「お……うむ……ん?」
目を開けると数秒視界がぶれてよくわからなかったが、直後に真姫の両親の衣服からも香ったことがある独特の匂いが鼻を突き、視界が覚醒する。
体を起こしてあたりを軽く見渡すとカーテンやその他様々なものが視える。
ここは……西木野総合病院……の一室にしてはあまりにもごちゃごちゃしてる。
まず状況を整理しよう、俺は確か……
「目が覚めたようね。あれくらいで気を失うなんて、らしくないわよ真士」
「あぇ……真姫……?」
「そうよ。あなたの真姫。それ以外に誰がいるの? まさかとは思うけど記憶喪失になっちゃったのかしら?」
「大丈夫だ、俺の真姫だと確信してるから」
俺が情報の整理を始めようとしたその横から、聞きなれた声とともに、俺の腕に毎日じっくりと触り慣れた滑らかな指がゆっくりと触れてくる。
そっちへ顔を向けると案の定真姫が俺の横に寝そべってた。
あれ?ここ家じゃないよね?すっごいナチュラルに添い寝してるけどここお外だよね?
真姫は音ノ木坂の制服を着ているし、とにかく家ではないのは確かだ。
「あなたがあれくらいで気絶しちゃうから、生徒会長たちに手伝ってもらって保健室まで運んでもらったのよ。後で謝りに行きましょ」
「お、おう。あれくらいっていうが……というか、ここもしかして音ノ木坂なのか?」
「あれくらいで済んでよかったと思いなさい。それと当然でしょ? あなたあの校門にずっといたじゃない。とりあえずここまできたことについては後で詳しく話しましょ?いつもみたいに逃げようとしても許さないんだから」
「アカン、これは詰んだ」
真姫とのお話し(お説教)タイムは回避できない戦闘システムみたいなんだと俺が気付いたところで、真姫も起き上がり自身の髪を手櫛で整える。
ベッドから降りた真姫の、少し艶めかしいうなじに少しだけ性的興奮を感じたが、ちらっと見えた時計からしてまだ夕方。それも真姫の学校でことに及ぶのはいいかもしれないが真姫に悪い。
さらに真姫の言葉からして迷惑かけたから生徒会長さんに謝らなきゃいけないそうだ。
「なにしてるの? 早くいくわよ。わざわざ待ってもらってるんだから」
「お、おうすまん。すぐに行くよ」
「コレは……帰ったらね?」
今の流し目と唇へ持ってくる手のしぐさは反則だと思う。
これからするのは愛の営みではなく謝罪だというのにそっちに意識が持っていかれてしまうではないか。
「失礼します、一年の西木野です」
「どうぞ、入りなさい」
生徒会室だと真姫に案内された一室に入ると先ほどの生徒会長さんと、紫髪のおっとりそうな雰囲気を纏っている、真姫よりも若干小さい少女がいた。
「もう目が覚めたんやね。ほら、真姫ちゃんもお兄さんもそこすわってぇな」
「ありがとう東條先輩。ほら、あなたもすわって」
「お、おう。ありがとう、ええと……」
「うちは
「おお、わざわざすまない。俺は東原真士、真姫の幼馴染だ」
いきなり、許嫁です! とか言っても相手に動揺を与えてしまうためあたりさわりのない自己紹介で済ませておく。
こういう紹介だと真姫は心なしか不機嫌が丸出しになってしまうが。
自己紹介を聞いた絢瀬ちゃんはツカツカと近づいてきて俺たちの向かいに座る。
やっぱり校門で出会ったときも思ったが眼光がヤバイ。
その隣に東條ちゃんも座るが決して雰囲気もやわらがない。空気が重く感じる。
「東原さんね。音ノ木坂に来た理由はさっきの状況から判断するけれども、西木野さんに会いに来たってことで大丈夫ですか?」
「お、おお。大丈夫だ」
「でも、あなたこれまで一度も音ノ木坂まで来たことはないですよね?」
「あー、それはなぁ……」
「まってください、それは私が説明します」
真姫がそっと俺の腕を取って俺の言葉を遮る。
絢瀬ちゃんはなにが気に入らないのか眉を顰め、東條ちゃんは先ほどから浮かべる笑みを少しだけ濃くしたように見える。
「私と真士は家族の事情で同棲してるんですけど、いつもは彼よりも先に私が帰っているので彼が迎えに来る必要がなくて。でも今日は彼が早く帰ってきたみたいで、彼はいつも私がいつ帰ってるか把握してなかったのでアポも取っていなくて、思わず校門で立ち尽くしちゃったんです。迎えに来られるとああやって注目されるのがわかっているから来ないで。って注意もしていたんですけど……」
すらすらと流れるように嘘を羅列していく愛しの許嫁を見ていると「昔はあんなに真っ白に純粋だったっていうのに」とか無粋な感傷に浸ってしまいそうになる。
今も十分純粋だけど。クリスマスの日だけはクッキーとお水用意して一人で寝てサンタさん迎えやすくするとか言うくらい純粋だけど。
しかし真姫よ、俺もここに訪問して痛感したぞ。俺って割と注目浴びる見た目なんじゃねとか。
いや冗談。冗談だから心読んで話しながらごく普通に腕を抓り上げるのやめてください。
絢瀬ちゃんの視線がまたどんどん厳しくなっているから。全然話を信じてるような顔じゃなくなってるから。
「……っていうことなんです。だから今回彼がここまで来たのにそんな大した意図はありません」
「わかりました。そういう事情でしたならこちらも納得します。ですが西木野さん、東原さん、いくら幼馴染とは言えども少しくっつきすぎではないのですか?」
うそつけぇ! 絶対納得してないじゃん! しぶしぶって感じがにじみでてるじゃんか!
しかもしまった。幼馴染と濁したことがここにきて穴になるとは!
真姫も心なしかこちらをにらんでいる。
これは絶対、「あなたが最初から真実を伝えていればこうならなかったのに」 とか非難されてる。
真姫よ、その視線いいです。グッときます。そしてゴメン。
しかしどう切り抜けたものか。今この場で「実は許嫁なんです!」 とか言ってもきっと今の彼女には逆効果だと思う。どうしようもない。
こういう時裕也の貸してくれた参考ゲームはどう返してたんだっけ?
いや、その前にこんなシチュエーションがあるわけなく、どうしたらいいのかわからない。
「えりち、それはもううちらの管轄とちゃうはずやで。うちらが聞くべきなのはどうして東原さんがきたのかってことくらいやし、その事情や原因もうちらに伝わったんやからこれ以上は口出しせぇへんほうがええよ」
「だけど希、学生の不純異性交遊はこちらも見逃すことができないわ」
「えりち、その話はこれとはまた別や。そもそもこの取り調べやって、先生たちには無断で行っとるんよ?本当ならあの時点で釘指して帰らせるはずやったんやからね」
「だけどっ……!」
返答に戸惑う俺たちなのか、厳しく追求を臨む絢瀬ちゃんに何かを感じたのか定かではないが、東條ちゃんが絢瀬ちゃんを諌めようとしてくれる。
それにどこか必死そうに食らいつく絢瀬ちゃんをみると、彼女はどこか意固地になって何かをしようとしているのだろうか?と、余計な推測に手を出してしまう。
ずいぶんと融通の利かなさそうな子だし、焦りがさらに悪循環になっているのだろうか。
そんな東條ちゃんの介入に、隣でほっと安堵の息を吐く真姫の手を俺が軽くにぎると、少しその体がこわばった。
大丈夫、俺がいるから何とかなる。寧ろなんとかする。
そういう意を込めて顔を向けると、真姫の顔に薄い笑みが浮かぶ。
そうこう目につかない程度のイチャイチャをしているうちに二人の話し合いが終わったようで。
絢瀬ちゃんではなく、東條ちゃんが俺たちに立つように指示をし、俺、真姫ともに彼女の指示で生徒会室から退室をする。
「というわけで、ここまで。二人とも堪忍な、校門まで送っていくで」
「お、おう。すまないな東條ちゃん」
「ありがとう東条先輩。恩に着ます」
「ええんよ。熱いお二人さんの邪魔をするわけにもいかんしね」
「えっ」
「んー? なぁーんでもないよー?」
はて、この子絶対なにか気付いてるなと思いつつも、余計な追求はむしろ救ってくれた彼女にたいして余計な火種を生むと考え、黙ってそのまま彼女の案内にしたがって音ノ木坂を出て、愛しの真姫とともにいつもの歩き慣れた帰宅の途につく。
夕焼けもそろそろ沈むであろう道の最中、ふと先程の東條ちゃんに何処と無く既視感を感じて真姫に問うてみる。
「なぁ、真姫」
「なに? 謝ってもだめよ」
「それはそれで辛いんだけど……いや、そうじゃないんだ。さっきの東條ちゃんがさ」
「東條先輩が……なに?」
「そんな怖い顔しないでくれ、別に浮気とかじゃないよ。単純に、彼女はどこかで会ったことある気がするんだって思うんだよな」
「ああ……そうね、あの人実際に神出鬼没だから。きっと、どこかで絶対に会ってるわよ」
「そうか……たぶん俺たちのやり取りも、絶対どこかで見たことあるんだろうなぁ……なんか知ってる雰囲気だしてたしな」
「……そうね、そう考えると恥ずかしくてこれからはあの人の顔を見るだけで走って逃げたくなりそうだわ。逃げられる気もしないけど」
真姫が幼い頃は欠かすことがなかった、こうしてこの時間に歩くのもやはり良いもので、次はきっちりアポをとってから音ノ木坂まで真姫を迎えにいこうかなと考える日だった。
なお、スクールアイドルのPVについて聴き忘れていることに気付いたのは、お説教とイチャイチャのあと、一晩が明けてからだったため、機会を見失ってしまったり、
後日練習をはや上がりしたことをネタに裕也たちに弄られたのは、また別の話。
・保健室
思春期男子憧れスポット代表格。なお今回はだいぶ健全に使っておきました。
・あなたの真姫
これをナチュラルにやり取りする二人って…
・流し目
そういうことです(察し
・チカ
時系列もあってだいぶピリピリしてる子。
・のんたん
どこでも自然に出てくるキャラだとおもってる。セリフの似非加減に四苦八苦
・のんたん(2)
彼女だったら普段の二人のやり取りも知ってて不思議ではない。
・参考ゲーム
裕也のおさがり。全部全年齢版です。
結局μ's全然出せなかったorz
読了ありがとうございました。