結構大きなライオンに乗った変な男とゴムの漫才が今目の前で繰り広げられています。
「これはおれの髪の毛だ、着ぐるみじゃねぇ!」
「じゃあ余計変だな」
全力で同意したい。ってか、した。傍で見ながらコクコク頷いた。どうやったら髪の毛で耳を表現できるんだ。
流石は『道化』の一味、ツッコミ所が満載だ。良かったー、母さんがこんな集団に入ってなくて。
ルフィがツッコミになるなんて、そうそう無いぞ? いつもは天然でボケやがるヤツだから。
いやー、いい酒の肴だね。
「おれに操れない動物はいないんだぞ……お手」
何のアピールなのか、モージはシュシュにお手を要求した。
「ガウ」
シュシュはモージの手に噛み付く……当然の結果だな!
モージは何事も無かったようにルフィに向き直った。
「お前は所詮ただのコソドロだ」
……コイツ、今の無かったことにする気だ!
「犬は?」
KYのルフィは容赦無くツッコむけどね!
「シュシュ、お手」
その横で、俺は特に深い意味は無く試してみた。けど。
「ガウ」
シュシュはお手をしてくれた……何だろう、この微妙な空気は。
え、てっきり、俺も噛まれるかな~とか考えてたのに! 俺とモージの違いって何!?
「………………貴様の命に興味は無い」
うわ、コイツ俺の存在ごと今の『お手』を無かったことにする気だ!
よし、それなら……。
「おかわり」
「ガウ」
シュシュはさっきとは反対の前足を俺の掌の上に乗せた。賢いなー、シュシュ。
「………………ロロノア・ゾロはどこだ?」
コイツ、あくまでも認めない気だ!
まぁ、それならそれでいいけど。ルフィの檻だけ壊してくれれば、後はどうでもいいし。もう俺アイツ出してやる気無いから。
「言わん!」
ドきっぱり胸を張るルフィ。リッチーの唸り声にもちっとも動じてない。
当然と言えば当然だね。
コルボ山にはライオンなんていなかったけど、昔祖父ちゃんに放り込まれた孤島のジャングルには、もっと危険そうなトラとか大蛇とかたくさんいたから。
そう、俺たち孤島に放り込まれたことが多々あるんだよ……ずっと前は、俺とエースの2人で。それからルフィやサボも一緒に放り込まれるようになって、サボが出航してからは3人で。流石に、エースが出航するようになる前にはそんなことも無くなってたけど。
コルボ山の猛獣にすら勝てない時期に密林に置き去りにされた時は、母さんが祖父ちゃんに愛想を尽かした理由が実感できた。マジで。よく生きて成長できたよ、俺たち……。
いや、過去に思いを馳せるのは後でいい。何か遠い目になっちゃうし、目に汗が浮かんでくるし。
「やれ、リッチー!!」
ホラ、ちょっと意識を逸らしてた間にルフィが襲われてるし。
多分、モージはルフィが檻の中に入っているから安心してるとでも思ってるんだろうけど、実際には逆だ。モージはルフィを解放するべきじゃなかった。野に獣を解き放つようなものだ。
「やった、出られた!」
リッチーが襲い掛かったことで檻が壊れたために外に出られて、パァっと明るい笑顔になるルフィだけど……オイ。
「油断大敵だぞ」
リッチーはそのままルフィを薙ぎ払った。
体勢を立て直す前に食らっちまったもんだからルフィの体は吹っ飛んだ。家1軒を貫通して、隣の通りまで飛ばされた。
けど、爪で切り裂かれたってんならまだしも、ただ殴り飛ばされただけでルフィがダメージを受けるわけない。感じる気配にも全くブレはない。
向こうから様子を窺っていたナミとブードルさんが、ルフィの方へと走って行った。心配してるんだろうね……。
「即死だ! 身の程知らずめ」
いやオッサン、それはアンタの方だから!
そんな一連の様子を酒をチビチビ舐めながら観察していたら、リッチーが俺の方を見た。
「ガルルルルルルルル……」
お、何だやる気か、このヤロウ。
「ペットフードショップか……食事は早めに終わらせろよ」
オイ、オッサン。お前、どんだけ俺のこと無視する気だよ。リッチーは今明らかに俺に向かって唸ってただろうが。そっちがその気なら。
「伏せ」
「ガウ」
うん、俺とシュシュ、結構いいコンビかも。
「………………貴様は何者だ」
よし、やっと現実を認めたな。
「俺はただの通りすがりの少年だよ? アンタよりもちょっと犬との意思疎通が出来てるだけの、ただの子どもだ」
ピクリ、とモージの口端が震えた。プライド傷ついただろーなー。
「いい度胸だ、小僧……今の内にさっさと消えるんだな。でなければ貴様もあの麦わらの男と同じ道を辿ることになる」
余裕を見せているつもりなんだろうな……バカバカしい。
俺はその言葉を鼻で笑ってやった。
「同じ道? どんな?」
ヒクヒクとモージの口元がまた震えた。
「目の前で見ていたはずだ……坊主、海賊に逆らうものじゃないぞ。はっきり言ってやろう。死にたくなければ消えろ」
手に持っていたボトルに残ってた酒を一気に煽って、俺は挑発的な笑みを浮かべた。
「じゃあ、お前が消えろ……俺も海賊だ」
空になったボトルを投げつけると、モージの顔面に直撃した……っておいおい、それぐらい避けられると思ってたぞ?
「ぐわっ!」
もんどりうってリッチーから転げ落ちるモージ……え、弱っ!?
「きっ、貴様! 海賊だと!?」
鼻を押さえながら身を起こしたモージに、俺は冷笑を向けた。
「そうだよ……この間からね。で? 消えてくれる?」
まぁ、これで相手が引き下がるわけないってことぐらい、解ってる。
俺は自分で言うのは癪だけど小柄だし、筋骨隆々って体格でもない。武器も所持していなければ、ゾロのように名が売れているわけでもない。となると、モージの反応は……。
「ふざけるなっ! てめぇも身の程知らずか!! リッチー! そいつを噛み砕け!」
激昂して戦闘突入……ま、当然の成り行きか。
「短気は損気だぞ?」
リッチーが飛び掛ってきたから、俺は隣にいたシュシュを抱えて避けた。
「ワン! ワン!!」
シュシュ……一応庇ったつもりなんだからさ、暴れないでよ。
「離れてなよ、お前の『宝』に手出しはさせないからさ」
シュシュを解放したが隠れてはくれず、またドンと店の前に陣取って座っている。あーあ、これは。
「運が悪いな」
ポツリとした呟きを聞き咎めたのか、モージは勝ち誇ったような顔をした。
「何だ、今頃気付いたのか? だがもう遅い! てめぇは今ここで死ぬんだからな! 殺れ、リッチー!!」
……勘違いをしてるようだな。
「グルゥアアアア!!」
主人の指示に従い、リッチーは思い切り跳躍し、俺にその牙を突き立てようとしてきた……けど、遅い。
「鉄脚!」
吹き飛んだのはリッチーの方だった。俺の回し蹴りがリッチーの顔面に思い切り入る方が早かったからだ。
ちなみに今の鉄脚は、俺のオリジナル技だ。
俺はジャブラみたいに鉄塊拳法なんて使えない。一応練習はしてみたけど、鉄塊をかけた状態ではその部位を動かすなんて不可能だった。でも、似たようなことは出来ないだろうかと思って編み出したのがコレだったりする。一撃を放ち、インパクトの瞬間に部分的に鉄塊をかける。
それでも、これは蹴りしか完成してないんだけど。多分、剃、月歩、嵐脚のために鍛えている分脚力が強くなってるからなんだろう。
これは蹴りではあるけど、鉄で蹴られているようなモンだ。ただの蹴りよりも威力がある。
「リッチー!!」
さっきのルフィと同じように家を貫通して飛んでいった下僕に、モージは悲痛な声を上げた。
って、半泣きじゃん! 受ける!
「運が悪いのはお前らの方だよ。シュシュを巻き込むわけにはいかないからね」
俺の言葉に、モージはビクリと震えた。
「俺、本当なら自衛と捕食以外で動物と戦うのって嫌なんだよね。だから、ちょっと遊んで追い返そうかと思ってたんだけど……シュシュにそこに居座られてたんじゃ、一瞬でケリを付けるしかないじゃん。巻き込むの嫌だし、人質……いや犬質にされたりしても嫌だ」
嘘じゃないよ? 本当に、ぶっ飛ばす気は無かったんだよ?
俺がゆっくり近付くと、モージはじりじりと退いていく。
「で? 猛獣のいなくなった『猛獣使い』は、何が出来るのかな……?」
再び浮かべた挑発的な笑み……けれどモージは、もうその挑発に乗る気は無いみたいだ。
「ま、待て! そうだ、取引をしよう! お前は海賊なんだろう!? 宝をやろう! いや、何だったらバギー船長に口を利いてやっても」
いや、いらんし。バギーに口利いたところでどうにもならんし。そもそも俺、この顔な時点で多分バギーは受け入れられないだろうし。ってか、こっちから願い下げだし。
それに。
「必殺……ただの回し蹴りィ!」
ん? どこが必殺なのかって?
だって、六式使うのも面倒だし。これで充分だろ。
「俺は海賊だ……宝なら、欲しい時に自分で奪いに行く」
だから、そんな取引は応じる価値なんて無い。特に、海賊同士という間柄では。
そんな意思は、吹き飛んで意識を飛ばしているモージにはもう聞こえていないだろうけどね。
「ユアン!」
モージを蹴り飛ばしてすぐ、ルフィが怒りも露に走ってきた……片手にリッチーを引き摺りながら。
「お前だろ、コイツ吹っ飛ばしたの! 何すんだよ、おれに直撃したぞ!」
あー、同じ方向に飛んでったと思ったら、まさにそうなったか。
俺は苦笑した。
「悪い悪い……でもいいだろ、敵を倒しただけのことだ」
ルフィは引き摺っていたリッチーをポイと倒れているモージの方に投げた。
「よし、許す! 謝ったから!」
ドーン、と胸を張るルフィ。うん、その器のでかさと心の広さは掛け値なしに尊敬するよ。
「信じられん……!」
いつの間にか戻ってきていたブードルさんが、倒れているリッチーとモージを眺めて呆然と呟いていた。ナミもその隣であんぐりと口を開けている。
そこまでかな……俺が10歳の時に戦ったジャングルのトラの方が迫力あったんだけどな。まぁ、その時は兄弟3人掛かりになっちゃったんだけど。
「……どうして戦ったのよ」
ナミが険しい顔つきで聞いてきた……ねぇ、何でそんなに厳しい顔なの? 俺、何かした?
「あんたはあいつらの仲間だってバレてないんだから、この町の人のフリして逃げればいいじゃない。こんなことしてあんたに何か得でもあるの?」
えー、だって、逃げるまでもない相手だったし……そう言われてもな。
「売られた喧嘩を買っただけ……かな?」
いや、むしろ売ったのは俺の方か?
あちゃ、曖昧な答えになっちゃったからか納得してないね。
「……『宝』を傷つけられるのは、辛いからね」
チラッと横目でルフィを見ると、ちょっと目が泳いで挙動不審になっている。
うん、俺の『宝』はお前に傷物にされたよな! しかも修復は不可能だし!
とはいえ、もう怒ってはいないけどさ……わざとじゃないって知ってるし、俺も仕返しをやりすぎたし。それでもあの時のショックは忘れられないんだよ。
「あいつら、放っといたらこの店を漁ると思ったんだ。ここはペットフードショップで、アレは動物だ」
アレ、と言ってリッチーを指差す。
リッチーは店よりも俺に興味を示してたみたいだけど、それで俺がいなくなってたらその後は原作通りになってただろう。
ナミはまだ釈然としてないみたいだけど、それが本心なんだから他に言い様はない。
カッコつけちゃったけど、やっぱ恥ずかしいな。ってか、柄じゃないんだよ。
「ルフィ、この町に何か目的はあるのか?」
話を逸らそうと、俺はルフィに聞いた。
「おう!グランドラインの海図と航海士を手に入れるぞ!」
ニカッとイイ笑顔で、ルフィはそう宣言したのだった。