さは素直に褒めれるが、それ以外はお粗末だな。剣の振りは遅いし、狙いも甘かった。そもそも、ドタドタと足音がうるさかったから奇襲にもなってない。わざわざ踏まれに来るなんてそういう嗜好があるのか?・・・まぁ、それはいいか。
あのアホが殺されそうになった報復ってことはお前も俺を殺そうとした、ってことでいいんだよな?・・・つまり、お前も殺される覚悟は出来てんだよな?」
踏みつける力を強め、義飾が相手に問い掛ける。口角を釣り上げながら出てきた言葉は、意味以上に物騒に聞こえた。
殺気立った義飾と、苦悶の声を漏らす部員に、剣術部の部員達は一斉に飛び出す。その手に持った竹刀を握りしめ我先にと義飾に殺到した。
今日一番の争乱の予感に、輪を作って見ていた観衆達は悲鳴を上げながら輪を広げる。
その空気と、襲い掛ってくる部員達の怒気をを肌に感じて、義飾は笑みを深めた。
一斉に襲いかかってきた、といってもターゲットが義飾一人だけである以上、同時に攻撃出来る人数は限られている。それに、頭に血が上った彼らに連携するという考えは無いらしく、立っていた位置関係をそのままに、近くにいる者から順に襲いかかってきた。
彼らが連携しないのは、義飾は二科生だからという侮る気持ちもあったからだろう。
襲い掛かってくる剣術部の部員に対して義飾は、頭を踏みつけていた足をどけて襲撃に備えた。
足をどけられて自由になった部員は慌てて立ち上がろうとするが、もう一度強く踏みつけられて完璧に沈黙する。あまりにも容赦のない義飾の所業に、剣術部の部員達の頭はさらに熱くなった。
位置関係からして、最初に義飾の前に到達したのは桐原を守るようにして立ちふさがっていた部員だ。
桐原と義飾の間に割り込んできた時は滅茶苦茶に竹刀を振り回していたが、今はその時とは別人のようにしっかりと竹刀を構えている。
殺気立った雰囲気も合わさり、まさしく剣士といった様相だ。
竹刀を握りしめ、義飾に肉薄するために強く踏み込む。しかし、接触のタイミングは彼の想定していた時ではなかった。
彼が踏み込んだのと同時に義飾も踏み込んだのだ。予備動作が一切なかったので、彼の目には義飾が瞬間移動したように見えた。
予想外の接近に部員の動きが止まる。そして、その部員の鳩尾に義飾のつま先が突き刺さった。
一拍の思考の停止の後、彼が感じたのは激痛と浮遊感だった。
人体の中央にある急所を突かれれば、激痛に苛まれるのは仕方のない事だろう。さらにその攻撃が、体を浮き上がらせるほどなのだからその痛みは筆舌に尽くし難い。
速攻で一人を無力化した義飾は次の相手に顔を向ける。その相手は、何が起こったのか理解が追い付いてないらしく、呆然とした顔を晒していた。
狙いを定めた義飾は即座に次の行動に移る。鳩尾を蹴るために上げていた右足を大きく踏み出し、強く踏み締める。
義飾の左足の甲が、未だ呆然としている顔に叩き込まれる。その衝撃たるや、顔が飛んでいきそうなほどだった。愛と勇気だけが友達の、どこぞの菓子パンマンにでもなった気分だ。
“二人目”
蹴った勢いをそのまま衰えさせること無く、部員の頭を体ごと蹴り飛ばした義飾は小さく呟きながら後ろに振り返る。
振り返った先には、既に攻撃態勢を整えた次の相手の姿があった。立て続けに二人が倒されたからか、その顔は怒りで歪み、選んだ攻撃はかなり危険なものだっただ。
相手の態勢は、突きを放つものだった。突き技は、危険な技であるがために剣道では高校生から解禁される。たとえ防具を着けていても当たりどころが悪ければ命に関わるからだ。
竹刀の剣先を義飾に向ける部員の顔に、そういった事情を考慮している様子はない。その顔には、怒りを通り越して殺意すら見えた。
恨みと殺意が乗った剣先が義飾に迫る。狙いはしっかりと正中線を捉えていた。
だが、真後ろからの攻撃を完璧に回避した義飾に、正面からやってきた攻撃を躱せない道理はなかった。
半身になって、最小限の動きで突きを躱す。自分の脇を通り過ぎていく竹刀を横目に見ながら、義飾は躱した勢いを利用してくるりと一回転し、足を高く振り上げる。
“後ろ回し蹴り”
義飾は、突きを放った部員にそう呼ばれる蹴り技を放ったつもりなのだが、長身と、股関節の柔軟さを最大限に活かしたそれは、踵落としのような様相を呈していた。
大きな弧を描きながら振り上げられた義飾の左足は、部員の斜め頭上に到達した後、突然軌道を変えて急降下。
部員の後頭部に踵がえぐり込むように突き刺さった。
突きの勢いで前のめりになったいた部員が受け身を取らずに倒れこむ。起き上がろうとするどころか、身動ぎ一つしない。
そんな部員を冷めた目で見ながら、義飾は上げていた足を下ろした。
瞬く間に三人を無力化した義飾。
その尋常ではない強さを目の当たりにし、剣術部の部員達は勢いを削がれて立ち止まってしまった。
今ここで飛び出しても、前の三人と同じ目に合うのは火を見るよりも明らかだ。しかし、恨みの気持ちが削がれた訳ではない。
桐原に続いて三人もやられてしまえば、心の中のどす黒い感情は大きくなるばかりだ。飛びかかる勢いは削がれたが、その代わりに冷静さが戻って来た。
確実に義飾を仕留めるために、取り囲むようにゆっくりと移動する。
自分達は武器を持っている。自分達のほうが数が多い。その程度のことでは、義飾相手に有利になり得ない。
だが、自分達が義飾よりも有利な部分はまだある。いや、それこそが、自分達と義飾を大きく隔てている一番の理由、一番の差。
義飾の真後ろに移動した部員が竹刀を地面に放り投げ、腕に着けたCADに手を伸ばす。
ここは魔法科高校、そして彼らは優秀であると認められた一科生だ。元より、剣よりこちらの方が得意としている。
しかし意を決した攻撃は、別の所から邪魔が入って不発に終わった。
桐原が投げられた時に感じた強烈なサイオンの波動。強烈な乗り物酔いに似た症状が部員達を襲う。
騒動の規模が大きくなりすぎたので、決着まで見届けようとしていた達也が邪魔したのだ。さすがにただの暴力行為ならともかく、魔法の使用は見過ごせなかった。それに、義飾は一見容赦のない攻撃をしているみたいだが、一応加減はしているみたいだ。倒された部員達はちゃんと生きている。
既に最初の通報は撤回し、応援を要請してある。それが来るまで、これ以上の事態の拡大を防ぐのが今は大事だろう。
崩れ落ちる剣術部の中心で義飾はただ一人立っていた。立ち位置の都合上、義飾だけを外して魔法を使うことは無理だったので義飾も効果範囲にいるはずだ。
しかし、義飾に気分を悪くした様子は全く見受けられない。何が起こったのかわからず、キョトンとしているだけだ。
しかし、剣術部の奥にいる達也と目が合って状況だけは理解できたのか、軽く笑った後、後ろに振り返って駈け出した。
前後不覚となって膝を着いている部員の顔面に義飾の膝が叩き込まれる。
そこからはさらに一方的な展開となった。
よろける剣術部の部員を義飾が蹴りでとどめをさしていく。戦闘とも、蹂躙とも呼べないただの作業。
結局、全ての剣術部の部員が地に伏すまで義飾は止まらなかった。
このことがトラウマになって桐原の魔法力は著しく低下したとか、してないとか。
桐原と壬生さんの結末は納得してない人多いんじゃないかな~と。
控えめに言っても殺されかけたのに、壬生さん器広すぎるやろ。
この二人は結末こそ変えないですけど、過程をちょっといじろうかなと思ってます。
あと、この話で達也が積極的に働いてないのは、自分が割って入れば事態が悪化するとわかっているからです。それに一人だけだとどうしても手は足りないですしね。
描写がないだけで、巻き込まれないように見物人を遠ざけたりしてます。