魔法科高校の転生者、あるいは一般人、しかし不良、もしくは問題児、または異端者、のちにチート   作:tomato

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遅くなりました。すいません。


第十五話

“魔法科高校”という名前からして特殊なこの学校だが、魔法という部分を除けば基本的な制度は他と変わらない。

いや、魔法科高校独自の制度は二科生制度ぐらいで、他に変わった制度があるわけではない。委員会があれば、クラブ活動だってある。

しかし、風紀委員の職務が普通の高校とは違っているように、この高校のクラブ活動も普通とは言い難い。

競技に魔法を使用するクラブがある点もそうだが、生徒と学校、双方ともに力の入れ具合が半端ではないのだ。

 

 

 

魔法が使える事が前提に立っているので、魔法競技の競技人口はかなり少ない。しかしそれでも一定の需要と人気があるのは、ルールを知らなくても見てるだけで楽しいからだろう。魔法競技には普通のスポーツにはない派手さがある。知識の有無に関わらず人を魅了するのは致し方無い。

特に、国内に九つある魔法科高校が魔法競技でしのぎを削る、通称“九校戦”と呼ばれる全国大会はかなり注目度が高い。

魔法関係者からは勿論、娯楽目的で一般人も観戦する。それだけでなく、将来、国の防衛を担うであろう人員を一目見るために国の重鎮達も注目するし、脅威になる者はいないかと他国からも関心がくる。

こうなれば、たかがクラブ活動とはいえないだろう。この九校戦で結果を残せば学校内での評価だけでなく、進路にも大きな影響が出る。学校側も、この大会で優勝すれば他の高校に一歩リード出来るので、奮起する生徒を全力で後押しする。

 

魔法科高校のクラブ活動は、青春時代を彩るための課外活動とは言えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イカれてる」

 

目の前の光景を見て義飾の口から率直な感想が出てくる。その声は乱雑と賑わっている周囲にかき消されてしまったが、隣に届くには十分は声量だった。義飾の独り言を聞き取って同行者がキョトンとした顔を向ける。

その視線に気付かず、義飾は言葉を続けた。

 

「世界の終わりを見てる気分だ」

 

「いやいや、それはさすがに大袈裟でしょ」

 

義飾の大仰な物言いに同行者―――エリカが思わずツッコミを入れる。

その声に反応して義飾がエリカを見やるが、その顔から感想を共有することは無理だと悟って何も言わず顔を戻した。

義飾の視線の先には新入部員の獲得に奮起する部員たちの姿がある。これだけ聞けばなんてことはない、新学期の学校でよく見られる光景のように思うかもしれないが、そうであれば義飾の口からあんな感想は出てこない。

さすが魔法科高校と言っていいのだろうか、新入生の部活勧誘ひとつをとってみても普通の高校とは大きく違っている。

 

とにかく活気と熱気とヤル気が凄い。

部活動での成績が進路に影響を与えると言うのは普通科の高校でもよくあることなのだが、魔法科高校ではそれがさらに強くなる傾向にある。なので、数の決まっている優秀な新人を、他の部より早く獲得しようと躍起になるのは当然だった。

勧誘をしている先輩方に遠慮や躊躇というものは一切見えず、とりあえず数撃ちゃ当たる戦法で片っ端から新入生に声をかけている。新入生の都合など考えてないのがよく分かる。

その光景を見ると、獲得競争が行き過ぎて授業に支障を来たすため部活勧誘期間を一週間に定められたのが深く納得できる。

正直、この乱雑具合を見たら期間を縛るだけという学校側の対応はかなりお粗末なものなのだが、そもそも学校側成績を残して欲しいので、この騒動を望んでいる所がある。だからこれ以上の改善は期待出来無いだろう。切磋琢磨と言えば聞こえは良いが、目の前の光景に青春らしい汗臭さは一切ない。

欲にかられて新入生を物色する姿は、アメリカのブラック・フライデーと重なって見えた。

 

この時期の第一高校は、校則も法律も有耶無耶になった無法地帯となる。たとえ問題上等、騒動バッチコイな義飾でも忌憚するイベントだ。

 

そして、さらに義飾の神経を逆撫ですることが一つ・・・

 

「「「オォーーーー!!」」」

 

「・・・・・・っ」

 

遠くから聞こえる大きな感嘆の声とサイオンの揺らぎを感じ取って、義飾は口の中で舌を鳴らした。

いくら魔法科高校でも、実習中でもない限り魔法発動の兆候を感じるなんて滅多にない。CADの携行を禁止されているからだ。しかし、この部活勧誘の一週間はデモンストレーションのためにこの禁が解かれる。つまり学校中のそこらで魔法が飛び交うことになるのだ。

魔法嫌いの義飾にとってこの状況はかなりキツイ。さらに言えば携行を許されたCADにはなんの縛りも課せられない。一応、審査はあるみたいだが「部活に必要なんです」と言えば通る簡素なものだ。

その事がさらに義飾の心を不愉快に舐め上げる。今にも暴れだしそうな体を抑えるのが大変だった。

 

(なんだコイツら。おもちゃ買ってもらってはしゃいでるガキか?同じ人間に見えねぇ。・・・・イカれてる。コイツら自分が何を振り回してるのか自覚してるのか?自分がどういう力を持っているのか、ちゃんと理解してるのか?)

 

体を抑えることは出来ても、頭の中はそうはいかなかった。一つ文句が出てくると坂を転がるみたいに思考が止まらない。

義飾の心境を現すように、表情も黒い感情によって歪んできた。

 

 

 

「眉間」

 

「あぁ?」

 

隣から差し込まれた言葉に義飾は思考を中断してそちらを向く。そこには不機嫌そうに唇を尖らせてそっぽを向くエリカがいた。

 

「何考えてるかわかんないけどさーーー、女の子と二人でいるのにその顔はどうなの?嘘でもいいから、もう少し楽しそうな顔したら?」

 

エリカの文句に義飾は確かにそうだと心中で反省した。そして、眉間の皺を伸ばすために右手の中指で揉み解す。鏡がないのでわからないが、これで少しはマシな表情になっているだろう。

 

「・・・スマン。どうもまだ魔法ってモンに慣れなくてな」

 

「魔法に慣れてないって・・・仮にもここに入学してるんだから、そんなことあり得ないでしょ」

 

「ま、普通はそう思うよなぁ・・・」

 

「?」

 

煮え切らない態度の義飾にエリカの頭の上に疑問符が浮かび上がる。が、義飾はそれに構うこと無く改めて周りに視線を巡らす。

そこには変わらず、騒がしくも賑やかに新入生を部活に入れようと奮起する先輩方の姿がある。その賑やかな雰囲気自体は珍しいものではないのだが、それに比例してサイオンが活性化してる様子は始めて経験するものだ。

 

魔法に慣れてない。エリカに言ったこの言葉は誇張でも嘘でもなんでもなく、本当に事実だ。

高校に上がって魔法に触れる機会は一気に増えたが、それ以前は魔法を見る事も使う事も全くなかった。

 

三回。

 

これが義飾が高校に入学する以前に、実際に魔法に触れた回数だ。これ以上は本当に見るどころか使ったことすら無い。

試験勉強は筆記のみに注力し、実技はこの三回の経験を頼りにぶっつけ本番で試験に挑んだ。不安しか無い試験内容だったが、二科生としてでも入学することが出来たのは奇跡に近い。

自意識の乏しい幼少期にも魔法と関わった記憶は無い。というより、両親は魔法に近づかないように生活していた。それは、義飾を魔法から遠ざけるためでもあるだろうし、自分達が魔法に関わりたくないという意図もあったのだろう。結局その思惑は無駄になってしまったが。

 

思考の過程で浮かび上がった思い出を振り払い、気分を変えるために義飾は話を切り替えた。

 

「で、なんか目ぼしい部活は見つかったか?」

 

「う~~ん、特にこれといって・・・面白そうなのはあるけど、今のところ入りたいのは無いかな」

 

義飾から提供された話題にエリカは同じように視線を巡らせ、それに答えた。一々説明することではないかもしれないが、義飾とエリカの二人がこの場にいるのはクラブ勧誘というこのイベントに参加しているからだ。いや、参加せざるおえないといったほうが正しいか。第一高校に在学してる以上、このイベントに参加しないという選択は存在せず、先輩方の血走った目から逃れる術もない。

ちなみに二人で行動してるのに深い意味は無い。ただ余り者同士で組んだだけだ。

美月は美術部、レオは山岳部、達也は風紀委員の巡回。他の面子は既に予定が決まっていたので、午後の授業が終わればそのまま自然な流れで行動を共にすることになった。

 

「とりあえず今日は体験とかしないで出来るだけ見て回るだけのつもりだし、そんなに焦ることは無いかな。それにしても・・・・・・」

 

義飾の質問に答えながら周りの光景を目で追っていたエリカは一度で言葉を止めて、顔を動かしてさらに広い範囲を見ながら改めて口を開いた。

 

 

 

「成り行きでアンタと一緒に回ることになったけど、それで正解だったみたいね」

 

「ん?あぁ、そうみたいだな・・・」

 

エリカの言葉と動きに釣られ、義飾も首を動かす。見る範囲を広くしてもそこに展開されている光景はどこまでも一緒だ。新入生の勧誘に躍起になっている部員と、部員の強引な勧誘に戸惑っている新入生。

新入生の立ち位置を自分に置き換えると、遠慮したい光景が視界いっぱいに広がっていた。

 

 

先輩の強引な勧誘にテンパっている新入生。それをなんとかやり過ごそうとしている内に逆サイドから別の部活の部員が声をかけてくる。しかしそれに真っ先に反応したのは新入生ではなく最初に勧誘していた方の部員だ。周りが騒がしいので声は聞こえないが、何を言ってるかは大体わかる。おそらく“獲物を横取りするな”だ。当事者である新入生を置き去りにして言い争いを始める二つの部員。挟まれた彼は今にも泣きそうだ。

 

 

こんな光景がざっと見回しただけで三箇所もある。そうでなくとも新入生はどこかのクラブに捕まっており、引き摺られて、或いは背中を押されてテントへと連れ込まれている。

その光景を見て、元からイベントに乗り気ではない心が更にゲンナリと落ち込む。

 

しかし、そんな騒動の中でエリカと義飾が問題なく会話できているのは、騒動から少し外されているからだ。

立っている場所がではない、ただ先輩方は義飾と目が合うとすぐに顔を逸し、そそくさと別の獲物に向かうのだ。

 

・・・その反応に思うことが無いわけでは無いのだが、慣れたモノであるし、今はそのおかげでかなり助かっている。

まぁ少し考えれば当然の事だ。集団行動が主となる部活動では、個人の問題が連帯責任で部に影響を及ぼす事はよくある。一人のせいで部活が試合の出場資格を剥奪されれば目も当てられない。

これを踏まえて考えれば、義飾に勧誘の声がかからないのは当たり前だろう。

服装を乱した不良なんか、たとえ人手が足りなくても部活に入って欲しいとは思えない。さらに言えば義飾は先程から不機嫌なオーラを背負っているので不良なんか関係なしに普通に関わり難い。

度々、義飾を無視してエリカに声を掛けようとする強者はいたが、一瞬の逡巡の後、結局別の生徒に声を掛けた。他にもいっぱい獲物はいるのだから、無理してエリカに声を掛ける必要はないと思い至ったのだろう。

それにエリカは二科生だ。戦力として期待するなら一科生の方が望ましく、その数は限られている。あまりエリカにばかり気を取られていれば有能な人材を逃すことになる。

どうせエリカを勧誘しようとしたのも容姿に惹かれただけだろう。元々そこまで強い執着はないはずだ。

 

「それじゃあ、ここにずっといても仕方ないしさっさと行くか。行きたい所はあるか?」

 

「んーー。別にないかな?まぁ適当に歩いてればいいでしょ。そういうあんたは見たい所ないの?」

 

「ない。っつか部活に入るつもりもない。中学の時から帰宅部の永久補欠だ」

 

「帰宅部の補欠ってどういう意味なのよ・・・。とりあえずアンタが部活に入る気がないのはよくわかったわ。運動神経良さそうに見えるけど、実はそんなことないの?」

 

「いや、その逆。運動神経良すぎてな、大抵のスポーツは半日でマスター出来る。でも、そんな奴がいれば周りの人間はヤル気が無くなるだろ?俺が部活に入らないのは周りを気遣った結果だ。まぁ俺も、周りの出来なささ見てたらイライラするしよ」

 

「うわっ、何その性格の悪い気遣い。そして意地の悪い発言。よくそんなんで友達が出来たわね」

 

「失礼なやつだな。人相が悪い、ガラが悪い、素行が悪い、目付きが悪い。そんな風に言われた事はあっても内面を貶されたのは初めてだ」

 

「アンタ・・・そっちの方がよっぽど問題だから」

 

くだらないことを話しながら、義飾とエリカは騒動の中心を、決して周りの雰囲気に混ざること無く歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中の方にも行ってみるか」

 

義飾が無意識に出しているバリケードがそろそろ意味を成さなくなり、勧誘の声が二人にもかかり始めた頃、煩わしくなってきた義飾はエリカに場所を移すことを提案する。

 

二人が今いる場所は校庭だ。そこにはいくつものクラブがテントを立てて新入生に声をかけている。クラブの数が多いということは、それに伴い勧誘の声も増えるということだ。

このままここにいれば他の新入生と同じ目に合うのは想像に難くない。そうなる前に部活が多く存在している校庭から、一つの部活が貸し切っている専用の競技場へ行こうという提案なのだが、エリカも同じことを思っていたらしく、間を置かず是の答えが返っきた。

 

「そうね、ここから一番近いのは・・・ん?あっ!!」

 

首をもたげて遠くへ視線をやったエリカが、何かを見つけたのか声を上げる。義飾もそちらを見てみると、人ゴミに紛れて達也の頭が見えた。

そこまで距離は離れていないので、達也にエリカの声が届いたらしく向こうもこちらの事に気が付いた。

エリカが手を振って手招きする。それに従うように達也はこちらに近寄ってきた。近づくにつれ達也の全身が明らかになり、朝には着けていなかったCADが両腕に見えて、今が職務の最中だということがよく分かる。

 

「よお、達也。仕事は順調か?」

 

「順調・・・とは言い難いかな。まだ仕事らしい事は全くしてない。でも、風紀委員が働くことが起きない方がいいだろ」

 

「それもそうか」

 

挨拶代わりにとりとめのない話題を投げ掛ける。それに対して達也は肩を竦めながら答えた。

色々と騒がしくなっているが、まだ風紀委員が出張る事態は起こってないらしい。そのことに安心して良いのか、不安に思っていのかわからず義飾は曖昧な溜息を吐いた。

 

「ねぇ、風紀委員のパトロールって順路とか決まってるの?」

 

義飾が黙ったタイミングで今度はエリカが問い掛ける。その質問の意図とこれからの展開が予想出来て義飾も達也に視線を送る。

 

「いや、特に決まっていない。どこで何が起きてもおかしくないから、順路を決めていても意味が無いんだろう」

 

「だったらさ、私達は今から中の方に行くんだけど一緒に行こうよ」

 

「それは別に問題ないが・・・いいのか?」

 

エリカの同行の打診を達也は、聞き返して確認する。義飾に視線をよこしているので、この確認は義飾に当てたものだ。三人で行動するならば、義飾からも許可が必要だと考えているのだろう。それ以上の意図は無いはずだ。

 

「俺にお伺いを立てる必要はねぇよ。俺もエリカに付いてってるだけだからな」

 

「そうか。だったらせっかくのお誘いだし、一緒に行こうかな」

 

「それじゃあ決定ね。早速場所移したいんだけど、ここからならどこが一番近い?」

 

「それなら闘技場だろう。今なら丁度、剣道部が演舞をしてるはずだ」

 

「剣道部か・・・普通のスポーツ系の部活よりは面白そうだな」

 

話が纏まった三人は、横に並んで闘技場に向けて足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闘技場にはほどなくして着いた。人の数は外よりもずっと少なく、遅れてやってきても場所取りにはさほど苦労しなかった。

今三人がいるのは闘技場の壁面高さ三メートルに設けられた回廊状の観覧スペースだ。観覧スペースというだけあって、上から見るとデモンストレーションがよく見える。それに、このスペースには部員の姿が無いので、煩わしい勧誘の声もなかった。

 

この期間中には珍しい安息の場所に、義飾は最初の方は静かに剣道部のデモを見ていたのだが、途中からは完璧に飽きてしまって今は手すりに頬杖をついて溜息混じりに見ている。

しかし下の演舞を見ているだけでは暇を潰せないので、ここに来た時から気になっている事を聞くことにした。

 

「剣道部と剣術部、この二つって何が違うんだ?」

 

闘技場の入り口には、ここでデモンストレーションをする部活が書いた看板があった。

達也の言っていた通りに今は剣道部がやっているのだが、その次に剣術部がするらしく、義飾にはこの二つの部の違いがわからなかった。

 

「さぁ?なんとなく剣術部の方が、より実戦に重きを置いているような感じはするが・・・作法の違いか?」

 

義飾の質問に達也が先に応えたが、それは答えを教えるものではなく疑問に同調するものだった。

達也と二人で看板の前で頭を捻っていると、エリカが答えを教えてくれた。

 

「達也くんのその認識は間違ってないわよ。『剣術』は術式を併用した剣技だから、『剣道』と比べればずっと実践的な稽古をすわ」

 

「つまり、魔法師の『剣道』が『剣術』ってことか?」

 

「まぁ、それで間違ってはないけど、当たってもないわね。『剣道』と『剣術』は明確にルールと作法が違うわ。安易に一括りにするのはどうかと思うわよ」

 

「はーん、どっちも竹刀を振り回すことは変わらないと思うけどな」

 

エリカの端的かつわかりやすい説明に達也は感心したように頷いてるが、義飾はおざなりに答える。

その対応にエリカはムッとするが、暇を潰すためだけに聞いてきた事はエリカも理解しているので、そのことに関して何も言はなかった。しかしどこかで仕返ししてやろうとは考えている。

 

予め言うことを決めていたような流暢な説明は、彼女がそのことに深く関わっている事を如実に表していた。

だったら部活を探す必要は無いと思うのだが、エリカにはエリカの事情があるのだろう。口を開くのも億劫になっていた義飾は、それ以上言葉を発することはなく黙ってデモンストレーションを見ていた。

 

 

 

義飾だけでなくエリカも飽きてしまったので、闘技場をあとにしようとした時、今までとは別種の騒がしさが義飾達の足を引き止めた。

三人で顔を見合わせた後、出口に向けていたつま先を再び中の方に向ける。踵を返す事になったが、今度は観覧スペースには登らず騒動が起こっているであろう下に向かう。

そこには、気まずい感じのざわめきが辺りを支配していた。言い争う声は聞こえるが、人垣が中に厚く、中で何が起こっているのかよくわからない。

義飾は自分の長身を活かして中の様子を覗こうとしたが、意外な邪魔が入ってそれは出来なかった。

 

踵を上げようとした体が腰を掴まれて止められる。何事かと思って後ろを見れば、エリカが制服を掴んでいた。

義飾が振り向いたタイミングでエリカが顔を上げたので、二人の目が合う。そして、エリカの端正な顔が悪戯気に歪んで義飾はエリカの意図がわかった。

 

「もっと見えやすい所まで行こう。というわけで、バリケード役はよろしく!」

 

「ちょっ、おま!!」

 

義飾の言葉を待たずにエリカが義飾の背中を押して進軍を開始する。つんのめるほど強く押さないのは、僅かに残った良心からか、それともバリケードとしての役割を十全に果たさせるためか。

先行した二人を達也は呆れた目で見ながら付いて行った。

 

 

 

 

 

「お前あとで覚えてろよ」

 

「ゴメンって。でもおかげでいい場所とれたじゃん」

 

三人はさほど苦労すること無く騒動の中心部に来ることが出来た。

顰蹙を買いながらも人を押しのけたにも関わらず喧嘩に発展しなかったのは、義飾とエリカの容姿に依る所が大きい。しかし、その二つは全く違う働きをしたのは説明するまでもないだろう。

義飾の睨みとエリカの愛想笑い。即席にしては中々のコンビネーションだった、と後ろで見ていた達也は思った。

 

騒ぎを囲むようにして出来た人垣の最前列を陣取った三人は、改めて騒動の中心へと視線を向ける。そこには向かい合った男女の剣士の姿があった。

防具の有無という差異はあるが、装いはほとんど一緒なので同じ部活内で揉め事か?と思ったがそれは当人たち否定された。

 

「剣術部の順番まで、まだ一時間以上あるわよ、桐原君!どうしてそれまで待てないのっ?」

 

「心外だな、壬生。あんな未熟者相手じゃ、新入生に剣道部随一の実力が披露できないだろうから、協力してやろうって言ってんだぜ?」

 

「無理矢理勝負を吹っ掛けておいて!協力が聞いて呆れる。貴方が先輩相手に振るった暴力が風紀委員会にばれたら、貴方一人の問題じゃ済まないわよ」

 

「暴力だって?おいおい壬生、人聞きの悪いこと言うなよ。防具の上から、竹刀で、面を打っただけだぜ、俺は。仮にも剣道部のレギュラーが、その程度のことで泡を噴くなよ。しかも、先に手を出したのはそっちじゃないか」

 

「桐原君が挑発したからじゃない!」

 

剣を持っているのに随分口が達者な二人だ。しかし状況の過程を当人の口から説明してくれたのは助かった。

同じ部活の部員だと思った二人はどうやら別の部活に所属してるらしい。そして、騒動の原因も聞いた限りではかなりくだらないモノだった。

 

「面白い事になってきたわね」

 

「俺は頭が痛くなってきたよ」

 

義飾の後ろから顔を覗かせたエリカが楽しそうに呟く。義飾は言葉通りの反応をせず、ただ無感情に事態を眺めるだけだ。

 

「さっきの茶番より、ずっと面白そうな対戦だわ、こりゃ」

 

「あの二人を知っているのか?」

 

「直接の面識はないけどね」

 

義飾の反応に構わずエリカがさらに言葉を続ける。それに答えたのは目の前の事態に目眩がしてる義飾はではなく、後ろからエリカの横に並んだ達也だった。

 

「女子の方は試合を見たことあるのを、今、思い出した。壬生(みぶ) 紗耶香(さやか)。一昨年の中等部剣道大会女子部の全国二位よ。答辞は美少女剣士とか剣道小町とか随分騒がれてた」

 

「・・・二位だろ?」

 

「チャンピオンは、その・・・ルックスが、ね」

 

「なるほど」

 

「世知辛えな」

 

マスコミの後ろ暗い事情が発覚して、改めてエリカは説明を続ける。

 

「男の方は桐原(きりはら) 武明(たけあき)。こっちは一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンよ。正真正銘の一位」

 

「全国大会には出ていないのか?」

 

「剣術の全国大会は高校からよ。競技人口が圧倒的に足りないからね」

 

魔法競技にとっての当たり前の事情がエリカの口から出て達也は納得を表すように頷いた。

そして義飾も、エリカの説明を聞いて一つの結論が浮かんだ。

 

「全国大会の準優勝者と、地区大会の優勝者。・・・イマイチ、パッとしねぇな。どっちも半端っつーか、微妙っつーか」

 

「いやいや、あたしの言い方が悪かったけど、あの二人は国内でも結構な実力者のはずよ。対戦カードとしては十分面白いわ。それに、今から始まるのは模擬戦ってわけじゃないだろうしね」

 

興奮を隠し切れないエリカに対して義飾はどこまでも無感情だ。

どこまでも冷めた目で、今にも緊張の糸が切れそうな状況を見ている。

風紀委員である達也が、その雰囲気を感じ取ってポケットから腕章を取り出して腕に着けた。

 

 

 

そして―――――

 

「心配するなよ、壬生。剣道部のデモだ、魔法は使わないでおいてやるよ」

 

「剣技だけであたしに敵うと思っているの?な方に頼り切りの剣術部の桐原君が、ただ剣技のみに磨きをかける剣道部の、このあたしに!」

 

「大きく出たな、壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術部の剣技をな!!」

 

とうとう事態は動いた。

先手をとったのは桐原。防具を着けていない壬生の頭部目掛けて、竹刀を振り下ろす。

壬生は難なく対処することが出来たが、予想以上に初手から激しく、見物人から悲鳴が起こった。

悲鳴に混じって、竹刀が打ち合わさる乾いた音が続々と鳴らされる。

一部の例外を除いて二人の攻防を見取れた者はいないだろう。二人の試合は過去の功績に相応しい、レベルの高いものだった。

 

「女子の剣道ってレベルが高かったんだな。あれが二位なら、一位はどれだけ凄いんだ?」

 

二人の剣さばきに達也が感嘆の吐息を漏らす。とりわけ壬生の技に対する感想が大部分を占めていた。

 

「違う・・・・・・。あたしの見た壬生紗耶香とは、まるで、別人。たった二年でこんなに腕を上げるなんて・・・」

 

達也の感嘆が混じった疑問に、エリカは呆然とした響きの呟きで答えた。信じられない、といった風に目を見開いているが、隠した口元は舌舐めずりをしそうなほど釣り上がっている。それに伴いエリカから好戦的な気配が立ち昇った。

 

(これは、レベルが高いのか・・・?)

 

しかし、目の前の試合を高く評価している二人に反して、義飾は表情を崩さず心中のみで首を傾げる。

剣を持ったことなど無いので二人の技量の良し悪しはわからないのだが、そうでなくとも目の前の試合に洗練されたモノは感じない。

体の大きな子供が、チャンバラごっこを講じているように見える。

 

義飾の落胆や失望などつゆ知らず、二人の決闘は段々と激しさを増していく。

鍔迫り合いで一旦硬直し、同時に相手を突き放して両者とも距離をとる。

息をつく者と、息を呑む者。見物人の反応が二つに分かれる中、義飾はただ一人あくびをかみ殺した。

 

試合が落ち着いた隙を見計らったように、達也とエリカはどちらが勝つかの考察をした。

それによればどうやら、壬生の方が優勢らしい。総合的な戦闘力なら剣術部に所属している桐原の方が上だろうが、純粋な竹刀捌きの技術なら壬生に軍配が上がる。

二人の考察を聞きながら義飾は決着が近付いている事を感じ取った。

 

「おおぉぉぉぉ!!」

 

桐原が雄叫びを上げながら突進する。壬生はそれに応えるように待ち構えた。

 

両者の打ち下ろしはほとんど同じタイミング。しかし、竹刀が相手の体に到達したのは壬生の方が先だった

桐原の竹刀は壬生の左上腕部に浅く当たっていのに対して、壬生の竹刀は剣先が桐原の右肩に食い込んでいる。

素人目から見てもどちらが勝ったかは明白だ。

桐原は左手で壬生の竹刀を振り払い、大きく跳び退る。

 

「真剣なら致命傷よ。あたしの方は骨に届いてない。素直に負けを認めなさい」

 

壬生の勝利の宣言に、桐原は顔を大きく歪めた。剣士としての意識がそれを認めても、個人的な感情がそれを許さない。桐原の表情には心の動きがはっきりと表れていた。

 

 

 

 

 

「は、ははは・・・」

 

突然、桐原が乾いた笑い声を上げた。

負けたショックでおかしくなった・・・訳ではない。ざらついた声とは裏腹に、桐原の目は暗い光を放っていた。

にわかに怪しくなった雲行きに、達也が小さく腰を落とした。

 

「真剣なら?俺の身体は切れてないぜ?壬生、お前、真剣勝負が望みか?だったら・・・お望み通り、真剣で相手してやるよ!!」

 

言い終わるやいなや、桐原は左手首に右手を持っていく。道着を軽く捲くれば、そこに着けられたCADが姿を現した。

CADを見せびらかしたいだけだったら、どれだけ良かっただろう。負けたとしても俺にはこれがある、なんていう負け惜しみを言うだけだったならまだ可愛いものだ。

しかし、当然そんなことは起こらず、CADを取り出す理由など一つしかなかった。

 

ガラスを引っ掻いたような怪音が辺りに響き渡る。その音は、耳の中を舐めあげるような不愉快な音色に加えて、肌を直接震わせるような音量だった。

その音に対抗するように、見物人から悲鳴が上がった。

ある者は耳を塞ぎ、あるものは膝をついてうずくまる。

混沌とする観衆の中心で桐原と壬生は再び向かい合う。事態の終着は、まだまだ来そうになかった。




次の話はアンチです。
対象は桐原と剣術部と学校です。
話の都合上、達也くんの見せ場がモリモリ減っていきます。

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