麦わらの副船長   作:深山 雅

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第64話 コックは必要

 船がドクロを掲げれば海賊船、カモメを掲げれば海軍船。

 原作W7の過去編で船大工トムが言っていたことだ。

 ゴーイング・メリー号も、ドクロの海賊旗を掲げて初めて海賊船となる。

 逆を言えば、海賊旗を掲げていない今はまだ、この船は海賊船ではない。ただの船だ。

 さらに言うなら、この船に乗っている『海賊』はまだ手配もされていない、『自称海賊』。

 何が言いたいかといえば、今俺たちが海賊と名乗ったとしても、海軍が逮捕することは難しいってことだ。そんなことをしていたら極端な話、この前のシロップ村のウソップ海賊団のような、子どものごっこ遊びにも目を光らせなければいけないということになってしまう。

 尤も、この船に乗っているのはもう幼い子どもではないし、実際に海に出てそれなりの船に乗っている。本人たちに海賊の自覚と覚悟もある。ごっこ遊びとはわけが違うだろう。だがそれでも、海軍が発見次第即攻撃・捕縛に移るのは難しいはずだ。

 原作ではシロップ村を出航後に海賊旗を掲げていたけど、俺としてはもう少しの間だけ現状を維持したい。何故なら、ちょっと考えがあるからだ。

 いや、実際のところは海賊旗を掲げていては実行に移せない、というような案ではない。ただの我が儘で、自己満足に過ぎない。

 それでも『海賊』ではなく『自称海賊』としていたいんだよ。これでも、ちょっとは罪悪感もあるし……まぁだからって、海賊辞める気も、この考えをボツにする気も無いけど。

 だから。

 

 「なぁユアン、ペンキ知らねぇか?」

 

 キョロキョロと船内を物色しているルフィに、俺はそ知らぬ顔でしらばっくれた。

 

 「さぁ? 知らないけど?」

 

 漸くちゃんとした船を手に入れたことで、前々から考えていたマークを描こう、と意気込んでいたルフィだけど、ゴメン。もうちょっとだけ待ってて。

 ちなみにペンキの在り処は解ってます。だって俺が隠したから。ルフィ、本当にゴメン。

 既にゾロやナミ、ウソップにも聞いていたのだろう。ルフィは案外あっさり諦めた。

 

 「お前は何してるんだ、それ?」

 

 「電伝虫がちゃんと通じるか、確認中」

 

 カヤから貰ったものだから大丈夫だと思うけど、念のため。多分近々使うことになるし、土壇場で通じませんでした、じゃ話にならない。

 話の信憑性ってやつが、ね。必要になってくるんだよ。

 

 「ふーん。で、通じたのか?」

 

 聞かれ、俺は頷いた。

 うん、これは確かにバッチリ通じた。何の問題も無かった。

 ちなみに掛けたのは、フーシャ村村長にだ。話題が無いからすぐ切ったけど。無言電話してゴメンナサイ。

 

 「何か……嬉しそうだな」

 

 ルフィは、何となーく、そこはかとなく上機嫌だった。海賊旗がお流れになったのに。

 そうだった、とルフィはまた笑顔になった。

 

 「ウソップがスゲェんだぞ! 1発で的に大砲を当てたんだ!」

 

 あぁ、そういえばさっき大砲を撃った音がしてたな。

 

 「で、おれはあいつを狙撃手に決めた!」

 

 妥当な人選だろう。

 ……あー、ってことはそう掛からずにヨサクとジョニーが来るのか? ライムジュース用意しとかないとな……いや、ガイモン印の果物使ったミックスジュースでもいいんだけど。要は植物性のビタミン摂れればいいんだし。作りました、はい。ミックスジュース。だってシェルズタウンで用意したライムやレモンのジュース、飽きてきてたからさ……。

 

 

 

 

 俺がキッチンで玉ネギを切っていたら、その背後のテーブルに腰掛けたウソップがルフィに、不甲斐無いことしてたら船長交代だ、と宣言していた。対するルフィは特に気にした様子も無いけど。

 

 「それよりさ、おれ、グランドラインに行く前にもう1人、必要なポジションがあると思うんだ」

 

 ルフィが珍しく的を得た発言をしている………………嫌な予感もするけど。

 切り終えた玉ネギをひとまずボウルに除け、今度はニンジンに取り掛かる。さっきジャガイモとマッシュルームも切ったし、後はこれと鶏肉と……。

 

 「必要なポジション? 何かあった?」

 

 ……あれ? 何でナミは不思議そうな顔してるんだろう?

 

 「何言ってんだ、お前! 海賊船にはやっぱり音楽家が必要だろ! 海賊は歌うんだ!」

 

 やっぱり! ルフィの熱意は音楽家にのみ向けられていた!

 俺は大きな溜息が零れるのが止められなかった。

 

 「ルフィ……音楽家はひとまず置いとこう?」

 

 ニンジンを切り終えて、今度は肉。ルフィの要望により大量投入せねばならないから大変だ。

 

 「でも、ユアンだって大変だろ? ハーモニカ」

 

 ……正直、それが1番楽だ。レパートリーは『ビンクスの酒』だけだし、宴の時かルフィが強請った時ぐらいしか出番無いし。もっと他に肩代わりしてもらいたい役目があるぞ。

 

 「それはいいんだよ、まだ……それより、もっと大事なポジションがあるだろ?」

 

 「? 何が必要なんだ?」

 

 ウソップ……ナミといい、何でお前までそんなこと言うんだ?

 材料のカットが終わったから、次は炒めないとな。全く……随分と包丁使うのにも慣れたもんだよ。さて、さっき小麦粉もバターで炒めといたし、牛乳も欠かせないよね。

 

 「何って、コックだよ、コック! 海のコック!」

 

 俺の発言に、全員キョトン顔……何故?

 

 「メシならお前が作ってくれてるだろ?」

 

 ………………………………………………あ。

 言われ、俺は自分の手元を見た。分銅鍋で炒められ、香ばしい香りを放つ食材。

 隣の台の上には、きっちり分量を量って置いといた調味料や牛乳その他。

 うん。

 

 俺は何ナチュラルにシチューなんて作ろうとしてるんだ!?

 しかもさっき、トーストも焼いた! ヒラメのムニエルは下拵えして後は焼くだけだし! 既にサラダも準備してある……っていうか、そのサラダをナミがちょっと摘んでる!? ……ちなみに、マヨネーズが船に積んでなかったので俺が自作しました。

 クリームシチューっていいよね。だって牛乳も摂れるし。牛乳摂れるし! 大事なことだから2回言った! ってそんなのどうでもいいよ!いや、俺的には重要なことだけど!

 俺ってば、誰に言われるでもなくきっちり栄養の摂れるメニューを用意してる! しかもしっかりとしたボリューム! いつの間に!?

 アレか、ちゃんとしたキッチンを手に入れたから前よりもちゃんとした食事を食いたくなったせいか!? 本職には及ばないまでも、出来る限りの腕を揮う気になってしまったのか!?

 習慣になっちゃってんだな……何かもう、自分が哀しい。コックが欲しいと言いながら、料理に勤しむことに何の疑問も持ってなかったよ……。

 

 「テメェら全員出て来ーーーい!! ぶっ殺してやるーーー!!」

 

 俺がちょっと侘しい気分に陥っていたら、外からとても賑やかな声がしてきた。同時に、ドカッ、バキッという何かを破壊するような音もだ。

 あぁ、ジョニーが来たのか……あれ? ヨサクの方だっけ? う~ん、どっちがどっちだったか、もう覚えてないや。

 

 「何だ!?」

 

 ルフィが驚いて立ち上がる。

 

 「侵入者が1人」

 

 俺が簡潔に伝えると、ルフィは1つ頷いて飛び出していった。

 俺は行かない。ルフィ1人でも充分すぎるぐらいだろうし、今鍋の前を離れるわけにもいかない。焦げる。

 

 「おい、何で人数まで解るんだよ」

 

 ウソップに聞かれ、俺は手を離すことなく首だけ回して後ろを見た。

 

 「見聞色の覇気モドキ」

 

 わけが解らない、という顔をされたから、俺はこの間ナミにしたのと同じ説明をした……けど、ゾロもウソップも半信半疑だ。まぁ、実際に見て納得していってもらうしかないだろう。

 そんな話をしてる間に、外が静かになってた。どうやら終わったらしい。

 俺を除く3人も様子を見に外へ出て行った……俺も行こうかな、シチューの火は止めてさ。

 

 

 

 

 乗り込んできたのは、やっぱりジョニーの方だったらしい。

 ヨサクはというと、病に倒れていて起き上がることも出来ない。

 症状としては、失神、歯が抜ける、古傷が開く。典型的だよ、うん。

 んで、岩山で安静にしてたら砲弾を受けるハメになったと……ルフィとウソップがユニゾンしながら謝罪している。

 ジョニーが相棒の病を本気で心配しているのは見ていてすぐに解る。だけど……。

 

 「バッカじゃないの!?」

 

 ナミの意見に、全力で同意したい。海に出てるのにこんな基本的な病気も知らないなんて……。

 

 「あんた、おれの相棒の死を愚弄する気か!?」

 

 「そりゃお前の方だ」

 

 ボコン、と俺はキッチンから持ってきたビンで軽くジョニーの頭をどついた。

 

 「うっく……! どういうことだ、赤髪!」

 

 ……って、オイ。

 

 「赤髪はヤメロ、マジで。何か変な感じがする」

 

 いや、チビよりはマシなのかもしれないけど。

 俺は軽く頭を振った。気分を切り替えよう、うん。

 

 「相棒なら、勝手に殺すな……ミックスとライムとレモン、どれがいい?」

 

 手に持つ3種類のジュースを掲げて見せたけど、ジョニーは困惑顔だ。

 

 「いっそ全部飲ませちゃいなさいよ」

 

 ナミが溜息混じりにアドバイスしてきた。なるほど、一理ある。

 俺はヨサクの口にビンを押し付けて無理矢理飲ませた……ちょっと咽てたような気もするけど、まぁ些細なことだ。

 

 「お、おい! テメェ何をする!?」

 

 「黙ってろ。飲めばその内治る」

 

 治る、の言葉にジョニーは目に見えて表情を変えた。

 

 「壊血病だよ。ビタミンC欠乏が原因の疾患……要は、野菜や果物食べて無かったせいってこと」

 

 俺の発言にナミが頷き、補足した。

 

 「一昔前までは船乗りにとっては絶望的な病気の1つだったわ。でも、原因は単なる栄養不足。手遅れじゃなきゃ数日で治るわよ」

 

 「傷口が開いたって言ってたよね? 後でそれも見せてよ、一応消毒ぐらいはしといた方がいいかもしれない」

 

 感染症になったりしたら大変だ。

 

 「お前らスゲーな!」

 

 ルフィがキラッキラした目で見てくるけど……あのなぁ。

 

 「何のために、毎日毎朝お前らにフルーツジュース飲ませてきたと思ってたんだ?」

 

 飲ませてました。まぁ、数日ぐらいなら別に問題無いんだけどね。それでも注意するに越したことはない。

 

 「あいつら、放っておいたらその内死ぬわね」

 

 ナミの言葉は、とても正しい。

 病気なんてしたことない元気印のルフィも、流石に栄養失調はどうにもならないだろう……放っておいたら、肉しか食べないだろうし。

 そんなことを考えながらヨサクに持ってきたジュースを飲ませ終えると、ヨサクはすぐさま復活して踊りだした。

 

 「そんなに早く治るか!」

 

 ナミのツッコミ通り、ヨサクはまたすぐに倒れたのだった。

 

 

 

 

 ヨサクは寝室に寝かせ、ジョニーがそれに付き合っている。俺たちはというと、その上の部屋で食事中である。

 

 「な? 栄養管理は大事だろ? コックは必要だって」

 

 俺は力説するけど、反応は薄い。

 

 「そりゃ栄養の大切さは解ったけどよ。でもちゃんと美味くてバランス取れたメシが食えてるじゃねぇか」

 

 ウソップはシチューの皿を掲げて見せてきた。

 あ、美味かった? ……って、喜んでどうする!

 

 「俺の腕じゃ本職には及ばないし、凝った物は作れない。栄養についてだって、大雑把な知識しか無いんだよ」

 

 「別に凝らなくてもいいだろ。レパートリーはそこそこあるみてぇだしな」

 

 ゾロ……お前まで。

 でもその通り、俺のレパートリーはそこそこある。少なくとも、献立が1週間でループするようなことはない。

 全国の料理音痴の皆さん! 料理は身近に美味しく食べてくれる存在がいると劇的に上達するよ!

 俺も、エースとルフィが美味い美味いって食べてくれるもんだから、ついつい頑張っちゃって……凝ることは出来なかったけど、味付け頑張った。栄養を考えるクセも付いた。でもそれが、巡り巡ってこんなことになるなんて……。

 よし。

 

 「解った」 

 

 それなら、別の切り口で説得してやる。

 

 「それじゃあ俺は、コックになる。コック代理じゃなくて、コックにな」

 

 ひたすら食べているルフィ以外が軽く頷くのを見て、俺は続けた。

 

 「その代わり、やるとなったら徹底的にやるからね? 食材ももっと吟味するし、栄養についても学ぶし、レパートリーも増やすし、腕も上げるために特訓する。当然、他に時間を割く余裕なんて無くなるから、コック以外のことはしない。船医代理も、音楽家代理も返上する。何より」

 

 ジィ、とゾロ・ナミ・ウソップの3人を眺め回した。

 

 「ルフィの面倒は、お前たちがしっかり看ててくれよ?」

 

 「「「コックを探<すぞ><すわよ><します>」」」

 

 即答だった。伝家の宝刀、恐るべし。

 

 「ん? ほうひた?」

 

 パンで口をリスのようにパンパンにさせながら不思議そうな顔をするルフィに、生暖かい視線が集中したのだった。

 

 

 

 

 

 「海のコックを探すなら、うってつけの場所がありますぜ」

 

 自分とヨサクの分の食事を取りに来たジョニーが、そう提案してきた。どうやら話が聞こえていたらしい。

 そしてジョニーの口から出てきたのは、海上レストラン・バラティエの話。

 

 「んじゃ、取り敢えずそこに行ってみっか!」

 

 船長の決定により、メリー号はバラティエを目指す。

 

 「アニキが探してた、『鷹の目』の男もそこに現れたことがあるって噂ですぜ」

 

 ジョニーのもう1つの情報に、ゾロの目の色が変わった……でも、俺としては。

 

 「ルフィ、『鷹の目』って誰か解るか?」

 

 「? 何だそれ?」

 

 ……ルフィに勉強の成果が見られなかったことの方が、重大だ。俺は口元が引き攣るのを止められない。

 するとルフィは慌てて考え込み始め、暫くしてポンと手を打った。

 

 「あ! 七武海か!」

 

 良かったー、覚えててくれてた!思い出すのに時間掛かりすぎだけどな!

 まぁ、結局ジョニーのこの情報はガセなんだけど……それでも出会うって、どんな巡り合わせなんだ?

 『鷹の目』のジュラキュール・ミホークとこの東の海で出くわすなんて。

 ………………アレ? ミホークと出会う?

 俺、ヤだな……いや、バギーの時のようなことにはならないと思うけどさ。別の意味で嫌だ。

 

 

 

 

 俺がちょっと頭を抱えてる間にも、メリー号は順調に海を行く。

 向かうは海上レストラン・バラティエだ!


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