転生して主人公の姉になりました。SAO編   作:フリーメア

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今回でユイ編は終わりです。
多分、SAO編は後二、三話で終わりです(池の主編はカット)。個人的には今年中に終わらしたいですね。


MHCP 後編

 ダンジョンに入り早2時間、ついに安全地帯のある十字路に出た。奥に光が灯り、かすかに二つの人影も見える。

 

「シンカー!ディアベル!」

 

 声に喜色を乗せユリエールは走りだし、キリハ達も走ってついていく。

 

「ユリエール!きちゃダメだ!!」

 

「その通路には、ボスが出る!!」

 

「「「っ!」」」

 

 しかし、シンカーとディアベルの叫びにキリハ達の足が止まる。その時、右の通路に黄色いカーソルが出現。ユリエールはシンカー達の叫びにも、モンスターにも気付いていないようだった。

 

「ユリエールさん!」

 

 キリハはユリエールに向かって爆走、そのまま腰を抱き十字路を超えた。瞬間、後ろを黒い何かが通路を横切る。キリハはユリエールをそのままに通路へ入ると、目に映ったのは、まさしく《死神》だった。

 フードの奥に見える血管の浮いた眼球、右手に握る巨大な鎌から垂れ落ちる赤い雫。名前は『The Fatal scythe(ザ・フェイタルサイス)』、意味は『運命の鎌』。

 ギョロリと、死神の眼球がキリハを見た。その途端、キリハの全身に悪寒が走る。正直、ここのボスも六十層並だと思っていた。だがこいつは─

 

(─識別スキルでデータが見えない…。九十層クラス、いえ、それ以上ですか)

 

 そう判断したキリハは鎌を構えた。防御に回らなければ、恐らく死ぬ。

 ザッと足音が二つ聞こえ、次いで息を呑む気配がした。二人の気配しかないことから、ユイは安全地帯にいるのだろう。

 

「二人とも、僕が時間を稼ぎます。あの子達を連れて先に逃げなさい」

 

「「断る!」」

 

 無駄だとは思っても一応言ってみたが、案の定拒否してきた。それぞれ武器を構えキリハの隣に立つ。その時、死神がユラリと鎌を振りかぶって突進してきた。アスカがキリトの前に立ち細剣(レイピア)を構え、キリトはアスカの後ろから二つの剣を細剣(レイピア)に重ねる。

 キリハは勢いを殺そうとソードスキルを放った。大鎌重撃単発ソードスキル『ボーパルサイス』。死神の振りかぶった鎌と衝突、勢いを殺すことが─出来なかった。

 衝突した瞬間に感じたのは、今まで味わった事の無い衝撃。気付いたときには壁に叩きつけられた。息が詰まる。あれを受けてはならない。直撃はしていないのに、HPが半分を切ってしまった。

 

「二人とも…逃げ─」

 

─キリハの言葉は間に合わず、死神は二人に鎌を振り下ろし吹き飛ばす。地面を跳ね天井に激突し、再び地面に叩きつけられた。死神がゆっくりと二人に近づいていく。助けに行こうにも体が動かない─その時、小さな足音が聞こえてきた。

 

「ユイ…?」

 

 視線を向けるとそこには、安全地帯にいたはずのユイが恐れを知らないように歩いていた。恐怖など微塵も映っていない目で死神を見据えている。

 

「早く逃げろ!」

 

 上体を必死に起こそうとしながらアスカが叫んだ。死神が再び鎌を振りかぶろうとしている。あれの攻撃を食らえば、ユイのHPなど確実に消し飛んでしまうだろう。

 しかし、ユイは逃げるどころか、キリト達を見て微笑んだ。

 

「大丈夫だよ。パパ、ママ」

 

 その言葉と共にフワリと、ユイが宙に()()()。跳んだのではない。まるで見えない翼をはためかしたかのように浮いたのだ。目を見開いた三人は、更なる驚愕を目にする。

 宙に浮いているユイに死神の鎌が襲う。本来ならユイを切り裂いただろうそれは、しかし─紫の障壁に阻まれ弾き返された。そして三人は表示されたメッセージに愕然とした。【Immortal Object(破壊不能オブジェクト)】、つまり不死の存在であり、プレーヤーが持つはずのない属性。

 戸惑うように死神の眼球が動き、ユイが小さな右手を前に伸ばした。すると、ユイの右手を中心に紅蓮の炎が巻き起こる。炎は一瞬広く拡散した後、すぐに凝縮、細長い形にまとまり始め、焔色に輝く巨大な刀剣が現れた。ユイの身長を優に超える大剣の輝きが通路を明るく照らす。大剣の纏う炎がユイの冬服を一瞬にして燃やし尽くし、その下から彼女が最初に着ていたワンピースが現れた。不思議の事にワンピースもユイの長い黒髪も、炎に撒かれながらも影響を受けていない。

 ユイは炎の大剣を死神に向かって振り降ろした。死神は、自身より遙かに小さな少女を恐れるかのように鎌を前方へと掲げ、防御の姿勢を取る。ユイの大剣と死神の鎌が衝突し、両者の動きが止まった─そう思うまもなく、大剣の纏っていた炎が死神を包んだ。そのあまりにも膨大な熱量に、思わず三人は顔を腕で庇う。

 

『■■■■■■──!!!??』

 

 炎に包まれた死神は悲鳴を上げる。ユイが大剣をもう一度振るうと、死神は通路の奥深くへと吹き飛び、やがて見えなくなった。後に残ったのは、通路のあちこちにある小さな残り火、炎の大剣を持って俯いているユイだった。

 

「ユイ…ちゃん…?」

 

「ユイ…?」

 

 掠れそうな声でキリトとアスカが呟いた。ユイは大剣を消滅させてこちらに振り向き、泣き出しそうな顔で笑う。

 

「パパ…ママ…ねぇね…、全部、思い出したよ」

 

 

 

 安全地帯の中は真っ白な正方形の空間に、黒い立方体の石机が設置されている。三人は、石机に腰掛けたユイを見つめていた。ユリエール達には先に脱出して貰ったので、今この場にいるのは四人だけだ。

 記憶が戻った、と言ってからユイは数分間沈黙し続けていた。ずっと俯いており言葉を掛けづらいが、このままでは話が進まないと思い、キリハは訪ねる。

 

「全部、思い出したのですか。今までのことを」

 

 ユイは顔を上げ、少し淋しそうな、泣き笑いのような顔をして頷いた。

 

「はい、全てお話しします。キリトさん、アスカさん、キリハさん」

 

 今までとは違う口調のユイに、キリトの胸が苦しくなった。何かが終わってしまうのでは、という思いに。

 部屋の中で、ユイの声だけが響き始める。

 

「キリトさんとキリハさんはご存じだと思いますが、この世界(『ソードアート・オンライン』)はある一つの巨大なシステムに管理されています」

 

「『カーディナル』、ですね?人間のメンテナンスを必要としないよう設計されたシステム」

 

「はい、カーディナル自身は二つのコアプログラムが相互にエラー修正を行い、無数にある下位プログラムにより、モンスターやNPCのAI、アイテムの出現率など、この世界の全てを調整、管理しています。しかし一つだけ、人間に委ねなければならないものがありました。人の精神性由来のトラブル…これだけは同じ人間でなければならない。そのため、数十人規模のスタッフが用意されるはずでした」

 

「でもそうはならなかった…」

 

 ユイはキリトの言葉に頷く。

 

「開発者達はプレーヤーのケアすらもシステムに委ねようとプログラムを試作しました。ナーブギアの特性を利用し、プレーヤーの感情を詳細にモニタリング、問題の抱えたプレーヤーのもとに訪れ話聞く…。《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、MHCP試作一号、コードネーム《Yui》。それが、わたしです」

 

「…ユイちゃんは、AI…なのか…?」

 

 アスカの言葉に、ユイは目に涙を溜め答えた。

 

「わたしには、プレーヤーが違和感を覚えないよう感情プログラムが組み込まれています。だから、この涙も偽物なんです。ごめんなさい、アスカさん」

 

 そう、涙を流しながら申し訳なさそうに謝るユイの姿は、本当に感情を持っているように見えた。

 

「じ、じゃあ…なんで記憶を失ってたんだ…?」

 

「…サービス開始直前、カーディナルは突然わたしにプレーヤーへの接触を禁止しました。理由は分かりません。

 状況は最悪と言っていい状態でした。不安、恐怖、絶望、後悔、怒り…。本来ならわたしがその人達のもとへ行き話を聞かなければならないのに、命令された事には逆らえない…。義務だけがあり権利のない矛盾した行動がエラーを蓄積させていきました」

 

 その言葉を最後に沈黙が空間を包んだ。想像していたよりもユイの話は悲惨だった。なんて声を掛ければ良いのか分からない。

 しかし、ユイは「でも─」と続ける。

 

「─ある日、いつものようにモニタリングしていたら、今までとは違う感情を持つ二人を見つけたんです。不安や恐怖などといった感情ではない。喜び、安らぎ、それだけじゃない…暖かい…この感情はなんだろう、そう思ったんです。それからわたしは毎日その二人のモニターを続けました。二人の会話や行動に触れていると、わたしの中で不思議な欲求が生まれ始めました。触れたい、触れて欲しい、話したい、話を聞いて欲しい…。わたしは少しでも近くに居たくて、毎日二人のホームから一番近いシステムコンソールで実体化し彷徨っていました。

 …多分、その時のわたしはかなり壊れてたんだと思います…」

 

「それが…二十二層の噂…」

 

 コクリと、キリトの言葉に頷いた。

 

「はい…。わたし、ずっとお二人に会いたかった…。森の中で、見かけたときすごく嬉しかった…。おかしいですよね…。わたし、ただのプログラムなのに…」

 

 涙を目一杯に溜めてユイは口をつぐむ。キリトは思わずユイを抱きしめた。

 

「キリトさ─」

 

「─ユイはただのプログラムなんかじゃない。本当の、心を持ったAIだよ」

 

 アスカが笑みを浮かべ、ユイに近づく。

 

「ユイちゃんはもうシステムに縛られるだけのプログラムじゃないんだ。だから、ユイちゃんの思うことを言っていいんだよ。

 ユイちゃんの望みはなんだい?」

 

「わたし…わたしは─」

 

 

 

 

「─お二人と、パパとママと一緒に居たい…!ずっと一緒に…!」

 

 アスカはキリトごとユイを抱きしめた。

 

「ずっと一緒に暮らそう。な、佳奈」

 

「あぁ、ユイは俺達の子供だ。家に帰ろう」

 

 すると、最初に問うてから沈黙していたキリハが口を開いた。

 

「では、その子をカーディナルから切り離しますか」

 

「「「え?」」」

 

 唖然とする三人をよそに、キリハはユイへ問いかけた。

 

「君が座っているその石は、ただのオブジェクトですか?」

 

「え、あ、いいえ。これはGMがシステムに緊急アクセスする為のコンソールです」

 

「ということは、先程のあれはこれを守るためのものですか…。それなら問題ないですね。ちょっと退いてて下さい」

 

 よく分からないまま三人は言われたとおり石机から退いた。キリハが石机の前に行き、表面に触れるとブン…という起動音と共に青白いホロキーボードが浮かび上がる。それを素早く叩き始めた。

 

「そうか!」

 

 その意図を察したキリトも、キリハと同じ事を始める。

 

「二人とも、何してんだ?」

 

「今なら、GMアカウントを使ってユイを切り離せると思いまして」

 

 キリハがそう言いながらキーを乱打し続けると、再びブン…と音を立てて巨大なウィンドウが出現。更に二人がいくつかのプログラムを入力すると、今度はプログレスバー窓が現れ、横線が右端まで到達するかどうかの直前─コンソールが突然フラッシュし、破裂音と共に二人は弾き飛ばされた。

 

「佳奈!和葉!」

 

「ママ!ねぇね!」

 

 アスカとユイは二人へ駆け寄る。「いってぇ…」と言いながらキリトは上半身を起こし、キリハに聞いた。

 

「成功したのか?」

 

「…これで失敗したらカッコ悪いでしょう」

 

 言いながら、キリハは右手に持っていた物をキリトへ手渡す。それは涙の形をしたクリスタルだった。ユイがハッと呟く。

 

「それって…」

 

「えぇ、君のコアプログラム、『ユイの心』です」

 

「…本当に切り離したのか」

 

「こうでもしないとユイを守ることは無理でしょうから」

 

 キリハは上半身を起こして肩をすくめた。すると

 

「どうして…」

 

「はい?」

 

「どうして、ここまでしてくれるんですか…?だってキリハさんは、わたしを疑ってたじゃないですか…」

 

「…気付かれてましたか」

 

 涙を流しながらそう言うユイに、キリハは少々バツが悪そうな顔をした。図星だからだ。キリハは今まで、紹介する時以外ユイの名前を呼んでいなかった。

 ウィンドウを左手で開く、名前の欄にあった《MHCP》というワード、突然のノイズ、キリハがユイの事を疑うのは当然だった。それに気付いていたが故に、ユイは疑問に思う。何故、と。

 

「そうですねぇ。一番は、先程の君の言葉が心からのものに聞こえたから、ですかね。後は、疑っていた事への謝罪のようなものです」

 

─違う。謝らなければならないのはわたしのほうだ─

 

 だってキリハが疑うのは仕方のない事だから。だから謝らなければいけないのに、涙が溢れて言葉にならない。キリハは、言葉にするまで待ってくれている。

 ようやく出た言葉は、謝罪の言葉ではなかった。だがその言葉を聞いたキリハはユイの頭を撫で、キリトとアスカはユイを優しく抱きしめた。

 

─ありがとう…ございます─

 

 

 

 

「相変わらず、アスカの料理は美味しいね」

 

「ありがとうございます、ディアベルさん。ってキリト、ユイちゃん?そんなに急いで食べなくてもなくならないぞ?」

 

いいふぁはいは(いいじゃないか)おいひいんはから(美味しいんだから)

 

ふぁい(はい)ふぁふぁほほうひはおうひいへふ(パパの料理は美味しいです)!」

 

「食べてばかりじゃなくて手伝って欲しいんですけどねぇ。いえ、ユイは食べてて良いんですよ」

 

「キリハさんの料理初めて食べましたが、美味しいですね」

 

「…キリハさん、今度空いてる時で良いので料理教えて貰えませんか?」

 

 ダンジョンから脱出した翌日、教会の庭にてバーベキューが行われており、ワイワイガヤガヤと、子供達だけではなく大人組も料理に舌つづみを打っていた。料理を作っているのは主にアスカとキリハ、サーシャだ。

 サーシャとユリエールは口調の変わったユイに驚いていたが、記憶が戻ったと聞いて納得した。

 

「そういえば、軍の方はどうなりました?」

 

 自分のを焼きながらキリハはシンカーへ訪ねる。シンカーは口のものを飲み込んで答えた。

 

「私達を嵌めたプレーヤー含め、違反をしていた者は全員除名しました。…もっと早くそうしておくべきでした。私のせいでディアベルさんも、ユリエールも危険にさらしてしまいました。

─今回は本当に助かりました。貴方方がいなければどうなっていたか…」

 

「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 シンカーとディアベルは頭を下げ、ユリエールもそれに合わせた。

 

「困った時はお互い様ですからね。今度、こちらが困っていたら助けてくださいね」

 

 そう言ってキリハは笑みを見せる。そのまま宴会は和やかな雰囲気のまま、終わりを迎えた。

 

 

 

 別れを惜しむサーシャ達に手を振り、転移ゲートで二十二層帰ってきた四人を森の冷たい風が迎えた。

 

「そういや、この世界をクリアしたらユイちゃんはどうなるんだ?」

 

「わたしも気になります」

 

 ユイと手を繋いだアスカの疑問に、キリトとも手を繋いでいたユイも乗っかった。そこには、そもそもクリア出来ないのではないかという考えも、ユイは消えてしまうのではないかという考えもない。

 

「容量的にギリギリだけど、俺のナーブギアに入ることになってるよ」

 

「向こうで展開させるには時間がかかりますが、まぁ頑張るしかないでしょう。明日加も手伝ってくださいよ?」

 

「当然」

 

 ニッとアスカは笑みを浮かべ、ユイも「楽しみです!」と言って笑った。




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