三つの戦場、それぞれが拮抗し始めて来た。
(アレンがギアを上げてるのに…)
それだけ、
今シノンがいるのは、先程まで
生存PLが後どれだけいるのが分からないので念のため砂を全身に被ってはいるが、正直無防備と言えなくはないだろう。だがまぁ、前回の大会が2時間で決着したことを考えれば、もう一人いるかどうかだと思う。スキャンまで10分ほどある。それまでに決めれば良いだけだ。
ざっと見渡してみても、他のPLが見えることはない…。いや、南西方向で砂が舞っている。誰かがこちらに走ってきているのだ。レティクルを操作しズーム。
小柄な体格、最低限のプロテクター、ダークブルーのコンバットスーツ。ヘルメットは被らず、厳つく尖った顔を晒している。武器は
AGIに極振りをしたステータスに、極めたダッシュスキルによる支援が、まさしく闇色の風と言うべき速度を実現している。両足だけを霞ませる勢いで動かすその姿は、兵士というよりも忍者と呼ぶべきかもしれない。前傾した上半身はほとんどブレておらず、その上、一切スピードが落ちない。
(まぁ当然ね)
シノンのような狙撃手からしたら、一瞬の減速や停止が狙撃チャンスとなる。故に、闇風のように高速で移動している方が安全なのだ。とはいえ普通は、どんなスピード自慢でも物陰に入れば様子を見るために停止するものだが。
このままシノンが狙撃しなければ、コウの場所まで止まらないだろう。そして如何に彼と言えど、二人を相手取るのは至難である。
かといって、ここで焦るのはいけない。シノンは闇風に対しての最適解を考える。
─彼の軌道はランダム、動きを先読みして撃ち抜くのはほぼ不可能。一発目をわざと外し、慌てたところを撃ち抜くか。いや、彼のようなベテランにそんな使い古された戦略は通用しない。何より、予測線を相手に与えるのは悪手─
(…ごめんなさい、コウさん)
刹那の思考でシノンが下した決断は、コウを囮にすることだった。
ダッシュ中に狙撃は不可能。ならば確実にダッシュを止める戦闘中に撃ち抜けばいい。
闇風がスピードを緩めずに行けば、コウ達と接敵するまで約10秒。
─9─
深呼吸をし、精神を整える。
─8─
トリガーに指をかける。
─7─
レティクルを操作、照準を合わせる。
─6─
心は冷静に。今一度、シノンは《氷の狙撃手》となり、闇風を撃ち抜く。
(準備完了)
─5─
─4─
─3─
─2─
─1─
─0─
闇風が近づきながら乱射。それを焦ることなく二人は回避。間を通るように闇風は跳ぶ─
(─今!)
そう認識するよりも早く、シノンの指はトリガーを引いていた。その時の《弾道予測円》の大きさは最小、ポイントされたのは胸の中央。そして、宙にいる闇風に、音速を超える弾丸を回避する術はない。
ヘカートのマズルフラッシュに気づいた彼らのうち、スコープ越しに目が合ったのは闇風だ。ヘカートから放たれた弾丸が彼を貫くまでの一瞬のことであったが、確かに彼の瞳からは驚愕と悔しさ、賞賛が見えた。
弾丸が闇風のアバターを貫いた瞬間に、シノンはボルトハンドルを引きながら銃身を別の方向に変えていた。狙いは、
恐怖が沸き上がることは無い。奴は亡霊ではない、
更に言えば、視線の先には
今大会で図らずもシノンの中で、アレンの存在がどれだけ占めているのかを自覚することができた。彼がいる、それだけでシノンは頑張れる。立ち向かえる。
(だから、ごめんなさいね。アレン─)
─あなたの楽しみを奪うことになって─
故にこそ、シノンは最後の儀式として、奴に銃口を向ける。精神は安定した、心構えもできた、ならば後は行動に移すだけ。あの亡霊擬きを…あの男の幻影を、撃ち抜く…!
トリガーに指をかけ、《予測円》が出た瞬間、奴はピクリと反応した。
先程の第一射を補足していたのだろう。予測線が見えたのだ。だが、そんなことは予測済み。故にシノンは、回避されることなど一切考慮することなく、弾丸を放つ。
アレンと戦闘を行っているとはいえ、予測線が見えている狙撃が当たることは無いだろう。だが、それでいい。
狙撃手としていかがなものかと思うが、これは外すことを前提にした狙撃だ。奴の気を逸らすことさえ出来れば─アレンが決める。
--------------
─乱入してきた闇風が撃ち抜かれた時には、既にコウはジョニーの懐まで潜り込んでいた。
「!」
それに気づいたジョニーは毒ナイフを振りかぶり、対してコウは、グロックでガード。腕が止まった瞬間を逃さず光剣を振り上げ、右腕を斬り飛ばす。
「くそがっ!」
罵倒しながらジョニーは後退しようと砂を蹴った─が、背後に下がるよりもコウの方が速かった。
足払いをかけてジョニーのアバターを浮かせ、光剣を思い切り振り下ろす。それはジョニーの左肩から右脇腹まで何の抵抗もなく斬り裂き、胴体を真っ二つにした。
どさりと、二つに分かれたアバターが砂上に落ちる。この状態になってしまうと、HPが無くなったことは確定している。なので、何かジョニーが喚いているのを無視し、コウはその場を離れた。
行先は、勿論キリハの所だ。
--------------
何処からか銃声が聞こえた。これは何度も聞いた、へカートのものだ。それが聞こえた瞬間に少しだけ身構えたが、こちらに弾丸が飛んでこなかったことに安堵する。
─そうだ、そのままこちらの楽しみを邪魔しないでくれ─
そう願いながらザザと交戦を続けていると、背後から予測線が伸び、奴の顔を貫く。シノンのヘカートだと思う間もなく、ザザは大きく後退─と同時に、先程まで奴の顔があった場所を、弾丸が通り過ぎる。
「っ!」
ここで決めるチャンス、故にザザを追うように強く踏み込む。だが、そんなことは奴も承知なのだろう。《光歪曲迷彩》を使用して、姿を消していく。足跡は残るので見失うことは無いが、的確にクリティカルを入れることは出来なくなるだろう。
─それがどうした─
アレンは迷うことなく更に踏み込むと、姿勢を極限まで低くし─足首があるであろう場所を何度も斬りつける。ダメージ痕によって足が浮き出たのを確認、加速、砂を巻き上げ、足から辿るようにザザの全身を斬りつけていく。
「なめ、るな!」
ぼろマントが引き裂かれたことによって《光歪曲迷彩》が解除されるも、ザザはそう声を上げながらエストックを突き刺そうとしてくるが─もう、既に何もかもが遅かった。
エストックを持っている右手首を切断、そのまま脇の下を潜り抜けながら胴体を斬りつけ、背後から頸動脈を裂いた。確実な致命傷、どうあがいてもHPがゼロになることは避けられない。その状態でもなお、ザザは何かをしようとするも、それよりも早くアレンは首にナイフを突き刺し、止めを刺す。
「…終わり」
アバターの頭上に【DEAD】が浮かび上がったのを確認してから、アレンは静かにナイフを引き抜いた。そして、シノンがいるであろう方向に顔を向ける。
「…」
アレンにしては珍しく、誰が見てもわかるような表情を浮かべていた。楽しみが奪われたことに対する、不満である。
--------------
「くはは!!」
「アハハ!!」
お互いに笑い声を上げ、戦闘は激しくなっていく。両者とも、先程の二発の銃声が聞こえていたのか怪しいほどだ。
光剣同士であるが故、鍔迫り合いが発生することは無い代わりに、光剣同士でぶつかるたびに弾かれあう。その弾かれたのを利用し、斬りつける。避けられる、弾丸が放たれる、無理矢理体を捻って回避する。
決定的な一撃を決めることは無く、逆に決められることもないまま、時間だけが過ぎていく。だが、戦闘時間が伸びるほどに、綻びは生じるものだ。そして、先にリズムが崩れたのは
かちっと、リボルバーを空撃ちしてしまったのだ。
「やべ!?」
ほんの一瞬、時間にすれば1秒にも満たないそれは、PoHからすれば十分な隙であった。
リボルバーを右手ごと斬り裂き、弾丸を放つ。更に蹴りを入れ、体勢を完全に崩す。そして光剣を胴体に向かって斬り上げてフィニッシュ─
「─なぁんてな」
■■■の口元が弧を描き、体勢を崩しながらも左足を無理矢理上げ、即座に振り下ろす。それは、少し踵部分が削られたものの、光剣自体をPoHの右手から叩き落とした。
「だらぁ!」
「ぐっ!?」
振り下ろした勢いで体を前に倒し、PoHへショルダータックル。数Mほど砂上を転がるがすぐにPoHは立ち上がり─■■■の姿が見えないことに動揺。が、頭上から声が聞こえた。
「じゃあな、楽しかったぜ」
上に顔を向ければ、目の前で獰猛に笑みを浮かべながら、光剣を振り下ろしていた。光剣は手元に無く、ハンドガンも、回避も間に合わない。それを察すると─
「─ハッ」
PoHもまた笑みを浮かべ、縦に斬り裂かれた。
「で、どうやって決着付けようか?」
ボロボロになった■■■を無茶な戦い方したということできっちり叱り、全員合流してからコウはそう言い放った。
実際、悩むことではある。大会であるので順位を決めなければならない。が、シノンは狙撃手であり、キリハはボロボロ。満足に戦えるのはコウとアレンのみだ。故に「僕とアレン君だけでも決着付ける?」という言葉にアレンが乗り気になるのは必然であった。
「はいストップ。それはまた今度にして」
ナイフを引き抜き、ヤル気に満ちていたアレンを、シノンはそう言いながら腕を捕まえた。非難気味の視線を無視して「これで終わらせましょう」とあるものを取り出す。
「!」
「はい逃げない」
それを見た瞬間にアレンがこの場を離れようとしたが、腕を更に強く掴まれて阻止する。
アレンが反射的に逃げようとするのは仕方がない。シノンが取り出したのは、プラズマグレネードだからだ。闇風の死体から拝借したものである。
「なるほどなぁ。それ使って全員同時に消し飛ばすのか」
おもしれぇと続けた■■■に、シノンは肯定する。なお、未だにアレンは
「あ、ちょっと待って。それ使う前に確認しときたいんだけど、シノンちゃんログアウトして大丈夫だと思う?」
すっかり忘れていた。とはいえ
「大丈夫じゃないか?『ゲーム内で撃ったPLが死ぬ』っていうのが奴らのルールだ。奴らが倒れた今、部屋に居座る理由がねぇ」
まぁログアウトしたらすぐ依頼主に報告しとく、と続けて■■■は言った。そこでシノンは、ある決断をして口を開く。
「一応、私の住所教えましょうか?」
「…それは、良いのかい?」
もちろんと、首を縦に振る。依頼があったとはいえ守ってくれたし、なにより、シノン自身が二人を信用したいと思っている。
「悪用なんてしないだろうしね?」
にっこりと、笑顔でシノンはそう言い放った。コウはそれに苦笑しつつ、それではフェアじゃないと返す。
ということでお互いに住所を教え合い(かなり近かったことに驚いた)、全員でグレネードに手を乗せる。流石にここまで来れば、アレンも大人しくしていた。まぁシノンは戻った後に何かしら言われるだろうが。
不満を見せる者、微笑する者、苦笑する者、不敵な笑みを浮かべる者。四人はそれぞれの表情のまま、グレネードの光に包まれていった─
─The 3rd Bullet Of Bullets─
─Finish─
─Champions《Sinon》《Allen》《Kiriha》《Kou》─
意識が現実世界に戻った蓮巳は、ベッドから起き上がらないままアミュスフィアを外した。そうして立ち上がることもせずに天井を見つめる。不満が収まっておらず、簡単に言えば、拗ねていた。その要因は主に二つ。
一つ、ザザとの戦闘を邪魔されたこと。まぁこれに関しては、詩乃の命が掛かっていた状況で楽しもうとした自分にも非はある。そのため、文句を言おうにも言えないのだが。
二つ、最後の決着の付け方だ。確かに、あの時点で大会が始まってから二時間近くが経っていた。故にさっさと終わらせようとしたのもわかる。が、それはそれ、これはこれ。せめてコウと戦わせて欲しかった、というのが蓮巳の思いだった。故に不貞腐れていた。
数十分程そうしていただろうか。隣の、詩乃の部屋が騒がしくなる。そこで蓮巳は、詩乃が《
靴も履かずに外に出て、詩乃の部屋のドアノブに手をかける。鍵は掛かっておらず、少々勢いづけて開けてしまった。そして目に入ったのは、抵抗する詩乃の上に乗っかる
「蓮巳…」
「下がって」
詩乃の手を取り自身の背後に下がらせ、男を警戒する。呻き声を漏らしながら立ち上がる男は─よく見れば新川だ─手に何かを持っている。
細長い、注射器のような形だ。透明な容器であるため、中に液体が入っているのが見える。
「藍沢ぁ…!」
新川はこちらを視認すると、呪詛を吐き出すようにそう言い放った。
「なんでいつもお前が朝田さんの隣にいるんだ朝田さんの気持ちを分かってあげられるのは僕だけなのに」
新川が詩乃に執着していることはなんとなく分かっていたが、ここまでとは流石に思ってもいなかった。いやまぁ、予想できるわけないが。
「朝田さんは僕だけの人なんだ僕だけのシノンなんだお前なんかに邪魔させてたまる─あっ!?」
あまりにも耳障りだったため、蹴りで黙らせる。蹴りを喰らった新川は、手に持っていた容器を落とし、尋常じゃないほどに苦し気な表情を浮かべて、膝から崩れ落ちた。無理はない、というか誰でもそうなるはずだ。
なにせ蓮巳は、男にとっての急所に蹴りを当てたのだから。
言葉にならない声をあげて蹲っている新川を、蓮巳が胸倉を掴んで立ち上がらせる。そして手を離し─頭に回し蹴りを叩き込んだ。そのまま壁に頭部が当たり、倒れ込んだ。数十秒程、警戒をするが、新川は沈黙を続ける。なので警戒を解く。
「えっと…死んでない…わよね?」
「…」
血は流れていないので死んでいないとは思うが、一応の生存確認と、容器を回収するために近づく。
口元に手を近づけて呼吸を、同時に脈がきちんとあることを確認した。そして容器を手に取ったところで、ドアノブが回る音がした。
素早く振り向き、とっさに詩乃を背後に回す。そうしてドアから顔を見せたのは、一組の男女だった。
「あ~…状況説明をしてもらっていいですか?」
どこか見覚えのあるような、前髪で左目を隠した女性が困ったように苦笑を浮かべて、そう口を開いた。
はい、ここまで見ていただきありがとうございました。GGGO編、次でラストです。
にしても、やっぱりジョニー戦短すぎるな…。