魔法科高校の転生者、あるいは一般人、しかし不良、もしくは問題児、または異端者、のちにチート   作:tomato

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あけましておめでとうございます。
年末年始は忙しいですね。
遅れてすいません。

今回の話は、義飾のポンコツぶりと、軽い服部アンチです。
劣等生どころじゃない義飾の魔法技能を楽しんでください。
服部アンチはホントに軽くです。本格的なアンチはまだまだ先なので、それに繋げるためのジャブですね。
本格的なアンチは精神的に痛めつけるので、今回は肉体にいこうかなと。



第十二話

生徒会室を出た義飾は、教室には戻らずその足で次の授業を行う実習室へ向かった。今の時代、たとえ実習でなくても筆記具は必要ない。紙がデスメディアになって、鉛筆などの筆記具の需要も大幅に減った。今ではもう、趣味なり、仕事なりで絵を描く人しか使ってない。その中でも、強いこだわりを持ってなければ殆どが電子機を使う。各自の席に端末が埋め込まれている学校では使う機会はないし、見る機会もあまり無い。

そういう事情があるので、義飾が生徒会室から直接、実習室に向かうのはおかしいことではないし、当たり前のことなのだが、

 

(クソがっ!!クソ、クソクソクソクソ、クソォ!!!)

 

今、義飾が教室に戻らないのは、そんな事情は関係ない。

生徒会室を出た義飾は、今すぐ物に当たり散らしたくなるほど荒れていた。憤りが心の奥から溢れ、意味のない悪態となって心の中を埋め尽くす。

その感情は内だけでなく外にもはっきりと表れており、歩く足は荒々しく、表情は気弱な者が見れば卒倒しそうなほど歪んでいた。とてもではないが、一度教室に戻れる状態ではなかった

 

(何が実績だ。何が相応しいだ。あれはな、輝かしい過去の栄光なんかじゃねぇんだよ!!)

 

義飾がこんなに荒れているのは勿論、生徒会室で最後に話した話題が原因なのだが、それだけではここまで荒れない。義飾がここまで荒れているのは、摩利のこの事件の触れ方、感想こそが義飾の気を逆撫でしていた。

女子中学生集団魔法暴行事件。この事件はたった二年前に起こったので未だ世間の記憶に新しいが、最も強く鮮明に頭に刻まれているのは当然当事者達だ。加害者の少年たちはその時はいい思いをしただろうが、その後の義飾と世間の反応と報復で、これ以上ない恐怖を味わっただろう。

被害者の少女は言うまでもない。二年経った今でも、いや何年経とうがあの事件は、彼女の心に楔となって残り続ける。

そして、加害者と被害者を除いた中で唯一の関係者である義飾にとっても、強い後悔が残る事件であった。

世間は、女子生徒を助けた義飾に賞賛の声を惜しまなかったが、義飾のとってあの事件は、結果と過程、両方を思い起こしても後悔と自省の念が沸き出てくる。

女子生徒を助けたくなかった訳ではない。もう一度同じ場面に出くわしたら、義飾は力を振るう事を迷わないし、それに被害者の女子生徒は義飾とは旧知の仲だ。小学校五年生の時に転校して、周りに馴染めなかった義飾を周りと取り持ってくれたのが彼女だ。義飾の中学時代が灰色の思い出にならなかったのは彼女による所が大きい。

だから、彼女を助けたことそのものには後悔がない。義飾が憤っているのは、“彼女を助けたという結果だ”。

助けた。つまり、被害に遭ってからそれを収めたということになるのだが、義飾の後悔は、被害に遭う前、事件を防ぐことが出来なかったというものだ。

完璧主義、いや、理想主義と言うべきか。現状に満足せず、自分の力を把握できていない妄言のように思うかもしれないが、それは違う。本来なら、義飾が形振り構っていなければ事件を未然に防ぐことは十分に可能だった。

力の秘匿なんて考えず、道徳観なんて放り投げていれば事件は起きなかったし、彼女はトラウマを抱えることはなかった。

しかし、秘匿はともかく道徳観に関しては母の言い付けなので、たとえ過去をやり直せたとしても、あの事件の結末は大きく変わることは無いだろう。

それでも、あの時の陵辱された彼女の姿を思い出したら、そんなのは言い訳にしかならない。

 

 

 

(七草・・・十師族か・・・。権力は放棄しているが、その影響力は警察なんかよりも大きい。ここに入るときに覚悟してたが、一般人のガキの情報なんて軽く手に入るんだろうな・・・)

 

一通り心の中で悪態を着いた義飾は次の問題に頭を切り替える。あの場では時間がなかったためにすぐに話しを切り上げたので悟られなかったが、義飾にとって過去はかなりデリケートな問題だ。

二年前の事件もそうだが、それ以前の過去も触れていい部分はない。

もしも真由美が、中学以前の情報を掴んでいたら・・・

 

(行き着くのは簡単だった、か・・・。だったら、探られる前に殺しとくか?)

 

頭が物騒な方向に傾く。実行のデメリットや、殺人に対する忌諱感なんてのは頭から抜け落ちている。

予鈴が鳴っても義飾の頭が冷めることはなく、実習室に着くまで物騒な思考は頭を巡っていた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「達也、生徒会室の居心地はどうだった?」

 

実習中にCADの順番待ちをしていた達也に後ろから声を掛けられる。普通なら授業中に喋っていればすぐに教師から注意が飛んでくるものだが、この授業に、というか二科生の実習授業には教師はいない。大きな壁面モニターに授業の進行と課題が映っているだけだ。なので常識が許す限り、他の生徒の迷惑にならない程度であれば喋っても大丈夫だ。

 

「奇妙な話になった・・・」

 

「奇妙って?」

 

背中を突かれながらされたレオに問い掛けに答えた達也に、今度は前にいるエリカが振り返って首を傾げる。

 

「風紀委員になれ、だと。いきなり何なんだろうな、あれは」

 

エリカと同じように達也も頭を傾ける。改めて思い直しても、何なんだろうとしか言えない気分だった。

 

「確かにそりゃ、いきなりだな。・・・・・・それって義飾も言われたのか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

視線を遠くへやりながらレオが再度問い掛ける。達也も同じ方を見ながらそれに答えた。

二人の視線の先には強張った表情の義飾がいる。遠目から見ても機嫌が悪いことがはっきりとわかる表情だ。

授業開始ギリギリにやってきた達也はすぐにレオ達と合流したが、先に来ていたはずの義飾は実習室の端で一人佇んでいた。見るからに機嫌の悪い義飾に周りが敬遠した結果なのだが、義飾も自分の状態はよくわかってるのか、自分から周りに関わろうとすることはなかった。

授業が始まっても義飾の機嫌が直ることはなく、結局達也たちとも合流せず、違う授業用のCADの列に並ぶことになった。

 

「ふ~ん、だからあんなにピリピリしてるのね」

 

「いや、正確にはそれが理由じゃないと思うんだけど・・・。まぁ、それも一応は理由の一つなのかな?」

 

エリカの言葉に昼休みの事を思い出しながら答えるが、あの時の義飾の反応を考えればあまり広めてほしくは無いだろうと思い、少し言葉が濁ってしまう。

しかし、レオとエリカも追求はしてこなかった。達也の言葉の外にある事情を察したのか、それともただ単に興味がなかったのか、どちらにしても達也にとってはありがたかった。

 

「でもすごいじゃないですか、生徒会からスカウトされるなんて」

 

「すごいかなぁ?妹のおまけだし、義飾にいたってはあんなんになるし、素直に喜べることじゃないよ」

 

課題をクリアし、それでももう一度挑戦するために列の最後尾に向かっていた美月が感じ入った目を達也に向けてくる。しかし達也はその賞賛を素直に受け取る事ができなかった。

達也たちの話を聞いていた左右の列がざわつくのを感じながらも、達也から懐疑の意識は抜けない。

 

 

その様子に苦笑したエリカが口を開こうとしたその時、周囲のざわめきが一段と大きくなった。達也たちの話が聞かれた時のものより毛色がかなり違う。

驚愕、感嘆、そして僅かだが負の感情が感じられる。それも嫉妬とかではなく侮蔑や嘲笑といった攻めの感情だ。

何事かとざわめきの発生源を探した達也たちだったが、あまり探すことなくその場所を見つける事ができた。すぐに見つける事ができたのは、そこがさっきまで視線を送って場所だったのと、強く自己主張していたからだ。

ざわめきの発生源、実習中の生徒が自分達の手を止めて視線を送る先には、課題に取り組んでいる一人の生徒の余剰想子光が光子干渉を起こし、物理的に強い光を放っている光景があった。その後姿は達也たちにとっては見慣れたものであるし、見間違えるものでもない。義飾だ。

 

義飾は、据置型の実習用CADに両手を載せて、顔を苦々しく歪めて随分とやり辛そうに魔法を行使している。思い通りにいかないというのが表情だけでなく、体からも表れており、CADに載せられた手を強く押し付けている。両手に力が込められてるので、左手の大きな傷跡がさらに目立ってしまっている。発光現象は、その感情の発露のようにも見えた。

必要以上にサイオンを送られたCADが起動式を義飾に返す。そしてその起動式を元に魔法式を発動。そこでもまた必要以上にサイオンが使われ、光はさらに強くなった。

熟練した魔法師ほど、サイオンを余らすなんてことはしない。必要分のサイオンしか使わないというのは、魔法師の技巧を判断する上で一つの指標になっているのだが、それで判断するならば義飾の技巧は未熟、いやそれを通り越して稚拙なものだ。周りの嘲笑の声は当然のものなのだが、感嘆の声が主に聞こえるのは、その漏れているサイオンの量が常軌を逸していたからだ。

大体、平均的な魔法師が保有しているサイオンを僅かに下回るぐらいの量が余剰として漏れている。サイオン保有量が魔法技能の優劣を左右するものでは無いとわかっていても、圧倒されるのは仕方のない事だった。

 

稚拙かつ派手な工程を経て発動された魔法は、やはり散々なものであった。

今日の実習の課題は、三十センチほどの台車をCADに登録されている加速系魔法でレールの端から端まで連続で三往復させるというものだ。この課題は入門中の入門で、生徒の技量を見るためではなく実習で使うCADに慣れてもらうために用意されたものだ。時間制限がなく、たとえクリアしてもまだ練習したいと思えば何度でも挑戦してもいい。さっき美月が列の最後尾に向かっていたのは、美月が課題に失敗したのではなく、ただ勤勉だったからだ。

 

魔法科高校に入学しているなら梃子摺るようなものではない。というより梃子摺っていれば入学は出来ていない。しかし、義飾はこの課題をクリア出来なかった。

 

魔法を掛けられた台車は、つまづくような挙動をしながら前進を開始、まるでエンストを繰り返す一昔前の車みたいだ。しゃっくりしているような動作で走っていた台車だが、レールの中央地点を通過して安定した走りを見せた。

本来であればここで減速魔法をかけてレールの端で停止するように調整しなければならないのだが、ようやく安定した加速を見せた台車に減速魔法を掛けるのは億劫してしまうし、加速しても牛歩のような速さで走る台車に必要とは思えなかった。

それでも課題なのだから台車に減速魔法が掛けられるだろうと見守っていた周りの予想に反して、台車の勢いは衰える事なくレールの端に激突した。

実習室に痛い沈黙が流れる。台車は別に精密機械というわけではないので、多少乱暴に扱っても壊れることなんて無いのだが、一応学校の備品である以上、他の生徒達は課題に関係なく魔法の行使には気を使った。

台車の安否を気遣う気配を背中に感じながら義飾は再度魔法を発動し、台車は最初と同じ挙動をしながら再び走りだした。なんとなくその様子が、激突の怪我を押して走っているような感じがして周りの憐憫を誘う。

そして同じ過程を五度繰り返し、台車は最初の位置に戻って来た。

 

『課題のクリアに失敗しました。列の後ろに並び直して再度挑戦してください』

 

CADの前に備え付けられたモニターに無機質な言葉で課題の合否が映しだされる。それは義飾にしか見えていないが、さっきの義飾の魔法を見ていた者は、そんなものを見なくても結果はわかりきっていた。

CADの前からどき、列の最後尾に向かう義飾を周りはやっぱりという目で見る。その目には嘲笑の色は殆ど無く、代わりに同情的、或いは心配する色が強く出ていた。

散々な結果を受けて、義飾に気落ちした様子はない。背中を丸めることなく、いっそ清々しいほどに堂々としている。その様子は、当たり前のことを当たり前の事として受け止めている、そんな風に見えた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「・・・ふーーーっ」

 

五度目の挑戦でようやく義飾は課題をクリア出来た。堪らず大きな安堵の溜息が口から漏れ出た。授業の終了まであと僅かで、CADの前にはもうほとんど人がいない。特に義飾の使っているCADは、途中から周りが気を使ってくれて、義飾が独占しているような状況だった。

義飾の溜息に隠れて、後ろの遠いところからも息を吐く音が聞こえてきたのは義飾の勘違いではないだろう。

少しの間、CADの前で終了の余韻に浸っていた義飾だったが、後ろから声を掛けられてゆっくりと振り返る。

 

「義飾、お疲れ様」

 

声を掛けてきたのは達也だ。その後ろには、いつものメンバーといっても過言ではないエリカとレオと美月もいる。義飾が課題を終わるのを待っていたらしい。

 

「ん?あぁ・・・・・・ハァ・・・カッコ悪い所見られたな」

 

達也の労いの言葉に義飾は自虐的に笑って応えた。いくら魔法に価値を見出しておらず、卒業後は魔法と縁を切るつもりであっても、周りが当然に出来ていることに梃子摺っている所を見られれば羞恥の感情が沸いてくる。課題に集中して冷めた頭が別の意味で熱くなっていく。

義飾の言葉に達也は小さく首を振った。当たり前かもしれないが、その所作からは嘲笑や同情の意図は一切見えない。

 

「そんなことはないさ。確かに最初は散々な結果だったが、挑戦していくたびに結果は良くなっていってた。あそこまで上達が目に見えるのは十分驚嘆に値する」

 

「・・・そう言って貰えて助かるよ。ありがとう」

 

達也が慰めに聞こえる言葉を言うが、なんとなくそういう響きはないように感じる。本当に思ったことをそのまま口にしているみたいだ。

達也の言う通り、義飾は最初こそ課題のクリアに失敗したが、回数を重ねるごとに結果は良くなっていった。

二回目の挑戦できちんと減速魔法はかかり、三回目の挑戦は台車の加速は随分スムーズになっていた。

課題をクリアした五度目には台車の動きは大分キレがあり、余剰想子光以外は他の生徒とほとんど遜色は無くなっていた。

始めが酷すぎたから余計にそう見えたかもしれないが、短時間でここまで上達するのは確かにすごい。

本来、魔法の発動は感覚的な部分が多いので、劇的に上達することは殆ど無い。それを踏まえて考えれば義飾のこの実習中での上達は、驚嘆出来るものだっただろう。

 

「あ、あの、課題をクリアしたのはいいんですが、大丈夫ですか?どこか体の調子が悪い所はないですか?」

 

「調子が悪いって、いたって超元気だけど・・・なんで?」

 

達也の後ろから美月が伏し目がちに義飾の体を気遣うが、当の義飾はその理由がわからずに首を傾げる。

その様子にエリカはこれみよがしに溜息を吐き、呆れながら口を開いた。

 

「なんでってあんた・・・あんなにサイオンを垂れ流してたら普通はぶっ倒れてるどころじゃ済まないわよ」

 

「そうだよな。段々、漏れるサイオンの量は減ってたけど、それでも最後まで結構な量のサイオンは漏れてたし・・・よくガス欠にならなかったな」

 

エリカの言葉にレオも追随するように言葉を重ねる。二人共うまく隠してはいるが、義飾を心配する色が僅かにはみ出している。

短時間で上達した義飾だったが、結局最後まで余剰想子による発光現象を抑えることは出来なかった。一応、量自体は半分ほどに減っていたのだが、最初が常軌を逸した量だったので、半分に減ったところでは大きく上達したようには見えなかった。

 

「あーーそういうことか。まぁ、魔法科高校(ここ)で唯一誇れる部分だから心配はいらねぇよ。あと一時間授業が伸びても問題ない」

 

義飾の言葉に達也たちは言葉を失う。さっきの実習中に少なくても魔法師三人分のサイオンを捻出していたのに、息切れを起こすどころかまだ余裕があるなんてはっきり言って異常だ。義飾のサイオン保有量の底が全く見えない。

 

「あんた・・・偏りすぎ」

 

思わず出たエリカの言葉に達也たちは心の中で首を縦に振って同意する。

 

「わかってる、ちゃんと自覚済みだ。もっと言えば、これでもいつもより・・・いや、前の時より調子は良いほうだ。どうしてもこの機械に慣れなくてな」

 

「えーー・・・・・・」

 

エリカの言葉に義飾は小さく笑いながら補足を入れる。その補足を聞いていろんな感情が混在した声がエリカの口から漏れる。もう、どんな反応をすればいいのかわからない。

 

「前のって入学試験の時か?これより悪かったってよく合格出来たな・・・」

 

言葉に窮したエリカの代わりにレオが問い掛ける。嫌味な言い方になってしまってるが、その思いは当人が一番強いのか、義飾は気にした様子なくレオの問いに答えた。

 

「試験の時はちょっとした裏技を使ったんだよ。それに実技で足りない分は筆記で補った。いくら実力重視でも、最下位争いはそこまで実技の点に差が出るわけじゃないだろうから、筆記の点数が加担することを祈ってな」

 

裏技。それが気にならなかったわけではないが、一々こういう言い方をするということは隠しておきたいのかと思い、次に言葉を発した達也はそのことには触れなかった。

 

「CADに違和感を覚えるということは感覚が鋭いのと、いつも使ってるCADがきちんと調整されてるからだろうな。腕の良い魔工師に頼んでいるのか?」

 

「へっ?あーーうん、そうだ。そうだな。そういうことだ」

 

達也の問い掛けに義飾は煮え切らない・・・というより、おざなりな態度で応えた。言いたくない、のではなく説明するのを面倒くさがったような態度だ。

当然、訝しむ感情が各々の心に沸いてきたのだが、再び問い掛けるより先に授業終了のチャイムが鳴って、その機会を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャイムを聞いて実習室から出て行く生徒。その流れに逆らわず義飾達も実習室から退出する。エリカとレオと美月の三人が並んで歩き、義飾と達也がその後ろに着いて行く。

義飾の機嫌が直り、二人で並んで歩いているので丁度いいと思い、気分は乗らないが達也は頼まれていたことを完遂しようと口を開いた。

 

「義飾、放課後なんだが・・・」

 

「ん?もしかしてあれか?俺を引っ張ってこいって言われたか?」

 

昼休みの義飾の様子を思い出して言葉を濁してしまった達也に、義飾はすぐに応える。

言い切ってないのに察することが出来たのは、ある程度予想していたからだ。

顔を向けながら応えた義飾に達也は一つ頷いて肯定した。その表情はなんとなく疲れてるような気がした。

 

「手間掛けさせて悪いな。心配しなくても元々、行くつもりだったよ。ここまできたら徹底的に話し合ってやる」

 

義飾から了承の返事を聞いて達也は安堵の息を吐こうとするが、何故か喉でつっかかって出てこない。少し考えてその理由に思い至り、何とか喉が開いて溜まった息が出てきた。その息に安堵の色はなく、ただ疲れている感情が乗っていた。

 

(義飾が来ることに安心出来ないのは当然だな。・・・放課後はもう一波乱あるか)

 

口から疲れた息を出せば、頭にも諦念とした感想が沸いてくる。

達也の予感は見事に的中するのだが、起きた波乱は一つではないし、義飾だけが原因でもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリカ達から激励の言葉で見送られ達也と義飾、そして深雪の三人は再び生徒会室に向かった。

達也は重い足を引きずりながら、義飾はピリピリとした小さい怒気を発して、深雪は弾みそうになる足を何とか抑えて。

三者三様の空気を出しているので、三人の間に流れている空気は混沌としたものとなっていた。

生徒会室の前に着き、今度は誰がインターホンを押すのかと見ていた義飾だったが、達也がIDカードを認証パネルに翳してドアを開けた。

ドアが開いたということは、達也のIDが認証システムに登録済みということだ。達也の風紀委員入りはほとんど決定してしまっている。義飾は思わず、達也に同情的な視線を送ってしまった。

 

ドアが開いてまず達也が中に入り、その次は深雪、最後に義飾が入った。部屋に入ってまず最初に目がつくのは、達也と義飾に明確な敵意を送っている男子生徒だろう。

昼休みの時は空いていた席に座っているその男子生徒は、部屋に達也が入ってきたら達也に敵意を送り、深雪が入ってきたらその敵意を一旦引っ込め、義飾が入ってきたら達也の時より強い敵意を送ってきた。

その敵意を受けて、義飾の頭は逆に冷静になった。男子生徒の器用かつ忙しい態度に白けてしまったのだ。

義飾に強い敵意を送っていた男子生徒だが、それをもう一度引っ込め、席を立って三人に近づく。いや、正確に言えば深雪に、だ。その後ろに控えている達也と義飾は視界に入れようともしない。

 

「副会長の服部 形部です。司波 深雪さん、生徒会へようこそ」

 

深雪にだけ言葉を掛け、服部は席に戻る。結局、達也と義飾は無視されたままだ。こんな幼稚な精神の持ち主が生徒会副会長の任に就いてることに、義飾は不安を抱いた。

 

「よっ、来たな」

 

「いらっしゃい、深雪さん。達也くんと化生くんもご苦労様」

 

服部の態度に触れることなく、奥から気安い挨拶が二つ飛んできた。そのことに義飾の眉が僅かに動くが、何も言わなかった。

真由美があずさに命令して、あずさが深雪を壁際の端末まで誘導する。三人で一緒に来たといっても、来ることになった用事は違う。深雪とはここで別れる事になるだろう。

 

「じゃあ、あたしらも移動しようか」

 

摩利も席を立って二人を誘導しようとする。しかし

 

「待てよ。どこに行くか知らんが話はここで終わらせろ。俺はさっさと帰りたいんだ」

 

義飾が口を開いて摩利の足を止める。別にこの後用事があるわけでもないのだが、相手にペースを握られれば、なし崩し的に委員会入りを決められてしまいそうなので、態度は常に否定の形をとっておいた方がいい。達也の二の舞を踏むわけにはいかなかった。

 

「昼休みに出来なかった風紀委員の詳しい説明をしたいんだが・・・、今なら委員会本部にも招待するぞ」

 

「いや、そんな“もれなく”みたいな言い方しても全く惹かれねぇから。それに詳しい説明もいらない。話なんて、俺が断ってお前が了承する。それだけだろうが」

 

「詳しい話を聞かない内に、結論を出すのは早計かと思うぞ?」

 

「いくら聞いても結論が変わらないなら、ただの時間の無駄だ」

 

両者一歩も引かずに、相手を自分のペースに引きずり込もうとする。話しはこのまま平行線が続くかと思われたが、席に座った服部が再び立ち上がったことで、二人の意識はそちらに向く。

 

「渡辺先輩、待ってください」

 

神経質そうな、あるいは敵意を隠しきれてない声色で摩利を呼び止める服部。彼のことを全く知らない義飾でも、その後に続く言葉は容易に想像できた。

そしてそれに対して摩利は、今時聞き慣れない名称で応じた。

 

「何だ、服部形部少丞範蔵副会長」

 

「フルネームで呼ばないでください!」

 

「んぐぅっ・・・」

 

摩利の口から出た名称、というよりそれがフルネームだった事実に義飾は思わず吹き出しそうになった。すんでの所で口に力を入れるが、口の端から空気が漏れて間抜けな声を上げてしまう。

その声を聞き咎めた服部が強い視線を義飾に投げかける。義飾は慌てて目を逸らした。

 

(やべぇ・・・不意打ち過ぎる。“はっとり はんぞう”だけでも面白いのに間に色々入ってたな。官職か?我慢せずに笑いたいけど、今までの苦労が想像出来るだけに笑えねぇ。自分よりも変な名前の奴なんて初めて見た)

 

義飾が目を逸らしたのは、反省の気持ちと罪悪感からだ。義飾自身も小学校の時は名前のことで苦労したのに、義飾以上にネタ要素満載の彼は、それ以上の苦労をしてきただろう。

幼稚な精神性はその過去が原因なのかもしれない。・・・義飾の勝手な想像だが。

目を逸らしたのが功を奏したのか、服部は何も言ってこなかった。無視の姿勢を崩したくなかったのと、その後、摩利に軽くからかわれたこらだ。

服部と摩利、そして途中で話に加わってきた真由美のやり取りを義飾は複雑な心境で見ていた。

いくら嫌いな相手でも、名前を理由にいじられてる所を見るのはやはり心苦しい。

 

 

 

「渡辺先輩、お話したいのは風紀委員の補充の件です」

 

一通り名前をからかわれた服部が佇まいを直して改めて話を切り出す。羞恥で赤くなっていた顔も元通りだ。

 

「何だ?」

 

「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

 

冷静に、というよりは感情を押し殺した声色で服部が意見を述べる。それを聞いて摩利がウンザリしたように眉を顰めた。

 

「おかしなことを言う。司波達也くんを生徒会選任枠で指名したのは七草会長だ。例え口頭であっても、指名の効力に変わりはない。そして化生義飾くんはまだ指名すらされていない。これから、私と七草会長で教職員枠で指名してくれるように、学校に願い出る所だ。どちらにしても最終的な決定権は本人が持つことになる。君が口を挟むのはお門違いだ」

 

摩利は、服部と達也と義飾を順々に見ながら言う。服部は摩利に視線を固定したままだ。二人については無視を貫くつもりらしい。

にわかに悪くなってきた二人の空気に、あずさはハラハラと、鈴音は表情を変えることなく、真由美も常のアルカイックスマイルを浮かべている。

深雪は一見、変わった様子はないが、心の中は荒れ狂ってることだろう。神妙な顔つきは、その内情を押し隠した結果だ。そんな深雪に、達也はあずさと別の意味でハラハラしていた。

そして義飾は、かなり複雑な心境になっていた。義飾の目的に沿うならば服部に助力するのはいいのだが、そんな気は勿論、さらさら起きない。しかし、だからといって摩利の側に立つのもおかしい。目的に逆らうことになるし、心情的にも服部よりマシというだけで、別に摩利を好ましく思ってる訳ではないからだ。

義飾が頭を捻って悩んでいる間にも二人の話はどんどんと進んでいく。

 

「過去、ウィードを風紀委員に任命した例はありません」

 

服部の、蔑称を含んだ反論に摩利の眉が軽く吊り上がる。そして義飾も同じように反応し、口角を僅かに上げた。考えは纏まったようだ。

 

「それは禁止用語だぞ、服部副会長。風紀委員会のよる摘発対象だ。委員長である私の前で堂々と使用するとは、いい度胸だな」

 

「取り繕っても仕方がないでしょう。それとも、全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?ブルームとウィードの間の区別は、学校制度に組み込まれた、学校が認めるものです。そしてブルームとウィードには、区別を根拠付けるだけの実力差が―――」

「ハッ!随分と考え、っつーか頭が足りてない奴が副会長になってるんだな。やっぱり、この自治重視の体制は考え直したほうがいいじゃねぇのか?」

 

「何だと?」

 

熱の帯びてきた服部の言葉を義飾が途中で遮る。

蔑む意思を全く隠そうとしないその言葉に服部は今まで無視していたことを忘れ、直ぐ様義飾に視線を向ける。

しかし、服部を顔を向けた時には既に義飾は別の方向、真由美の方を見ていた。

 

「おい、今の生徒会役員はお前が選んだんだよな?一応聞いときたいんだが、お前が会長に就いてすぐにこいつを副会長に選んだのか?」

 

「・・・ええ、そうよ。でも、そんな言いか―――」

「全く、どういう基準で選んだんだ?選任規定に一科生のみっていう縛りがあっても、なんていうか・・・もっとこう、マシな奴はいただろ。生徒会の仕事なんて殆どが事務仕事だろうから、実技の結果のみで選ぶのはおかしいと思うんだが。素行とかは考慮に入れなかったのか?それとも入れてこれか?

 精神が幼稚な順に並べて上から選んだのか?だったら納得だな」

 

「貴様っ!!口を慎めっ!!!」

 

自分だけでなく、敬愛している真由美にまで火の粉が飛んで服部の頭が一瞬で沸き上がる。

真由美の顔を向けている義飾の胸倉を掴んで引き寄せ、強引に顔を合わせる。

怒りで歪んだ服部の顔を間近で見て、義飾の口角はさらに吊り上がった。

 

 

 

「・・・こういう所がガキだって言ってんだよ。

 それで、この腕は何だ?これは、売ってきた(・・・・・)、もしくは買った(・・・)って解釈していいんだよな?」

 

一触即発の空気に周りが戦々恐々としている中、当人である義飾は全く慌てた様子がない。

穏やかな口調、もはや見慣れてしまった嗜虐的な笑顔携え、ゆっくりと胸倉を掴んでいる服部の右腕に手をかぶせる。

 

そして、思い切り握りしめた。

 

「ゥガァアアアアッッ!!!」

 

突然絶叫を上げた服部に、周りの人間が何事かと目を見開く。義飾と服部の体が壁となり、二人の間で何が起こっているのかわからない。

服部の手が義飾の胸倉から離れ、服部が体を大きく動かしたことでようやく事態を把握出来た。

 

「随分と高圧的だから、そこそこ出来るんだと思ってたがこの程度で何も出来なくなるのか?腕力があるわけでもなし、武術を修めてるわけでもない。こんなヒョロい腕で胸倉を掴んで、その後どうするつもりだったんだ?考えがなかったのか、それともご自慢の魔法を使うつもりだったのか、どっちなんだ?」

 

「カァ・・・クッ・・・」

 

痛みに呻く服部を無視して義飾は矢継ぎ早に質問を重ねていく。それに対して服部は答えない。いや、応えることができない。聞こえているのかも怪しい。

義飾に掴まれている服部の腕は、前腕を絞められているせいで手首が曲がり、手も力が入らないのか中途半端に開いている。血流が止まっているのか肌の色も段々と青白くなっていた。

 

義飾の手にさらに力が加えられ服部がさらに呻きながら体を捩るが、当然やられてばかりではいられない。義飾に掴まれているのとは逆の手で、義飾の腕を外そうと試みるが全くビクともしない。それどころか、力を込められて固くなっている腕を触って、改めて義飾の膂力を実感し、自分の力では外すことは出来ないと確信してしまった。

 

「ホラ、どうした魔法師。魔法使ってこいよ。自信があるんだろ?得意なんだろ?憎い奴の顔が目の前にあるんだ、どうして使ってこない?系統、系統外、無系統、古式、なんだっていい。この状況を逆転出来る、冴えた一撃ってヤツを見せてくれよ」

 

「アァッ・・・グゥ、ッァ!」

 

義飾は掴んだ腕を上に挙げながらさらに服部を煽る。しかし、どれだけ煽られても服部は意味のない喘ぎを口から漏らすだけだ。

それも仕方のない事だろう。魔法の使用は精神状態に大きく左右される。たとえ小さなズレでも、発動の際に大きなズレが生じることはよくある。

ましてや、激痛に苛まれながら魔法を発動するなんて特殊な訓練を積んだ軍人でも難しい。ただの高校生である服部に出来る道理はなかった。

 

服部の必死の抵抗も虚しく服部の腕は限界まで上に挙げられ、肩から腰にかけてのラインは伸び切ってしまっている。

服部と義飾の身長差は凡そ十センチ弱。前腕を掴んでいる事もあって義飾の腕にはまだ余裕がある。

服部の肩がもう上がらないことに構わず義飾はさらに腕を挙げる。もう自力ではこれ以上腕を上げることが出来ない服部は義飾の力に任せるがままだ。

体が伸びきり、踵が浮き、右足は一瞬地面を離れ、踊るようにバタついた。

持ち上げられ、差があった義飾と服部の顔の高さがほぼ同じになり、両者の目が合う。

義飾の余裕然とした笑顔とは対照的に、服部の顔は苦痛と羞恥、そして怒りに染まっている。

ここまでされて未だ反抗の意思が消えていないのは見上げた自尊心だが、その目の奥に隠し切れない恐怖と懇願があるのを義飾は見逃さなかった。

 

だからといって義飾に手を緩めるつもりは一切ないが。

 

「いったい、どれだけ力があるんだ?って顔してるな。正確な数字は俺にもよくわからないんだよ。一応、中学最後のスポーツテストで計った時は握力百キロだったんだが、それも本気でやったわけじゃない。まぁ、フライパンぐらいだったら楽にちぎれる(・・・・)な。

 なぁ、魔法師。喧嘩をするときはな、相手と状況をよく見た方がいい。魔法に自信があっても、それを使うには有効な距離ってのがある。ここまで近かったら殴ったほうがずっと早い。誰かれ構わず喧嘩売ってると、恥をかくことになるぞ?今みたいにな」

 

義飾の腕も限界近くまで上がり、服部の足は両方ともつま先立ちになっている。そして、とうとう服部の足が地面から離れようとした所で、ようやく制止の声が入った。

 

「そこまでだっ!!」

 

さすがは風紀委員長といったところか。義飾に物怖じすることなく、空気を裂くような、威厳のこもった鋭い声が摩利の口から飛び出す。その声に、関係のないあずさの肩が大きく震えた。

別に摩利の言うことをきく義理はないのだが、これ以上はやり過ぎだと義飾も思っていたので、素直に手を離す。

軽く持ち上げられた状態から突然手を離された服部は、強かに尻餅をついた。

 

「ガッ!グゥ・・・」

 

服部の口から、おそらくこの場で最後になるであろう呻きが漏れる。そしてその体勢のまま義飾を強く睨みつける。潰されんばかりに握られた腕を擦りもせずそういう目を向けることが出来るのは、僅かに残った矜持が成せるものなのか。

何にしても報復を完了して概ね満足した義飾にとってはもうどうでもいい。意識は既に別の方へと向いていた。

 

「・・・一応言っとくが、俺は反省もしないし、悪いとも思ってない。今のは正当防衛の枠に収めたつもりだ」

 

服部から視線を外し、制止を掛けた摩利の方を向く義飾。その顔は、言葉通り悪びれた様子がない。

義飾の言葉を受けて摩利は、立ち上がろうとしている服部に一度だけ視線を送り、真っ向から義飾と相対した。

 

「あぁ、わかっているさ。先に仕掛けたのは・・・というより、服部副会長の態度には些か問題があった。君が怒るのは当然のことだ。今回の事を荒立てるつもりはない。しかし・・・・・・少しやり過ぎたとは思わないのか?」

 

「気に入らない人間を無視して、気に喰わないことがあればすぐにケチをつける。少し煽られただけで暴力に訴えようとする幼稚な奴なんだ。生徒会役員はCADの常時携行が認められてるから、感情に任せて魔法を使ってくる可能性は捨てきれない。

 それについ先日、あんなことがあったばかりなんだ。少しぐらい過敏になってても仕方ないだろ」

 

「・・・・・・」

 

“確かに”と、摩利は思わず頷いてしまいそうになった。さすがにそれを表に出してしまうと、こちらの分が悪くなってしまうので顎に力を込めて固定する。

そして、もう一度服部に視線を送る。摩利と目が合った服部は、バツが悪そうに顔を背けた。それが反省によるものなのか、羞恥、あるいはただ顔を見られたくなかったからなのか判断出来ず、摩利は視線を外して小さく息を吐く。その様子は、自分の思い通りにいかずに消沈しているようだった。

しかし、再び視線を義飾に戻したときにはその目には覚悟の色が乗っており、開いた口から出た言葉に、この場にいる全員が驚いた。

 

 

 

 

 

「・・・なぁ、化生。私と模擬戦をしないか?」

 

「「「「「なっ!!!」」」」」

 

「ハァ?」

 

全員が驚きの声を上げる中、一人だけ義飾が胡乱な声を上げる。しかし、そこに乗せられた感情はほとんど一緒だ。

 

「ちょ、ちょっと摩利!あなた何を言ってるの!?突然模擬戦だなんて、どうして、そんな・・・」

 

「わかっている。自分でも突飛な提案だということは、十分よくわかっている。だが、こうするのが一番後腐れがないと思ってな」

 

慌てて口を挟んできた真由美を、摩利は落ち着いた口調で宥めた。

宥められた真由美は一旦口を閉じるが、それは思考が纏まってないから掛ける言葉が見つからなかったからのようにも見える。

真由美が何も言ってこない事を確認した摩利は、返答を促すように義飾に視線を送った。

 

「確か・・・お前は俺の実技試験の結果を知ってるんだよな?自分がどれだけ恥知らずなことを言っているのかわかってるのか?」

 

「あぁ。しかし、それだけでなくお前の過去、実績も知っている。それを考慮に入れれば、そこまで酷い試合にならないと思っているのだが」

 

「そもそも、なんで俺にそこまで執着する。いや、俺だけじゃなく達也にもだ。風紀委員の選定基準に一科生の縛りがないからって、わざわざ今まで守ってきた伝統を崩す必要はないだろうが」

 

「それだ」

 

「ハァ?」

 

「お前たちを指名するのは、それが理由だ」

 

再び胡乱な声を上げた義飾に摩利は、真面目な表情を作って口を開いた。

 

「化生の言う通り、風紀委員の選定基準には絶対的な決まりはない。が、その任務の内容から、今まで一科生しか選ばれたことがない。校則違反者の鎮圧と摘発という任務を考えれば、それは仕方のないことかもしれないが、私はこれをあまり好ましく思ってない。

 今まで風紀委員には一科生しか登用されていないせいで、二科生を一科生が取り締まる事はあっても、その逆はあり得なかった。

 悲しいことにこの第一高校には、一科生と二科生の間に大きな感情的な溝がある。この風紀委員の伝統は、その溝を深めるのに一役買っていると私は考える。

 私の指揮する委員会が、差別意識を助長させるわけにはいかない」

 

「はぇ~~すごいですね、摩利。そこまで考えていたんですか?私はてっきり二人の事が気に入ったからだと・・・」

 

「会長、お静かに」

 

摩利の高説に真由美が間抜けな感想をこぼして場の空気が弛緩しそうになるが、鈴音がたしなめたことで崩れることはなかった。

一瞬、義飾の視線が真由美の方を向くが、再び摩利が話し出したことですぐに元に戻った。

 

「悪しき伝統を崩したいからといって、本来の風紀委員の任務を忘れたわけではない。

 風紀委員に実力の乏しい者を登用するわけにはいかない。しかしだ、魔法科高校だからといって魔法の実技結果をそのまま本人の実力とするのは少し性急な判断だ。

 化生の実力・・・・・・は、今見てもらった通りだ。化生は魔法がなくても十分に戦えると判断出来る。魔法に胡座をかいて威張ってるだけの奴なら容易く取り押さえる事が出来るだろう。それでも化生の実力に疑いを持つならば、私自ら模擬戦で確かめよう、というのがさっきの突飛な提案の真実だ」

 

義飾から目線を一切逸らさず、摩利は話を終わらせた。

摩利の話が終わっても、誰も口を開く様子がない。みんな一様に、義飾が喋り出すのを待っていた。

周りの視線を全て受けた義飾は、疲れたように息を吐いた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「・・・・・・それ、勝って俺に何の得があるんだ?」

 

「模擬戦は、喧嘩を抑制するために取り付けられた課外活動の一つだ。それを対象に賭け事をすることはおろか、金品を賭けることも禁止されている。しかし、口頭だけの約束ならば問題ない。私が負けた場合は、素直に君を風紀委員に推薦することは諦めよう」

 

「俺が負ければ、俺には実力がなかったことが証明されると思うんだが」

 

「私と対等に戦えるのは、この第一高校では七草会長と十文字会頭だけだ。勝敗そのもので君の実力を判断したりしないさ。試合の内容で、君の実力を判断する」

 

「俺がわざとしょっぱい試合をすることは考えないのか?」

 

「その可能性は確かに捨てきれないが・・・君はそういうのは好きそうにないからな」

 

 

 

“お前に俺の何がわかるんだよ”という感想が、義飾の口の裏をつついて出てきそうになったが、口を開くのも億劫になっていた義飾は、顔を逸らして会話を打ち切った。

何も言わなくなった義飾に、後もうひと押しかと思った摩利はさらに言葉を重ねた。

 

「当然、普通にするつもりはない。お前が有利になるようにハンデを設けるつもりだ。私は使う魔法を大幅に制限して―――」

「いらねぇよ」

 

話を遮られて摩利は目を開いて口を閉じる。しかしその口は、思惑通りに釣れたと僅かに弧を描いていた。

 

「ハンデなんていらない。対等な条件でやったほうが実力もわかりやすいだろ。ここまでお膳立てされたんだ。存分に遊んでやるよ」

 

釣られていることはよくわかっていた義飾だったが、既に断れない空気ができていたし、今までの飲み込めない思いを発散するのには丁度いいかと思って模擬戦を承諾した。

 

「本当に良いのか?さっきも言ったが、私と対等に戦えるのはこの学校では二人だけだ。模擬戦を申し込んだ側がこんなことを言うのは間違ってるかもしれないが、上級生として、そして風紀委員長として、対等だとあまりフェアではないと思うんだが」

 

義飾が承諾したのはいいが、今度は摩利が普通に戦うのを渋った。

模擬戦を承諾した事自体は目的通りだったが、ハンデを断られたのは目的外だった。

確かに挑発的な態度をとったせいでハンデを断られるのは予想できていたのだが、義飾の実技成績を知っている身としてはやはり普通に戦うのは躊躇してしまう。

その思いは摩利だけでなく他の面々も同じで、心配そうな眼差しを義飾に送っていた。特に、今日の実習で義飾の成績を実際に見ていた達也は、その色が他よりも強かった。

 

「だったら今日から二人じゃなくて三人になるな。いや、対等じゃないなら二人のままか」

 

しかし、義飾に引くつもりは一切ない。傲慢を通り越して無礼な言葉が口から出てくる。その言葉に、周りの視線に心配とは別の色が混ざった。

義飾の言葉を受けた摩利は、真由美に目配せする。それを受けた真由美は一つ頷いて、少し厳かな声色で宣言した。

 

 

 

「私は生徒会長の権限により、風紀委員長・渡辺 摩利と一年E組・化生・義飾の模擬戦を正式な試合とし、二人の試合が校則で認められた課外活動であると認めます」

 

おそらく、創立以来初めて、そしてこれからも行われることがない、最初で最後になるであろう、風紀委員長と二科生の模擬戦が決定した

 




義飾 「そんな餌に釣られクマーー」

多少強引でも原作キャラと戦わせたい。
摩利の強さが全然わからん。ってかホントに強いのか。どのくらい強いのか。横浜争乱編で戦闘描写があるみたいですけど、そこまで読んでないです。
読みながら書いてるので、まだ一巻も読み終えてないです。
web版の古い記憶と、wikiを頼りに書いてます。
一応、書籍は揃えたんですけどね・・・

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