途中、運悪くロードの集団に遭遇してしまい、安全エリアから出てから既に三十分が経ってしまった。しかし軍のパーティーに追いつくことはなかった。
「ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃねぇ?」
おどけたようにクラインが言ったが、その場の全員はそんなことはないだろうと思っていた。
(…嫌な予感がしますねぇ)
嫌な予感というのは当たってしまうものだ。今回もその予感が当たってしまった。
─あぁぁぁぁぁ……─
聞こえてきたそれは、間違いなく人の悲鳴だった。悲鳴を聞いたキリハ達は一斉に駆け出す。敏捷で勝るキリハ達三人が風林火山を置いてってしまうが、今は気にしていられない。
やがて、ボス部屋が見えた。既に門が左右に大きく開いている。遅かったかと舌打ちしたい所だがその時間すらも惜しい。更に加速する。
そして扉の内部が見えてきた。そこは─正に地獄絵図だった。床には青白い炎が吹き上げ、中央でこちらに背を向けている巨体。グリームアイズだ。
悪魔は右手に持っている斬馬刀を縦横に振り回していた。体力はまだ一本目の三割も削っていない。その奥に見える逃げまどう影、軍だ。咄嗟に数を確認するが二人足りなかった。もう、そこまで確認したら止まれるはずもなかった。
キリハ達三人はブレーキをかけることなく中に入り、後ろから攻撃した。三人同時に攻撃したのにHPはろくに減らなかった。だがそれでいい。目的はこちらに注意を向けることなのだから。
悪魔はこちらを認識し、威嚇の雄叫びを上げる。それを確認してからキリトが軍に向かって声を上げた。
「今の内に転移で逃げろ!!」
しかし、その言葉に一人のプレーヤーが絶望の表情でこう叫び返した。
「駄目だっ…!ク…クリスタルが使えない!!」
「「「な……!?」」」
絶句する三人。その隙を逃さず、グリームアイズは斬馬刀を振るう。が、三人ともそれを回避した。
絶句したのも無理はない。男の言葉が真実ならここは《結晶無効化空間》、そしていなくなった二人は死んでしまったことになる。
「キリト!!俺とキリハが注意を引かしてる間にそいつらを避難させろ!!」
そう言ってアスカは、キリトの返事を聞く間もなくキリハとグリームアイズへ向かっていった。確かに、三人の中ではキリトが一番STR値が大きい。キリトが連れた方が早いだろう。
「お、おいおい…!どうなってんだこりゃあ!」
そこでタイミング良くクライン達が到着、キリトは声を上げた。
「クライン!こいつら運ぶの手伝ってくれ!」
一瞬だけ目を見開くが、すぐに「あいよ!」と返事をした。キリトはコーバッツの所へ向かう。
「おいあんた!今すぐ部下を撤退させろ!」
「っ…だが、我々に撤退は許されないっ!」
キリトの発言を、コーバッツは拒否した。冷や汗を垂らしながらそう言っている
「全軍…突─」
「─バカヤロウ!!」
しかしコーバッツの突撃命令を、キリトは彼の胸ぐらを掴みながら遮った。
「今更何言ってやがる!!あんたの部下が二人死んだんだぞ!!今の状況を分かってんのか!!」
基本的にボス攻略で死者を出すことはあってはならない。故に、死者を出来る限り減らすため、ボス部屋を発見したら偵察隊を派遣しボスの攻撃パターンを把握する。それをこの連中は、死者を出したばかりか攻撃パターンの把握すらしようとせずただ闇雲に突撃していくだけだと?
─巫山戯るな─
「何をそんなに必死になっているか知らねぇがあんたはパーティーのリーダーなんだろ!?だったらこれ以上部下を死なすんじゃねぇ!!」
悪魔の雄叫びと金属のぶつかり合う音が鳴り響く中、キリトはコーバッツへ怒声を浴びせる。命の価値を知っているが故に…。
「生き残る為の最善策を考えろ!!それが、部下の命を預かるリーダーの仕事だろうが!!」
そう言い切ったキリトは息を整えた後、「クライン、後は任せた」と言いキリハ達の方へ向かった。
「スゲぇよな、あいつら」
キリトの言葉に唖然としているコーバッツにクラインは話しかけた。
「まだまだガキだってぇのに、あぁやって俺ら大人に混じって命張ってんだぜ。あいつらを見てると、俺らも怖じ気づいていられねぇと思うよな」
そう言ったクラインはコーバッツに肩を貸し、「ようしお前ら!こいつら運び出すぞ!」と言い、風林火山のメンバーは「押忍!」と返事をした。
コーバッツはクラインに運ばれながら、部屋の中央で戦っているキリト達を見ることしか出来なかった。
「あっぶな!?」
アスカの頭上を斬馬刀が通り過ぎる。
グリームアイズの注意を引きつけているキリハ達は苦戦、とまでは行かなくとも攻めきれないでいた。理由としては単純に人数不足、武器のリーチ、特殊攻撃として青白い炎を吐く、背後からの攻撃を腰から生えている蛇が防ぐ事が上げられる。
どうやらあの蛇はグリームアイズとは別の頭脳(のようなもの)を持っているらしい。だからグリームアイズが気づいていなくとも蛇が気づいていれば背後からの攻撃を防御される。だが蛇を攻撃すればHPは減っているので体力は共有しているのだと思われる。
まぁ軍の方へ行かせないのが目的なので攻撃を与えられなくともいいのだが。
「チッ、あの蛇やっかいですねぇ。蛇の分際で」
「おーいキリハー、気持ちは分かるが口調が崩れてるぞー。
まぁ俺ら二人しか今んとこいないし、キリトが来れば変わるだろ」
「アスカ!キリハ!」
だが、注意を引きつけるのが目的なのだから仕方ないとはいえ、攻撃が当たらないことにキリハが苛ついてきた。ストレス溜まってたのかなぁ、なんてアスカが思っている所でキリトが合流した。
「おや、お早いお戻りで。軍の皆さんをもう避難させたんですか?」
「クライン達に任せてきた」
「それなら安心です…ね!!」
キリトが戻り軍の安全を確認した瞬間、キリハはグリームアイズへ向かって疾走した。グリームアイズは斬馬刀を縦に振り下ろすがそれをギリギリで回避、
「「はぁぁぁぁぁあ!!」」
二刀流二十七連撃、最高位ソードスキル《ジ・イクリプス》、
『グォォォォォォォオ!!!』
ソードスキル後の硬直は大きな隙となる。グリームアイズはそれを見逃さず斬馬刀を下からすくい上げる。狙われたのは─
「がっ」
─キリトだった。二刀流が危険だと判断したのだ。
「キリト!!」
アスカはすくい上げられたキリトに悲痛な叫び声を上げた。グリームアイズは硬直しているアスカに構わずキリトに追撃をかけようと跳躍した。助けに行こうにもスキル後の硬直で動けない。倒れたキリトが顔を上げると既に斬馬刀が目の前にあった。防ごうにも片手では無理だろう。それでもやらないよりはマシと考えダークリパルサーを出そうとしたが─それより早くキリトの前に立ち斬馬刀を弾いた者がいた。
「まさかと思いますけど、僕のこと忘れてませんでした?」
無論キリハだ。刀より攻撃力の高い大鎌に持ち替えている。そもそも刀では斬馬刀をそらすことは出来ても弾くことは無理だろう。
「キリト、フードとれてますよ。いいんですか?」
グリームアイズを警戒しながらもそう言うキリハ。当のキリトは、どうりで視界が広くなったわけだ、と納得していた。素顔が見られたことに関してはどうでもいい、というより正直面倒くさくなってた所なので丁度良いだろう。
キリトの反応からそれを読み取ったキリハは、ため息をついた後自身もフードをとることにした。
「ん?キリハもいいのか?」
「どうせ騒ぎになるなら一度の方が楽でしょう?」
「それもそうか」
「キリト!大丈夫か!」
そこへアスカが来た。大丈夫、と言おうとしたがHPを見てみると半分まで減っていた。そのことを言った瞬間アスカが回復ポーションをキリトの口へ突っ込んだ。そのせいで思いっきりむせたが。
「ゲホッゲホッ。いきなり突っ込むな!むせただろうが!」
「あ、いや悪い。つい」
「テメェコノヤロウ。覚えとけよ」
「─アスカ、キリトを頼みますよ?」
は?と呟く間もなく、キリハは鎌を構え直し─疾走した。グリームアイズは一瞬目を見開き、キリハを返り討ちにするべく雄叫びを上げた。
近づけさせまいと斬馬刀を横に振るう、それを跳躍して回避、した瞬間に蛇が襲いかかってきた。がキリハは蛇を踏み台にして更に跳躍、そして頭に向かって振り下ろす。しかし斬ることは叶わず斬馬刀に防がれた。つばぜり合いはせずにいったん武器を引いて着地、と同時に近づきソードスキルを放つ。
大鎌九連撃、最高位ソードスキル《ヘル・サイス》。斬る、斬る、斬る、斬る、ただ斬り続ける。地獄へと誘う技が、グリームアイズへ迫る。拳や斬馬刀が叩き込まれるが、そんなことでは止まらない。
「シッ!」
短い言葉と同時に出された最後の一閃はグリームアイズを両断し、ポリゴンへと変えた。
それを見届けたキリハは鎌を左右に軽く振ってから背にかけ、キリト達の方を向いた。するとそこには、ムスッとしてるキリトがいた。なんとなくキリトの言いたいことを察したキリハは苦笑した。
「…なんかいいとこ取りされたみたいでムカつく」
「それはすみませんね」
「これでも一応さっきよりはおさまってるんだよ」
思った通りの回答だった。というかこれでも先よりはマシなのか。
「お疲れさん。ほのぼのとしてるところで悪いが、おめぇら明日から大変だぜ?」
クラインがそう言いながらこちらに近づき、入口を親指で指した。そちらを見ると、キリハとキリトが女だったことに軍がざわついていた。…二名ほど記録結晶を構えているのが見えるが。
「いつかこうなることは分かっていたのでそれが今になっただけですよ。どちらにしろ、いつまでも隠し通すことは出来なかったでしょうし」
「だよなぁ」
「つか、今までよくバレなかったな」
アスカの言うとおり、全体的に見ればキリハ達の性別を知っているのは少数とはいえよく今まで隠し通せてきたと思う。攻略組が広めなかったことも不思議だが、何より気になるのはPoHだ。ラフコフ討伐戦の時に彼は、少なくともキリハの性別は知った。それを広めなかったのは単純に得はないと考えたのか、それとも別の考えがあったのか。それは分からないが、考えるだけ無駄だろう。
「まぁ騒ぎになるだろうけどホームまでは来ないだろ。俺のホーム知ってるのあんまいないし」
「「「キリト、それはフラグ(だ/ですよ)」」」
キリトの言葉に三人はそう返した。そのフラグは翌日、見事に回収される。
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