麦わらの副船長   作:深山 雅

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第63話 メリー号に最も必要な物

 突然だけど、キャプテン・クロの戦いというとどんなイメージがある?

 猫の手、抜き足、杓死……取り敢えずこんな単語が浮かぶかな。

 特に杓死は、敵味方を問わず手当たり次第に周りを斬りまくる非情の技として記憶に残ってるはずだ。

 しかし。だがしかし。

 

 「ゴムゴムの~鐘!!」

 

 「グフッ!!?」

 

 何も出ることなく終わったよ、オイ! 杓死なんて言葉すら出なかったよ!?

 何が起こったかっていうとだね、え~と……ルフィはクロの抜き足に付いていくどころかそれを上回って早々にヤツを捕えた。はっきり言えば、クロが動いた次の瞬間にはがっちりホールドしてた。んで、沈めた。

 ………………船長対決、一瞬で終わったよ。

 

 「随分……早かったな」

 

 思わず呟いてしまった言葉はしっかりとルフィの耳に届いていたらしく、逆に首を捻られた。

 

 「どうしたんだ?」

 

 「いや、船長対決の割りに張り合い無かったから」

 

 「? 何言ってんだ、あれくらいで。あの執事、お前より遅かったしな」

 

 こともなげに言われ、はたと気付いた。

 原作初期のスピードタイプの敵は誰だと言われれば、俺は迷わずクロと答えるだろう。それくらい、俺の中では『クロ=素早い』の図式があった。

 けどそういえば、さっきクロが動いた時の動作は俺もしっかり把握できていた。気配を感じていたんじゃない、目で追えたんだ。それはつまり……俺は、実際以上にクロの速度は速いと思い込んでたってことになるのか?

 

 両方と対峙したルフィが言うなら、確かに俺の方がクロより速いんだろう。考えてみれば可笑しくない、俺は剃が使える上に優先してそっち方面に磨きを掛けた。反対にクロは、何だかんだ言っても3年のブランクがある。

 そして俺は何年もルフィとしのぎを削ってきたから、ルフィは俺の速度に適応した瞬発力を持ってるし、あいつ自身一応、剃が使えるんだ。

 つまりルフィにしてみれば、クロは特別素早い相手でも何でもなかったわけで。

 そしてその素早さを封じられてしまえば、クロがルフィに太刀打ちする術なんて無くなるわけで。

 そりゃ……一瞬で終わるよな。

 

 むしろ、今の俺は自分の迂闊さを呪いたい。

 原作でのルフィだって、多少のやり取りの後には抜き足に付いていっていた。剃を体得していてスピードの面ではまず間違いなく強化されている今のルフィが、原作のように手間取るわけがないじゃないか。

 思い込みって、恐ろしい。何とかしないと……。

 

 「キャ、キャプテン・クロが一撃で!」

 

 「海軍船一隻をたった1人で壊滅させた、あの『百計』のクロが!?」

 

 ……人がちょっと悩んでるってのに、煩いモブたちだな。

 

 「テメェは一体何なんだ!?」

 

 「モンキー・D・ルフィ!」

 

 ルフィは不敵な笑みと共にどんと言い放った。 

 聞かない名だ、と微妙そうな顔をするモブたち。

 

 「一生覚えとけ、海賊王になる男の名前だ!!」

 

 海賊王発言に、コイツ何言ってんだ的な空気を醸し出す連中……うん、取り敢えずこの場は苛立ち全部こいつらにぶつけて発散しちゃっていい?

 

 「持ってけ!」

 

 転がってるクロを拾い上げて……あ、ちなみに猫の手は今この時に回収した。だって結構珍しそうな武器だから、武器屋で売れるかも? とか思って……連中に投げつけた。

 

 「キャプテン・クロ!!」

 

 『全員消す』発言が無かったからか、モブたちは素直にも元船長の身を案じている。

 

 「自分たちもそうなりたくなかったら、そいつを連れてさっさと出てけ……ただし、さっきルフィの夢をバカにする発言をしたヤツは残れ」

 

 今の俺には、随分と意地の悪い笑みが浮かんでいるだろう。

 チャキ、と奪った猫の手を構える。

 

 「試し斬りに丁度良さそうだ」

 

 《うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!》

 

 残れと言ったのに、全員一目散に逃げていった。

 別にいいけど。そもそもルフィ本人がそこまで気にしていないみたいだから、俺だって本気で言ったわけじゃない。脅しつけただけだし。

 でも、あの慌てっぷりにはちょっと愉快な感じがした。

 

 「あいつら、催眠術師忘れてるぞ」

 

 ……あ、本当だ。ジャンゴってば倒れたまま置き去りにされてるよ。

 あいつら、元船長を連れて行って現船長を忘れ去ったな。

 

 「ほっときなよ。もうどうも出来ないだろうし」

 

 ま、図らずも『ジャンゴのダンス天国』フラグは守られたと思っておこうかな。

 

 

 

 

 そしてウソップは、この1件を自分たちの間だけの秘密にすることにしたらしい。

 そりゃ、そもそも村の人たちには何も言ってないし、わざわざ過ぎた未遂事件を伝える必要も無いだろう。

 

 

 

 

 珍しい。本当に珍しい。

 

 「プハァッ、取れた!」

 

 喉に引っ掛かっていた魚の骨を抜いたルフィがホッと息を吐く。

 ルフィが、肉よりも魚を食うなんて、珍しい。

 場所はシロップ村のメシ屋。腹ごしらえをしてました。

 ちなみに俺も魚を食べた……というか、今回は全員が魚料理を楽しんだ。

 

 「あんたたち、魚を食べたら普通こういう形跡が残るものなのよ?」

 

 自分の皿に残る魚の骨を摘み上げながら、ナミが半眼になって指摘してきた。喉に引っ掛かっていた骨だけが皿に残っているルフィと、何も残していないゾロと俺。

 ……カルシウムって大事なんだよ!

 

 「ここにいらしたんですね」

 

 そこにやってきたカヤ。何の用件かというと……解るだろう。

 船をくれるというのだ。

 

 

 

 

 海に浮かぶ。羊の頭を象った船首飾りのキャラヴェル。

 

 「カーヴェル造り三角帆使用の船尾中央舵方式キャラヴェル、ゴーイング・メリー号でございます!」

 

 どこか誇らしげに自身の設計した船を紹介する執事……基、メリー。

 メリーは包帯やガーゼで痛々しい姿である。よくよく考えたら、今回最も酷い目に遭ったのって、メリーか? 終わってみればウソップもお子様3人組も俺たちも、全くと言っていいほど怪我してなかったし……ゴメン、メリー。俺はお前のことを綺麗サッパリ忘れ去っていた。

 にしても、ゴーイング・メリー号! 船! 船だよ!! フーシャ村の小舟から始まって、漸くここまで……長かった!

 

 「いい船だなっ!」

 

 ルフィはいつもの無邪気な笑顔で喜んでいる。

 

 「動索の説明を致しますが、まずクルーガーネットによるヤード調節に関しましては」

 

 船長だからだろう、メリーはルフィに船の説明を仕出したけど……。

 

 「あー、ダメダメ。船の説明なら私が聞くわ」

 

 うん、ナミも随分とルフィを解ってきてくれてるみたいだね。

 普通解るか。ルフィってばあからさまに ? な顔だし。

 後で、俺も一応聞いておこう。でも今はそれよりも。

 

 「航海に要りそうなものは積んでおきましたから」

 

 カヤの心遣いは実に細やかだ、細やかなんだけど……。

 

 「冷蔵庫は?」

 

 俺的最重要事項はそれだ。

 

 「? 塔載してありますが……どうかしましたか?」

 

 「普通の冷蔵庫?」

 

 「はい……あの、何か拙かったでしょうか……?」

 

 俺の真剣な顔に、カヤは不安そうな顔になった。ごめん、でも俺も引けない。今後の食事事情に直結するんだ。

 

 「悪いんだけど」

 

 俺の気分としてはもう、土下座で懇願したい。

 

 「費用はこちらで負担するから、鍵付きの冷蔵庫に変えてくれない?」

 

 主に、ルフィのつまみ食いを阻止するために……というより、理由はソレしかない。だってアイツのつまみ食いはもう、つまみ食いなんて生やさしいレベルじゃない!

 

 「えー、何で冷蔵庫に鍵を付けるんだよ! 開けられなくなるだろ!」

 

 横で聞いてたルフィが早速文句を付けてくるけど……うん。

 

 「お前は開けるな。何なら巨大ネズミ捕りでも搭載しようか?」

 

 ルフィは黙った。流石にそれは嫌なんだろう。

 俺たちのやりとりで事情を察してくれたんだろう、カヤは苦笑と共に頷いてくれた……あぁ、それと。

 

 「出来れば電伝虫も1匹入手できないかな? 貰えるなら、それも費用は出すよ」

 

 「電伝虫ですか? 私の家に2・3匹いますので、1匹なら差し上げますよ?」

 

 ラッキー! 思ったより楽だったな。電伝虫って、何気に手に入りにくいのに。

 そんなこんなで、細々としたやりとりをしていたら。

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー! 止めてくれーーーーーーーー!!」

 

 ウソップが坂から転がってきた。

 

 「このままだと船に直撃するな」

 

 ゾロよ、お前の心配はウソップではなくメリー号に向けられているのか? ……それで問題は無いか。

 

 「じゃ、止めないとね」

 

 もうすぐそこまで迫ってきてるし。それにウソップも自分で言ってたしね。『止めてくれ』って。

 

 「わ、悪ぃな……」

 

 ウソップから見て向かって右からゾロ・俺・ルフィに、顔面に足をめり込ませられながら止められたウソップが、弱々しく礼を言った。

 

 「「「おう」」」

 

 にしても、すごい音がしたなー。ドスン! って。痛そうだよね、だってウソップはゴムじゃないんだし。

 

 

 

 

 メリーに手伝ってもらいながら鍵付き冷蔵庫を運び込んだ後、甲板に出てみたらウソップはカヤと別れの挨拶をしていた。

 

 「今度帰ってきたら、ウソよりずっとウソみたいな冒険譚を聞かせてやる!」

 

 まぁ実際、島喰いにも出会うことにもなるしね……冒険には事欠かないだろう。

 そして今度は、メリー号に乗り込んでいる俺たちに向き直った。

 同じ海賊になるんだから、海で会えたらいいな、とかさ……。

 

 「何言ってんだ、早く乗れ」

 

 ゾロはメリー号を指し示し。

 

 「おれたち、もう仲間だろ?」

 

 ルフィは、何でウソップがそういう風に言い出したのか解らないと言わんばかりの表情だ。

 

 「キャ……キャプテンはおれだろうな!?」

 

 ウソップの発言に、俺はちょっと溜息を吐いた。

 

 「もしそうなったら、俺は船を降りるぞ」

 

 ボソッとした呟きだったから、多分誰にも聞かれてはいないだろう。興醒めはさせたくないから、その方がいい。

 10年前、エースとサボとルフィに誘われて、俺はルフィを選んだ。理由はどうあれ、それが事実。その時点でもう腹は決めている。エースとサボの誘いを切った時点で、もう、俺の船長はルフィだけと決めている。

 勿論、ウソップのあの発言が照れ隠しを含んだものだってことは解ってる。でも、そこは譲れない。

 

 「バカ言え! キャプテンはおれだ!」

 

 ルフィもムキになって言い返していた。

 

 

 

 

 

 「新しい船と仲間に乾杯だー!」

 

 就航して暫く経ってから、小なりだがメリー号船上にて宴が催された。ツマミを作る身の上としてはちょっと忙しかったけど、酒が飲めるなら何でもいい。ちなみに、珍獣島でガイモンに大量に譲ったから品薄になっていたけど、シロップ村にて補充しておいた。なので現在この船は豊富な酒を所持している。

 だが。

 

 「なぁ、ユアン」

 

 ゾロとナミが飲み比べをしている中、ルフィが微妙な表情になっている。

 

 「何でおれだけジュースなんだ?」

 

 「それはお前が酒乱だからだ」

 

 ってか、他の理由なんてない。

 ルフィは面白く無さそうだ。多分、子ども扱いされている気分なんだろう。けど思い出せ、あの『ダダンの家倒壊事件』を。

 ダダンの家はまた後で建て直せば良かったけど、船が壊れたら沈むしかないじゃんか!

 

 「ちぇ~……じゃあ、音楽だ!」

 

 うん、それは聞き入れる。というより、言い出すと思ってたから既に準備している。ハーモニカだけど。

 『ビンクスの酒』。海賊たちの舟歌だ。ルフィとウソップが肩組んで歌ってる一方で、ゾロとナミは飲み比べ続行中。……くそぅ、俺も飲みたい。

 

 

 

 

 何はともあれ、賑やかになりそうだな。 


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