ルフィはあっさり回収したけど、その一方でビビたちも一応は引き上げることになった。得体の知れない妙な相手とはいえ、目の前でクジラの養分になられるのは流石に寝覚めが悪いからってね。
2人を引き上げている間にラブーンは鎮まり、またその間に、クロッカスさんが海賊王のクルーだという話をルフィにもした。当然ながら、ルフィは目を輝かせている。憧れなんだろう。
ちなみに。
「手入れが行き届いてるな……感心、感心」
バロックワークス2人組みが持っていたバズーカは、俺の手元にある。ラブーン……というかクロッカスさんへの砲撃を認める気は無いし、アラバスタででも売ろうかと思う。武器屋ぐらいあるだろうから。え、セコい? セコくて何が悪い。
……今思った。ウィスキーピークで色々な武器類を回収しようかな。一部はそのまま俺たちで使えるし、そうでないのは売れる。しかも元手はタダ。一石二鳥ならぬ一石三鳥だ。小さくすればいくらでも船に積み込めるしね。
「お前らは何なんだ?」
2人はルフィが問いかけても、俺が持ってるバズーカを悔しげに見るだけで答えない。代わりに答えてくれたのは、戻ってきたクロッカスさんだった。
「そいつらは近くの町のゴロツキだ。ラブーンの肉を狙っている。しかし私がそれをさせん! コイツがレッドラインにぶつかり続けるのも吼え続けるのも、わけがある!!」
俺たちは場所をクロッカスさんの船(?)に移し、ラブーンの過去話を聞いた。
約束の地で待ち続けるクジラ、ラブーン。
50年か……長いよな。大海賊時代が始まるよりも前だ。むしろ原作のブルックの話からして、ロジャーが海に出た頃なんだろうし。
「仲間の生還を信じている……」
自分の胃の中にいるクロッカスさんの言葉が聞こえたわけじゃないだろうけれど、ラブーンが再び吼えたらしい声が響いてきた。
とまぁ、ラブーンはラブーンとして、だ。
その話をしている間も、俺はずっとクロッカスさんにガン付けられてました……。
うん、気まずい! 何だろう、ただ見られてるだけじゃなく、睨まれてるような気がするんですけど!?
視線があまりにも固定されてるもんだから、みんなもラブーンに感情移入しながらもクロッカスさんと俺を交互に見るし……せめて何か言ってくれ!
そんな思いが通じたのかは知らないけど、クロッカスさんはラブーンの過去を一通り話し終えて外に出ることになったとき、俺に対して口を開いた。
「小僧……後で話がある」
はい解りました、やっぱりあるんですね? 俺もあります望むところです。
外に出る途中でルフィはクロッカスさんを1度勧誘したけど、クロッカスさんは当然断った。気力は無いらしい。
外に出たら出たで、捕鯨者2人組を海に投げ捨てたりルフィが甲板で記録指針を拾ってたりしたけど、些細なことだ。
クロッカスさんはラブーンの傷を見ながら仲間の海賊団のその後について語っていたけど、ブルックが今もフロリアン・トライアングルで約束のために生き続けているということを知ってる俺にしてみれば、それほど気になることじゃない。
むしろ今の俺は、ルフィの行動にこそ注意を払っている。
メインマストを折らせてなるものか! ……W7でサニー号を手に入れるためには、メリー号が修復不能なダメージを負う必要がある。けどそれは、あくまでも竜骨へのダメージだ。それを知っていて見過ごそうとしているけれど……いや、だからこそ、それ以外のダメージは極力減らしたい。身勝手な言い分は重々承知だけど……。
それに、だからといってメリー号を燃やす必要も無いしね。コビーに手製の小舟をミニ化して渡したみたいにメリー号もミニ化すれば、乗ることは出来なくなっても捨てていく必要は無いんだし……!
ルフィが動いた!
「離せよ、何で止めるんだ!」
メインマストに飛びついて折ろうとしたルフィを追って、俺は文字通り押さえつけた……って、この行動は本日2回目だ! そしてルフィのセリフは1回目と同じだ!
ちなみに、みんなはラブーンに注目しているから俺たちの動向に気付いてないみたいだね。
「お前、マストを折る気だろうが! 船長が自分の船を壊すな!」
「だってあいつ、デカすぎるんだ! 普通にやっても効かねェ!」
確かにそれは一理ある。あんなにデカいクジラ、人間がただぶん殴っても効かないだろう。効くとしたら既に負っている怪我を狙うか、目玉を狙うか。少なくとも、今の俺たちの実力で取れる手段はそれぐらいだ……普通なら。
でもな。
「デカいから攻撃が効かないってんなら、小さくすればいいだろうが!」
「あ」
そう、俺は縮小人間である。ラブーンのあのサイズじゃ多少小さくしたところで高が知れてるけど、攻撃を通す分には充分だ。
それに気付いたらしく、ルフィは抵抗を止めた。
「ラブーンは見た所、そう攻撃的な性格じゃなさそうだ。小さくするまでのタイムラグの間ぐらい、どうってことない」
少なくとも、小さい頃にコルボ山で暴れ猪を小さくしようとしたときみたいに吹っ飛ばされる、なんてことにはならないだろう。
「よし! じゃあ行け!」
……だから、何でそんなに偉そうなんだ。いや、偉いのか。船長なんだし。
その後。
ルフィは俺がこっそり(?)1/30サイズにまで小さくしたラブーンと大喧嘩を繰り広げた。何で1/30かって? ぶっちゃけ適当だったんだけど……中々いい勝負だったりする。
その応酬は暫く続いたが、やがて……。
「引き分けだ! おれは強いだろうが! おれとお前の決着はまだ着いてないから、おれたちはまた戦わないといけないんだ! お前の仲間は死んだけど、おれはお前のライバルだ! おれたちはグランドラインを1周して、今度は元の大きさのお前だって倒せるぐらいに強くなって戻るから! そしたら、また喧嘩しよう!」
ラブーンは、仲間は死んだという言葉に反応しても可笑しくないだろうに黙ってルフィの宣言を聞いていた。
……クジラも泣くんだな。まぁ、哺乳類だしね。何にせよ、とにかくラブーンは泣いていた。
新たな約束、待つ意味が出来たからだろう。
ルフィが約束の証としてラブーンにペイントを施している間に……下手くそすぎるから手伝ってやってくれってウソップに頼んだ。船の修理という役目が無いウソップは、あっさり引き受けてくれた……俺はというと、クロッカスさんと2人きりで向かい合ってるんだけど……。
「何で睨むんですか?」
相変わらず睨まれてます。ついでに言っとくと、俺たちが2人きりなのはみんなが気を使ってくれたからだ。決して、あまりにも重々しい空気を醸し出すクロッカスさんへの生贄にされたわけじゃない! ……と、思いたい。
にしても……俺、何もしてないよ……ね? 何でこんなに重いんだ。
しかし、クロッカスさんの返答はあまりにも理不尽だった。
「つい、な」
「つい!?」
何だろう、このやり取り、前にもあったような気がする……ミホークだ!
けどこれは何の『つい』だ! ミホークのはまだ予測が立てられたぞ!?
クロッカスさんは、大きく溜息を吐いた。
「お前は……ルミナの子なんだろう?」
予想通りというか何というか、やっぱりバレてたらしい。それは確認というよりも断言だった。
空気が少し軽くなった気がする。俺が頷くと、クロッカスさんは頭を振った……そして再び向けられた視線からは、『睨み』が消えていた。
「すまんな……お前が悪いわけではないんだ。ただ、ちょっと……」
「ちょっと……何なんです?」
「……あの子は私の弟子だった」
クロッカスさんは昔を懐かしむような顔をした。
「向こうっ気は強かったが、明るく素直ないい子だった。あの子の方でも私を慕ってくれていたし、私もあの子を本当の娘のように思っていた」
それは……良き師弟愛ですね。
実際、母さんもクロッカスさんのことを随分と慕っていたみたいだしね。もしかしたら母さんの方でも、父親のように思ってたのかもしれない……実の父親はあんなメチャクチャな人だもんな。
にしても、娘……娘、ですか……ありがたいお言葉のはずなのに……何だろう、少し怖い。
「それが……知らん内に誑かされてたかと思うと……!!」
………………………………ハイ?
えーと、つまりそういうことデスカ? 即ち、祖父ちゃんと同じような心持ちだと、そういうことデスカ?
つまりあなたが睨んでいたのは実際には俺じゃなく、俺と同じよーな顔したどっかの誰かだと、そういうわけで……うん。
何それ理不尽!! 俺、関係ないじゃん!!
けどそうか、この顔か。この顔が全部悪いんだな?
そのせいで俺はバギーに逆切れされ、ミホークに斬りかかられ、クロッカスさんに睨まれ……ふ。きっとこれからも俺は与り知らない理由で理不尽な目に遭うんだ……何だろう、目から汗が……俺、母さんに似たかった。マジで。
でもさ。
「誑かされてって……別にそんなのは当人同士の問題なんじゃ……」
こう言っちゃ何だけど、日記の記述からしてもミホークの話からしても、別に騙されてたわけでも遊ばれてたわけでもないと思うんだけど……って、何で俺がこんな話をしなきゃならないんだ!
考えてもみてくれ。自分の親の生々しい(?)話をしたがる子どもがいるもんか!
それに……考えたくない。自分が『誑かし』の結果だなんて、思いたくもない。ただでさえ母さんの命と引き換えに産まれてきたのに、その原因がソレじゃあ……思わずエース発言(=『産まれてきてもよかったのか?』)が出てきそうになる。
しかし俺の言葉に、クロッカスさんは眉を顰めた。
「解っている……しかし、面白くないものは面白くないのだ!」
……………………ダメだ、このじいさん。
多分、母さんとクロッカスさんの絆は本物だったんだろう。血の繋がりは無くても、本当に可愛がっていてくれてたんだろう。それは解る。俺だって、血の繋がらない兄がいるし。
けど……親バカなのか、この人は。相手だって、よく知った人間だろうに。
俺の呆れ果てた視線に気付いたのか、更に言葉を重ねてきた。
「お前にはまだ解らんだろうが、覚えておけ。『娘』の男など、例えどのような立派な人間だろうと気に食わんものなのだ」
いや、そんな話は聞いたことあるけどさ。そこまでか?
……ま、いっか。それだけ母さんのことを大事に思ってくれてるってことだろうし、感謝こそすれ責めることじゃない。俺に対する睨みも解除してくれてるし。
そもそもよく考えれば、いくらクロッカスさんが暴走気味だからって何で俺が『赤髪』の弁護をせにゃならんのだ。
「それよりも……クロッカスさん、話があるんじゃなかったんですか?」
俺もあるけど、クロッカスさんの話をまず聞こう……というか、俺の考えが正しければこの人がまず聞いてくる質問は予想できる。
「ああ……」
自分がヒートアップしていた自覚はあったんだろう、クロッカスさんは少しバツの悪そうな顔になったが、すぐに気を取り直したらしい。よかった、少し落ち着いてくれた。
落ち着いて、しっかり話をしようよ。