場が喜びに沸いているってのにさ。
「そこまでだ!」
ネズミ来やがった! みかん畑でボッコボコにしたから、もう来ないと思ってたのに! どうせ水を差すだけなんだから来るな! 空気読め!
「一部始終を見させてもらった……このアーロンパークに蓄えられた金品も、アーロン討伐の手柄も、全てこの海軍第16支部大佐、ネズミがもらっグヘェ!!」
「五月蝿い」
顳顬に回し蹴りを叩き込みました。
「人が喜んでるところに水を差しやがって……」
「ナミさんを撃とうとしたらしいなァ、このクソ野郎……」
あれ? ゾロとサンジもやる気? てか、何気に仲いいっていうか、息が合ってるね。
その後のことは……詳しく語る必要も無いだろう。
ルフィとウソップも含めて、5人で海兵の一団をボコボコにしました。
みかん畑ではルフィと俺の2人だけでも全然余裕で倒せたやつらだ。5人で、ともなると、完全にオーバーキルである。
「おばえら……おでにでぼだじで、だだでずぶとッブ!」
「五月蝿いって言ってるだろ? 消えてくれないか?」
捨てゼリフを完全に言わせてやる気もございません。
いい加減もう退場して欲しかったから、ネズミの腹をぐりぐりと踏み付けて拳を鳴らしながらニッコリ笑顔でお願いしてみた。
ネズミは快く頷いてくれたよ。ついでに、アーロンを筆頭に魚人たちもちゃんとしょっ引いていってもらった。
その後、退散する前に海の向こうから何か叫んでたようだけど、全然聞こえなかった。まぁ、内容は予想が付く。手配してやる、的なこと言ってるんだろう。
……せめて、言葉が聞き取れる距離で言えばいいのに。何であんな遠くで。
「お前ら、聞こえたか?」
ひょっとして俺の耳が遠いのかと思って、みんなに聞いてみた。
「いや、全然」
「完全にビビってるな」
「……無理も無ェだろ。一部始終を見てたってんだし」
よかった、俺だけじゃなかった! でもウソップ、何が無理も無いんだ?
「何か、スゲェことになるってよ。」
「「「「お前は聞こえたんかい!!」」」」
ルフィは聴力まで野生の仕様だったらしい。アレが聞こえたのか、スゲェな!
思わず揃ってツッコむと、ルフィは頷いた。
「おう! おれとお前がすごいことになるってよ。何で知ってんだろうな、おれが海賊王になって、お前が歴史を変えるって」
お前、と言って俺の肩を叩くルフィ……え、俺も!? 俺も手配されんの!?
俺、何かした!? いや、海賊だけど! でも俺、雑魚散らししかしてないぞ!? 他3人は幹部をやったのに! 確かに海兵に暴行は働いたけど、それもコイツらと同じだろ!?
いや、まぁ……ネズミを主にボコッたのは俺だけど。
私怨!? 何それ理不尽!
くそ、仕方がない……どうせ遅かれ早かれ、手配はされただろうし。でも……アレだけは阻止しないと……。
俺たちがそんな話をしている間に、ココヤシ村の人たちが折れたアーロンパークの旗を持って駆け出していた。島中にこのニュースを伝えるためだろう。
宴が始まるんだろうな……俺はその前に着替えないと。いい加減血生臭い。
いいよね、宴。酒も食べ物もたくさん出るし……夜にはキャンプファイヤーでもするのかな? 流石に無理かな、町中じゃ。でも燃えるんだよね、アレ。
「ファイア!!」
そう、ファイアって燃えて……ファイア?
宴に思いを馳せている間に、何だか嫌な予感のする声がした。その方を見てみると。
ルフィが写真に撮られていた。……って。
うん、予想通りだ! このカメラマン、きっとアレだよ! 炎のアタっちゃんだよ! 手配写真撮りに来たんだ! 早速かよ! 来るの早すぎだろ、オイ!
アタっちゃんは次いで俺の姿を認めて、カメラを構えた。
…………って。
「何を勝手に人のこと撮ろうとしてるんだ?」
即座に取り押さえた。
だってさ……手配されるのは仕方がない、仕方がないけど……写真は絶対嫌だ!
想定外の行動だったんだろう、アタッちゃんはハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。
でも譲らない。絶対に、絶対に嫌だ! 肖像権を主張するぜ!
「俺は撮られる気は無いんで、諦めてください。あぁ、後、もしも無断で撮ろうとしたら相応の措置を取らせてもらいますからね?」
最後の方、アタっちゃんの服の襟を掴んでギリギリとシメながら脅させてもらいました。アタっちゃんも了承してくれた……よかった、もし強引に撮ろうとしてきたら、記憶が無くなるまでボコらなきゃいけなくなる所だった。
だってそうだろ?
この顔を広く世間に知らしめてなるものか!! 引きこもりになるつもりは無いから、直接会った人間に見られるのは仕方が無い。けど手配写真なんて、世界中に配られるじゃんか!! 傍目には何の因果関係も無いから、それだけで色々と背後関係がバレるってことは無いだろう。何も知らない人からしてみれば、精々が他人の空似だ。けどそれでも、俺は絶対嫌だ!!
それに比べたらまだ、原作でサンジが手配された時のような似ていない似顔絵の方が数倍、いや数万倍マシだ! 俺の気持ち的に!
そうだよ、結局は俺の気持ちの問題! でも嫌なものは嫌なんだ!
よって拒否する。写真撮影だけは断固拒否する! 絶対阻止だ!
そう考えたら、勝手に撮られる前に気付いてよかった……これは運がよかったんだろうか、勘がよかったんだろう?
どっちにしても、当面は安心できそうだな……流石にいつかは撮られるだろうけど、今はまだ嫌なんだよ。そんな覚悟出来ません!
それはそれとしてだ。
村の医者にゾロを診てもらうと、綺麗に縫合してある、と褒められた。俺、筋がいいって。少し……いやかなり照れる。でも、医者になる気は無いけどね。
その後、思うことがあって俺はナミを探した。このタイミングなら多分、ベルメールさんの墓にいるはずだ。
「ユアン? どうしたの?」
そこにはナミだけじゃなくて、ノジコとゲンさんもいた。
「ちょっと、相談があるんだ……あのネズミのことでね」
出て来た名前に、3人とも凄く嫌そうな顔をした。
あ、ちなみに俺はとっくに着替えてる。さっぱりした。
「取り敢えず俺たちでボコッたけど、これまでアイツには随分苦しめられてきたんだろ? 実力でアーロンに敵わなかったのはある意味仕方がないけど、買収されずに本部に連絡でも入れればもっと早くに事は片付いたかもしれないわけだし」
「その通りよ。でも、だからって今更……ッ!」
ナミは言いかけて、途中で目を瞬かせた。気付いてくれたみたいだね。
「アイツの悪事を、チクッてやろうかと思ってさ。ただ、実際にそれを見てきた人たちが訴えた方が効果的だと思うんだ。それに、俺たちじゃ海賊だしね」
言って、俺は1枚のメモをノジコに渡した。
「そこに書いてある番号に連絡を入れれば、訴えは聞いてもらえると思うよ。……そしたら、何かしらの行動を起こしてくれると思う。性格はともかく、人柄は信頼の置ける人だから」
渡したのは勿論、祖父ちゃんの直通番号である。
「? 相手は誰なの?」
ノジコの疑問に答えたのはナミだった。
「多分……海兵、でしょ?」
俺に尋ねながらだったけど、確信と呆れが垣間見えた。
「まぁね……言ったじゃん、俺は海賊なんだって。時には卑怯な手だって使うよ」
すまん、祖父ちゃん。よければネズミを捕まえてください。
だってネズミ、それだけのことしてるだろ? それに、確かにルフィも俺も海賊だけど、あいつが俺たちを賞金首にしようとしているのは逆恨みからだ。意趣返しぐらいしてやりたくなる。
「あ、でも悪いけど、連絡を入れるなら俺たちが出航した後にして欲しいな。万一にでも鉢合わせたりしたら大変だし」
ブチ切れそうだもんな……祖父ちゃんのブチ切れとか、それって何の死亡フラグ?
俺の頼みに、ノジコは頷いてメモをポケットに仕舞った。
完全に虎の威を借る狐、親ならぬ祖父の七光りだね。
それでも、この前も思ったけどヘルメッポよりはずっとマシなコネの使い方だと思う。
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さて、ネズミ大佐のその後も少しだけ記そう。
ルフィ以下、麦わらの一味によってボコボコにされたネズミは海軍第16支部へと直帰し、顔の腫れも引かない内に電伝虫で本部に連絡を取っていた。勿論、海賊を賞金首として手配してもらうように要請するためだ。
「いいか、麦わら帽子を被ったルフィという海賊! 並びに以下5名の一味を我々政府の『敵』と看做す!」
ネズミが事細かに伝えた事実は、海軍本部へと送られる。
ちなみにユアンも気付いていないことなのだが、ルフィが原作よりも強化されているのは何もスピード面だけでは無かった。
原作でのルフィは、エースの出航後は1人で修行していた。しかしここでは、師匠こそ無かったが、共に競い合う相手がいた。やはり1人かそうでないかでは、修行に対する気合や練度も違ってくる。
なのでこちらのルフィは、目立たない程度にだが全体的に地味に底上げされていたのだ。
そのため、本部から見たルフィの危険度も原作と比べ上がってしまう結果となる。
しかし、手配を要請したのは船長のルフィだけではなかった。
「また、一味にもう1人、非常に危険な人物がいる! 名前はユアン! そいつのことも手配してもらいたい!」
ネズミは忘れていなかった。
みかん畑であの2人にボッコボコにされ、赤い髪の方の小僧に蹴り出された。最後の最後では腹を踏み付けられた。しかもアーロンパークでもボッコボコ。ある意味麦わら帽子の船長よりも、あちらの小僧への恨みの方が強い。
何とも器の小さな男である。
しかしその怒りは、恐れの裏返しでもあった。それがネズミの嘘偽り無い本心。
ネズミはこの2人の戦闘力をかなり正確に、かつ、その人格をかなり悪し様に本部へと伝える。
そして、その写真を送ろうという時。
「……もっとマシな写真は撮れなかったのか? それに、もう1人の方は撮れてすらいないじゃないか」
カメラ目線で満面の笑顔を浮かべるルフィの写真を苦々しげに見遣り、カメラマンを責めた……が。
「すみません、それしか……もう1人の方には、撮るなと脅されてしまいまして……初めて本気で、笑顔が怖いと思いました」
そう言われては、流石のネズミもそれ以上責められなかった。彼にも覚えがあるだけに。
ネズミをフルボッコにした時、あの赤毛の小僧はそれはそれは晴れやかな笑顔であった。そりゃもう、楽しくて仕方が無いと言わんばかりに。思い出すだけでも背筋が凍る。
仕方が無いので、ユアンに関しては外見的特徴のみを伝えることにした。
ちなみにその特徴とは、『チビ』と『赤い髪』であったりする……何とも少ない情報だ。これで手配書を作成せねばならない海軍の苦労は如何ばかりであろうか。
「チッチッチッチッ! このおれを怒らせたことを後悔するがいい!!」
これであの2人は手配される。追われる身の上になるのだ。そう思うと少しは溜飲の下がる思いだった。
しかしネズミは、気付いていなかった。
己のすぐ後ろに破滅の足音が近付いていることに。
アーロンパークでの1件から暫く経ったころ、ネズミが統べる海軍第16支部に、普通なら来ないようなVIPが現れた。
海軍本部中将、『拳骨』のガープである。
どうやら元海軍支部大佐『斧手』のモーガンの護送のためにこの東の海に来ていたらしい。肝心のモーガンはうっかり逃走を許してしまったようだが、骨のありそうな若者を見つけ、本部に連れ帰る途中だったのだとか。
当初はネズミも彼を歓迎したのだ。ゴマスリのチャンス、と思っていた。
しかし、続いた言葉に仰天する。
何と、ネズミが先だって捕縛されたアーロンと結託していた腐敗軍人である、という情報が寄せられているのだと言う。
詳しくは語られなかったがそれは勿論、ユアンからガープの連絡先を聞いたココヤシ村の住民に拠るものだ。
彼らはネズミとアーロンの繋がりなど当然のように知っていて、証言には事欠かなかったし、ネズミを庇う理由も無かった。
しかも、突然の来訪だった故に賄賂や汚職の証拠を隠すのも間に合わず、簡単な捜索の末にあっさり押さえられてしまい、言い逃れなど出来なくなってしまう。
最終的には、贈収賄に関わったネズミやその部下たちは懲戒免職の上に逮捕と相成ったのだった。
別名・ネズミイジメの巻。