悲鳴を上げる町人たち。不測の事態に慌てる海兵たち。
うん、まぁ、あれだよ。
ルフィがヘルメッポを思いっきりぶん殴ったんだ。
当然といえば当然の成り行きだろう。
『1ヶ月耐えれば解放する』という約束を言い出したのは自分だろうにそれをギャグ扱いし、信じたゾロはバカ扱い。
そりゃ切れるわ。
「ルフィさん、落ち着いてください! 海軍を敵に回すつもりですか!?」
コビーがルフィに抱きついて止めようとしてるけど……うん。
「冷静になるのはお前だよ、コビー」
俺はコビーをルフィから引き剥がした。
「俺たちは海賊なんだから、海軍は元々敵だって!」
グッと親指を突き出しグーサインでキメてみた。けど。
「そーいう問題じゃないでしょうっ!?」
返ってきたのは手厳しいツッコミだった。
「でも冗談じゃなく、コビーはちょっと俺たちと距離を置いた方がいいよ? 俺たちは海軍を敵に回そうが知ったこっちゃないけど、お前はその海軍に入りたいんだろ? 仲間だと思われたりしたらその夢も潰える」
俺の尤もな発言に、コビーは言葉に詰まってしまったらしい。
あれ?
ちょっと目を離したスキに、ルフィの2発めの拳がヘルメッポの顔面にクリーンヒットしていた……あー、俺がコビーというストッパーを取っちゃったからか。
「な、殴りやがったな! 親父にも殴られたことがない俺の顔を! それも2度も!!」
ギャースカ喚きやがって……クズが。
「残念。3発だ」
「へ?」
俺は剃で一気に間合いを詰め、尻餅をついたままのヘルメッポの顔面ド真ん中に軽く蹴りを叩き込んだ。
「ブフォッ!?」
2~3m吹っ飛んだけど……ちゃんと手加減はしたんだよ? そもそも嵐脚を使ってないしね。
「あ、ゴメンゴメン。これは殴ったんじゃなくて蹴ったんだな。3発じゃなかったや」
神経を逆撫でするように、軽~い調子で笑ってみた……ら、ヘルメッポは面白いぐらいに激昂した。
「お、お前ら!! おれが誰だか解ってるのか!? 俺は海軍大佐モーガンの」
「七光りのバカ息子だろ?」
途中で遮り、フン、と本心から鼻で笑ってやった。
……っていうか、よく考えたら七光り具合じゃ俺らの方が上なんじゃね? 海軍支部大佐の息子と、海軍本部中将(しかも英雄とか呼ばれてる)の孫たち……まぁ、今のところそれでどうこうする気は無いからどうでもいいけど。
「親父に言ってやる! お前らは死刑だ!!」
なんというか……呆れ果てる。
「お前がやれよ」
「虎の威を借る狐……いや、ネズミってとこか?」
しかも、虎は虎でも張子の虎、ってね?
俺にしろルフィにしろ、これ以上手を出す気力は無くなった。何というか……萎えた。
「あいつ、これ以上殴る価値ねぇや」
うん、ルフィのその発言に全てが集約されてる。
でもやっぱ腹立つから、1発ぐらいはやっときたかったんだよ。
「ユアン」
海兵の肩を借りながらヘルメッポが何か喚きつつドタドタと去っていったけど、正直あいつはもうどうでもいい。
それよりも、ルフィのこの神妙な顔の方が気になる。
「ゾロ。仲間にするぞ」
あぁ、心を決めたんだね。うん、否やはないよ。
「了解、キャプテン」
モーガン親子の悪評は、かなりのものだった。
リカちゃんに色々聞いたけど……ゾロが捕まった理由にしてもさ、人のペットを斬ったってだけなら飼い主に同情もするけど、そのペットが狼でしかも野放しだったとなれば自業自得だ。
対するゾロの気概は、さっきの1件で充分見えている。
ルフィが下した判断は、実直で解りやすい。
それならば俺は、そのクルーとして手助けをしよう。
俺とルフィは再び海軍基地へと舞い戻った。勿論、ゾロを正式に勧誘するためだ。
ちなみに今回は、コビーは一緒じゃない。
「海賊の勧誘なら断っただろうが」
ゾロは訝しげだ。うん、確かにお前の言う通りだけどさ……『海賊王になる男』が、それで諦めるような可愛いタマだなんて思わない方がいいよ?
「おれはルフィ。ゾロ、縄解いてやるからおれたちの仲間になれ!」
何と言うか……まるで明日の天気の話でもしてるかのような軽い調子だ。
「お前、人の話聞いてんのか?」
ゾロのツッコミには心から同意する。俺も何度そう思ったことか。でも。
「諦めた方がいい。ルフィは人の話聞かないのがデフォだから」
肩を竦めて教えてあげたら、ゾロの矛先がこっちに向いた。
「あ、俺はユアン。よろしく」
「お前の名前なんてどうでもいいんだよ! それよりこいつを止めろ! お前はこいつの仲間なんだろ!?」
うん、ルフィも俺の話なら一応は聞いてくれる……時々は。ちなみに、聞いてくれたからって聞き入れてくれるわけじゃないけど。でもどっちにしろ、止める気は無い。
「何で止めなきゃいけないのさ。俺たちは海賊で、ルフィは船長だ。言ったでしょ、仲間の勧誘はルフィの心次第なんだ。ルフィがお前を仲間にするって言うんなら、俺は協力こそすれ邪魔をする理由は無い」
そう、俺はルフィの味方であり協力者なのだから。そして、この場合俺に出来るのは……誘導、かな。
「俺、ロロノア・ゾロは剣士だって聞いたんだけど……剣、どうしたの?」
聞くとゾロは悔しそうな顔をした。その時のことを思い出してるんだろう。
「あのバカ息子に取られたんだよ!おれの『宝』を……っ!」
『宝』……そりゃそうだろう。友の形見なんだから。俺の『宝』も母の形見だからね。気持ちはよく解る。
「じゃあ、当然取り返したいよな?」
「当たりま……!」
ピタリとゾロの言葉が止まった。気付いたからだろう。俺の何かを企んでいるニヤニヤ顔と、ルフィの何かを閃いた笑顔に。
「よし! おれたちがあのバカ息子から『宝』を奪ってやるよ!」
「でも、俺たちは海賊。奪ったモノは俺たちのモノだ……だから」
「おれたちから取り返したかったら、仲間になれ!」
ちょっとローテーショントークしてみました。ゾロは空いた口が塞がらないみたいだね。
「………………テメェら、鬼か!?」
無茶言うんじゃねぇ、と憤慨するゾロ。
えー? でもさぁ。
「1ヶ月立ちん坊するよりは無茶じゃないと思うけどなぁ」
小首を傾げて呟くと、ギロッと睨まれた。わー、こわーい。
「おれはおれの信念に恥じることをするつもりは毛頭無ェ。海賊なんて外道になるのはゴメンだ」
いいねぇ、芯が通ってる。でも、そういうのは逆効果だと思うよ?
「おれはお前を仲間にするって決めたんだ!」
ほら、ルフィがますますお前を気に入っちゃった。
「……信念に恥じることなんて、する必要は無いと思うよ? ルフィは自分の考えを押し付けたりはしないからね。お前はお前のやりたいようにやればいい。ただ、それを1人でするか仲間と共に行くかってだけのことだ」
ルフィの夢は海賊王。けど、仲間は仲間で自分の夢を追えばいいんだ。だれも思想の押し売りなんてしないんだから。
「よし!んじゃ行くぞ!」
ルフィに言われ、俺も共に海軍基地へと向かったのだった。
基地は見事に空っぽだった。いや、人がいないわけじゃない。1ヵ所に集中してるからその他の場所にいないだけだ。
「何だ? 会議中か?」
ルフィも不思議に思ったらしく聞いてきた。
「違うと思うよ。上の方……屋上に人の気配が集中してる。まさか屋上で会議はしないだろうから」
俺が指差すと、ルフィが腕を伸ばした。
「上だな! よし!」
伸びたルフィの手が、屋上の端を掴んだ。よし。
「俺はちょっと別行動するよ」
このままじゃ一緒に運ばれかねないし、そうでなくても月歩が使える俺が姿を現さなければ不審に思われるだろう。黙って別れるよりも一言言っといた方がいいはずだ。
「? ゾロの剣はどうするんだ?」
ルフィは不思議そうだ。そりゃそうだろう。俺の思惑なんて知らないだろうし。
「ちょっと考えがあるんだ。欲しいモノもね……。ゾロの剣のことは、ルフィに任せるよ。俺がいなくても、大丈夫でしょ?」
「おう! おれは強いからな!」
屈託の無い笑顔が眩しいね。まぁ、実際モーガンぐらいならどうとでもなるだろうし、心配はしてないんだけど。
「詳しいことは後で話すよ……いってらっしゃい」
俺がヒラヒラと手を振ると、ルフィは腕に力を込めた。
「じゃあ、後でな……ゴムゴムの~~~ロケット!!」
ビュン、とゴムの反動の力によってルフィは一瞬で登っていった。
……さて、俺も自分の目的を果たそうか。
ここは腐っても海軍支部。それなら……アレがある可能性が高いんだ。あるとしたら、モーガンの部屋かな? ついでにあの親子の私物も頂いてー……あ、ひょっとしたら海楼石の手錠とかもあるかも! 悪魔の実の能力者が4つの海に全くいないわけじゃないし!
忙しくなりそうだな~。
取り敢えず、さっさと略奪を始めるとしますか!