場所を少し移動しての話し合いは、ナミとビビが交渉している傍らでゾロがルフィにこの町の真実を伝えるという形になった。俺はというと、表向きはまだ事情を知らないことになっているから、ナミたちの話を黙って聞いていた。ついでに言えばイガラムは、いつの間にか姿が見えなくなっている。
ルフィは落ち着いたからか、案外あっさりと状況を把握した。一方で難しい顔で首を横に振ったのはビビだ。
「それは無理。10億ベリーなんて払えないわ」
「どうして?」
ナミは腑に落ちないようだね。
「王女でしょ? 10億ぐらい……」
「いや、無理だと思うよ」
ナミの言葉を遮ると、俺に視線が集まった。
「前に新聞で読んだことがある……アラバスタ王国っていえば、今は内乱の真っ最中のはずだ」
事実である。とはいえまだまだ小さな記事だったから、知らなかったら流していたか覚えてなかったかだっただろう。
まぁ、例え内乱が無かったとしても、流石に10億ベリーはポンと出せる金額では無いだろうけど。
そして内乱という単語に、ビビは顔を顰める。
「ええ……あなたたちは、アラバスタという国を知ってる?」
ナミやルフィ、ゾロに向けて聞いているけど、3人は知らないと首を振った。
「ユアンはどれぐらい知ってるの?」
ナミの素朴な疑問に、少し考える。うーん、何と言えばいいのか。
「……グランドライン前半の島、サンディ島にある文明大国、だったかな。砂漠の多い国だったと思うけど……ここ数年は内乱が続いてるらしいね」
聞くとビビはコクンと頷いた。
「お前ェ、詳しいな! 世界中の国を知ってんのか!?」
ルフィが感心してるようだったけど、俺は肩を竦めた。
「流石に世界中の国を網羅なんてしてないよ。ただ、昔ちょっと調べたことがあるんだ。海賊だからね」
「? 何だそりゃ?」
「アラバスタ王国には、1人の七武海が腰を据えてるんだよ」
ふーん、と聞いたルフィは気の無い返事だったけど、反対にビビはグッと唇を噛みしめていた。
「……アラバスタでここ数年起こっている『革命』の動き。その暴動の最中、私の耳にある組織の名が聞こえてきたわ。それが『バロックワークス』」
ビビはバロックワークスが民衆を煽っていること、その実態を探るためにビビとイガラムが潜入捜査をしていたことなどを淡々と語った。
「バロックワークスの真の目的は、アラバスタ王国の乗っ取り!!」
だからビビは国に戻ってこの真実を伝えなければならないのだ、と強い口調で言い切る。
「なるほどね、話が繋がったわ。内乱中ならお金も無いわよね」
ナミは嘆息していた。目の前に不意に現れた儲け話がおじゃんになった気分なんだろう。
「ボスって誰なんだ?」
ルフィが聞くと、ビビは大慌てで隠そうとした。
「ダメよ、それだけは! 絶対に言えない!」
「……正直に言わせてもらえば、予想は付くけどね」
むしろ、何で誰も疑わなかったんだと言いたい。
俺の発言に、ルフィが食い付いた。
「本当か! 教えろよ!」
「ん……まぁ俺も確証があるわけじゃないけど」
「ダメ!」
言いかけると、ビビに遮られた。
「あなたが誰を想像してるかは知らないけど、それを言ってはダメよ! あなたたちだって命を狙われることになるわ!」
「そうよね」
ナミがあははと笑いながら同意した……顔は笑ってるけど、口元が引きつってるし冷や汗をかいている。
「一国を乗っ取ろうだなんて、危ないやつに決まってるもの!」
「ええ、そうよ!」
ビビが仰々しく頷いた。
でもな。
「いくらあなたたちが強くても、王下七武海の1人、クロコダイルには決して敵わない!」
……………………………………………………いや、あのさ。
「言ってんじゃねェか……」
極めて的確なゾロのツッコミが、痛い沈黙の中に響いた。
「ってか、想像通りだし。……ところで、あの変なラッコとハゲタカは何?」
俺の指差す先にいるのは、ご存知Mr.13とミス・フライデー……アンラッキーズである。
「「「「「………………」」」」」
「「………………」」
暫しの見詰め合いの後。
「!」
徐にアンラッキーズは飛び去って行った。
「今の何!?」
半狂乱になってビビに詰め寄るナミと、泣きながらひたすらに謝罪を繰り返すビビ。
その一方で。
「ルフィ、クロコダイルって覚えてるか?」
「………………………………砂人間だ!」
俺も泣きそうだった。
やっと……やっとルフィが七武海のメンバーを覚えててくれてた! あの勉強の日々は無駄じゃなかった! 思い出すのがまだまだ遅いけどな!
「悪く無ェな。」
ゾロも刀を弄りながらニヤニヤしている。ミホークと同じ七武海。ゾロにしてみればむしろ望むところなのかもしれない。
「グランドラインに入った途端、七武海に命を狙われるなんてあんまりよ!」
ナミは滝のように涙を流してるけど………………うん。
俺、グランドラインに入る前に、七武海に斬りかかられたんですけど……いや、命を狙ってたわけじゃないんだろうけどさ。ゾロはいいよ、自分で定めた目標のために自分から挑んだんだから。でも俺、何もしてないのに……『つい』って……『条件反射』って…………。
! ダメだ落ち着け、ネガティブになってるぞ! そして殺意が湧いてきている! こんなの八つ当たりだ! ……あれ? これってむしろ、案外正当な怒りか? だって理不尽な目に遭ってんのって俺じゃね?
どうしよう、俺は今もの凄く諸悪の根源を討ちたい。思いっきり当たり散らしたい。実力が伴ってないから無理だろうけどな! むしろ返り討ちにされるだろうしな! ついでに言うと、新世界にいるから物理的に無理だな! だって相手は四皇だ!
……それに、やっぱり会いたくないしな……諦めよう。どっかで発散させて落ち着こう。
「どうした? 難しい顔して」
ルフィがキョトン顔で俺の顔を覗き込んでいた……ああそうだ。
俺はポンとルフィの肩に手を置いた。
「取りあえず、後で殴らせてくれ」
「何でだ!?」
ガーン状態のルフィ。悪いとは思うけどさ、だってお前、ゴムだもん。打撃なんて効かないから、どんだけ殴っても良心が痛まないんだよ。
「これで逃げ場も無いってわけね!!」
いつの間にかどこかへ行こうとしていたナミがどかどかと荒い足音と共に戻ってきた。あ、もうそこまで行ってたのか?
「まぁ落ち着きなよ。煮干し食べる?」
「どっから取り出した!」
何でナミに怒鳴られなきゃいけないんだろう。俺としては苦笑するしかない。
「多少は食べ物を持ち歩いてるんだよ。もしもの時のために」
何せいつ何があるか解らない海賊稼業、不測の事態はいつでも起こり得る……現に今回も起こったんだし。ちなみに、何故ナミに差し出したのが小袋入りの煮干しかというと、何てことはない。カルシウムを摂ってもらいたいからだ。
ついでに。
「食い物! 肉あるか!?」
既に食べすぎでパンパンな風船状態になりながらも涎を垂らすルフィには、干し肉を渡しといた。お前はどんだけ食べるんだ。
「あんたはいいわよね! そのフードのおかげで顔バレしなかったんだから!!」
憤懣やるかたないといった感じで煮干しを引っ手繰って噛り付くナミ。何というか、やけっぱちって感じだ。
そう、俺はコートのフードを目深に被っている。オレンジの町で最初にバギーと出会した時と同じだね。何故かって? 当然、アンラッキーズ対策です。だってあいつら、似顔絵描くの上手いじゃん。
いやー、航海中の気候が冬ばっかで良かったよ。この島に着いてからもコートは着っ放しだった。コート自体薄手だし、ここの気候もそこまで暖かくないから別段怪しいことはない。
まぁ、偶然の産物なんだけどね。だって俺はこの町を出航するまでは略奪に徹するつもりだったから、こうなるまではこの話の輪に加わる気は無かったんだよ。本当に、運が良かった。
「ボスの正体が想像通りっつってたな。どういうことだ?」
ゾロに冷静な調子で聞かれた。
「言った通りの意味だよ。王下七武海は政府側とはいえ結局の所は海賊。犯罪組織への関与なん
て、真っ先に疑ってかかるべきだろ? 実際8年ぐらい前には、同じ七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴが新世界にある国・ドレスローザの玉座に納まったって、新聞でも読んだし。表向きは取り繕ってたけど、絶対に何か裏があるだろーぜ」
この辺、俺の知る原作ではまだ詳しく出てなかったけどさ。でも事実、表向きの事情は調べれば出て来た。
「クロコダイルが似たようなことをしてても可笑しくないし、驚かないね……潜入前に考えなかったのか?」
後半はビビに向けて尋ねてみると、ビビは俯いたままぽつぽつと語った。
「考えて、なかったわ……クロコダイルは、アラバスタでは英雄なの」
「英雄!? 海賊が!?」
基本的に海賊嫌いなナミが素っ頓狂な声を上げる。
「七武海は、海賊や未開の地を相手とした略奪行為を世界政府から許可されているわ。クロコダイルはアラバスタに来る海賊を退けて、結果として民を守っている……国民にしてみれば、海賊を倒してくれるならそれが国王軍でも七武海でもどちらでもいい話だもの。父や私も、むしろ感謝してたぐらいだわ……そんな英雄の顔の裏で、あいつこそが国を滅ぼそうとしてるんだって誰も気付いてないのよ!」
話してる内に段々ヒートアップしてきたらしい。ビビの固く握られた拳が小刻みに震えている。
何というか……内部と外部の違いってやつかな? もし原作知識が無かったとしても、俺はクロコダイルを疑ってたと思う。
先に挙げたドフラミンゴの前例もあるし。それにスモーカーのセリフを借りるが、海賊はどこまで行っても海賊なんだから。
まぁ敢えて言うならピースメインとモーガニアに分けられるんだろうけど、ピースメインだろうと結局は略奪が基本だしね。
けれどビビにしてみれば、海賊とはいえ敵ではないという認識だったんだろう。
そりゃあ腹も立つわな……。
「何にせよ、おれらも無関係じゃいられねェな。晴れてバロックワークスの抹殺リストに追加されちまったわけだし」
ゾロの的を得た発言に、ナミは煮干しを喉に詰まらせていた。
「ケホッ! そ、そうだった……あぁもうどうすんのよ……」
「ぞくぞくするな!」
ルフィは能天気だった。
ナミはもうorz状態だった。初めて見たな、他人のorz状態。
「諦めなよ……はい、水とみかん」
流石に可哀そうだったので、ナミの好物を渡してみた。項垂れているナミはこちらを見ないが、それでも水とみかんは受け取っていた。
「ちなみに、ビビ? 10億は無理としても、出せるとしたらどれくらいなんだ?」
「え? え~っと……」
ビビはナミの様子を窺いながら口を開く。
「私の貯金……50万ベリーぐらいなら……」
……それは果たして多いのか少ないのか。16歳の女の子の貯金にしては多いと言うべきか、1国の王女の貯金にしては少ないと言うべきか……う~ん。
悩んでいると、ナミの暗黒が濃くなっていた。
「七武海で……命を狙われて……50万? 少ないわよ……」
確かに、命を張るにはちょっと安いよな。
けど、まぁ。
「0よりはマシじゃないかな?」
ってか、貰えるものは貰っとくべきな気がする。
正直に言わせてもらえば、俺は別に金や宝が好きなわけじゃない。確かにあちこちで略奪を働いてるけど、それはあくまでも活動資金(=殆どがルフィの食費)を稼ぐためだからね。だから、くれるっていうなら10億でも50万でもどっちでもいい。0よりはマシ。
「何よ、あんたまで……事の重大さが解ってんの?」
恨みがましい目で見られるけど、これでも重々承知してるつもりだ。
「解ってるさ。でもな、どの道ルフィが海賊王を目指す以上は、いつかぶつかることになる相手だ。七武海だけじゃない。海軍本部や四皇だってそう……一々落ち込んでたらキリが無いよ?」
確かにグランドラインに入ってすぐってのは一般的な基準からしたら早いだろうけど、一般的なんて意味のないことだ。
海賊王を目指す人間が、一般的……普通でいちゃダメなんだから。