オレンジの町といえば、一見は長閑な港町である。
けれど今その町に町民は1人もいない。全員避難してしまっているからだ。
何故避難しているのか? それは勿論、港に停泊している海賊船に原因がある。正確には、その海賊船に乗っている海賊たちに、だけど。
そう、『港に停泊している海賊船』……俺にとってはカモだ。
バギーたちはこの町を拠点にしているわけではなく、ただ略奪にきただけ。ならば、こことは別の町や村で奪った財宝までは、船から降ろしてはいないだろう。一々そんなことをしてたら、手間が掛かりすぎる。
原作でナミが頂いていたのは、おそらくはあくまでもこのオレンジの町から奪ったものなんだと思うんだよね。それ以前のは、船番を数人立てて船に置いてあると見た。
つまり、何が言いたいかというと……。
「じゃ、俺はちょっと仕事してくるから、ゾロはルフィをよろしく」
オレンジの町に着きそこに降り立ったゾロと俺。あ、ちなみにあの3人は邪魔だから、この島が見えてきた時点で海に蹴り落しておいた。まぁ陸地も近いし、死にゃあしないだろ。
え? やだなー、チビって言われたことを根に持ってたりなんてシテナイヨ?
んでもって、陸に足を付けた瞬間にスチャ、と片手を挙げた俺をゾロは訝しげに見た。
「仕事?」
うん、仕事。だって……。
「俺たちは海賊……海賊が海賊から奪って何が悪い?」
クイとすぐ傍に泊まっているバギーの船を親指で指してニヤリと笑うと、ゾロも笑った。うん、今俺たち2人、もの凄い悪人面してると思う。
まぁアレは海賊船だし、万一宝が無くても酒ぐらい積んであるだろ。
近くで見てみると、バギーの船は……ゴメン、1つツッコみたい。
なんであんなに鼻にコンプレックス持ってたくせに、海賊旗のドクロにドでかい鼻が付いてんだ? しかも赤いし丸いし……自分は赤っ鼻のデカっ鼻だって宣伝してるようなモンじゃね?
はぁ、すっきりした。
すこし精神集中してみると……うん、船内にいるのは2人……いや、3人かな? そりゃあ、例え宝も全部降ろしてたとしても、停泊してる船が無人になってるわけないよね。
俺は月歩でこっそり船の裏手に回り込んで、船上に降り立った。
物陰から様子を窺ってみると、やはり船にいたのは3人。甲板で酒をかっくらっていた。
「しかしおれらもツイてねぇよな! こんな日に船番に当たるなんざ」
「違ぇねぇ! 今頃船長たちは町でハデに騒いでるんだろうぜ!」
「まぁいいさ! 船長はもうじきグランドラインに入るつもりなんだろ? 海図も手に入れてたしよ! そしたらまた奪いまくりゃーいいんだ!」
ガハハ、とジョッキ片手に雑談する男たち。すっかり出来上がってるらしい。
……船番がこれでいいのか?バギー、もうちょっと部下を躾けた方がいいんじゃない?
じゃないと……狙われるよ?
「楽しそうだね、俺にも頂戴よ」
3人の輪にサッと入り込み、俺は転がってたジョッキを拾って差し出した。
「おぅ、飲め飲め!」
男たちの内1番体格のいい男が俺のジョッキに酒を注いだ。
「ありがとう」
1口飲んでみたけど……ダメだ、マズイ。これは安物だな。ダダンたちが持ってた酒の方がまだ良かった。
「「「………………って、お前誰だァ!?」」」
うわ、気付くの遅っ! やっぱ酔ってるからかなー? 反応が鈍くなってるんだ。……いや、まさか年のせいとか?
「これは失礼」
俺はジョッキを置いて居住まいを正した。
「自己紹介が遅れましたが、海賊旗に呼ばれてついついこの船に上がりこんでしまった俺の名はユアン。以後よろしく」
ふふん、俺だってエースと一緒にマキノさんの挨拶講座を受けたんだもんね!
「「「あ、いえ、ご丁寧にどうも……って、違うだろ!」」」
おぉ、ノリツッコミ! 『道化』の一味は笑いを心得ているのか!?
「そもそも、海賊旗に呼ばれてって何なんだ!」
さっき酒を注いでくれた男とは違う、どちらかといえばやせぎすな男が聞いてきた……そのままの意味だけどね。
「海賊旗あるところに海賊あり……そして、海賊は俺の……いや、俺たちのカモ」
カモ、の言葉に3人は一気に殺気立った。
「テメェ……賞金稼ぎか!?」
丸刈りの男が腰のサーベルを抜いた。
「いや」
俺はニヤリと笑みを浮かべると、立ち上がる。
「賞金稼ぎじゃない……海賊だよ」
海賊・海軍専門の、と言ってもいいかな? 一般からの略奪はする気ないし、ルフィも考えてないだろうから。
3人は一斉に俺に襲い掛かってきたのだった。
と言うと、何か緊迫した空気みたいなんだけどね。
けどまぁ、何だ。結果はすぐに出た。そもそもコイツらそれほど強くもない下っ端みたいだし、その上かなり酔ってたから。
六式を使うまでもない。足払いをかけて倒し、そのまま頭に一撃入れて昏倒させればよかった。無双にもならない、ちょっとつまんない。
まぁいいか。今はこんなんでもその内嫌でも死闘を繰り返さなきゃいけなくなるんだろうし、現在の俺の目的は戦いじゃない。
で、だ。
俺はあの3人の話を聞いてて、ふと思ったことがある。
バギーはグランドラインに入るつもりで海図を手に入れたって言ってたけど、グランドラインで必要になるのは海図なんかよりもむしろ記録指針。ロジャー海賊団にいたバギーがそのことを知らないはずがない。
グランドラインに入るつもりがあるんなら、記録指針も持ってるんじゃないか、と思ったわけだよ。
どうせなら……欲しいよね、ソレ。
クロッカスさんに貰えるって解ってるけど、いくつあってもいいし。万一壊れたりしたら洒落にならないから、予備はあった方がいい。
かといって、ナミですらグランドラインに入るまで記録指針の存在を知らなかったぐらいだ。そうそうその辺に転がってる代物じゃない。
海軍基地にも無かったし。……まぁ、海軍船がわざわざ記録指針を使う理由なんてないしね。公的機関なんだから、わざわざ島ごとにログを取るよりも永久指針を使うだろう。
話が逸れた。とにかく、俺はここに記録指針が無いかな~って思ってさ、あるとしたら船長室かな~と考えてそこに来て……部屋を漁ったわけだけど。
結論から言うと……うん、記録指針は見付からなかった。とはいえ、それが本当に無いせいなのか単に見付けられなかっただけなのかは解んないけど。
でもそのかわり……何だか、見てはいけないものを見てしまった気分だ……。あれだよ、パンドラの箱?
バギーの部屋の机の引き出しの奥に、手配書があった。
別に海賊船に手配書があっても可笑しくない。現に、バギー自身の手配書がすぐそこの壁に貼ってある。
ただ、俺が見付けたこの手配書……何か、凄いことになってた。
もうグチャグチャに握り潰されてるし、ギッタギタに踏み付けられてるし、ボロクソに落書きしてあるし……。
察してもらえると思う。
それは、俺と同じよーな顔したどっかの誰かの手配書だった……。
って、どんだけ恨んでんだよ!! 100%逆恨みのクセに!!
けど、本人ではなく手配書にこの仕打ちって……逆に哀れになってくるような気も……。
更に哀れになったのは、ソレを置いといてまた部屋を漁ってたら、今度は本棚から別の手配書が出てきた時だ。
そっちの手配書は別に普通だったけど……コレを持ってるって時点でもうね。
察してもらえると思う。
それは、母さんの手配書だった。それも、もう何年も前の。
実を言えば、既に母さんの手配は失効となっている。というのも、どこの誰だか知らないけど、ここ数年の間に新たなチユチユの実の能力者が出たらしいのだ。
悪魔の実に同じ能力のものは2つとしてない。よって、長らく消息不明の母さんは死亡した物と推定された。そしてそれは事実である。
どちらにしても、バギーが関わりを持ってたのはもう20年以上前だってのに、いつまで拘ってんだよ。
もう、いじらしいというか、哀れというか、惨めというか、情けないというか……。
何と言っていーやら解らん発見に、俺は乾いた苦笑いを浮かべるしかない。
でもちょっと待てよ? まだ引き摺ってるとしたらそれは、未練があるからだよね? ってことは……ソレ、利用できるかもな。
そうしてちょっと企んでいたときだ。
少し離れた場所から、凄い爆音が響いてきた。
「バギー玉か」
小さな町なら1発で吹き飛ばせるという砲撃。確かに、今まで聞いたことがないような音量だ。微かに空気が振動しているのも解る。
多分これが1発目だから……はて、2発目はどうなるんだろ。
既にゾロには、バギーが切っても切れないバラバラ人間だと忠告してある。不意打ちを食らわなければ、2発目を撃たせて逃げに出ることもないか?
いや、そうとも限らないな。ゾロは剣士でバギーはバラバラ人間。相性はよろしくない。覇気が使えるなら別だろうけど、少なくとも現時点のゾロは使えない。ルフィは檻の中だろうし、それなら対策を練るためにも一端は撤退するかもしれない。
何にせよ、そろそろ俺も行った方がいいかな。何にしたってルフィを檻から出さないと。もし原作通りに鍵をシュシュに飲み込まれてたりしたら、ルフィは檻の中でリッチー……いやモージと相対しなきゃいけなくなる。まぁ敵ではないだろうけど、それでの解放を待ってちゃシュシュの『宝』が燃やされてしまう。
さっさと目ぼしい物を回収するとしますか。小物とか、有り金とか食料とかね。
ナミが奪った船には小さいながらも船室があったはずだし、生の食材も頂いておこうかな……いい加減ルフィがうるさいし。
2発目のバギー玉砲撃音がオレンジの町に響いたのは、予想通り船内に貯蔵されていた多少の宝と現金、それに水と食料や使えそうな小物を漁って船に積み込んだ頃だった。