魔法科高校の転生者、あるいは一般人、しかし不良、もしくは問題児、または異端者、のちにチート   作:tomato

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文字数一万七千超えちゃいました。
また分割しようと思ったけど、昼飯食うだけで二話も使ってられないのでそのまま投稿しました。
今回は軽い捏造設定とキャラ崩壊があります。
崩壊するのは達也です。でも作者の中ではけっこうこんなイメージです。


第十一話

そして早くも昼休み。

鬱屈とした気持ちで午前の授業を過ごした達也は、その気持を更に落ち込ませながら二階分の階段を登り切る。

彼の左隣には弾むような足取りの深雪がいて、右隣には感情を一切表してない義飾がいる。

逃げるつもりは元から無いのだが、逃げ道を塞がれているような、そんな気がする。まるで両側を警察で挟まれた犯罪者の気持ちだ。勿論、達也の思い違いなのだが。

沈んだ気持ちのせいで足取りが重くなっている達也だが、ふと、義飾はどうなんだろうと思い、義飾の顔を盗み見る。

横目で見た義飾の顔はやはりなんの感情も浮かんでいない。普段通りの顔だと言えるだろう。

しかしその様子が、達也の不安をどうしようもなく掻き立てる。嵐の前の静けさ、とでも言えばいいのだろうか。

昨日の騒動で、義飾は感情が高ぶれば饒舌になる事はわかっているのだが、今の状態はさしづめその前触れだ。

これは思い違いであってほしいと願う達也だが、なんとなくこの願いは叶わないだろうなと思っていた。

 

 

 

達也の気持ちを無視して三人は目的地に到着した。目の前には一つの扉がある。形状こそは他の教室と変わらないが、中央上部に“生徒会室”と刻まれたプレートがあって、それがえも言われぬ威圧感を醸し出していた。

備え付けられたインターホンを深雪が押せば、すぐに歓迎の辞が返ってくる。

ほどなくしてドアの鍵が解除されて、達也が前に出て、まるで執事のような所作で扉を開けた。その達也の行動を深雪は当たり前のものとして受け入れている。

 

兄妹の一連の行動を後ろで見ていた義飾は胡乱な声が上がりそうになるのを必死で抑える。いまさらだが、この兄妹はあまりにも兄妹らしくない。赤の他人同士が無理やり仲良くしてるような、そんな違和感を覚える。

深雪が達也に丁寧な言葉を遣ってるのもそうだが、達也も妹に対して変な気遣いがある。

お互いがお互いに対して踏み込もうとしているが、遠慮してしまって踏み込めない、そんな感じだ。

義飾は、自分が姉のように思っている従姉妹との関係を思い出して、司波兄妹をそう評価した。少なくても、義飾と従姉妹の方がまだ“らしさ”があるだろう。

しかし、その思った事を口にだすことはしない。義飾に事情があるように、達也たちにも事情ないし隠しておきたいことはあるだろう。そのことは、達也たちを初めて見た時にわかっていることだ。

本人の口から語られるまで胸に仕舞っておいたほうが良い。

 

 

 

「いらっしゃい。遠慮しないで入って」

 

ドアが完璧に開かれて生徒会室の内部が顕になる。まず最初に目に飛び込んでくるのは、正面の奥の机で待ち構えるように座って、手招きしている真由美だ。

真由美の手招きの応じるように深雪、達也、そして義飾の順で三人が生徒会室に入る。

最後に入った義飾がドアを閉めて足を進めようとするが、前の二人が立ち止まっていて出鼻を挫かれる。

どうしたんだと疑問を抱くより先に、深雪が丁寧な所作で頭を下げた。

手を揃え、目を伏せ、首は動かさず腰から上体を倒した、お手本のようなお辞儀だ。

深雪の容貌も相まってその所作は堂に入っており、部屋の中で三人を待ち構えていた者は例外なく圧倒された。

 

「えーっと・・・・・・ご丁寧にどうも」

 

いち早く意識が回復した真由美がたじろぎながらもなんとか応える。

そして深雪の雰囲気に呑まれてしまった空気を誤魔化そうと早口で話を続ける。

 

「どうぞ掛けて。お話は、お食事しながらにしましょう」

 

真由美が指し示したのはよくある会議用の長机だ。

三人は入ってきた順に足を進め、席の位置もその順番を崩さなかった。上座が深雪で、一番下座が義飾だ。

その時、達也が深雪の椅子を引いて座りやすくしたのを、義飾は辟易とした目で見ていた。

 

「お肉とお魚と精進、どれがいいですか?」

 

三人が着席したのを確認して真由美がメニューを聞いてくる。

まさかメニューを選べるとは思っていなかった義飾は、少し身を乗り出してそれに答えた。

 

「それじゃあ、肉と魚で」

 

義飾の答えに真由美が虚を突かれたような顔をする。真由美だけでなく他の生徒役員、というより達也以外の女性陣はみんな義飾に顔を向けていた。

 

「二つも食べるんですか?一応言っときますけど、一つでも量は十分にありますよ?」

 

「育ち盛りなんだよ。いくら食っても太るどころか、満腹にもならねぇ。だから心配はいらん。一人一つだけっていう縛りがあるなら肉でいい」

 

義飾の弁を聞いて女性陣は固まったように呆然とした。

その様子を見て義飾は、やっぱり何時の時代も女性は自分の体重と戦っているんだな、と奇妙な安心感を覚えた。医療技術の発達で肥満はほとんど駆逐されているが、それでも体型の維持には気を使わなければならない。

それと、義飾はたとえ生徒会室(アウェイ)であっても、態度を変えるつもりはないらしい。

 

「そ、そうなのね・・・。別にそんな決まりはないから、二つ食べて貰ってもいいわ。それじゃあ、達也くんたちはどうする?」

 

「自分は精進でお願いします」

 

「私も同じものを」

 

「精進て・・・、お前ら坊主か。ストイックなのはいいが、食わなきゃ育たんぞ」

 

達也の選択に義飾が苦言を呈すが、結局メニューは変わらず、生徒役員の一人のの小柄な女子生徒が自配機を操作した。

あとは待つだけだ。風情も何もあったもんじゃないが、便利なのはいいことだ。

 

とりあえず一段落着いて、生徒役員達も席に座る。ホスト席に真由美が座るのは当たり前だが、義飾の前に自配機を操作した小柄な女子生徒が座るのは、どうにかならなかったのだろうか。

小柄な体躯からなんとなく気弱そうな印象を持っていたのだが、その予想は寸分違わなかったようで、義飾の前でその小さな体をさらに縮こまらせている。

何もしていないはずなのに罪悪感が沸いてきて義飾は頭を抱えるが、その頭を抱えた左手に大きな傷跡があるのを思い出してすぐに手を下ろした。これ以上、彼女の小心を突くマネは避けたかった。

 

その様子を横目で確認していた真由美は、そのことに触れず、自己紹介を開始した。

自己紹介といっても、入学式に生徒役員の面々は紹介されている。名前と役職、あとは真由美しか使ってないであろうあだ名を教えられた程度だ。入学式に寝ていた義飾にはそんな情報でもありがたかったが。

生徒会長の七草 真由美、生徒会会計の市原 鈴音、生徒会書記の中条 あずさ、そして風紀委員長の渡辺 摩利。

四人の自己紹介が終わった所で、ダイニングサーバーのパネルが開き、準備が完了したこと知らせた。

まず最初にあずさが役員達の料理を配り、深雪と義飾が達也と自分達の分をとって席に着く。

 

 

副会長を除いた生徒会役員、風紀委員長、新入生総代、その兄、そしてその兄のクラスメート、全員の前に料理が行き渡ったことで、奇妙な会食は始まった。

今更だが、達也はともかく義飾は完璧に場違いだ。接点があるのは達也だけで深雪とは仲がいいとはいえない。

生徒役員とは敵対してるまでは言わないが、少なくとも義飾は良い感情を持ってない。

普通なら少しは肩身が狭くなるものだが、義飾の様子は普段通りだ。気負うことなく食前の挨拶を済ませ、食事を開始した。

 

肉メニューの主菜であるハンバーグを口に運んで、義飾は小さく顔を歪めた。自動調理で作られたこのハンバーグは当然レトルト食品なのだが、それが義飾のお気に召さなかったようだ。

この世界は加工食品一つとっても、前の世界とは比べ物にならないほどの技術の進歩を感じることができるが、さすがに日常的に料理をする者を満足させるような加工食品の開発には至っていない。

確かに最近の加工食品でも美味しいものはあるが、結局は大衆に向けて味付けされたものだ。家で作る料理には遠く及ばない。

義飾が心の中で料理に辛辣な評価を下している頃、丁度周りも目の前の料理について話している。生徒会役員とただの一般生徒では共通の話題はほとんどないので、話がそこに集中するのは当たり前だった。

会食に参加している七人の中で唯一弁当を持参している摩利を達也が無自覚にからかった後、達也がこちらに話を振ってきた。

 

「義飾も、普段から料理をしているんじゃないのか?」

 

「ん?あぁ、よくわかったな。外見からじゃ判断出来ないと思うんだが」

 

「日常的に料理してることなんて手を見ればある程度わかる。それに、この昼食を一口食べて不満そうな顔をしていたからな」

 

「不満そうって・・・まぁそうだが」

 

達也の質問に義飾は食べる手を止めて答えた。その答えを聞いて、義飾以外の面々は意外そうな顔を向ける。

そして弁当持参の、おそらくこの中で一番料理の腕に自信のある摩利が、意外そうな顔のまま義飾に質問した。

 

「加工食品に満足しないということは腕には自信があるのか?どれくらい作れるんだ?」

 

「あぁ?・・・・・・どれくらいって・・・」

 

摩利の問い掛けが少し上から目線になったのは致し方無いだろう。義飾の容姿から料理上手なイメージを掴み取るのは不可能だ。

そして、それに対して義飾が言い淀んだのは摩利の態度に腹を立てたからではない。普通に話しかけられたのがウザかったからだ。

 

「小学校に入る前から母親と一緒に台所に立ってたな。今は一人で暮らしてるから一人で作ってるけど」

 

周りの面々の顔に浮かぶ意外の色がさらに強くなる。

自動調理器が一家に一台あるのが当たり前の今の御時世では、台所に立つ人間はかなり少数派だ。趣味で料理を作る者はいても、必要にかられて台所に立つ人間ほとんどいない。

当然、義飾のように幼少期から自分の手で料理を作ってる者は皆無だ。

達也たちが顔色を変えて驚きを露わにするのは当たり前の事だった。まぁそれだけが理由じゃなく、義飾が意外と孝行者だというのも驚いた理由の一つだ。

 

「それは・・・随分珍しいですね。ご家庭の教育方針ですか?」

 

「教育方針って、そんな大層なモンじゃない。俺の家はHARがほとんど無いんだよ。洗濯機と風呂の湯沸し器ぐらいじゃねぇかな?自動化された機械なんて」

 

次に質問をしたのは会計の鈴音だ。幼少期から料理を作る理由を幾つか頭に思い浮かべて義飾に問いかけたのだが、返ってきた答えはどれにも当てはまらず、目を丸くして驚いた。他の面々も珍獣を見るような目を義飾に向けている。

 

ホーム・オートメーション・ロボット。略して『HAR』

個人の住宅をオートメーション―――つまり自動化するための機械の総称なのだが、この世界はこれの発達具合が、特に前の世界と大きく違う。

前の世界、いや、この世界でも一世紀前までは、目立ったHARは平べったい円盤状のお掃除ロボットぐらいであったが、現代は掃除だけに留まらず、調理、配膳、片付け、洗濯、さらに空調の調節やセキュリティシステムなど、家事の枠を超えて色々な部分が自動化がされている。

今の先進国でHARに頼った生活をしていないなんて、一部のエコロジストぐらいだ。その数は、台所に立つ人間の数をさらに下回る。もう少数派どころじゃなく希少種だ。

正確には義飾は、HARに全く頼ってないわけではなく、ほとんど頼ってないだけなのだが、それでも現代の価値観からすれば十分珍しい。

 

「HARがほとんど無いって・・・何か理由があるのか?」

 

「理由ってほど大したことじゃないが、親父は母さんの家庭的なところに惚れたからって昔聞いたことがある。言っちまえば惚気だな。胃袋掴んで結婚できたから、逃げないように掴み続けるってことらしい。俺が子供だった時の流動食も、手作りだったからホントに徹底してたな」

 

「昔から手料理を食べていたなら加工食品に満足出来ないのは無理ないか。一人暮らししていると言ってたが、今でも自分で料理を作ってるのか?」

 

「あぁ、三食共自分で作るようにしてる。弁当はここに入学してからまだ作ってないが、中学の時は友達の分まで作ってたな」

 

達也と義飾の会話を女性陣は驚愕半分、戦慄半分で聞いている。義飾の料理スキルが予想以上に高そうだったからだ。あまり話が広がれば、女としてのプライドが跡形もなく砕け散るかもしれない。

HARの普及で家事は女性の仕事、という考えはさらに前時代的なモノになったが、それでもやっぱり譲れないことはある。

これ以上話を進めないために深雪がいそいで話題を切り替える。

 

「お兄様、私達も明日からお弁当に致しましょうか?」

 

深雪の言葉は何気ないモノだったが、達也の注意を向けるならそれでも十分だ。達也はすぐに視線を深雪に移す。

 

「深雪の弁当はとても魅力的だが、食べる場所がね・・・」

 

「あっ、そうですね・・・まずそれを探さなければ・・・」

 

話題が無事に移り変わって女性陣は安堵の息を吐く。これ以上義飾の話を聞いていたら、自分の培ってきた女子力にヒビが入る。

話をさらに遠ざけようと鈴音が、爆弾を達也と深雪の間に放り投げる。

 

「兄妹というより、まるで恋人同士に会話ですね」

 

「そうですか?血の繋がりが無ければ恋人にしたい、と考えた事はありますが」

 

鈴音が放り投げた爆弾は話を遠ざける事に成功したが、不発に終わった。いや、この場合は誤爆だろうか。達也が綺麗に打ち返して、投げた側で爆発した。その余波を受けてあずさが顔を真っ赤にしている。

 

「お前・・・兄としてその言葉はどうなんだ・・・?恋人なんて結局は他人なんだから、兄妹よりもずっと関係は浅いだろ」

 

「勿論、冗談に決まってるさ。俺にとって深雪は妹以外あり得ないし、深雪以外の妹もあり得ない」

 

義飾の切り返しに達也はあわてた様子がなく答える。しかし、その奥で深雪が嬉しそうで悲しそうな、或いは残念そうな微妙な顔をしているのを義飾は見た。

どうやらこの兄妹でも、気持ちのズレはあるらしい。

 

「あ、あの、化生くんもご兄弟がいらっしゃるんですか?」

 

「ん?」

 

中々、顔の熱が引かないあずさが、吃りながら義飾に話を振る。会食が始まった時は義飾の容姿と態度に苦手意識を持っていたが、ある程度義飾の為人を聞いた後ならそれも緩和されている。

話を振られた義飾はその相手があずさだとわかると、出来るだけ優しい声色になるように気を使いながら答えた。

 

「姉・・・みたいなのが二人と、妹みたいなのが一人いるな」

 

「みたいなの・・・?」

 

「従姉妹なんだ。一時期、伯父の家に厄介になってたから、その子供とも仲が良くてな。世間一般的なイトコよりも仲がいい自信がある」

 

「な、なるほど」

 

あずさと会話していた義飾は唐突に達也に顔を向けニヤリと笑みを作る。その笑みは嗜虐的な要素はなく、どちらかと言うと挑戦的な笑みだ。

向けられた達也は怪訝そうな顔を浮かべるが、その反応に構わず義飾は再び口を開いた。

 

「達也の前でこんなことを言えば、すぐに否定されそうだが・・・・・・俺の妹は世界で一番かわいい」

 

いかにも自信ありげにそう言い切って、義飾はポケットから携帯電話を取り出す。そして軽く操作した後、それを達也に・・・ではなく、まず前に座っているあずさに渡した。

携帯電話を受け取ったあずさは、話の流れで義飾が何を見せるつもりなのか予想できたが、何故自分に渡されたのかわからず訝しげな表情を顔に浮かべるが、携帯の画面を見てその表情を一変させた。

 

「わぁーーー!!すごいかわいいですね」

 

「こ、これは・・・」

 

あずさだけでなく、その手元を覗き込んだ摩利も画面を見て感嘆の声を上げる。

その反応を見て達也は奇妙な不安に襲われた。

達也は度の過ぎたシスコンだという自覚しているが、妹の深雪は身内贔屓を抜きにしても可愛いと思っている。

随所に黄金比が散りばめられた完璧な容貌に、均整の取れたプロポーション。髪は黒く澄んでいて、それに反するように肌は白く透き通っている。

達也は未だ一五年しか生きていないが、妹以上の美少女に出会ったことがないし、これからも出会うことは無いと思っている。メデイアに出ているアイドルや女優と比べても見劣りすることはない、いや比肩する、いや、確実に勝っているだろう。それほどの美少女なのだ、妹の深雪は。

 

だから、その妹を目の前にして他の女の子に夢中になっているという場面は見たことがなかった、今までは。

義飾が渡した携帯は、今はあずさの手を離れ、横で見ていた摩利に渡されている。摩利は正面から、改めてじっくりと画面を見た後、それが当たり前のように横の鈴音に渡した。鈴音は声こそは上げなかったものの、やはり同じように食い入るように画面を見ている。

なんというか、達也にとっては見慣れない、信じられない光景であった。当然だが、彼女たちの前には深雪が座っている。

本人にその意志がなくても、似通ったモノ、ジャンルが同じものが並べば、比べてしまうのが人の性だ。

今の状況はその結果、深雪が選ばれなかったという事になるのではないか?

 

別に達也は他人の嗜好にケチをつけるつもりはない。誰が何を好んで、何を嫌うかなんてのはこちらに迷惑が来なければどうぞお好きに、と思っている。それに美しさ、可愛さ、というのは魔法技能と違って明確な選定基準がない。個人が、各々の感情に従って決めるモノだ。確かに世間一般的に、ここはこうであったほうがいい、という共通認識はあるが、それが全てではない。深雪は全て当てはまっているが。そもそも、人の魅力は外見だけではない。人の真の魅力は内面にこそ表れる。付き合うだけならそりゃ外見を重視するかもしれないが、結婚まで考えるなら、往々に性格の方が重要視される事が多いだろう。美人は三日で飽きる、という言葉にある通り、人は内面、性格こそが最重要だ。まぁ深雪の容姿は飽きることなんてないし、深雪は内面も完璧だ。

 

 

 

達也のシスコンところてん脳みそが、グルグルと訳の分からない方向に回っている間に、義飾の携帯は鈴音の手から真由美に渡っていた。

携帯を受け取って画面を見た真由美は、みんなと同じように表情を変えた後、小さく笑みを作り呟いた。

 

「フフッ、確かにこれは世界一、深雪さんよりも可愛いかもしれないわね」

 

その呟きは大きな声でされたものではなかったが、そこまで広くない生徒会室では十分に響き渡った。

ここにいる全員の耳に届いたし、勿論、達也の耳にも入り込んだ。

真由美の呟きを聞いて達也の眉がピクリと動く。どうやら思考は打ち切ったようだ。

達也の心情に小さな波紋を起こしたことにも気づかず、真由美は携帯を深雪に渡す。

携帯を受け取った深雪は、微笑ましいモノを見たかのように表情を綻ばせた。

 

「お兄様、見てください」

 

そしてその表情のまま、達也にも画面を見せるために体を兄の方に傾けた。

ついに来たかと、達也は聳然とした気持ちで義飾の携帯に臨む。

生徒会長の真由美をして深雪より可愛いと言ったその容貌、存分に拝見してやる。

そう意気込んで画面を覗き込んだ達也だったが、そこに映っているモノを見て思考が止まった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・妹は何歳なんだ?」

 

「今年で三歳だ。でも早生まれだから、学年で言えば俺と十一コ離れてる。つまり今年度で四歳だな。写真は七五三の時のだ」

 

思考を放棄した頭をなんとか回して疑問を漏らせば、間髪入れずに横から答えが返ってきた。聞いてもいない補足を入れるあたり、前もって準備していたような周到さを感じる。

 

画面にはちょうど義飾が言った年頃の少女が、いや、少女と呼ぶにもまだ幼い、幼女が映っていた。

子供らしい丸っこい顔に、義飾との血の繋がりを感じさせる白い肌、茶色の髪、そして、ブラウンの目。目だけは義飾と違って両目共がブラウンだが、従姉妹じゃなく本当の妹といっても信じられるぐらい、義飾と類似する部分が多い。

義飾が言った通り七五三の時に撮った写真なのか、綺麗な着物で着飾っており、顔には薄く化粧が施されている。顔のパーツが整っているので、たとえ化粧を落としたとしてもその可愛らしさを損なうことは無いだろう。

子供にしては表情筋の動きが乏しいように感じるが、それでも将来を期待出来るような、そんな美少女だ。

 

一通り画面の中の少女を見た達也は、深雪から携帯を受け取ってそのまま義飾に渡す。その時義飾と目が合ったが、義飾の顔には笑みが浮かんだままだった。しかし、その笑みは先ほどの挑戦的なモノではなく、悪戯が成功したような、意地の悪そうな笑顔だ。

どうやら自分はからかわれたらしい。義飾の意図がわかった達也は誰にも悟られないように小さく息を吐いた。

色々と言いたい事はあるのだが、ここで何か言ってしまえばなんとなく負けた気持ちになるような気がする。何に負けるのかはわからないが。

 

「さて、化生くんの妹さんも気になるけどそろそろ本題に入りましょうか」

 

義飾に携帯が返ったのを確認して真由美が改めて口を開く。少し唐突な感じが否めない話題の転換だが、達也にとっては気分を変えるのに都合が良い。

真由美の言葉に横の深雪と揃って頷く。義飾は自分には関係が無いという風にそっぽを向いていた。というより一人だけ二人前を頼んだので、携帯をポケットに仕舞った後は再び食事と向き合っていた。

その様子を横目で見ていた真由美は、とりあえず話だけでも耳に入るように、気持ち声を大きくして話し始めた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

真由美の話は義飾達が予想していたものとあまり変わらなかった。

まずは第一高校の生徒の自治重視の体制から話が始まり、そして生徒会の仕組みに話が進んだ。

第一高校は生徒会長に殆どの権限が集められている。生徒会長は選挙によって決められるが、他の役員は生徒会長が決める。各委員会の委員長も、風紀委員長などの例外を除いて殆どが生徒会長が決めていい。

ある意味大統領制といっていいこの体制に、前世の価値観が残っている義飾が不安に思うのは仕方がないだろう。前の世界だったら生徒会長は、内申点を上げるためのお飾りだったことが多いからだ。

高校は最高学年でも精々一八歳、社会的にはまだ子供に分類される。それなのに学校の自治を任すなんてやはり不安は拭えない。たとえ七草という名字が特別なモノであってもだ。

真由美達の話を聞きながら義飾は露骨に顔を顰めた。しかしさすがに声は出さない。自治重視の体制は第一高校に限ったことではなく、一般的な公立高校もその傾向にある。ここで異を唱える方がおかしいだろう。

 

生徒会の仕組みの話が終わったら、今回の本題に話が移った。

新入生総代は生徒会に入るのが毎年の恒例らしく、今年も例にもれず深雪を生徒会に入れたいとの事だった。

義飾は、この勧誘は問題なく終わると思っていた。短い付き合いだが、深雪はブラコンな所を除けば、概ね問題のない真面目な優等生だという事はわかっている。断る理由は無いはずだったのだが・・・

 

 

 

「わたしを生徒会に加えていただけるというお話については、とても光栄に思います。喜んで末席に加わらせていただきたいと存じますが、兄も一緒というわけにはまいりませんでしょうか?」

 

真由美の勧誘に対して深雪は、首を縦に振りつつも懇願、いやこの場合は条件を提示してきたと言った方が正しいか。

予想外の展開に場の空気が少し軋む。義飾は横目で達也の様子を確認したら、この場の誰よりも驚いてるみたいだ。

 

深雪の主張は、生徒会の仕事はデスクワークが主なので、自分よりも筆記試験の点数が高い兄の方が生徒会に相応しいというものだが、

 

「残念ながら、それはできません」

 

当然といえばいいのか、その主張は容易く切り払われた。

切り払ったのは懇願を受けた真由美ではなく、隣に座っている鈴音だ。

 

「生徒会の役員は第一科の生徒から選ばれます。これは不文律ではなく、規則です。

 この規則は生徒会長に与えられた任命権に課せられる唯一の制限事項として、生徒会の制度が現在のものになった時に定められたものです。これを覆すためには全校生徒の三分の二以上の賛成が必要なのですが、一科性と二科性がほぼ同数の現状では、事実上不可能です」

 

「ついでに言えば、達也が生徒会に入る利がねぇな、どっちにも。

 お前、自分が生徒会に誘われてる理由がわからないのか?お前が生徒会に誘われたのは成績が優秀だからじゃない、“新入生総代”だからだ。さっき会長さんは総代を勧誘するのは後継者育成だって言ってたが、それだけが理由なら別に総代じゃなくてもいい。時間掛けて育てるだけでいいなら適当な奴を引っ張ってくればいいからな。それをしないのは新入生総代っていう泊が必要だからだ。

 総代を務めた奴とそれ以外の生徒の間には決定的な違いが二つある。それは実績と知名度だ。実力的に二位の奴と大きな差はなくても、総代に選ばれ、入学式に答辞を読んだ。その実績と事実のおかげで総代の名前は周りに広がる。理由があるならともかく、生徒会に総代じゃなく、総合成績二位の奴が誘われたら少しおかしく感じるだろ?

 生徒会長の任命権に課せられた縛りはさっき会計さんが言ったものだけかもしれないが、それは規則的な意味だ。組織は人が集まって出来ている以上、周りの感情は無視できない。

 たとえ規則がなく、達也が生徒会に入れたとしても歓迎する奴はいない。さっきお前は兄は優秀だって言ったが、それを知ってるのは身内であるお前と、成績を盗み見た会長、そして・・・まぁこの場にいる人間だけだ。もし達也が生徒会に入ったら、周りの人間にとっては無名の一年が、それも劣等生の二科生が生徒会に入ったっていう風に見える。、いや、そう見えるんじゃなくて、実際そうだな。二科生だったら能力で選ばれたのではない。おそらくコネとゴマすりと媚のおかげで入ったんだ。そんな風に不満が溜まるのは当然だ。

 そして、その溜まった不満は誰に向けられると思う?まず最初は役員の任命権を持つ生徒会長に向けられる。権限が集中してるってのは何をやってもいいってことじゃない。あまり独裁が過ぎれば、その人物の優劣に関わらず反発が起きる。まぁ本当に優秀なやつだったら問題はないんだろうがな・・・。次に矛先が向けられるのは達也の身内であり、新入生総代で同じ時期に生徒会に入ったお前だ。総代だからって我儘言ってんじゃねぇよってことだ。そして最終的には当人に、コネとゴマすりと媚で入ったと思われてる達也に集中する。

 お前は自分の兄を学校中の嫌われ者にしたいのか?」

 

 

 

鈴音の言葉に続けるようにして昼食を食べ終えた義飾が補足を入れる。生徒会役員とは違う視点の意見に、この場にいる人間は三種の反応を見せた。

深雪は唯でさえ鈴音の諭しに気落ちしているところに、義飾の歯に衣を着せぬ言い方をされて気分がさらに落ち込んでいるのが表情からよくわかる。

生徒会役員たちはかなり意外そうな、唖然とした表情を義飾に向けている。おそらく内容にも驚いてるのだろうが、それが義飾の口から出てきたことが一番意外に思っているみたいだ。

そして達也は、これは語るまでも無いだろう。深雪を咎める発言をされて達也が平静でいられるはずがない。体の内から濃密な怒気が滲み出し、まるで刃物のように鋭い視線を義飾に向ける。

その視線を受けて義飾は挑戦的な笑みで応える。両者の間に一触即発の空気が流れるが、達也が先に視線を逸らし、結局何も起こらなかった。

達也としては、確かに義飾の言い方はとても飲み込めるものではなかったが、言い分そのものは概ね納得できた。今回のことで一番悪いのは、やはり暴走してしまった深雪だ。本来であれば深雪を窘めるのは達也がしなければならなかったが、それを意図せずにでも義飾に任せてしまった以上、文句など言えるはずもなかった。それに一応、達也は庇われた形になる。義飾が言ったことが本当に起こるという確証はないが、入学して今までの僅かな期間で一科生と二科生の差別問題に巻き込まれている身としては、全てを否定することは出来ない。

言い方に関してはそこらに棘が露出している厳しいものであったが、昨日と比べればまだ耳障りはいい。

今朝も反省してると言っていたし、これが義飾の素なのかもしれない。・・・随分、尖ってはいるが。

 

「・・・申し訳ありませんでした。分を弁えぬ差し出口、お許し下さい。お兄様も、考えが足りずに申し訳ありません」

 

「ええと、それでは、深雪さんには書記として、今期の生徒会に加わっていただくということでよろしいですね?」

 

「はい、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願い致します」

 

立ち上がって頭を下げる深雪に、咎める言葉は飛ばなかった。義飾が全て言ってしまったのもあるが、反省の色は十分に見えたからだ。

深雪の謝罪を真由美は快く受け入れながら、改めて勧誘、いや事ここに至ってはもう確認か。生徒会に入る意思と、その時就くことになる役職の最終確認をする。

今度こそ余計な口を挟まずに深雪は、頭を軽く下げて承諾した。

 

深雪の生徒会入りが決定したことで、とうとう本当にいる意味の無くなった義飾は何故自分はここにいるのだろうという疑問が沸いてきた。

確かここに来ることになった理由は生徒会長に呼ばれた深雪の付き添い・・・である達也の付き添いだった。義飾がここに来てしたことといえば、タダ飯を食らったのと、妹を自慢したくらいだ。

昼休みはやっと半分を過ぎたあたりだ。残った時間をどう消費しようか悩んでいた義飾は、背中にむず痒い感覚が走って、摩利に見られていることに気が付いた。

 

「・・・なんだよ?」

 

胡乱な、もしくは不機嫌そうな表情と声色で摩利に尋ねる。

生徒会の仕事に関して話していた面々は両者に、どちらかと言えば鋭い視線を向けられている摩利を心配そうに窺う。

 

「いや、なんでもないさ。ただ、昨日の事といいお前は随分頭と口が回るみたいだな、と思っただけさ」

 

「・・・・・・」

 

摩利の挑発とも取れる発言に周りの空気が僅かに冷える。若干二名ほど、昨日の事というのが何を指しているのかわかっていないが、それでも口元に笑みを蓄え、好戦的な雰囲気を携える摩利には戦慄を禁じ得ない。

昨日の事を知っている者は、意表返しなのかと摩利に訝しげな視線を送り、そして戦々恐々としながら義飾の顔色を窺う。

しかし意外なことに、摩利の言葉を聞いても義飾は眉を僅かに歪めただけで何のアクションも起こさなかった。

そのことに安堵するでなく、不審と不安は沸いてくるのは仕方のないことだろう。どうしても昨日の一件を想起してしまう。

何故か義飾を煽った摩利だったが、それは会話のきっかけらしく、義飾の反応を確認した後すぐに話題を変えた。

 

「さて、昼休みが終わるまでもう少しあるな。私から幾つかいいか?」

 

佇まいを直し、好戦的な雰囲気を引っ込めた摩利は改めて口を開く。それに習うように他の面々も聞く体勢を整えた。

 

「風紀委員会の生徒会選任枠のうち、前年度卒業生の一枠がまだ埋まっていない」

 

「それは今、人選中だと言ってるじゃない。まだ新年度が始まって一週間も経ってないでしょう?摩利、そんなに急かさないで」

 

「確か、生徒会役員の選任規定は生徒会長を除き第一科生徒を任命しなければならない、だったよな?」

 

「そうよ」

 

性急な話題と、さっき話したことを蒸し返すような内容に真由美はうんざりしながらも律儀に答えていく。真由美の態度に取り合わず、摩利はどんどんと言葉を重ねていく。

二人の会話を黙ってみていた達也は言いようのない不安が胸中に沸いてくるのを感じた。

 

「第一科の縛りがあるのは、副会長、書記、会計だけだよな?」

 

「そうね。役員は会長、副会長、書記、会計で構成されるときめられているから」

 

「つまり、風紀委員の生徒会枠に、二科の生徒を選んでも規定違反にならないわけだ」

 

「摩利、貴方・・・」

 

したり顔で話を終わらした摩利に、真由美は大きく目を見開いて驚きを露わにする。真由美だけでなく鈴音とあずさも似たような顔をしていた。

不安が現実のモノになり、達也は内心少し焦る。しかし、心の隅っこではこの焦りは意味のないものだと安心もしている。風紀委員について詳しく知ってる訳ではないが、摩利が一々話に出したということは、二科生が風紀委員に選ばれた前提はおそらくない。前例を覆すときは得てして騒ぎが起こるものだ。自分が生徒会長を務めている間に無用な騒ぎが起きるのは真由美も避けたいはずだ。そう思っていたのだが・・・。

 

「ナイスよ!」

 

「はぁ?」

 

真由美の予想外の歓声に達也はキャラを忘れて素っ頓狂な声を上げる。

 

「そうよ、風紀委員なら問題ないじゃない。摩利、生徒会は司波達也くんを風紀委員に指名します」

 

「まぁ、待て。さっき私に性急だと言ってきたばかりだろ。話はまだ終わってない」

 

身を乗り出して食い付こうとする真由美を、摩利が手を前に出して制する。いきなりの展開に二人以外の面々は混乱していて口を挟むことが出来ない。

 

「実は、教職員推薦枠はもう埋まっているのだが・・・訳あって決定は待ってもらっている。事情が重なれば推薦を取り下げるつもりだ」

 

「そう・・・なの?確か教職員推薦枠は・・・」

 

「そこでだ、ただ取り下げるだけでは先生方に余計な手間を掛ける事になってしまうので、こちらから希望人員を先に言ってしまおう考えている」

 

そこで一旦言葉を止めて摩利は義飾に視線を送る。つられて義飾以外の面々もそちらを見る。

もうそれだけで、義飾はこの後の展開が読めた。

 

「しかし、もしかしたらその希望が拒否されるかもしれないので、真由美からも一言口添えしてもらおうと思ってな。・・・・・・私の希望は化生、お前だ」

 

摩利の話が終わって、周りにはざわついた空気の奇妙な静寂が流れた。最初に達也の話をされたので、さっきより混乱は少ないが、驚愕の度合いで言えば今の話の方が大きい。

それでも周りが声を出して騒がないのは、言われた本人である義飾が何のリアクションもとってないからだ。

話が自分から義飾に移ったことと、義飾の無反応に動転していた達也の頭に平静が戻ってくる。そして未だ口を開かない義飾に視線を向ける。

達也だけでなく他の面々からも視線を集めて、義飾は一つ息を吐いてようやく口を開いた。

 

「色々、言いたいことはあるがとりあえず・・・お前、頭沸いてんのか?」

 

「随分な言い草だな。私としては中々いい考えだと思っているのだが」

 

義飾の口から出た言葉はかなり辛辣なものであったが、予め予想出来ていた摩利はこともなく受け流す。

 

「いい考えって・・・どこがだよ。まず、俺にメリットがない。学校にの委員なんてようは名誉職だ。給金が出るわけでもなく、時間と労力をとられて代わりに得るものは自己満足だけ。生憎、俺は無駄なことをしてるほど暇じゃない。それにメリットが無いのはお前らもだ。俺の格好は風紀とは真逆にあると思うんだが」

 

「義飾に同意するわけではないですが、自分も風紀委員に相応しいとは思えません。そもそも風紀委員が何をする委員なのか説明を受けていません。推薦するならば最低限の説明は必要だと思うのですが」

 

義飾の拒否にこれ幸いとばかりに達也も乗っかる。こういう時、義飾の歯に衣を着せない言い方は心強く感じる。義飾の言葉遣いにつられて、達也の言葉にも小さいトゲが見える。

 

「それは説明さえしてくれたら問題なく推薦を受け入れてくれるってことかしら?」

 

「い、いえ、そういうわけではなく・・・」

 

しかし、そのトゲは真由美に刺さることはなかった。気分を害した様子もなく、にこやかな笑みで応える真由美に達也は思わずたじろぐ。まるで崖際にジリジリと追いつめられてるような、そんな危機感が達也の胸を襲った。

 

「そうね、確かに説明は必要ね。達也くん、化生くん、風紀委員は、学校の風紀を維持する委員です」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・それだけですか?」

 

「それだと概要だろ。説明しろっって言ってんだよ。言葉じゃなくて、頭が足りてねぇのか?」

 

説明と呼ぶにはあまりにお粗末な真由美の言葉に義飾が即座に噛みつく。その言葉に達也は内心で賞賛を送った。もっと詳しい説明が欲しかったわけではなく、相手が機嫌を損ねればこの話が流れてくれると思ったからだ。

 

「とりあえず大まかな形だけでも掴んで貰いたかったの。これだけだと確かによくわからないかもしれないけど、結構大変・・・いえ、やりがいのある仕事よ」

 

しかし、それを受けても真由美は一切ブレない。義飾の態度にはもう慣れてしまったようだ。義飾の口撃はもうアテにならないと察した達也は、他の助力を求めるべく周りに視線を巡らす。しかし誰も協力的ではない。

そんなことで諦めてたまるか、と気弱なあずさへと強い視線を送る。

睨みつけられたあずさは目に見えて狼狽し、その視線から逃れるために口を開いた。

 

「あ、あの、当校の風紀委員は校則違反者を取り締まる組織です。校則違反者といっても、服装の乱れや、生活態度を改めさせるのは自治委員会が担当します。風紀委員の主な任務は、魔法使用に関する校則違反者の摘発と、魔法を使用した争乱行為の取り締まりです。風紀委員長は違反者の罰則に関して意見を言うことが出来るので、いわば風紀委員は、警察と検察を兼ねた組織です」

 

「説明を聞いたら尚更、入る気は失せたし、俺達には入る資格は無いと思うんだが?」

 

「義飾の言う通りです。今の説明ですと風紀委員は喧嘩が起こった歳、それを力尽くで止めなければいけない、たとえ魔法が使われていても。俺たちは、実技の成績が悪かったから二科生なんですよ!」

 

未だ飄々とした義飾に反して、達也の語気は荒くなっていく一方だ。

風紀委員は、明らかに魔法力が優れている事を前提にした職務だ。風紀委員の選任規定に縛りが無いのは、つける必要が無いからだ。どう考えても、魔法技能に劣った二科生に与える役職ではない。

とうとう大声を出してしまった達也に対して、摩利の返答はあっさり過ぎるものだった。

 

「構わんよ」

 

「何がですっ?」

 

「力比べなら私がいる。それに化生に関しては、過去の実績を鑑みれば問題ないと思っている」

 

「ハァ?」

 

達也に難詰されながらも摩利は義飾へと視線を送った。その視線と言葉を受けて、義飾の口から半音上がった胡乱な声が出る。

 

「実績って、俺は風紀委員になったことなんて・・・・・・・・・ッてめぇ、人の過去を勝手に詮索するってのはどういう了見だ?」

 

摩利の言葉を否定しようとした義飾だったが、摩利が何を言いたいのか気付き、鋭い目をさらに鋭くさせる。体からは怒気が滲み出し、殺意となって目に見えるようだった。

予想以上に義飾の反応が大きく、摩利は言葉に詰まりそうになるが、なんとか言葉ひねり出す。

 

「詮索、とは人聞きが悪いな。自治重視の体制と、役員を選抜しなければならない都合上、生徒会長はある程度全校生徒の情報が開示される。私はそれを見たにすぎんよ」

 

「生徒会長に開示されるってことは、てめぇには見る権利は無いだろうが。管理体制と管理意識に問題があるんじゃねぇのか?」

 

「勿論、何のリスクも背負って無いわけではない。情報の漏洩があった場合、生徒会長は真っ先に疑われる。そして実際に情報を漏らしていた時は、即解任、いや、即退学、即逮捕だ。そんなリスクを冒してまで情報を流すと思うか?」

 

「てめぇに情報を流している時点で摘発の対象だとは考えないのか?」

 

摩利と義飾の口論に周りの人間は口を挟めないでいる。それは二人が醸し出す刺々しい空気に気後れしているからなのだが、二人が話している義飾の過去が何なのかわからないのも理由だ。

しかし話が進むにつれ、にわかにこちらの分が悪くなってきたと感じた真由美が慌てて二人の間に入る。

 

「ちょ、ちょっと待って化生くんっ!確かに情報を摩利に教えたのは悪かったとは思ってるけど、元々、生徒会長に開示される情報はそこまで多くないわ。出身中学と通っていた魔法塾、あとは入学試験の成績だけよ。それにあなたの過去に関しては、その情報がなくても行き着くことは出来たわ」

 

真由美の主張はかなり見当違いのモノだった。そう思ったのは義飾だけでなく、摩利の心に焦燥感が生まれる。

真由美の言葉を聞いた義飾は嘲るように小さく吹き出し、表情に嗜虐の色を出した。

 

「やっぱり頭が足りてねぇな。それが意識が低いって言ってんだよ。そもそも過去を詮索することを責めてるんだが・・・・・・まぁいい」

 

昨日と同じように詰められると覚悟していた摩利だったが、予想に反して義飾はすぐに話題を放棄した。そのことを不可解に思いながらも、自分達にとっては都合がいいので摩利は、そこに突っ込む事はしなかった。

 

もしもこの場に、人の感情の機微に敏いものがいれば気付けていただろう。嗜虐の浮かんだ義飾の顔、そこに安堵の色が僅かに混じっていることを。

 

「もう時間が無いから話はこれで終わりだ。先に教室に帰らしてもらう」

 

「あぁ、そうだな。話の続きは放課後にしよう」

 

立ち上がって話を切り上げる義飾に、摩利は再開の約束を勝手に取り付ける。思わず義飾は、顔を歪めて摩利を見た。

 

「諦めが悪い奴だな。しつこい奴は男でも女でも関係なく嫌われるそ」

 

「そう邪険にするな。何も嫌がらせでお前を風紀委員に希望している訳ではない。さっきも言ったが実績を鑑みて、お前が相応しいと思ったから、希望、推薦しているんだ」

 

言いたいことは言ったとばかりに口を閉じる摩利に、義飾は嗜虐の色を表情から一旦引っ込めて、立ち去ろうとした足を元に戻した。

 

「・・・幾つか、勘違いしてるみたいだからそれを正しておく」

 

足を止めて改めて口を開いた義飾の言葉には何の感情も乗っていない。向けられた顔もどこを見ているのかわからないほど無表情だ。

 

「お前が言う実績ってのは二年前の事件の事を言ってるんだろうが、あれは別に正義感にかられたわけでもないし、義侠心に従ったわけでもない。あいつらは元から気に入らなかった、丁度いい理由が出来たからぶちのめしただけだ。そしてあいつらにやった報復。あれに関しては今は少し後悔してるよ。あの時の俺はどうかしてた」

 

自虐的に笑った義飾に、唯一の懸念事項が無くなったと安心しそうになったが、続いた言葉でその希望は打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

「・・・まさか、治癒魔法の存在が頭からすっぽり抜け落ちてたなんてな。

 もう一度、あの時をやり直せるなら今度こそは確実にぶっ壊す。生かさず、殺さず、産まれてきた事を後悔させて、自分から殺してくれと懇願するくらい徹底的にな」

 

言葉を重ねていくにつれ、義飾の体から憎悪の感情は立ち昇っていく。産まれてこの方、ここまで強い負の感情を見たことがない面々は、体が石になったように固まった。

言いたいことを全て言った義飾は、止めていた足を動かして生徒会室から出て行く。

部屋に残された者たちが再び動き出したのは、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴ってからだった。




見直してて思ったんですけど、摩利と真由美をアホに書きすぎたかもしれません。これもある意味キャラ崩壊ですね。

捏造設定は生徒会長の情報閲覧権限の所なんですけど、自分でもちょっと無いかなぁって思いました。でも、そうでもせんとまともに役員とか選べないと思うんですよね。まぁ住所とかの深い個人情報は見れないので、軽くスルーしてください。

それと摩利をどうするか決めました。とりあえず辱めます。

次の話でやっと主人公と服部が対面(二回目)。でも泣かすのはまだまだ先です。なんとなく察してる方もいると思いますが、服部を泣かすのは討論会の時になります。大勢の前で言葉責めしようかなと。早くそこまでいきたい。

達也は兄妹愛以外の衝動がない。つまり、深雪が妹じゃなくなったら、妹としての関係より強い関係性が出来てしまえば、深雪に対する愛情が無くなる。・・・っていう鬱設定思いついたんですけど、誰かこれを軸に一本書いてください。
なんか原作で深雪と達也は婚約したみたいですね。もしかしたらこの設定は原作で書かれてる・・・?まだそこまで読んでないんでわかんないです。

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