「特別講師を呼びたい?」
「せや。せっかくμ’s九人そろったんやけど、ここまで来たらとことんやってきたいと思わへん?」
「まぁ、希の言うことにも一理あるわね。μ's全体のクオリティが上がることでより音ノ木坂の廃校が撤回されるかもしれないでしょうし」
「さすがえりち、話がわかる!」
「でも希、呼ぶ人の宛とかあるのかしら? あと、何の分野で呼ぶつもりなの?」
「ふっふっふ、うちの人脈を甘く視んといてな? ばっちりコンタクトも取ってあるで!」
「相も変わらず希は仕事が早いわね……で、高坂さん、ちゃんと聞いてるかしら?」
「はいっ! 特別講師を呼ぶところまではわかりました!」
「なぜかあってるようであってない気がするのが……ほんとにこの子は」
μ’sの活動場所であるアイドル研究室の部室。
そこで七名のメンバーと生徒会会長、副会長の絵里と希が一堂に介していた。
いや、μ’sは数日前この二人が加わって九名になったため、正しくは
μ’sの九名全員がミーティングを行っていた。
と表すべきであるか。
まぁそのようなことはともかく、絵里を含めた八人が希の提案に首をかしげる。
当然かもしれない。
今まで作詞を穂乃果の幼馴染である
そこに突然特別講師として外部者を入れることはこれらのバランスを崩す要因になりかねないのではないだろうか? という懸念を誰もが大きさに差異あれど、これを持たぬ方が変わっている。
例えそれがμ’sの裏の功績者である希相手としても、だ。
希は周りからの視線にしばし思慮し、言葉を紡ぎだす。
そう、この数日後に真士をもからめとった言葉の糸を。
「はっきりいってまうと今のままのμ’sってある部分だけが目立って欠けてるんよ。代表してにこっち。何かわかる?」
「にっ、にこがこたえるの!? ええと……あ、アイドルとしての意識!」
「ぶー。それは大なり小なりみんな感じとるで。だからこうして真面目に考えてくれとるやん、なー海未ちゃん?」
「わっ、私にふらないでください!」
「んー、海未ちゃんならわかると思うんやけどねー……じゃあえりち、答えはわかる?」
「そっ……そうね……何かヒントってないのかしら?」
「せやねぇ、えりちが主に加入前教えてたことをよく思い出してみー?」
「わっ、私が教えてたこと……!?」
「あっわかった! もしかして、ダンスだ!」
「はぁ? ダンスぅ? ちょっと希、どういうことよそれぇ」
希のヒントが功を制したのか答えが出る。
しかしそれは話を振った絵里ではなく、穂乃果。
前に真士にはさらりと「おバカ」と揶揄されはしたが、彼女には回転が速いという頭の良さがあるのだ。
答えを取られた絵里は少しがっくりとうなだれ、穂乃果の回答に納得のいかないにこは希にかみつく。
希はそんなにこの脇腹を、さすりあげ悶絶させることで沈黙させる。
周りが軽く戦慄する中で希は再び笑顔で話を続ける。
「今穂乃果ちゃんが言ったように、μ'sで一番実力不足なのはダンスなんや。なんでかわかる? 真姫ちゃん」
「……そうですね、私はそういうダンスの経験者ですけど、もともと教えるほど出来るわけでもなかったので中途半端なレベルになっちゃいますし、矢澤先輩は独学の見様見真似だから理論的に教えづらくて、どうしても感覚的になっちゃうと思うんです。園田先輩は古武術という型を重視する動きをするので型破りを求められるダンスには向かず……絢瀬先輩もバレエの動きは柔らかさが求められるため全員が全員動けるとは限らない……これで問題はないでしょうか?」
「なんかぎょうさん挙げてもらってごめんな。まぁそんな理由でまずはダンスをしっかりやっていこうと思うんよ。歌のほうはダンスの動き方を覚えて~って感じで」
「一理ありますね。いくら歌えてもダンスで息切れを起こしてしまうようでは何もできませんから、まずは体を鍛えるのに兼ねてダンスの効率的な動きを知るべきというのも道理だと思います」
「せやろ? 既に人選にめぼしはついとるからうちにそこらへん任せてもらえんかな? って思ってこうしてお願いしてるんや」
希の説明には粗があるが、それよりか周りの意見を封殺していくが如しの話し方によって次々と閉口をして行く。
もともとμ’sの陰の立役者である希が提案し、それを「大丈夫」と断言したうえで話を進めてるのだから、昨年アイドル研究部の存続時に世話になったにこを含め、誰も異論自体はないのだが。
絵里が代表し立ち上がり、希にこの件を一任することを告ぐ。
なんだかんだ自分がμ'sに加入する前から長らく手を貸してくれた友だ、自分たちのためにやっていると述べる彼女を信用しないはずもないため、何が必要なのかを軽く確認し、絵里は一度生徒会室まで戻っていく。
周りがキャイキャイと講師について話し合う中、たった一人真姫だけはいいようの知れない予感に襲われつつも、それを振り切るために手元の飲み物をコクリと飲み干すのであった。
そして数日後、特別講師こと真士が訪問する日。
希によって出迎えもしなくていいといわれた絵里は屋上で軽い練習をほかのメンバーたちと行う。
さすがにここまで徹底して報告が最小限だとさすがに相手が希といえども疑念が生じてしまう。
もしかしたら自分が知ってる相手なのだろうか?
しかし自分の知ってるうえでダンスに関わっているものの想像がつかない。
絵里はだんだんと疑念に押しつぶされるように動きが重くなる。そんな彼女を心配してか、真姫が近寄ってくる。
「絢瀬先輩、大丈夫? なんだか浮かない顔をしてますけど」
「西木野さん……講師、心当たりってあるかしら?」
「ヴェ!? いったいどうしたんですか、藪から棒に」
「希が今日講師の出迎えも要らないっていうから、もしかして私の知ってる人かなと思ったんだけどね……心当たりがないのよ」
「ああ……そういうことですか。そう……私は……確証はないから何も言えないんですが……」
「そう……まさかとは思うけど、希に限ってあれはないわよね……」
「絢瀬先輩、東條先輩を信じてあげたらどうです……?」
絵里は一人思い浮かべる。前に隣で話をしているこの少女に会うためだけに学校へとやってきた変わり者のことを。
しかし彼がダンスチーム、ましてやスクールアイドルの前に、話題になっていた存在のビート・ライダーズのリーダー。だと知らぬ故に、講師である可能性を根本から否定する。
しかしこの考えははかなく打ち砕かれることとなる。
一方真姫も同じ人物を思い浮かべるが、こちらは単に、そうであってほしくないという希望的観測から成り立った否定をする。
年頃の乙女はたとえ相手が自分しか見ていなかろうとジェラシーを覚えるものだ。
ましてや音ノ木坂にはμ’sだけではなくそこらで活動をする生徒にも軒並み異性からの評価が平均よりも上になりそうな少女たちが多い。彼女に言いようの知れない形容しがたい敗北感が襲うのもこれまた仕方がないと見える。
そもそも愛しの彼にスクールアイドルをやってることを伝えなかったのもそれが理由だ。
彼にほかの八人の誰にも見惚れてほしくない。そんな乙女心のわがままなのだ。
しかし現実は非常であるとともに予想の斜め上を超えていく。
時は来たれり。希が屋上に訪れ、μ's全員を招集する。
口々にワイワイ講師について
「かっこいい人かな」「優しい人かな」「綺麗かな?」「にこには勝てないはず」
などなど予想を話し合う彼女たちの近くで、真姫は無性に嫌な予感が激しさを増していきここから逃げ出したい焦燥感に駆られる。
絵里はそんな真姫の状態を見て、誰が来るのかがなんとなく心の奥底で理解できてしまっていた。
そしてその瞬間が訪れる。
「というわけで入ってもらうで! ビート・ライダーズ現リーダー! 東原真士さんや!」
「どうも、ビート・ライダーズの東原です。ええと、講師として精一杯努めますのでみなさんよろしくお願いします」
「あは……あはは……」
「お兄さんが講師!?」
「嘘……ビート・ライダーズって……」
「あー、その、数人見知った顔がいるが、あまりひいき抜きでやってきたいと思います……っておい、真姫!?」
「キュウ……」
真士が来るという予想を見事に当ててしまった真姫は脳の回転が追い付かずに気絶をする。
故にその日は軽い挨拶だけで済ませることになってしまい、真姫をつれ真士は自宅へと帰っていった。
真士は帰宅後目が覚めた真姫にこっぴどくしかられ、しぶしぶと今後も特別講師として来校することを承諾し、それを境に真姫からの宅外でのアピールが多少過激になるのは、また別の話。
・のんたん
今話主人公。暗躍というかバリバリ動きまくってますがそこはご愛嬌。
わしわしではなくさすりあげで黙らせる手の動き。もはや神か。
μ'sの陰の功労者故にみんなの信頼も厚い。だが黙って真士を呼んだことはギルティか?
・穂乃果
真士におバカ言われた理由は学力。彼女の本質はきっとIQにある……
彼女は真士がビート・ライダーズだと知らなかった以前に、まずビート・ライダーズを知らない。
・今日のにこにー
のんたんの脇さすりあげ攻撃!にこに―の目の前が真っ暗になった!
世界のYAZAWAはひと段落のオチも優秀だった
・海未
常時敬語でしゃべる子なので真姫ちゃんが敬語外れるまではキャラが見分けつかなくなりかねないのであまり出したくなかった子。
今回は例に挙げるので出さざるを得なかった。
・ちか
のんたんならだいじょうぶだろう→なんで挨拶もしなくていいの?→おまえだったのか
の三段コンボ。えりちかおうち帰る!
・真姫
必然的に真士の影が薄くなる内容だと大人しめになる。
ジェラシーこじらせる前に爆発したので周りへ露骨アピする未来が確定した。
・ヴェ!?
真姫ちゃんでよくネタになるツートップ片割れ。
文字にすると違和感が襲うのであまり使ってなかったが、今回堂々の初使用。次回はきっとない。
・ビート・ライダーズ
仮にも数々の伝説が残る集団なので知ってる人は知っててもおかしくはない。
Q.伝説って?
・かよちんと凜ちゃん
未だにしゃべってないが決して嫌いなわけではない。
しゃべらせるタイミングが未だに手さぐりである。作者頑張る。
いったん山場を超えましたので次回からはまたイチャイチャ書きたいと思ってます。
読了ありがとうございました