麦わらの副船長   作:深山 雅

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第95話 ウィスキーピーク出航

 ゲシッ!

 

 「………………」

 

 「な、何故……っ!」

 

 「……ゴメン、変態かと思って」

 

 「お前は変態を見かけると蹴飛ばすのか」

 

 ゾロにツッコまれてしまった。

 

 何が起こったかって言うと、いやまぁその……あれだ。

 囮になるためにビビに扮したイガラムをつい蹴っ飛ばしてしまったんだよ。ごめん、いきなり見たもんだったからつい拒否反応が起こってしまって……一応、手加減はしたけど。

 

 これは本当に悪いことしたと思う。イガラムには心の底から謝った。でも本当にキモイからいっそもげろ、という本音もあったりする。

 ってか俺、ヤバくね? 変態を見かけると蹴るって……アラバスタで半裸の男エースに蹴りかかったりするかも。そりゃロギアになったエースには効かないだろうけど、3年ぶりの再会がそんな形になるのは避けたい。自重しよう。

 

 え? 後々フランキーはどうするのかって? ……ぶっちゃけ、あいつは蹴っても良くね?

 

 「で……変態じゃないなら、何故に女装を?」

 

 俺は1つ頭を振るとイガラムに尋ねた。

 

 「ざぐ……ゴホッ! マ~ママ~♪ ……策がございまして」

 

 聞いてみるとイガラムの策てのは例の『自分が囮になってる間に麦わらの一味にビビを送ってほしい』ってやつなわけだけど。

 

 「いいぞ」

 

 船長のルフィがあっさり了承した。

 

 「8000万って、アーロンの4倍じゃない! 断んなさいよ!!」

 

 話の流れでかつてクロコダイルにかかっていた懸賞金額を聞いたナミが、泣いて叫んでいた。でもさ。

 

 「8000万って、七武海入りして手配が失効される前の話だろ? バロックワークスを作ったのは多分その後だろうし、今だったらもっと高額に」

 

 「もうやめて! それ以上聞きたくない!」

 

 遂に耳を塞いでしゃがみこんでしまったナミ……あーあ。

 

 「どっちみち狙われるのは決定なんだから、もう腹を括った方がいいと思うよ?」

 

 肩を竦めて言うと、ナミはガックリと項垂れた。

 顔が知られてしまっている以上、ここでビビを拒んでも刺客は襲ってくるもんな。

 よし。

 

 「それじゃあ、俺は準備してくる」

 

 「準備?」

 

 きょとん顔になってるルフィに、ひらひらと手を振った。

 

 「サンジとウソップの回収と、出航準備……俺たちもさっさと出発した方がいいだろ?」

 

 説明すると、納得してくれたらしい。頷いて見送られた。

 

 本音を言わせてもらうと、イガラムの出航を出来れば見たくなかったんだよね……助かるって解ってても、かなりの規模の爆発だったから引き止めたくなりそうなんだよ。ロビンにはバレバレだから囮の意味も無いし。

 かと言って、引き止めた所で面倒なだけだもんな。メリー号で一緒にアラバスタまで行くってことになったとしても、ビビを大事にするあまりかえって邪魔になりそうだ。ここはやっぱり一時退場してもらおう。

 

 

 

 

 未だに眠ったままのウソップとサンジは小さくして運びやすくして、ついでに酒場の酒と食料も物色していたら外からもの凄い爆破音が聞こえてきた。窓から見ると、空が赤く見えるほどの炎が立ち上っているのが解る……よくあれで生きてたな、イガラム。スゲェ。

 そして、あの音でも起きない2人も地味に凄いと思う。

 んじゃ、そろそろ行くか。何だかんだ言ってもそれなりの収獲もあったことだしね。

 

 

 

 

 呑気に寝こけている2人は元の大きさに戻してから甲板に適当に放り投げ(グギャッというような短い悲鳴が聞こえた気がしたけど、それでも起きて来ないから気のせいだったんだろう)、碇を上げる。余談だけど、俺ってばこんな細腕でこんな碇を1人で引き上げるなんて……腕力そのものはもうツッコむ気は無いけど、何でこれだけの力があってこんなに腕が細いんだ。いや、細いとはいっても筋肉質ではあるけど。これが噂の世界補正か?

 帆はまだ張らなくてもいいな。みんなも来てないし。

 

 そして碇を上げている最中にいの1番で飛び込んできたのはカルーだった。流石は動物、生存本能が強い。

 4人もすぐに来た。カルーがすでに乗り込んでいることを教えると、ビビとナミに盛大にツッコまれる。勘違いしないでほしいけど、この場合はツッコまれたのは俺じゃなくてカルーだ。

 そして全員が乗り込んだことで、帆を張って出航となった。

 

 「追手って何人ぐらい来てるんだろうな?」

 

 ルフィの疑問は当然と言えば当然だろう。ナミやビビは、1000人単位で来てるんじゃないかと言っているけど……。

 

 「そんなに大勢は来てないよ」

 

 俺が言うと、注目されてしまった。ちなみにこれは知識云々ではなく、実際に今感じていることだ。

 

 「1000人どころか、1人だ」

 

 「1人!?」

 

 そんなバカな、と言わんばかりのビビ。少なすぎる、とでも思ってるんだろうか。

 

 「さっきの爆発があってからちょっと意識を集中させてみたけど、どうやっても1人分の気配しか感じない。でも別におかしな話じゃないと思うぞ? 一騎当千って言葉も世の中にはあるし」

 

 正直に話したのに、ものすっごく胡散臭そうな目で見られてしまった。ビビだけじゃない、ナミも疑ってる目付きだ。

 

 「……あんたが気配に敏感だってのはもう解ってるけど、流石に1人ってことはないんじゃない?」

 

 「いや」

 

 俺はふるふると首を横に振った。

 

 「確かに1人だ。ただし、強い……Mr.5ペアなんて話にならないな」

 

 いやマジで、ロビンの気配って結構強いよ。7900万は伊達じゃないっていうか。

 1人わけが解らないって顔をしているビビに、ナミが俺の能力を説明してくれた……ってか、マジでどうしたらいいんだろうな、見聞色。クロッカスさんの話を受けてちょっと意識してみたけど、やっぱりこれまでとそう変わらない。

 ビビはというと、説明を聞いてもやっぱりまだ疑ってるらしい。そりゃそうだよな、もう慣れた。初めはみんなに疑われるから。

 

 

 

 

 出航後、やっぱりというか何というか、舵は俺が握ることになってしまった……このままじゃ本当に操舵手代理一直線なんじゃないか? とも思ったけど、まぁもうじき船医代理も返上できるだろうからそれぐらいいっか、と思い直して大人しく舵を握りました。

 

 んで、船が流れに乗った後はそのまま船室で戦利品を整理してる。改めて見てみると、結構大量だった。こりゃあ目録を作るにしてもかなりの手間がかかりそうだな……。

 航路は川を上るコース。そしてそのまま航路に入るらしい。

 

 さて今更だけど、メリー号の舵と言えば船内にある。なので俺は1人寂しく船室にいるわけだ。

 途中で騒がしくなったからウソップ&サンジが起き出してきたんだろうと思って窓から覗くと、丁度ナミの鉄拳によって鎮められ……いや、沈められているところだった。ナミのツッコミって怖い……。

 そしてそろそろ夜が明ける、という時間帯になった頃だった。メリー号に新たな気配が現れる。

 あー、来たなロビン。

 そんな時の俺はというと、船内で戦利品(酒)を整理していた。……ちょっと片付けてから出ようかな。酒瓶を床に並べすぎた。

 自分で言うのもアレだけど、そんなマイペースなことをしてたせいか、俺が外に出たのは。

 

 「お前、帽子返せー!」

 

 丁度ルフィの帽子が盗られたところだった。

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 お気付きだと思うが、船室から出たということはロビンと真正面から鉢合わせたということでもある。沈黙が気まずいけど、そうだな。取りあえず。

 

 「帽子はダメだ」

 

 ロビンが手に持ってた麦わらを奪い返しました。だってこれはルフィの『宝』だもんな。そう、『宝』……何でだろう。何で今この帽子を手に取った瞬間、すっごいイラァッときたんだろう? ……ダメだ、変なことは考えるな。

 

 「ユアン!」

 

 持っていた帽子は即座にルフィに投げ返しといた。

 

 「それで? 何か用?」

 

 僅か2mほど隣で欄干に座っているロビンに聞くと、探るような視線を向けてきた。多分、俺が敵意も戦意も見せないからだろう。けれどやがて口を開いた。気を取り直したらしい。

 

 「……忠告に来たのよ。このウィスキーピークの次の島の名は、リトルガーデン。あなた達はおそらく、私たちが手を下さずともその島で全滅するわ」

 

 うわー、親切デスネー。

 

 「私たちってことは、バロックワークス?」

 

 俺の質問に答えたのはビビだった。

 

 「そいつはミス・オールサンデー! クロコダイルのペアよ!」

 

 うん知ってる。でも知ってるのもおかしいから一応聞いといた。

 そしてその答えを受け、俺はどんと胸を張った。

 

 「ほら、やっぱり刺客は1人だった!」

 

 「「言ってる場合かっ!!」」

 

 ナミとゾロにツッコまれた。ちなみにルフィは帽子が戻ったと喜んでいて、こっちのことはちょっと忘れてるらしい。

 

 「……私の話を聞く気はあるの?」

 

 「何で敵の話を聞かなきゃいけないんだ?」

 

 にこにこ、にこにこ。俺とロビン、2人して笑顔で牽制し合ってます。実はちょっと面白かったりする。

 

 「そう……でも、これは渡しておくわ」

 

 ロビンは下にいるビビに永久指針を投げ渡した。

 

 「それはアラバスタの1つ手前、何も無い島への永久指針。リトルガーデンを飛び越えて行けるわよ。うちの社員たちも知らない航路だから追手も来ない」

 

 その行動にみんなは驚いているが、ゾロが1人冷静だ。罠だろう、とのこと。

 みんな、とは言っても、ウソップとサンジは事情が解ってないのか若干置いてきぼりを食らっている感じだ。

 そんな中で、前触れも無く何も無い島の永久指針を壊すルフィ……グッジョブ! 

 俺だって、島喰いのフンになんて絶対に上陸したくない!!

 ……コホン。どうでもいいことだな。みんなはそんなこと知らないんだし。

 

 「この船の進路をお前が決めるなよ!!」

 

 「そう。残念」

 

 残念と言ってるけど、むしろ楽しそうなロビン。

 用件は本当にそれだけだったらしくて、ロビンはそれを確認するとさっさとカメに乗って行ってしまった。

 しかしあのカメ随分と座り心地のよさそうなソファを付けてるな……何て優雅な航海なんだ!

 

 「あの女……何を考えてるのかさっぱり解らない」

 

 去っていくロビンを見送りながら、ビビはがっくりと膝を突いている。確かにロビンの行動は端から見ると意味不明だ。罠じゃないとしたらバロックワークスの副社長らしからぬ行動だし、罠なら罠でもっと効率よく引っかける方法がいくらでもある。

 

 「けど豪華だなぁ、バロックワークスって。社長が七武海のクロコダイルで、副社長が『悪魔の子』ニコ・ロビンだなんて」

 

 「えぇそうね……って、ニコ・ロビン?」

 

 頷きかけ、途中で首を傾げるナミ。不思議そうな顔をしているのはゾロやビビも同じだ。

 

 「それって、ミス・オールサンデーのこと?」

 

 ビビが困惑しながら見上げてくるので、1つ頷く。

 

 「そう。手配書で見たことがあるんだ。確か懸賞金額は7900万ベリーだったよ」

 

 7900万、とみんなは瞠目した。

 

 「クロコダイルと殆ど変わらないじゃない!」

 

 ナミが悲鳴のような声を上げた。

 

 「そうだね……20年ぐらい前に、8歳かそこらで手配されたらしい」

 

 別にさっき目の前で言ってもよかったけど、そうしなかったのは変に警戒されたくなかったからだ。

 にしても20年前か……今この場にいる誰も、産まれてすらいなかった頃だよな。長いね……。

 

 「おい、状況を説明してくれよ! 何がどうなってんだ?」

 

 「ミス・ウェンズデー、もしかしてお仲間に!?」

 

 状況はまるで解らず、それでも妙な空気は感じ取っているんだろう。ウソップは必死だ……サンジは既にいつものラブコックだけど。

 とりあえず、2人に事情を説明する。主に、ナミと俺が。ゾロは黙ってる。ルフィ? あいつはそもそも説明には不向きなのでカウントしてない。

 話の途中でナミがふと俺の方を見てきた。

 

 「そういえば、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 え、俺に?

 

 「ナミすわぁん♡ ご質問でしたらおれがッ!」

 

 メロリン状態で割り込もうとしたサンジがナミの鉄拳に沈んだ。容赦ないな!

 

 「さっきあの女が言ってたじゃない、私たちが次に向かう島リトルガーデンは随分危険なところだって……何か知らない?」

 

 あぁ、リトルガーデンのことか……って。

 

 「何で俺に聞くんだ?」

 

 素朴な疑問である。わざわざ呼びつけてまで聞くようなことだろうか?

 

 「あんたは、アラバスタのことだって知ってたじゃない。だからもしかしたらって……リトルガーデンって名前、私もどこかで聞いたことがあるような気がするのよ。でも思い出せなくて……」

 

 なるほど納得。俺は1つ溜息を吐いた。

 

 「……確かに、少しは知ってるけどね。古代生物が住む太古の島だよ」

 

 「つまり? どういう風に危険なの?」

 

 「ぶっちゃけ、ジャングルでトラが血塗れになって倒れるような島だね」

 

 要するに、命の危険があるということである。ナミは口から魂が出て来そうになっていた。

 

 「太古の生物って、何だ?」

 

 それまで黙って聞いていたルフィが首を捻っている。何って言われても、太古の生物は太古の生物だ。

 

 「恐竜とかだな」

 

 「つまり何だ?」

 

 「冒険が一杯の島」

 

 冒険! とルフィが目を輝かせた。出たな、『冒険をしないと死んでしまう病』が。

 

 「サンジ! 朝メシ! それに海賊弁当!!」

 

 「ルフィ……リトルガーデンにはまだ着かない。気が早すぎだ」

 

 そりゃーもう、キラキラと目を輝かせて……眩しいな。それにしても、島に着いたらそのまま飛び出して行きそうな勢いがあるね。

 

 「そういえば、何で『リトル』ガーデンなのかしら?」

 

 魂が戻ってきたナミに聞かれた。確かに、太古の生物と言われれば比較的大型の生物を想像するだろう。しかし、答えはいたって簡単だ。

 

 「それは、巨人族の戦士がいるからだよ」

 

 巨人から見れば、鬱蒼と生い茂るジャングルだって小さな箱庭みたいなものなんだろうね。

 

 そう軽く答えると、ルフィが顔を輝かせる傍らで再びナミの魂が抜け出そうになっていた。

 

 

 

 

 いざ、リトルガーデンへ。




グランドライン突入編、終了。

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